上 下
2 / 14

晴耕雨読

しおりを挟む
 こうなることを見込んで、私はせっせと貯金を貯め、郊外の湖畔にある小さな城を購入しておいた。使用人を数人雇ったとしても、人生五回分ぐらいの蓄えはある。夢にまで見た晴耕雨読の生活を始めるのだ。実際に耕すのは使用人たちだが。

 このレイクウッド城は、跡取りのない伯爵未亡人が、皇后様に是非ともお譲りしたいとおっしゃってくれた物件で、私も一目見て気に入って、夫人から購入したものだ。執事とメイドには少し先に城に入ってもらい、城の維持管理をしてもらっていた。

 城に入って、執事のセバスチャンにこれからここにずっと住むことを告げた。

「皇后を首になったのよ。これからよろしくね」

「左様でございますか。皇后様、今後は何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

 セバスチャンはひょろっとして背が高く、頭の薄い壮年の男性だ。イケメン執事にしたかったのだが、能力重視で採用したらこうなった。

「フローラでいいわ」

「かしこまりました。フローラ様」

「明日の朝食はここで頂くけど、天気が良ければ、お昼は湖の近くで頂くわ」

「かしこまりました。料理長とメイド長に伝えておきます」

「よろしくね。私は温泉に入ってから休むわ」

 私がこの城を気に入った理由の一つは、いつでも源泉掛け流しの温泉につかれることだ。この国は火山が多く、温泉が各所で楽しめるが、このように自宅でも自由に温泉が楽しめる物件は珍しい。

「あ~気持ちいい。やっとあのお花畑の二人から解放されたわ。極楽、極楽」

 私はいつもあの二人の決めた政策の尻拭いに奔走していたのだが、これからはそんなことは考えなくていい。

 実家のスタンレー家が何か言ってくるかもしれないが、皇帝の決めたことだ。私が好きで後宮を出たことにはなっていないはずだ。

(そうだ。明日は湖の絵を描いてみよう。湖のほとりで写生なんて素敵よね)

***

 翌朝、目を覚ましたら、土砂降りだった……。

 私は窓の外を見て、呆然としていたが、何とか気を取り直した。

「ふふふ、先は長いわ。今日は湖での写生は中止よ。その代わり、読書するわ」

 朝食後、書斎に入った。ほんのりとインクの香りがする。

(いけない。どうして本の匂いを嗅ぐと、私はお花摘みに行きたくなるのかしら)

 さっきからどうにもやりたいことがスムーズに出来ない。もう一度、気を取り直して、書斎に入ろうとすると、セバスチャンが私を探していたようだ。

「フローラ様、お客様がおいでです」

「え? こんな土砂降りのなか? っていうか、私がここにいることを知っているのは伯爵夫人とあなた達ぐらいよ。夫人はお亡くなりになられているし、いったいどなたが来られたの?」

「マルクス様です」

(げっ、宰相だ。さては尾行したわね)

「アポ無しのお客様にはお会いしません」

「はい、それはご承知のようで、アポを取りにこられたそうです」

「使いの方が来られたのかしら?」

「いいえ、ご本人様です」

「宰相自らアポ取りのために、この雨の中をわざわざお越しになったというの?」

「はい、そのようで。いかが致しましょうか」

「もう、仕方ないわね。会うわよ。応接室に通してくれる?」

「はい、すでにお通ししました」

「セバスチャン、これからは私の許可なく応接室に誰も通さないでね」

「申し訳ございません。以後、気をつけます」

 もう、セバスチャンに当たってどうするのよ。ああ、会いたくないなあ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

【完結済み】妹の婚約者に、恋をした

鈴蘭
恋愛
妹を溺愛する母親と、仕事ばかりしている父親。 刺繍やレース編みが好きなマーガレットは、両親にプレゼントしようとするが、何時も妹に横取りされてしまう。 可愛がって貰えず、愛情に飢えていたマーガレットは、気遣ってくれた妹の婚約者に恋をしてしまった。 無事完結しました。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。

朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。  そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。  だけど、他の生徒は知らないのだ。  スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。  真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。

私は卑しい聖女ですので、お隣の国で奉仕活動いたします

アソビのココロ
恋愛
「いえいえ、私は卑しい聖女ですので当然のことでございます」 『贖罪の民』の女性は生まれながらの罪人だ。彼女らは『聖女』と呼ばれ、回復魔法で奉仕することで罪を贖わなければならなかった。その中でも聖女ヒミコの魔法の力は図抜けていた。ヒミコは隣国で奉仕活動をしようと、街道を西へ向かうのだった。そして死に瀕していた隣国の王子と出会う。

わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや
恋愛
 ちょっと勉強ができるごくごく普通の町娘(自称)、サシャは父親の口車に乗せられ、通うのは王族、貴族や豪商ばかりの王立学園に特待生として入学することになった。悪目立ちしないようにそこそこ優秀な成績で卒業して、将来安泰な役人になって家族に楽な暮らしをさせよう……と思っていたのに、なぜか入学初日から王子様に目をつけられた!   「サシャ、私の王妃になってくれ」 「……殿下、寝ぼけていらっしゃいますか?」  王妃なんて平穏から程遠い身分はまっびらごめん! 穏やかな学生生活を送りたいだけなのに、サシャの周りにはなぜか目立つ面々が集まってきて――。  波乱万丈な学園生活が今、始まろうとしていた。 ※2023/02/21 第22話「妹」で冒頭の数行が抜けていたので、修正しました。

処理中です...