公爵令嬢は皇太子の婚約者の地位から逃げ出して、酒場の娘からやり直すことにしました

もぐすけ

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第一章 逃亡

逃がし屋

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ルイーゼは自分が揺れていることを夢うつつに感じていた。

(え? 揺れている?)

ルイーゼは異常事態だと直感し、目を覚ました。

(ここは?)

「目覚められましたか」

横から突然声をかけられて、ルイーゼはビクッとした。

「驚かせてしまってすいません。ここは馬車の中です」

声の主は金髪碧眼の可愛らしい少女だった。ルイーゼは馬車の座席に座らされていた。少女はルイーゼの隣に座って、ルイーゼを支えてくれていたようだ。

「ここは?」

「王都から5キロほど東の郊外です」

「あなたは?」

「アンリといいます。ルイーゼ様の二つ歳下です」

「何があったのかしら。私、戻らないと」

早く王宮に戻らないと、大変な騒ぎになる。アードレー家の体面にも関わる。

「あの女たらしの皇太子のところに戻るのですか?」

アンリは肩をすくめて、首を左右に振っている。

ルイーゼは先ほどの出来事を思い出した。

ルイーゼも政略結婚であることは分かっていたが、それでもアルバートの良いところを見つけて、好きになる努力をするつもりだった。実際、少し恋心が芽生えて来ていて、その気持ちを刺繍に込めたのだ。

しかし、アルバートは全くルイーゼに興味を持っていなかった。愛のない仮面夫婦で一生いるつもりだったのだ。心を込めたハンカチをあんな女に渡そうとするなんて。ルイーゼにあのときの屈辱が蘇ってくる。ルイーゼの気持ちは無惨に踏みにじられたのだ。

「殿下、許せないわ」

ルイーゼの口からは自然とアルバートへの恨みの言葉が出て来た。

「ですよね。戻る必要ないです」

気持ちとしては戻りたくはないが、アードレー家のことが気になる。

「アードレー家がお咎めを受けてしまうわ」

「大丈夫です。ルイーゼ様は私たちに誘拐されたのです。アードレー家は同情されることはあっても、処罰されることはないです」

「あなたたちは一体何者? 私をどうする気なの?」

「私たちは『逃がし屋』です。ご依頼により、ルイーゼ様の逃亡をお助けします。そのドレスは目立ちますので、こちらにお着替えをお願いします」

アンリは町娘の衣装をルイーゼに差し出した。

「依頼って、誰の?」

「依頼主を明かすことはできません。覚悟をお決め下さい。戻ると一生台無しですよ?」

アルバートと一生愛のない生活を牢獄のような王宮で送るのは確かに嫌だ。でも、追手を恐れて、一生逃亡生活というのも嫌だ。

「逃げたとして、私はどのような生活を送るのかしら? 自慢じゃないけど、私は何も出来ないわよ」

「今回のご依頼は社会復帰プログラムもセットになっています」

「な、何、そのぷろぐまるって?」

「失礼しました。社会復帰できるように支援もさせて頂きますので、ご安心ください。まずは、酒場の娘から始めて頂きます」

「え? 酒場って、庶民の行くお酒の出るお食事どころのことかしら?」

「はい、そうです。ちゃんとルイーゼ様が幸せになるまで、私たちが陰になり日向になり支援いたしますので、大船に乗ったつもりで、全てをお任せください。さあ、お着替えを」

とりあえずルイーゼは着替えることにした。アンリがじっと見つめている。

「あの、そんな風に見ていられると、恥ずかしいのだけれど」

「これは私としたことが。失礼しました。目を閉じておりますので、どうぞお着替え下さい」

このアンリという娘、薄目を開けているのではないだろうか。

「ねえ、後ろを向いていてくれる?」

「同じ女同士じゃないですか。今までも侍女に着替えを手伝ってもらっていたのではないですか?」

なぜかアンリが意外なところで抵抗する。

「いいから、後ろを向いていて!」

「……。かしこまりました」

アンリが渋々後ろを向いた。何なのよ、この子はと思いながら、ようやくルイーゼは着替えを始めた。

ルイーゼがドレスを全部脱いで、下着だけになったところで、馬車が大きく揺れて、停止した。

御者の叫び声が聞こえて来た。

「盗賊だ。俺が対応する。アンリ、ルイーゼ様をお守りしろ。絶対に馬車から出て来るなよ」

男性の声だった。

「分かったわ。ルイーゼ様、早くお着替えを」

アンリは完全にルイーゼの方を向いていた。ルイーゼの下着姿を凝視している。

(もう見られてもいいわよっ)

ルイーゼはアンリの視線は諦めた。盗賊と聞いて、それどころではなかったのだ。ルイーゼは慌てて着替えを済ませた。
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