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幕間
アンリの過去前半:アンリの視点
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王女であっても良妻教育しか受けられなかった時代に、私は算術、医術、薬学を学び、膨大な書物を読んだ。
母を救いたい一心からだった。
私の母は王妃であるにも関わらず、王から肉体的にも精神的にも暴力を振るわれていた。私は王の子ではなく、母に密かに好意を寄せていた騎士の子であった。
騎士の母への好意を知った王が、面白半分に騎士と母を一緒に住まわせ、一年以内に子をなさねば、騎士を殺すと言ったのだ。
母は騎士の命を守るため、自分の操を騎士に捧げ、私が産まれたが、騎士は私が産まれる前に、姦通罪で死罪となった。
王ははなから騎士を殺すつもりでいたのだ。
母は私を産んだ後、不義密通の罪で王妃を廃され、私と共に修道院に出された。
不倫するように命令し、不倫したら罰するという理不尽極まりない所業であるが、誰も王を咎めることは出来なかった。
ただ、修道院での生活は穏やかだった。私は母に愛された。まだ若かった母は、私に「お母さま」とは呼ばさせず、「姉さま」と呼ばさせた。
「私の可愛いアンリ、いつも学問ばかりして、女の子らしいことは何もしないのね」
「姉さまを救いたいのです」
「何を言っているの、アンリ。私はあなたがいれば、それだけで救われているのよ」
私は美しく優しい母が大好きだった。そして、清らかで、何にでも真剣に取り組む母を尊敬していた。王がなぜこんな母を嫌い、狂気の仕打ちを行うのか、全く理由が分からなかった。
私が大人になったら、何とか母に楽をさせたいと、一生懸命勉学に打ち込んだが、母との穏やかな生活はある日突然幕を下ろした。
半年後に私が十五歳の成人となったとき、王家が私を引き取ると一方的に通達してきたのだ。
「姉さま、王の目の届かないところにいっしょに逃げましょう」
「ああ、アンリがいなくなってしまう。あの人は私から大切なものを奪うことしか考えていないのよ。夫婦愛を奪い、操を奪い、尊厳を奪い、名誉を奪い、地位を奪い、そして子供までも奪う。あはは、命を奪うと何も奪えないから命だけは奪わない。あはは、もう何も奪わせないわっ」
私は何度も母に一緒に逃げようと誘ったが、母はみるみるうちに精神を病んでいった。そして、遂に自殺してしまった。
母の自殺の一報は王に届けられ、罪人の子は王家に不要という通知が返ってきた。
いったいこの王は何なのだ。
私はとても人とは思えない王への復讐を誓った。王宮の女官の試験を受け、王に接近し、刺し違える覚悟でいた。
母が亡くなった次の日、修道院にリンクという神父が訪ねてきた。私と面会し、母について話がしたいという。
王の新たな策ではないかと私は用心しながらも、リンクという神父に会った。リンクの話は荒唐無稽だった。
リンクは挨拶も省いて、すぐに話し始めた。
「俺は異世界からの転移者だ。お前のお母様が子供のときから、お母様をずっと見てきた」
普通だったら、ここで席を立つだろう。だが、このリンクという男は、信じられないものを
見せて来た。
「これは写真というものだ。お前のお母様が16歳のとき、今の王が皇太子だったときに婚約したときのものだ」
男が見せた紙に、母が今の私よりも二つ上の年齢のときの姿が描かれているのだ。実物かと見紛うほどの精巧な絵だった。
「何これ? 絵? 魔法?」
「俺の以前いた世界では普通のものだが、この世界では使用禁止だ。俺の話をお前に信じてもらうため、一枚だけ持ち出し許可を取ったのだ」
「許可って、誰から?」
「組織だ。俺のような異世界人や未来人で構成されている」
「……」
私は男の話を信じていいのだろうか?
「今からこの写真の時代に俺と一緒に行きたいかどうかをお前に確認するために来た。俺はお前のお母様を助けたい。今から十六年前に戻って、皇太子からお母様を逃がすつもりだ。ただ、過去に行ったら、行ったきりで戻っては来られない。アンリ、俺について来るか?」
母を救いたい一心からだった。
私の母は王妃であるにも関わらず、王から肉体的にも精神的にも暴力を振るわれていた。私は王の子ではなく、母に密かに好意を寄せていた騎士の子であった。
騎士の母への好意を知った王が、面白半分に騎士と母を一緒に住まわせ、一年以内に子をなさねば、騎士を殺すと言ったのだ。
母は騎士の命を守るため、自分の操を騎士に捧げ、私が産まれたが、騎士は私が産まれる前に、姦通罪で死罪となった。
王ははなから騎士を殺すつもりでいたのだ。
母は私を産んだ後、不義密通の罪で王妃を廃され、私と共に修道院に出された。
不倫するように命令し、不倫したら罰するという理不尽極まりない所業であるが、誰も王を咎めることは出来なかった。
ただ、修道院での生活は穏やかだった。私は母に愛された。まだ若かった母は、私に「お母さま」とは呼ばさせず、「姉さま」と呼ばさせた。
「私の可愛いアンリ、いつも学問ばかりして、女の子らしいことは何もしないのね」
「姉さまを救いたいのです」
「何を言っているの、アンリ。私はあなたがいれば、それだけで救われているのよ」
私は美しく優しい母が大好きだった。そして、清らかで、何にでも真剣に取り組む母を尊敬していた。王がなぜこんな母を嫌い、狂気の仕打ちを行うのか、全く理由が分からなかった。
私が大人になったら、何とか母に楽をさせたいと、一生懸命勉学に打ち込んだが、母との穏やかな生活はある日突然幕を下ろした。
半年後に私が十五歳の成人となったとき、王家が私を引き取ると一方的に通達してきたのだ。
「姉さま、王の目の届かないところにいっしょに逃げましょう」
「ああ、アンリがいなくなってしまう。あの人は私から大切なものを奪うことしか考えていないのよ。夫婦愛を奪い、操を奪い、尊厳を奪い、名誉を奪い、地位を奪い、そして子供までも奪う。あはは、命を奪うと何も奪えないから命だけは奪わない。あはは、もう何も奪わせないわっ」
私は何度も母に一緒に逃げようと誘ったが、母はみるみるうちに精神を病んでいった。そして、遂に自殺してしまった。
母の自殺の一報は王に届けられ、罪人の子は王家に不要という通知が返ってきた。
いったいこの王は何なのだ。
私はとても人とは思えない王への復讐を誓った。王宮の女官の試験を受け、王に接近し、刺し違える覚悟でいた。
母が亡くなった次の日、修道院にリンクという神父が訪ねてきた。私と面会し、母について話がしたいという。
王の新たな策ではないかと私は用心しながらも、リンクという神父に会った。リンクの話は荒唐無稽だった。
リンクは挨拶も省いて、すぐに話し始めた。
「俺は異世界からの転移者だ。お前のお母様が子供のときから、お母様をずっと見てきた」
普通だったら、ここで席を立つだろう。だが、このリンクという男は、信じられないものを
見せて来た。
「これは写真というものだ。お前のお母様が16歳のとき、今の王が皇太子だったときに婚約したときのものだ」
男が見せた紙に、母が今の私よりも二つ上の年齢のときの姿が描かれているのだ。実物かと見紛うほどの精巧な絵だった。
「何これ? 絵? 魔法?」
「俺の以前いた世界では普通のものだが、この世界では使用禁止だ。俺の話をお前に信じてもらうため、一枚だけ持ち出し許可を取ったのだ」
「許可って、誰から?」
「組織だ。俺のような異世界人や未来人で構成されている」
「……」
私は男の話を信じていいのだろうか?
「今からこの写真の時代に俺と一緒に行きたいかどうかをお前に確認するために来た。俺はお前のお母様を助けたい。今から十六年前に戻って、皇太子からお母様を逃がすつもりだ。ただ、過去に行ったら、行ったきりで戻っては来られない。アンリ、俺について来るか?」
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