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第三章 起業と領地経営
アードレー家の台頭
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針は出てきた。床に落ちていたのである。検査を恐れた誰かが床に放り投げたのであろう。
「今回はこれ以上追及しないけど、こんなことして何になるのかしら? おかげさまで優秀なリリーをアードレー家で召抱えることができて感謝しているけど、それが狙いではないわよね。約一ヶ月、みんなと一緒に働いて、楽しかったと思っていたけど、今回の件で台無しだわ。それでは、ごめん遊ばせ」
そう言って、ルイーゼは部屋を出て行った。
「おかみさん、針はありました。リリーを陥れようとしたようです。私は身分がばれてしまいましたので、本日で辞めさせていただきます。色々とお世話になりました」
おかみさんに挨拶していたら、ちょうどリンクが駆けつけてきた。
「リンクさん、予定より少し早いですが、たった今、研修は終了しました。一緒に孤児院に来てくれませんか?」
「はい、わかりました。表に馬車をご用意しております。おかみさん、お世話になりました。お礼はまた改めていたします」
そう言い残して、ルイーゼとリンクは仕立屋を出て行った。おかみさんはずっと固まったままだった。
孤児院に向かっている最中に、馬車の御者席からリンクが話しかけてきた。
「ルイーゼさん、珍しく怒ってらっしゃいますね」
「ええ、足の引っ張り合いは後宮だけかと思ってました。こんな町の仕立屋のお針子さんたちでも同じようなことをしているんですね。女の世界って本当に救いようがありません」
「ははは。男だって同じです。私も親友や同僚に陥れられたことがありますよ」
「リンクさんがですか!?」
「ええ、よく嵌められました。おかげさまで、ものすごく疑り深くなりましたよ」
「ちなみにそういう人たちにリンクさんは仕返ししたりするんですか?」
「もちろんですよ。やられたら、やり返さないと、精神衛生上よくないですよ。『倍返し』って言葉が私の故郷にはあるんです。やられたら倍にしてやり返すんです」
「え? たったの倍ですか? 私は気が済むまでやり返したいです」
「ははは、どうぞ、そうしてください。我慢しないでやりたい放題やるのが、ルイーゼさんらしくていいと思います」
(リンクさんは、私に我慢するな、好きな事をしろ、と繰り返し言ってくる。まるで、私がそうでなかったように……)
馬車が孤児院についた。かなり古く、あちこちが痛んでいるが、大きな孤児院だ。
リンクがドアをノックすると、中年の痩せたシスターが出てきた。教会が運営しているようだ。
「こんにちは。子供の引き取りでしょうか?」
「あ、いえ、リリーさんの職場の同僚のルイーゼです。リリーさんはお戻りですか?」
「まあ、リリーにこんな立派な方の知り合いが……。呼んでまいります。中でお待ちいただけますか」
「お邪魔します」
ルイーゼとリンクは孤児院の待合室に案内された。里親用の待合室のようで、子供たちの絵などが飾られていた。
しばらくすると、リリーがやってきた。
「ルイーゼ! 本当に来てくれたっ」
リリーはとても嬉しそうだが、リンクもいることに気づいて、急にしおらしくなって、もじもじし始めた。
「ちょっと私は院長と話をしてきます」
リンクは気を利かせて、ルイーゼとリリーを二人にして、部屋を出て行った。
「針は見つかったわよ。あなたの言うとおり、嫌がらせね。でも、解雇させるまでやるなんて、度が過ぎているわ」
「見つかったのねっ! じゃあ、私、仕事にもどれるの?」
「あんなところに戻る必要ないわよ。それよりも、今度縫製工場を立ち上げるから、リリーに監督者として手伝ってもらいたいのよ。お願い出来るかしら?」
「え? 縫製工場? 監督者?」
「そうよ。さっきみんなにはばらしてきたけど、私ね、アードレー公爵の娘なのよ」
リリーは目を点にした。
「は? そうなの? そうなのねっ! すいません。そうですなのですか?」
ルイーゼはくすっと笑った。
「リリー、変な言葉になっているわよ。今までどおり、普通に話せばいいわよ」
「いいえ、さすがにそういう訳にはいかないですます」
「もう、無理しないでいいわよ。で、手伝ってくれる?」
「そ、それは、もちろんです。誘ってくれてとても嬉しいマス」
「よかったあ、じゃあ、工場が立ち上がるまでは、家にきて針子さんたちの教育をお願いできるかしら。よければ住み込みでもいいわよ。給料は弾むわよ!」
「ありがとうございます。ルイーゼ様」
「やだなあ、様とかつけないでよ。リリーを誘うのはあなたの腕がいいのと、まじめでしっかりと最後まできちんと縫い上げる姿勢をかったからよ。あなたみたいな優秀な人を解雇してくれて、本当に助かったわ。そうそう、他にもあなたの知り合いで、私に推薦できると思う人がいたら教えてね」
「はい、心当たりが少しいますので、話してみるようにします」
「じゃあ、今日はこれで。明日の朝、アードレー家に来てくれる? 門番には伝えておくわ」
そういって、ルイーゼはリリーといっしょに待合室を出た。そして、リリーにお願いして、院長室まで案内してもらった。
ちょうどリンクも院長との話が終わったようで、院長室から出て来るところだった。ルイーゼも院長に軽く挨拶してから、リンクと一緒に孤児院を出た。
***
この後、アードレー家は庶民のための衣服を大量生産することに成功する。その結果、衣服は自分たちで縫う、というこれまでの常識が崩れ、衣服は購入するものという新しい生活習慣が庶民の間に急速に根付いていった。
この流れの中で、アードレー家は衣類の販売をほぼ独占し、巨額の売上を上げるともに、自領の女性の時間を増やすことに成功したのであった。そして、それは数多くの副産物をアードレー領にもたらした。
例えば、アードレー領内では出生率が上がり、乳幼児の死亡率が劇的に下がり、人口が爆発的に増えていくことになるが、これも女性の時間が増えたことによる副産物だ。
こうして、アードレー家の経済力と軍事力は順調に伸びていき、中小貴族たちはこぞってアードレー家の傘下に入り、政治的な力も大きくなっていった。
そして、王家が気づいたときには、もう立ち向かえないほどアードレー家は強大になっていたのである。
「今回はこれ以上追及しないけど、こんなことして何になるのかしら? おかげさまで優秀なリリーをアードレー家で召抱えることができて感謝しているけど、それが狙いではないわよね。約一ヶ月、みんなと一緒に働いて、楽しかったと思っていたけど、今回の件で台無しだわ。それでは、ごめん遊ばせ」
そう言って、ルイーゼは部屋を出て行った。
「おかみさん、針はありました。リリーを陥れようとしたようです。私は身分がばれてしまいましたので、本日で辞めさせていただきます。色々とお世話になりました」
おかみさんに挨拶していたら、ちょうどリンクが駆けつけてきた。
「リンクさん、予定より少し早いですが、たった今、研修は終了しました。一緒に孤児院に来てくれませんか?」
「はい、わかりました。表に馬車をご用意しております。おかみさん、お世話になりました。お礼はまた改めていたします」
そう言い残して、ルイーゼとリンクは仕立屋を出て行った。おかみさんはずっと固まったままだった。
孤児院に向かっている最中に、馬車の御者席からリンクが話しかけてきた。
「ルイーゼさん、珍しく怒ってらっしゃいますね」
「ええ、足の引っ張り合いは後宮だけかと思ってました。こんな町の仕立屋のお針子さんたちでも同じようなことをしているんですね。女の世界って本当に救いようがありません」
「ははは。男だって同じです。私も親友や同僚に陥れられたことがありますよ」
「リンクさんがですか!?」
「ええ、よく嵌められました。おかげさまで、ものすごく疑り深くなりましたよ」
「ちなみにそういう人たちにリンクさんは仕返ししたりするんですか?」
「もちろんですよ。やられたら、やり返さないと、精神衛生上よくないですよ。『倍返し』って言葉が私の故郷にはあるんです。やられたら倍にしてやり返すんです」
「え? たったの倍ですか? 私は気が済むまでやり返したいです」
「ははは、どうぞ、そうしてください。我慢しないでやりたい放題やるのが、ルイーゼさんらしくていいと思います」
(リンクさんは、私に我慢するな、好きな事をしろ、と繰り返し言ってくる。まるで、私がそうでなかったように……)
馬車が孤児院についた。かなり古く、あちこちが痛んでいるが、大きな孤児院だ。
リンクがドアをノックすると、中年の痩せたシスターが出てきた。教会が運営しているようだ。
「こんにちは。子供の引き取りでしょうか?」
「あ、いえ、リリーさんの職場の同僚のルイーゼです。リリーさんはお戻りですか?」
「まあ、リリーにこんな立派な方の知り合いが……。呼んでまいります。中でお待ちいただけますか」
「お邪魔します」
ルイーゼとリンクは孤児院の待合室に案内された。里親用の待合室のようで、子供たちの絵などが飾られていた。
しばらくすると、リリーがやってきた。
「ルイーゼ! 本当に来てくれたっ」
リリーはとても嬉しそうだが、リンクもいることに気づいて、急にしおらしくなって、もじもじし始めた。
「ちょっと私は院長と話をしてきます」
リンクは気を利かせて、ルイーゼとリリーを二人にして、部屋を出て行った。
「針は見つかったわよ。あなたの言うとおり、嫌がらせね。でも、解雇させるまでやるなんて、度が過ぎているわ」
「見つかったのねっ! じゃあ、私、仕事にもどれるの?」
「あんなところに戻る必要ないわよ。それよりも、今度縫製工場を立ち上げるから、リリーに監督者として手伝ってもらいたいのよ。お願い出来るかしら?」
「え? 縫製工場? 監督者?」
「そうよ。さっきみんなにはばらしてきたけど、私ね、アードレー公爵の娘なのよ」
リリーは目を点にした。
「は? そうなの? そうなのねっ! すいません。そうですなのですか?」
ルイーゼはくすっと笑った。
「リリー、変な言葉になっているわよ。今までどおり、普通に話せばいいわよ」
「いいえ、さすがにそういう訳にはいかないですます」
「もう、無理しないでいいわよ。で、手伝ってくれる?」
「そ、それは、もちろんです。誘ってくれてとても嬉しいマス」
「よかったあ、じゃあ、工場が立ち上がるまでは、家にきて針子さんたちの教育をお願いできるかしら。よければ住み込みでもいいわよ。給料は弾むわよ!」
「ありがとうございます。ルイーゼ様」
「やだなあ、様とかつけないでよ。リリーを誘うのはあなたの腕がいいのと、まじめでしっかりと最後まできちんと縫い上げる姿勢をかったからよ。あなたみたいな優秀な人を解雇してくれて、本当に助かったわ。そうそう、他にもあなたの知り合いで、私に推薦できると思う人がいたら教えてね」
「はい、心当たりが少しいますので、話してみるようにします」
「じゃあ、今日はこれで。明日の朝、アードレー家に来てくれる? 門番には伝えておくわ」
そういって、ルイーゼはリリーといっしょに待合室を出た。そして、リリーにお願いして、院長室まで案内してもらった。
ちょうどリンクも院長との話が終わったようで、院長室から出て来るところだった。ルイーゼも院長に軽く挨拶してから、リンクと一緒に孤児院を出た。
***
この後、アードレー家は庶民のための衣服を大量生産することに成功する。その結果、衣服は自分たちで縫う、というこれまでの常識が崩れ、衣服は購入するものという新しい生活習慣が庶民の間に急速に根付いていった。
この流れの中で、アードレー家は衣類の販売をほぼ独占し、巨額の売上を上げるともに、自領の女性の時間を増やすことに成功したのであった。そして、それは数多くの副産物をアードレー領にもたらした。
例えば、アードレー領内では出生率が上がり、乳幼児の死亡率が劇的に下がり、人口が爆発的に増えていくことになるが、これも女性の時間が増えたことによる副産物だ。
こうして、アードレー家の経済力と軍事力は順調に伸びていき、中小貴族たちはこぞってアードレー家の傘下に入り、政治的な力も大きくなっていった。
そして、王家が気づいたときには、もう立ち向かえないほどアードレー家は強大になっていたのである。
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