公爵令嬢は皇太子の婚約者の地位から逃げ出して、酒場の娘からやり直すことにしました

もぐすけ

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第一章 逃亡

唐揚げ:ルイーゼ視点

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酒場の主人が私の顔を見た。

「ほう、別嬪さんだな。ん? 見間違いか?」

危なかった。変顔するのを忘れていた。リンクとアンリは既に酒場の従業員だった。私は彼らの紹介という形で給仕係として採用された。

「早速今日から働いてもらう。夕方の6時から夜の12時までだ。細い体してるが、頑張ってくれよ。部屋はアンリと同部屋だ。一番大きいいい部屋だ」

アンリに案内され、部屋に入った。これが大きい部屋? 私の王宮の寝室の4分の1もなかった。

「ルイーゼ様、小さくて驚かれたでしょう。でも、他の人の部屋は人一人が寝られるだけの大きさしかありません。ベッドを二つ置いて、こうやって荷物を置ける部屋はここだけです」

「リンクさんは狭い部屋なの?」

「リンクのことが気になりますか?」

「いや、そういうわけじゃないけど、あの人背が高いでしょう。アンリもだけど、私のために暮らしに不自由するのは申し訳ないわよ」

「ルイーゼ様はお優しいですね。我々はお客様であるルイーゼ様よりいい暮らしは出来ない規則です。ルイーゼ様が出世されれば、我々もいい暮らしができるようになりますので、頑張って頂きたいです。リンクの部屋は狭いです。見に行きますか?」

(なんだかやけにリンク推しするわね)

「男の方のお部屋に行くなどとんでもないわ」

「では、リンクを誘って、お昼を外で食べましょうか」

朝は宿屋で食べたが、パンが硬くて閉口した。正直、食事があまり美味しくないので、食事の時間が憂鬱になって来た。とはいえ、食べないと生きていけない。

「そうね、行きましょうか」

アンリがリンクを連れてきて、三人で酒場の従業員寮を出た。質素な建物だが、清潔なので住み心地は悪くはないと思った。

宿から酒場までも馬車だったので、自分の足で街を歩くのは初めてだった。リーベルタウンには有名なダンジョンがあり、国内中から冒険者たちが集まって来るらしい。酒場の客のほとんどが冒険者だという。

アンリがリンクとよく二人で行くという定食屋に入った。ここも冒険者たちが多いらしい。私たち三人は目立っていたようだ。昼間から酒を飲んでガラの悪い四人組の男が絡んできた。

「おいおい、ここだけきれいな花が咲いているようじゃないか。あ? 一人は男じゃねえか。まあ、いいか。せっかくだから、一緒に食べようぜ」

私はこんなことは初めてなので、驚いて固まってしまった。心臓がドキドキして、足がすくんでしまっている。だが、アンリとリンクは平然としている。

「あ? おい聞こえてんのぎゃっ」

リンクに掴みかかろうとした男が、店の従業員に思いっきり蹴飛ばされて、うずくまっていた。

「お客さん、他のお客さんに手を出すならお客さんじゃないよ。出てってくれ」

従業員にそう言われた四人組は従業員に反撃しようとしたが、どんどん別の従業員が集まってきて、取り囲まれてしまった。

「店で好き勝手はさせない。お代を置いて出て行きな」

従業員にそう言われて、男四人は反撃を諦めて、すごすごと出て行った。

「リンクさん、すいませんでした」

そう言って従業員たちは元通りに働き出した。

「ルイーゼ様、驚かせてしまってすいません。ここの店の従業員は元ハイクラスの冒険者たちなんです。ですので、ここは治安抜群のお店なんです。さっきの男たちは町に来たばかりなんでしょう。この店であんなことするなんて、自殺行為です」

リンクはそう言っているが、恐らく彼一人で男四人は何とでもなったに違いない。盗賊を私が着替えている間に全滅させる腕前なのだ。

そうこうしているうちに、頼んでいた料理が来た。

「お、美味しい!」

私ははしたなくも、思わず叫んでしまった。ものすごく美味しい。宮廷料理のなかのどんな料理よりも美味しかった。

「ルイーゼ様、気に入って頂けましたか。『唐揚げ』って料理です。リンクがこの店にレシピを渡して作ってもらったんです」

「こら、アンリ!」

リンクが慌ててアンリを叱った。

「どうせいつかはバレることよ、リンク。他の人から聞くよりも、直接本人から聞いた方がルイーゼ様には絶対にいいわよ」

確かにアンリの言う通りだと思った。ところで、話をしていて、そろそろ「ルイーゼ様」ってのが気になって来た。

「アンリ、リンクさん、その『ルイーゼ様』ってのは、酒場で働くときに困ります。ルイーゼでいいです」

「え? それはちょっと困ります」

リンクがなんだかアワアワしている。いつも余裕の表情のリンクには珍しい。

「私は『姉さま』って呼んでもよろしいでしょうか」

「いいわよ」

「やったっ!」

アンリは嬉しそうだ。

「リンクさん?」

私はリンクに再確認したところ、リンクはフーッと息を吐いた

「では、ルイーゼさんと呼ばせて頂きます」

「それで妥協しましょう。引き続きよろしくお願いします」

私は唐揚げのおかげでテンションが上がっていた。貴族のしがらみから解放されて、唯一気に入らなかった食事の質が、これで改善する。何だか、人生を思いっきり楽しめるような気分になって来た。

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