30 / 47
幕間
アンリの過去後半:アンリの視点
しおりを挟む
私は母のいない現在に未練はない。そのため、過去に行けるなら行きたいのだが、過去に行くというのが、よく理解出来なかった。
リンクはいくつか重要な点を私に説明した。
一つ目は、母の死を避ける方法についてだ。十六年前の過去に転移後、十六年の間に母の死の原因である王を殺す必要がある。すなわち、母の命日までに王を殺す必要があるのだ。
二つ目は、私が二人存在してはいけないということだ。私の父が母と結ばれないようにする必要がある。もしも、二人が結ばれて、妊娠してしまうと、その瞬間に私は消滅するらしい。
父と母が結ばれないと私が消滅するように思うのだが、私という存在はもう確定していて、そうはならないらしい。それよりも同一人物が二人いると都合が悪いようで、先に存在している方が消滅するそうだ。
「あなたは大丈夫なの?」
リンクも二人いると問題になるのではないのか?
「俺は昨日転移してきたばかりで、過去には存在しない。お前のお母様は俺のいた世界で毎晩俺の夢の中に出てきたのだ。彼女が何を思い、どう闘ってきたのか、俺はずっと見てきた」
過去が変われば、異世界のリンクは別の世界の女性の夢を見ることになるそうで、この世界にはリンクは一人だけになるらしい。
ちなみに、存在が時間軸で連続していない異世界人や未来人が「組織」に自動登録され、未来人には三日月型のアザが、そして、異世界人には星型のアザが浮かび上がるらしい。リンクはとても見せられないところに浮かびあがったらしい。どこかは聞かないでおいた。
三つ目は、私の正体、すなわち、私が娘であることを過去の母には、今日のこの日までは明かしてはいけないということだ。正体を明かしてしまうと、母の脳内時間が急激に今日まで進んでしまい、廃人になってしまう危険性があるとのことだ。
そして、最後は、私の正体がバレないように、私の顔を変えるということだ。私は母に非常に良く似ているため、今の容姿では過去の母に私の正体がバレてしまう可能性があるのだ。
私は決心した。
「行くわ、連れて行って!」
「後悔しないな?」
「ええ」
「よし、では、まずはお前の髪の色と目の色を魔法で変えるぞ。これでかなりイメージが変わる筈だ。あとは少し肌の組織を魔法で変化させ、目鼻立ちを微妙に変える。こちらの方は、後で元に戻せるように過去の組織に依頼しよう」
私はその後、組織につれていかれ、送還の儀式によって、リンクと共に過去に送られた。
***
過去の世界に来て、私は未来人となり、三日月型のアザが胸の中央に浮かび上がった。「組織」の一員となったのだ。
顔を変え、魔法の指導を受け、来たる日に備えた。決行日は母が刺繍のハンカチを皇太子に贈る日だ。この日、母は皇太子の仕打ちに耐えきれず気を失うはずで、リンクが失神した母を運び出す手筈になっている。
リンクによると、この日から母は徐々に精神的に追い詰められて行き、皇太子も母を虐めることが一つの快楽になって行ったのだという。母にとって、人生の転換点となった日だ。
母に皇太子の悪意に触れさせる必要があるため、この事件は可哀想だが母に体験してもらうしかない。
私は医務室の外に停車している往診用の馬車の中で隠れて待っていた。
リンクが母を抱いて馬車までやってきた。すぐに馬車の中に入り、母をそっと座席に寄り掛からせている。ぐったりしている母をとても大切に愛おしそうに扱っていて、リンクがどれほど母を深く愛しているかが、ヒシヒシと伝わって来る。
だが、私はそんなムードは要らないとばかりに、大はしゃぎしていた。
(うわあ、姉さまだ! とてもきれいっ!)
私は若かりし頃の母を目の前にして、大興奮だった。
「アンリ、支えてやってくれ。怪我をさせるなよ」
「ええ、分かったわ」
私が母の匂いと体温を堪能していると、しばらくして、母が目を覚ました。
「ここは?」
「王都から5キロほど東の郊外です」
「あなたは?」
「アンリといいます。ルイーゼ様の二つ歳下です」
「何があったのかしら。私、戻らないと」
(ああ、声も仕草も表情も間違いなく姉さまだわ。本当に過去に来たのね)
私は母に着替えを渡した。母の太ももには小さなほくろがある。過去に来たことをもうほとんど信じてはいたが、駄目押しでほくろを確かめたかった。
「あの、そんな風に見ていられると、恥ずかしいのだけれど」
「これは私としたことが。失礼しました。目を閉じておりますので、どうぞお着替え下さい」
私は気づかれないように薄目を開けて、母の太ももを確認しようと構えていた。
「ねえ、後ろを向いていてくれる?」
「同じ女同士じゃないですか。今までも侍女に着替えを手伝ってもらっていたのではないですか?」
私は抵抗した。
「いいから、後ろを向いていて!」
「……。かしこまりました」
仕方ない、先は長いんだ。確かめる機会はまた巡って来るだろう。
そう思って、いったん諦めたのだが、機会はすぐに巡って来た。盗賊に襲われて、馬車が急停車したのだ。
「盗賊だ。俺が対応する。アンリ、ルイーゼ様をお守りしろ。絶対に馬車から出て来るなよ」
リンクからの指示が出た。盗賊もリンクもいい仕事をしてくれる。私は出来るだけ真剣な表情を作り、母の方に振り返った。
「分かったわ。ルイーゼ様、早くお着替えを」
私は母の太ももを凝視する。
(あったわ。やはり本物の姉さまだわ! 本当に過去に来たんだ!)
絶対に母を死なせはしないわ。アルバート王、覚悟しなさい!
リンクはいくつか重要な点を私に説明した。
一つ目は、母の死を避ける方法についてだ。十六年前の過去に転移後、十六年の間に母の死の原因である王を殺す必要がある。すなわち、母の命日までに王を殺す必要があるのだ。
二つ目は、私が二人存在してはいけないということだ。私の父が母と結ばれないようにする必要がある。もしも、二人が結ばれて、妊娠してしまうと、その瞬間に私は消滅するらしい。
父と母が結ばれないと私が消滅するように思うのだが、私という存在はもう確定していて、そうはならないらしい。それよりも同一人物が二人いると都合が悪いようで、先に存在している方が消滅するそうだ。
「あなたは大丈夫なの?」
リンクも二人いると問題になるのではないのか?
「俺は昨日転移してきたばかりで、過去には存在しない。お前のお母様は俺のいた世界で毎晩俺の夢の中に出てきたのだ。彼女が何を思い、どう闘ってきたのか、俺はずっと見てきた」
過去が変われば、異世界のリンクは別の世界の女性の夢を見ることになるそうで、この世界にはリンクは一人だけになるらしい。
ちなみに、存在が時間軸で連続していない異世界人や未来人が「組織」に自動登録され、未来人には三日月型のアザが、そして、異世界人には星型のアザが浮かび上がるらしい。リンクはとても見せられないところに浮かびあがったらしい。どこかは聞かないでおいた。
三つ目は、私の正体、すなわち、私が娘であることを過去の母には、今日のこの日までは明かしてはいけないということだ。正体を明かしてしまうと、母の脳内時間が急激に今日まで進んでしまい、廃人になってしまう危険性があるとのことだ。
そして、最後は、私の正体がバレないように、私の顔を変えるということだ。私は母に非常に良く似ているため、今の容姿では過去の母に私の正体がバレてしまう可能性があるのだ。
私は決心した。
「行くわ、連れて行って!」
「後悔しないな?」
「ええ」
「よし、では、まずはお前の髪の色と目の色を魔法で変えるぞ。これでかなりイメージが変わる筈だ。あとは少し肌の組織を魔法で変化させ、目鼻立ちを微妙に変える。こちらの方は、後で元に戻せるように過去の組織に依頼しよう」
私はその後、組織につれていかれ、送還の儀式によって、リンクと共に過去に送られた。
***
過去の世界に来て、私は未来人となり、三日月型のアザが胸の中央に浮かび上がった。「組織」の一員となったのだ。
顔を変え、魔法の指導を受け、来たる日に備えた。決行日は母が刺繍のハンカチを皇太子に贈る日だ。この日、母は皇太子の仕打ちに耐えきれず気を失うはずで、リンクが失神した母を運び出す手筈になっている。
リンクによると、この日から母は徐々に精神的に追い詰められて行き、皇太子も母を虐めることが一つの快楽になって行ったのだという。母にとって、人生の転換点となった日だ。
母に皇太子の悪意に触れさせる必要があるため、この事件は可哀想だが母に体験してもらうしかない。
私は医務室の外に停車している往診用の馬車の中で隠れて待っていた。
リンクが母を抱いて馬車までやってきた。すぐに馬車の中に入り、母をそっと座席に寄り掛からせている。ぐったりしている母をとても大切に愛おしそうに扱っていて、リンクがどれほど母を深く愛しているかが、ヒシヒシと伝わって来る。
だが、私はそんなムードは要らないとばかりに、大はしゃぎしていた。
(うわあ、姉さまだ! とてもきれいっ!)
私は若かりし頃の母を目の前にして、大興奮だった。
「アンリ、支えてやってくれ。怪我をさせるなよ」
「ええ、分かったわ」
私が母の匂いと体温を堪能していると、しばらくして、母が目を覚ました。
「ここは?」
「王都から5キロほど東の郊外です」
「あなたは?」
「アンリといいます。ルイーゼ様の二つ歳下です」
「何があったのかしら。私、戻らないと」
(ああ、声も仕草も表情も間違いなく姉さまだわ。本当に過去に来たのね)
私は母に着替えを渡した。母の太ももには小さなほくろがある。過去に来たことをもうほとんど信じてはいたが、駄目押しでほくろを確かめたかった。
「あの、そんな風に見ていられると、恥ずかしいのだけれど」
「これは私としたことが。失礼しました。目を閉じておりますので、どうぞお着替え下さい」
私は気づかれないように薄目を開けて、母の太ももを確認しようと構えていた。
「ねえ、後ろを向いていてくれる?」
「同じ女同士じゃないですか。今までも侍女に着替えを手伝ってもらっていたのではないですか?」
私は抵抗した。
「いいから、後ろを向いていて!」
「……。かしこまりました」
仕方ない、先は長いんだ。確かめる機会はまた巡って来るだろう。
そう思って、いったん諦めたのだが、機会はすぐに巡って来た。盗賊に襲われて、馬車が急停車したのだ。
「盗賊だ。俺が対応する。アンリ、ルイーゼ様をお守りしろ。絶対に馬車から出て来るなよ」
リンクからの指示が出た。盗賊もリンクもいい仕事をしてくれる。私は出来るだけ真剣な表情を作り、母の方に振り返った。
「分かったわ。ルイーゼ様、早くお着替えを」
私は母の太ももを凝視する。
(あったわ。やはり本物の姉さまだわ! 本当に過去に来たんだ!)
絶対に母を死なせはしないわ。アルバート王、覚悟しなさい!
0
お気に入りに追加
905
あなたにおすすめの小説
美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ
青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人
世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。
デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女
小国は栄え、大国は滅びる。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」


あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる