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本格的に仕事を始めました

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 帝都に来て一週間が過ぎ、取引先との挨拶も済み、本格的に仕事を始めていた。基本的に儲かることは何でもやるのだが、王国の王家を経済的に殺すことから手を付けた。王家の力を弱めることは、帝国にとっても、アードレー家にとっても、私にとっても大きなメリットとなるからだ。

 王家を殺すには、王家の主要産業であり、収入の半分以上を占める養蚕業を壊滅させればいい。王国では養蚕業は王家が独占している。蚕は王室の宝として厳重に管理されており、持ち出しは死罪となるほどの徹底ぶりだ。

 後宮の養蚕は黙っていても廃れていくと思うが、王家の養蚕の主な担い手は、王家直轄領の農民である。農民のほとんどが貨幣収入を簡単に得られる養蚕を専業としており、結果、王家は養蚕に依存してしまっていると言っていい状態だった。養蚕を壊滅させれば、王家は経済的に死ぬというのは、こういう構造になっているからだ。

 王国内では王家以外の蚕の所有は禁止されているが、帝国ではもちろんそんな制限はない。今まで帝国で養蚕が盛んにならなかったのは、育て方のノウハウがなかったためだ。だが、私たちはよく知っている。後宮で養蚕業に深く関わっていたからだ。

 そこで、私たちは、帝国で養蚕農家を募り、蚕の育て方のノウハウを開示して、一定量までの繭について、買取単価を保証し、農家に養蚕に興味を持ってもらうように働きかけた。一定量に制限したのは、養蚕に専業するのではなく、あくまで副業にとどめてほしいからだ。

 ただし、この作戦は時間がそれなりにかかる。二,三年かけて王家の生産量を抜き去り、機を見てダンピングをかけ、一気に王家の養蚕業を壊滅させる予定だ。

 この世界ではダンピングは国際法でも国内法でも全く規制されておらず、経済的な強者が弱者を狩り放題だ。帝国は全国の富が皇帝に集中しているが、王国の王家は国内に数いる領主のうちの一つにすぎない。帝国の皇室は王国の王家を圧倒するのだ。

 武力による戦争であれば、王国も一致団結して抵抗してくると思うが、王家だけが牛耳っている養蚕業に経済戦争を吹っかけても、王国のほかの貴族たちは参戦のしようがない。王家に勝ち目はないのだ。

「というのが、中期計画の柱となる二大事業のうちの一つです。もう早速始めてますが」

 私はルークに中期計画を説明していた。

「なるほど。製糸業はどうするのですか?」

「帝国は繭を作るところまででいいでしょう。製糸業はアードレーと王家が独占していますが、繭がなければ開店休業状態になります。繭はアードレーだけに売ればいいです。王家の工場は閉鎖するしかなくなります」

 独占禁止法もないので、まさにやりたい放題だ。

「アードレーに損はさせてはいけないですものね」

「そうです。アードレーとは共存共栄です」

「もう一つの事業はなんでしょうか?」

「シルクロードを作りましょう」

「シルクロードですか?」

「ええ、西の二つの公国と東北の教国、東の王国を結ぶ安全で整備された商道を作り、道沿いに町を発展させます。これは帝国の公共事業としてお願いしたいのですが、我々は各町に拠点をいち早く作り、流通を掌握したいです。国の公共事業とともにタイムリーに進めていきたいです」

「それはまた時間がかかりそうですね」

「ええ、無理なく、少しずつやればいいと思いますが、あまり時間をかけてもダメです。帝国は地理的に非常に恵まれてますが、逆に言うと他国に囲まれてしまっています。強国でいるうちに、さらに差をつけて、絶対的な強国になるべきだと私は思っています」

「エリーゼ様、兄と直接話していただけますか?」

「一介の商人である私が、陛下と密談をするのは、陛下にとって好ましくありません。当面は皇太子として、ルークさんから陛下に説明をするようにしていただけますか。いずれは、ルカが陛下に筆頭秘書官として随行することになりますので、ルカから補足説明するようにします。ルカは私の考えを完璧に理解していますので」

 ルカは予想通り秘書官の試験に合格し、毎日、宮内庁に通勤している。宮内庁は皇帝を頂点として、立法、行政、司法の三権を取り仕切る強大な機関だ。帝国の政治の全ての機能が宮内庁に集約されており、そこで実際に何が行われているかを現場レベルで見聞きできるのがルカだった。 
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