皇帝から離縁されたら、他国の王子からすぐに求婚されました

もぐすけ

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宰相

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 応接室に入ると宰相が座らずに立って待っていた。

 宰相のマルクスはセバスチャンとよく似た感じの容姿だ。見た目は頼りない感じだが、先帝の腹心で、この国の独立と先帝の即位に多大なる貢献をした六功臣の一人だ。

「おお、皇后様、朝から申し訳ございません。まさかお会いしていただけるとは思ってもおりませんでした」

(ふん、よく言うわよ。土砂降りだから、私の申し訳ない気持ちを引き出せるとみて、自ら来たのでしょう)

「もう皇后ではありません。ただの出戻り娘です。さあ、お座りになって」

 お互いに無関係であることを強調するため、私は宰相に丁寧な言葉遣いで応じた。

 私が腰掛けると、宰相はようやくソファに腰掛けた。あくまで私を皇后扱いする気だ。

「戻って来ては頂けませんか?」

 単刀直入に言われた。

「陛下が出て行けと仰ったのに戻れるわけがないです」

「陛下は我々が説得します。スタンレー卿からも陛下を説得して頂くようお願いに上がっております」

「父に!?」

 もう、要らないことするわね。父も六功臣の一人だが、マルクスとはそんなに仲が良いということはなかったはずだ。

「はい、スタンレー侯爵家のご令嬢を廃するなどあってはならないことです」

「でも、セリーヌを皇后にするのでしょう?」

「あ、あの方が皇后になったら、皇室は終わりです」

「なぜですの? 彼女は器量も良いし、性格もいいですわ。それにお優しいですわ」

「陛下に歯止めが効かなくなります」

「マルクス宰相、陛下を諌めるのはあなた方のお仕事ではなくて? そもそも妃は政治への介入はタブーのはずでしてよ」

「おっしゃる通りなのですが、我々廷臣が命をかけて諫言しても、犬死にするだけです」

「宰相、厳しいことを申し上げますが、それでも諫言するのが、あなた達のお仕事ではなくて?」

 宰相が眉毛をへの字にして、なんとも情けない表情になった。

「かしこまりました。皇后様の命に従い、我ら全員犬死にして参りますっ」

 もう、すぐに拗ねるのよね、この男は……

「分かったわ。陛下があなたたちの説得に応じたら戻ります。説得できなかったら、戻りませんからね」

 ジョージはああ見えて頑固なところがある。私から謝りに行くならまだしも、ジョージが廃后を撤回するとは思えない。マルクスには悪いが、私が戻ることはないだろう。というか、本来政治は宰相が陛下の命を受けて、実践するものだ。マルクスはちゃんと仕事をして欲しい。

「おお、ありがとうございます。それで、こちらを見て頂きたいのですが」

 そう言って宰相が見せたのは、例の孤児院への支援の勅書だ。皇室支援金ではなく、国庫から支出することになっている。私は嫌な予感がした。

「まさか、宰相。私に手伝えって言うんじゃないでしょうね」

 私は皇后のときの口調に戻っていた。

「はい、その通りでございます。五億ものお金を急にどう捻出しろと仰るので?」

 拗ねるだけではなく、開き直ったりもするのよね、この男は。

「それを考えるのがあなたたちの仕事でしょう。なぜ私が手伝わなきゃならないのよ」

「まだ、廃后の勅令は発令されておりません。フローラ様はまだ皇后様なのですよ」

「仮にそうだとして、皇后は国政には関わらないのが規則でしょう」

「皇后様、これが通ってしまうと、衛兵に給金が支払えなくなってしまいます。皇室の防衛上の大問題となります」

 正直、皇室が攻められようがどうでもいいのだが。

「そんなに切羽詰まっているわけないでしょう。本当に困っているなら、いっそのこと、孤児救済のための特別税だと言って、聖職者から徴税しちゃえば?」

 宰相の眼光が急に鋭くなり、それを隠すかのように目を細めて私を見て、しばらく考えてから、大きく頷いた。

「なるほど。教会からの要求を教会関係者から徴収するのですな。徴税が断わられれば、それを理由に教会への援助も断れますな。教会も身内が断っているので文句が言えない。何と悪どい、いや、素晴らしい案です。皇后様、今後ともお知恵を拝借させて頂きたいものです」

「陛下を説得できたらね。さあ、もう要件はないのでしょう。さっさと帰ってちょうだい」

 宰相はとりあえずは満足したようで、土砂降りのなか、帝都に帰って行った。

 初日からこれでは先が思いやられるわ。

 案の定、昼過ぎにスタンレー家からの使者が来た。実家に戻って状況を説明せよ、とのことだった。

 宰相が父にこの場所を明かしたらしい。

「マルクス、あのオヤジ、要らないことしかしないわ」
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