公爵令嬢は皇太子の婚約者の地位から逃げ出して、酒場の娘からやり直すことにしました

もぐすけ

文字の大きさ
上 下
20 / 47
第三章 起業と領地経営

農民生活

しおりを挟む
農民の朝は早い。日の出とともに畑に出る。

時給自足のため、やるべきことは盛りだくさんだ。畑仕事だけではない。家畜の飼育は牧人という職業の人に任せているが、果樹や野菜の栽培、パン焼き、馬の飼育など日の出から日の入りまで働きどおしだ。

しかし、ルイーゼには、案の定、楽勝だった。

組織から送られたという老夫婦は、優しい感じのおじさまとおばさまだった。とても上品で農民でないことは丸わかりなのだが、農業については実によくご存知だった。

「ルイーゼ様、農地には地力がありまして、同じ作物ばかり育てていますと、地力が落ちてしまいます。ですので、このあたりでは三圃式農業というのを行い、地力の低下を防いでいます」

種をまいて水をやれば、わんさか作物ができるということではないことをルイーゼは初めて知った。

「肥料は家畜の糞尿を使用するのが一般的ですが、裕福な農家は、肥料師に金銭を払って、魔法で農地を肥沃にしてもらうといったことも行っています。今回、私たちは自分たちで魔法を使います」

この世界の魔法は、実験室で行う化学化合物の精製を日常空間で行うというものだ。肥料の三要素である窒素、リン酸、カリウムを土壌に含ませると、作物がよく育つことを肥料師と呼ばれる魔法使いたちはすでに導き出していた。

だが、物理的な力作業は魔法ではどうにもならない。畑作業を含めた農作業全般は、リンクと組織から来たマッチョな美青年二人の三人で行っていた。彼ら三人が汗を光らせながら農作業に勤しむ姿をルイーゼとアンリは毎日木陰から見ていた。

「姉さま、農作業って、何だか素敵ですね」

「そうね。見ていて飽きないわね」

ルイーゼはリンクばかりを見ていたが、アンリはマッチョが好みのようだった。

ルイーゼとアンリは農家での作業は一切免除だったのだが、ルイーゼは少しは自分も役に立ちたいと思い、パン焼きと食事の準備をかって出た。

パンを焼くのは初めてだったので、おばさまから手ほどきを受けた。

「なんなのこのパン。柔らかくておいしい!」

こんなにおいしいパンは初めてだった。

おばさまは微笑んでいる。組織の人たちは、この柔らかいパンに驚くことなく、当たり前のような顔をして食べている。

(この人たちっていったい何なの? パン屋もびっくりのすごいパンなのにっ!)

おばさまの教えてくれる献立は、どれも美味なものばかり。リンクの料理は、男飯って感じのボリューム感があって、すぐに出来る焼き物や揚げ物が中心だったが、おばさまの料理はじっくりと調理する煮物や汁物が多かった。

「農民はこんなにおいしいものを毎日食べているのですか?」

「あら、そんなことないわよ。これはルイーゼちゃん向けの特別メニューよ」

ルイーゼたちがいるのは王都から20キロほど離れた郊外の農地だ。敷地は全部見回るのに半日かかるほど広大だ。屋敷もかなり大きく、しかも、ルイーゼの滞在のためにかなり内装を変えたらしく、アードレー家の離れよりも快適かと思うぐらい居心地がいい。

こんな感じで、楽しい農民生活が瞬く間に一週間ぐらい過ぎた。

「こんなんで本当に実習になるのでしょうか?」

ルイーゼはリンクに聞いてみた。

「ええ、なりますよ。農民の生活を見て覚えていただけばいいのです。本当の農家にルイーゼさんに滞在してもらうことも考えましたが、かなり危険だと思いましたので、この形にしました。ちゃんとこの地方のやり方で農作物を育てていますので、私たち男性三人の作業と似たようなことを他の農家でもしているはずです」

リンクたち男衆は朝から晩まで働き詰めだが、他の農家はここまで良質な労働力はないかもしれない。恐らく、一家総出で作業しているのだろう。実際、以前ここにいた農家は全員で作業していたそうだ。

「前の農家はどうなったのですか?」

「酒場で働いてもらっています。老夫婦はもう引退してもらって、未亡人と妹さんを給仕係として、四号店の開店時に採用してもらいました」

「ルイーゼの酒場」の四号店は、開店したばかりで、王都の南のポートタウンという港町で港湾関係の労働者や船乗りをターゲットとしていた。

「リンクさん、お体は大丈夫ですか?」

リンクが少し首を気にしているようだ。

「ええ、今は全然問題ないです。普段使っていない筋肉を使うようで、最初のころは筋肉痛が酷かったです」

そう言ってリンクは、こことか、ここはまだ痛いですと体を触っている。

(あー、私もリンクを触りたい。そう思ったりするのは、ふしだらなのかしら)

二人の関係は偽装夫婦になった後も、全く進展なしだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

処理中です...