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廃后

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 私はフローラ、今年で二十歳になる。

 二年前、夫のジョージが皇帝に即位し、皇后になった。

 ジョージは五歳年上のいいところを見せたがる調子のいい男だ。口癖は「いいよ、任せておきな」だ。

 そして、私の天敵ともいうべき女が、側室のセリーヌだ。私と同時期に後宮入りしたのだが、今や陛下の寵愛を独占している。私より二つ年下で、美しく、性格もよく、とても優しい。だが、何も考えていないおめでたい女で、口癖は「まあ、かわいそう」だ。

 陛下は今日もセリーヌを側に置いて、政務をこなしている。いや、正確に言えば、格好つけたがっている。私はいちいち陛下の政策に口うるさく注文をつけるため、執務室への出入りを禁止されている。

 皇后は政務に関わりは持たないはずなのだが、陛下の周りで唯一まともな人と見られている私は、廷臣たちから非常に頼りにされていて、陛下を説得してくれとか、別の方向に誘導してくれとか、面倒くさいことを頼みに来るのだ。

 執務室に入れなくなっても、何かと廷臣たちから頼られる。今日もどうしても相談したいとせがまれて、会議室であの二人の決めたお花畑政策をどのように尻拭いするか、朝から彼らといっしょに検討していた。

 ようやく何とか目途がついたとき、執務室で陛下とセリーヌを見張っていた秘書官が、慌てて会議室に飛び込んできた。

 話を聞いてみると、とんでもない金額を陛下が法王からせがまれているらしい。早く止めてほしいと言われた。

「それで、なぜ、私の顔を見るのよ」

 分かってはいるが、一応秘書官に聞いてみた。

「陛下と法王の間に割って入れるのは、皇后様しかおられません!」

「私は陛下から執務室への出入り禁止を言い渡されているのよ」

「これは国難です。何とぞご英断をっ」

「もう、大げさね。仕方ないわね。執務室の外で話を聞いて、まずくなったら踏み込むってことでいいかしら」

「はいっ、お願いしますっ」

 私は秘書官と一緒に執務室のドアの前まで来て、耳をそばだてた。中での会話が聞こえてくる。

「法王、こちらの孤児院も予算が足りないということだな」

 ジョージの声だ。

「左様でございます。いたいけな孤児たちがまともな生活を送れない状況ですので、皇帝陛下からのご慈悲におすがりしたくお願い致します」

 法王のしゃがれ声もよく聞こえる。

「ふむ。一億円か。セリーヌ、どう思う?」

(え? 一つの孤児院に一億円?)

 私は一緒にドアに耳をあてている秘書官の顔を見た。

(はい、私が控えていたとき、すでに五つの施設で合計四億円の援助が次々に決められて行きまして……)

「まあ、かわいそう。ここにもぜひとも援助をすべきと思いますわ」

 セリーヌの抜けた声が聞こえて来た。

「そうだろうとも。法王、いいよ、任せておきな」

「ちょっと待ったあぁぁ」

 私はドアを蹴破って、執務室に飛び込んだ。

 陛下、法王、セリーヌの三つの顔が驚いて私を見ている。

(こいつら、アン、ポン、タン、ね)

 私は脳内で一人ずつを指さして、アン、ポン、タンと名付けてみた。

「何用だ、フローラ。お前には執務室への出入りは禁止しているはずだぞ」

 そう言われることは分かっていたが、無視だ。

「陛下、たった一つの孤児院に一億円もの援助を施すなど、常道を逸しております」

 陛下があからさまにむっとした。

「何をいう。根拠はある。老朽化している建物の改修、年間で必要な孤児たちの生活費、職員の給料などの明細がつけられているぞ」

 私は陛下の前の嘆願書を手に取って、素早く斜め読みした。

「実際に孤児院の補修箇所を確認する必要があります。また、ここには孤児と職員の人数がかかれておりません。孤児院は基本的には教会へのお布施と国庫からの支援金、地域住民の無償奉仕で運用され……」

「ええい、うるさい。お前は黙っておれ」

「いいえ、黙っていません。国民から徴収した税金の使途は慎重に検討すべきです。何の調査も議会の決議もなく、皇帝の一存で決めるなど、あってはならぬことです」

「皇室支援金から充当すればよいではないか」

「陛下、皇室の借金の利子の返済だけで、皇室支援金の七割が消えて行きます。皇室の財政はひっ迫しております。陛下にご自覚はおありでしょうか」

 ははは、言ってやった。勅命に逆らえば死罪なので、逆らわない範囲で無難な政策に変更するという作業を朝からずっとやっていて、私はへとへとなのだ。

「フローラ、それ以上言うようなら、廃后のうえ、離縁するぞ」

 おおっ、いつになくかなり怒っている。そうか。法王の前で威厳を示したいのか。知らないわよ、そんな威厳。

「陛下、私は国のため、皇室のため、陛下のために諫言しております。このままでは国が滅びてしまいます」

「ふん。大げさなやつだ。もうよい。いちいち私に逆らいおって。いくら美しくても、お前の顔はもう見たくもない。廃后のうえ、離縁にするゆえ、どこへでも行くがよい」

 セリーヌがおろおろしながらも、口を出してきた。

「陛下、皇后様がおかわいそうです。皇后様には皇后様のお考えがおありと思います。ご再考されてはいかがでしょうか」

「セリーヌ。そなたは本当に優しいな。やはり、そなたのように優しい心を持ったものが皇后となるべきなのだ。そなたこそ国母となるにふさわしい。フローラを廃后し、そなたを皇后とする。私は決めたぞ」

「まあ、なんてことでしょう」

 もう勝手にしてくれればいい。このお花畑カップルとは、これ以上は付き合いきれない。

「わかりました。すぐに出ていきます。陛下、これまでお世話になりました」

 法王がにやにやしているのが目に入った。私がいなくなれば、邪魔者が消えたとばかり、これまで以上に好き勝手することだろう。

 でも、もう知ったことか。私は出て行って、自由気ままに暮らすのだ。

 真っ青な顔をしている秘書官を置いて、私はすたすたと執務室を出て行った。
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