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第二章 捜索
母の説得
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マリアンヌが酒場に到着した。公爵夫人であることを隠そうとせず、表に豪奢な馬車で乗り付けた。
豪華なドレスを身にまとい、高価な扇子で口元を隠し、侍女を二名付けて、しゃなりしゃなりと酒場に入って来た。
今日も大盛況の酒場だったのだが、水を打ったようにシーンとなっている。さすがのロバートもこれには苦笑いだ。ルイーゼは固まってしまっていた。
マリアンヌはロバートたち四人のところには向かわず、アンリに席を用意させている。アンリも流石に公爵夫人と名乗っている人に満席ですとは言えず、奥からこういう時のための机と椅子を持ち出して来て、セッティングした。
マリアンヌが用意された椅子に座り、お付きの侍女に何か言っている。ルイーゼは嫌な予感しかしなかった。
「ルイーゼお嬢様、こちらにおいで下さいと奥様が仰せです」
侍女が酒場中に聞こえる音量で叫んだ。実に良く通る声質であった。
今や酒場の看板娘のルイーゼが、公爵家のお嬢様だったと知って、客だけではなく、従業員もざわめき出した。
(もう、ここで働けなくなるじゃないのよっ)
そう心で愚痴りながら、ルイーゼはマリアンヌの元に早足に駆けつけた。
「ルイーゼ、そこに座りなさい」
「お母様、仕事中ですので、立ったままでお話します」
マリアンヌはじっとルイーゼの目を見ていたが、ふっと微笑んだ。
「頑固ね。皆こちらに注目して、仕事などないでしょうに」
確かに酒場は時が止まったかのようであった。
「まあいいわ。それで、あなた、何をしたいの?」
「自分で選んだ人生を歩みたいのです」
マリアンヌはルイーゼの服装や手先などを観察し、本気で仕事に打ち込んでいることを確認した。
「そう。それでどんな人生を歩むつもりなの?」
「お母様、私、あの皇太子を蹴飛ばしても咎められないほどの力を得たいのです」
これにはマリアンヌも絶句した。
「……」
娘の目に闘志を感じたマリアンヌは、フーッと大きく息をついた。
「面白いことを言うわね。良いでしょう。好きに生きることを許します。でも、ここまで育てた恩返しをしなさい。いくつか条件を出します。いいですか」
満面の喜びをたたえていたルイーゼの顔が陰った。
「何でしょうか」
ルイーゼは恐る恐る尋ねた。
マリアンヌは指を一本立てて見せた。
「年に一度、アードレー家に近況を報告に来なさい」
続いて二本指を立てた。
「結婚をしたい相手が出来たら、母に挨拶に来させなさい」
そして、三本目。
「私よりも先に死なないこと」
マリアンヌは立ち上がって、娘を抱き寄せた。
「以上よ、ルイーゼ、頑張りなさい。お父様には私から説明しておくわ」
***
ロバートはマリアンヌの前に座っていた。ビールにフライドポテトと棒棒鶏がつまみだ。
「あら、この鳥の料理、あっさりしていて美味しいわね」
「冒険者向けにメニューに重いものが多いのだが、ルイーゼが軽めのものを用意してくれたのだろう。護衛たちは同じ鳥でも唐揚げの方が好みのようだぞ」
「こんな庶民の酒場の方が、料理が美味しいだなんて知らなかったわ。それにしても、あの子、良く動くわね」
「冒険者たちに大人気だ。忌々しいことだ。ところで、マリアンヌ、なぜ許した? 絶対に家に連れて帰るって言ってたじゃないか」
「あんなに生き生きとした目で本気で取り組んでるとは思わなかったのよ。それに、ほら、あの厨房のハンサム君、ルイーゼはあの子にぞっこんよね。この状況で家に無理矢理連れ帰ったら、心が死んでしまうわよ」
「彼と結婚していいから家に帰れと言ったんだが、怒ってしまってな」
マリアンヌはため息をはいた。
「あなた、呆れるわね。頬も叩いたんですってね。あなたが脳筋だとは思ってもみなかったわ。ルイーゼは自立心に目覚めたのよ。好きにさせるのが一番だわ。アードレー家とのつながりは維持するように言ったから、いつまでも私たちの娘よ」
「なあ、心配だから、監視をつけていいか?」
マリアンヌはもう一度ため息ををついた。
「いい加減、子離れしなさいよ。もし見つかったら、一生口きいてもらえなくなるわよ」
「つい最近まで、お父様、お父様って抱きついて来てたのになあ。一生ここでルイーゼを見ていたいなあ」
「バカなこと言ってないで、そろそろ帰るわよ。領地経営をセバスチャンに任せっぱなしでどうすんのよ」
「ちくしょう、帰るか。おーい、ルイーゼ、帰るからなあ」
ルイーゼがロバートたちに手を振っている。
「ちっ、手を振るだけか」
アードレー家一堂は酒場を後にした。
豪華なドレスを身にまとい、高価な扇子で口元を隠し、侍女を二名付けて、しゃなりしゃなりと酒場に入って来た。
今日も大盛況の酒場だったのだが、水を打ったようにシーンとなっている。さすがのロバートもこれには苦笑いだ。ルイーゼは固まってしまっていた。
マリアンヌはロバートたち四人のところには向かわず、アンリに席を用意させている。アンリも流石に公爵夫人と名乗っている人に満席ですとは言えず、奥からこういう時のための机と椅子を持ち出して来て、セッティングした。
マリアンヌが用意された椅子に座り、お付きの侍女に何か言っている。ルイーゼは嫌な予感しかしなかった。
「ルイーゼお嬢様、こちらにおいで下さいと奥様が仰せです」
侍女が酒場中に聞こえる音量で叫んだ。実に良く通る声質であった。
今や酒場の看板娘のルイーゼが、公爵家のお嬢様だったと知って、客だけではなく、従業員もざわめき出した。
(もう、ここで働けなくなるじゃないのよっ)
そう心で愚痴りながら、ルイーゼはマリアンヌの元に早足に駆けつけた。
「ルイーゼ、そこに座りなさい」
「お母様、仕事中ですので、立ったままでお話します」
マリアンヌはじっとルイーゼの目を見ていたが、ふっと微笑んだ。
「頑固ね。皆こちらに注目して、仕事などないでしょうに」
確かに酒場は時が止まったかのようであった。
「まあいいわ。それで、あなた、何をしたいの?」
「自分で選んだ人生を歩みたいのです」
マリアンヌはルイーゼの服装や手先などを観察し、本気で仕事に打ち込んでいることを確認した。
「そう。それでどんな人生を歩むつもりなの?」
「お母様、私、あの皇太子を蹴飛ばしても咎められないほどの力を得たいのです」
これにはマリアンヌも絶句した。
「……」
娘の目に闘志を感じたマリアンヌは、フーッと大きく息をついた。
「面白いことを言うわね。良いでしょう。好きに生きることを許します。でも、ここまで育てた恩返しをしなさい。いくつか条件を出します。いいですか」
満面の喜びをたたえていたルイーゼの顔が陰った。
「何でしょうか」
ルイーゼは恐る恐る尋ねた。
マリアンヌは指を一本立てて見せた。
「年に一度、アードレー家に近況を報告に来なさい」
続いて二本指を立てた。
「結婚をしたい相手が出来たら、母に挨拶に来させなさい」
そして、三本目。
「私よりも先に死なないこと」
マリアンヌは立ち上がって、娘を抱き寄せた。
「以上よ、ルイーゼ、頑張りなさい。お父様には私から説明しておくわ」
***
ロバートはマリアンヌの前に座っていた。ビールにフライドポテトと棒棒鶏がつまみだ。
「あら、この鳥の料理、あっさりしていて美味しいわね」
「冒険者向けにメニューに重いものが多いのだが、ルイーゼが軽めのものを用意してくれたのだろう。護衛たちは同じ鳥でも唐揚げの方が好みのようだぞ」
「こんな庶民の酒場の方が、料理が美味しいだなんて知らなかったわ。それにしても、あの子、良く動くわね」
「冒険者たちに大人気だ。忌々しいことだ。ところで、マリアンヌ、なぜ許した? 絶対に家に連れて帰るって言ってたじゃないか」
「あんなに生き生きとした目で本気で取り組んでるとは思わなかったのよ。それに、ほら、あの厨房のハンサム君、ルイーゼはあの子にぞっこんよね。この状況で家に無理矢理連れ帰ったら、心が死んでしまうわよ」
「彼と結婚していいから家に帰れと言ったんだが、怒ってしまってな」
マリアンヌはため息をはいた。
「あなた、呆れるわね。頬も叩いたんですってね。あなたが脳筋だとは思ってもみなかったわ。ルイーゼは自立心に目覚めたのよ。好きにさせるのが一番だわ。アードレー家とのつながりは維持するように言ったから、いつまでも私たちの娘よ」
「なあ、心配だから、監視をつけていいか?」
マリアンヌはもう一度ため息ををついた。
「いい加減、子離れしなさいよ。もし見つかったら、一生口きいてもらえなくなるわよ」
「つい最近まで、お父様、お父様って抱きついて来てたのになあ。一生ここでルイーゼを見ていたいなあ」
「バカなこと言ってないで、そろそろ帰るわよ。領地経営をセバスチャンに任せっぱなしでどうすんのよ」
「ちくしょう、帰るか。おーい、ルイーゼ、帰るからなあ」
ルイーゼがロバートたちに手を振っている。
「ちっ、手を振るだけか」
アードレー家一堂は酒場を後にした。
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