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第十一章 ベラ、ブラ、パラ
エリーゼの愚痴
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アイシャの今日の護衛はエリーゼだった。朝、キョウコからエリーゼがバトンタッチして、昨日と同じようにアイシャの馬車のなかで、アイシャの前に座った。
昨日キョウコから散々エリーゼの話を聞いたアイシャは、エリーゼのことを古くから知っている先輩のように思えていた。
燃えるような赤い髪と勝気な瞳、きゅっと上がった口角。その容貌から強気のイケイケお姉さんに見えるが、実は心優しいおっとりとした性格だということは、昨日キョウコから散々聞いていた。
「アイシャちゃんね、いいわね若くて、キレイで。未来に希望があって・・・」
あれ? こういうネガティブ思考の人という感じは昨日の話からはしなかったけど。
「エリーゼさんの方が何倍も美しいです。見惚れちゃいます」
お世辞ではなかった。肌も透き通るように美しく、プロポーションも最高で、リンズの中でも若い男からの支持率がダントツに高いと言われている理由はよくわかった。
「ふふ、見た目は悪魔だからそこそこきれいになるのよ。実力ではないわ。一番ふがいないのは、私が事務員だということ。戦闘員として勘定に入ってないのよ」
「え? そうなんですか? 戦闘時には神様の右側をガードするってお聞きしてます」
「体を張って止める肉壁要員なのよ。戦闘中もフローラさんやオスカルさんからの指示はまったくなく、ずっと補助魔法をいろんな人にかけているだけなの」
「でも、それって、エリーゼさんに一任されているってことじゃないんですか?」
「アイシャちゃん、そもそも化け物のように強い人たちに補助魔法いると思う?」
「う、それは・・・」
「私なんて、いてもいなくてもいっしょなのよ。だから、事務要員。組合関係の契約書や最近は各国との契約の草案作りとか、人間にもできる事務作業をコツコツとやっているの。私はそんなことでしか、みんなに貢献できない穀潰しなのよっ」
「でも、そういった事務作業も大切なのでは?」
「大切よ。でも、そんなのはキョウコだってできるのよ。あなただってできるでしょ? 私はオンリーワンの力で、リンリンサマに恩返ししたいのよっ」
「あ、あれじゃないですかね。ものすごい強敵が現れたときに補助魔法が役に立つのでは?」
「ベルゼブブという強敵が現れたときは、足がすくんでなにもできなかったわ。アスタロトのときは神の使いが4ターンでやっつけちゃって、私がかけた補助魔法はなんだったのかって思ったわよ」
「絶対にオンリーワンがあるはずですよ。今に花咲きますよ、エリーゼさん!」
「私の取柄スキルって何か知っている?」
「うっ」
「ふふ、その顔は知っているようね。大方キョウコにでも聞いたのでしょうね。そう、取柄スキルも使えない女なの、私は。リンリンサマの当番はキョウコといっしょにお勤めしているけど、キョウコが行った回数まで正確に答えられるわ。でも、いったいそれが何になるっていうの!」
「た、確かに・・・」
「ね、あなたも認めるでしょ、私がいかに使えない女なのかを。それにしても外がうるさいわね。ちょっと見て来るわ」
確かにいつの間にか外が騒がしくなっている。剣戟の音が聞こえてくる。窓から外を見ると、山賊風の男たちと護衛の兵士たちがせめぎあいを繰り広げている。
エリーゼさんが補助魔法を唱えたようだ。急に味方の兵士の動きがよくなる。よくなるなんてものではない。それぞれの兵士が無双し始め、1人で敵をどんどんなぎ倒していく。10人以上いた敵があっという間に撃退されてしまった。兵士たちは自分の力が信じられないようで、自分の手や足の動きを確かめている。
「終わったわよ」
エリーゼさんが馬車に入ってきた。
「す、すごいじゃないですか!?」
「あん? 山賊相手にすごいもなにもないわよ。それより、アイシャちゃん、私ね、夜のお仕事も不得意なのよ。キョウコと一緒にお世話しているでしょう? もうキョウコの方が数段上手なの。私は本当に何の取柄もない女なのよぉ」
「あ、でも、キョウコさんが言ってました。神様はエリーゼさんにすごく興奮するって」
「私の勝気な目とイケイケの顔をリンリンサマがお気に召しなのは認めるわ。でも、それは親からもらった容姿で、私の実力ではないわ。なによ、また外がうるさいわね」
窓から外を見ると、さっきの山賊は二手に分かれていたらしく、兵士を引き付ける軍団とは別で、この馬車を直接狙いに来た軍団がいるようだ。馬に蹄の音がどんどん近づいてくる。兵士たちとは距離がありすぎて、間に合いそうもない。補助魔法しかないエリーゼさんでは守り切れない。
そう思って、外にいるエリーゼさんを見ていたら、自分自身に補助魔法をかけているようだった。騎馬兵が躊躇なくエリーゼさんに襲い掛かる。
「え?」
アイシャは自分の目で見たことが信じられなかった。剣がエリーゼさんに刺さったように見えたのだが、剣が折れてしまっている。
エリーゼさんは鎧も何も着ていない。全くの普段着だ。よく見ると服には剣の先端が刺さったようで、少しだけ穴が開いているかもしれない。しかし、肌には傷一つない。
エリーゼさんが騎馬兵を平手打ちした。騎馬兵は馬から10メートルは吹っ飛ばされただろうか。首が変な風に曲がってしまっている。
騎馬兵たちは危険を察して止まろうとして、後ろから来ていた騎馬兵と接触し、自滅し始めている。エリーゼさんはすたすたと歩いて行き、1人1人にビンタをかましている。そのたびに「ぶちん」という嫌な音がして、10メートル先までぶっ飛ばされてしまう。
騎馬兵たちはようやく目の前の女がとんでもない化け物であることに気づいて、馬を置いて、一目散に逃げ始めた。それを見て、エリーゼんさんが振り返り、馬車の方に戻ってくる。
「終わったわよ」
さっきと同じセリフを言いながら、エリーゼさんが馬車に入ってきた。
「す、すごいじゃないですか!?」
「手が汚れてしまったわ。ほかのお姉さま方はちり一つつけないまま相手をやっつけるのよ。キョウコだってそうよ。手なんか使いもしないわ。私だけこうやって自分の手を汚さないと、山賊すらやっつけられないのよぉ」
うん、今日も心の耳をふさごう。
昨日キョウコから散々エリーゼの話を聞いたアイシャは、エリーゼのことを古くから知っている先輩のように思えていた。
燃えるような赤い髪と勝気な瞳、きゅっと上がった口角。その容貌から強気のイケイケお姉さんに見えるが、実は心優しいおっとりとした性格だということは、昨日キョウコから散々聞いていた。
「アイシャちゃんね、いいわね若くて、キレイで。未来に希望があって・・・」
あれ? こういうネガティブ思考の人という感じは昨日の話からはしなかったけど。
「エリーゼさんの方が何倍も美しいです。見惚れちゃいます」
お世辞ではなかった。肌も透き通るように美しく、プロポーションも最高で、リンズの中でも若い男からの支持率がダントツに高いと言われている理由はよくわかった。
「ふふ、見た目は悪魔だからそこそこきれいになるのよ。実力ではないわ。一番ふがいないのは、私が事務員だということ。戦闘員として勘定に入ってないのよ」
「え? そうなんですか? 戦闘時には神様の右側をガードするってお聞きしてます」
「体を張って止める肉壁要員なのよ。戦闘中もフローラさんやオスカルさんからの指示はまったくなく、ずっと補助魔法をいろんな人にかけているだけなの」
「でも、それって、エリーゼさんに一任されているってことじゃないんですか?」
「アイシャちゃん、そもそも化け物のように強い人たちに補助魔法いると思う?」
「う、それは・・・」
「私なんて、いてもいなくてもいっしょなのよ。だから、事務要員。組合関係の契約書や最近は各国との契約の草案作りとか、人間にもできる事務作業をコツコツとやっているの。私はそんなことでしか、みんなに貢献できない穀潰しなのよっ」
「でも、そういった事務作業も大切なのでは?」
「大切よ。でも、そんなのはキョウコだってできるのよ。あなただってできるでしょ? 私はオンリーワンの力で、リンリンサマに恩返ししたいのよっ」
「あ、あれじゃないですかね。ものすごい強敵が現れたときに補助魔法が役に立つのでは?」
「ベルゼブブという強敵が現れたときは、足がすくんでなにもできなかったわ。アスタロトのときは神の使いが4ターンでやっつけちゃって、私がかけた補助魔法はなんだったのかって思ったわよ」
「絶対にオンリーワンがあるはずですよ。今に花咲きますよ、エリーゼさん!」
「私の取柄スキルって何か知っている?」
「うっ」
「ふふ、その顔は知っているようね。大方キョウコにでも聞いたのでしょうね。そう、取柄スキルも使えない女なの、私は。リンリンサマの当番はキョウコといっしょにお勤めしているけど、キョウコが行った回数まで正確に答えられるわ。でも、いったいそれが何になるっていうの!」
「た、確かに・・・」
「ね、あなたも認めるでしょ、私がいかに使えない女なのかを。それにしても外がうるさいわね。ちょっと見て来るわ」
確かにいつの間にか外が騒がしくなっている。剣戟の音が聞こえてくる。窓から外を見ると、山賊風の男たちと護衛の兵士たちがせめぎあいを繰り広げている。
エリーゼさんが補助魔法を唱えたようだ。急に味方の兵士の動きがよくなる。よくなるなんてものではない。それぞれの兵士が無双し始め、1人で敵をどんどんなぎ倒していく。10人以上いた敵があっという間に撃退されてしまった。兵士たちは自分の力が信じられないようで、自分の手や足の動きを確かめている。
「終わったわよ」
エリーゼさんが馬車に入ってきた。
「す、すごいじゃないですか!?」
「あん? 山賊相手にすごいもなにもないわよ。それより、アイシャちゃん、私ね、夜のお仕事も不得意なのよ。キョウコと一緒にお世話しているでしょう? もうキョウコの方が数段上手なの。私は本当に何の取柄もない女なのよぉ」
「あ、でも、キョウコさんが言ってました。神様はエリーゼさんにすごく興奮するって」
「私の勝気な目とイケイケの顔をリンリンサマがお気に召しなのは認めるわ。でも、それは親からもらった容姿で、私の実力ではないわ。なによ、また外がうるさいわね」
窓から外を見ると、さっきの山賊は二手に分かれていたらしく、兵士を引き付ける軍団とは別で、この馬車を直接狙いに来た軍団がいるようだ。馬に蹄の音がどんどん近づいてくる。兵士たちとは距離がありすぎて、間に合いそうもない。補助魔法しかないエリーゼさんでは守り切れない。
そう思って、外にいるエリーゼさんを見ていたら、自分自身に補助魔法をかけているようだった。騎馬兵が躊躇なくエリーゼさんに襲い掛かる。
「え?」
アイシャは自分の目で見たことが信じられなかった。剣がエリーゼさんに刺さったように見えたのだが、剣が折れてしまっている。
エリーゼさんは鎧も何も着ていない。全くの普段着だ。よく見ると服には剣の先端が刺さったようで、少しだけ穴が開いているかもしれない。しかし、肌には傷一つない。
エリーゼさんが騎馬兵を平手打ちした。騎馬兵は馬から10メートルは吹っ飛ばされただろうか。首が変な風に曲がってしまっている。
騎馬兵たちは危険を察して止まろうとして、後ろから来ていた騎馬兵と接触し、自滅し始めている。エリーゼさんはすたすたと歩いて行き、1人1人にビンタをかましている。そのたびに「ぶちん」という嫌な音がして、10メートル先までぶっ飛ばされてしまう。
騎馬兵たちはようやく目の前の女がとんでもない化け物であることに気づいて、馬を置いて、一目散に逃げ始めた。それを見て、エリーゼんさんが振り返り、馬車の方に戻ってくる。
「終わったわよ」
さっきと同じセリフを言いながら、エリーゼさんが馬車に入ってきた。
「す、すごいじゃないですか!?」
「手が汚れてしまったわ。ほかのお姉さま方はちり一つつけないまま相手をやっつけるのよ。キョウコだってそうよ。手なんか使いもしないわ。私だけこうやって自分の手を汚さないと、山賊すらやっつけられないのよぉ」
うん、今日も心の耳をふさごう。
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