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紙片をすり替えた
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王妃が涙ながらに訴えて来た。
「エリーゼの言ったことは本当だったわ。私、怖くて、もうジョージに近づけないわ」
私の場合は、この発言が原因で、香水を浴びるようにかけるようになり、ジョージから加速度的に嫌われて行くことになった。
「王妃様、やはり全然におわないです。ジョージが王妃様を傷つけるために言った嘘です」
「本当に? 私臭くない?」
「全然大丈夫です。むしろ、いいにおいがします」
「よかったぁ」
「香水を沢山かけないようにしてください。ジョージはどうでもいいですが、他の男から嫌がられますよ」
「他の男なんて、ここにいないじゃないの」
「これからどんどん出会って行きますよ。商店区にお店を借りました。住居付きです。そこでしばらく隠れて頂きます」
「いよいよね。私ももう覚悟は決めたから」
「はい。王子が殺される前に失踪しないと、濡れ衣を着させられますから、早めがいいです。計画は頭に入ってますね?」
「ええ、大丈夫よ」
「それでは、お父様のお誕生日の二十日に決行しましょう。私はこの万年筆を届けにアードレー家に向かいます。バースデーカードも私の方で書いておきます。王妃様は荷物に紛れて脱出をお願いします」
「一人は心細いけど、頑張るわ」
二人で脱出すると、私が手引きしたと疑われるため、私のいない隙を狙って、王妃が自分の将来を悲観して川に身を投げた、というシナリオで行くつもりだった。
決行の日まで一週間、私は一番邪魔になりそうなメリッサの排除に動き出した。メリッサは何かにつけて、私の動きをコソコソ嗅ぎ回っており、ひょんなことから脱走計画に気づいてしまう危険性がある。
王妃のお付きの侍女には、鳳凰殿の敷地内にそれぞれかなり立派な個室が用意されている。メリッサはああ見えて伯爵令嬢で、お仕えしている期間も長いため、東南角の一番いい部屋を当てがわれている。
それなりにいい待遇を受けているにも関わらず、メリッサが王妃を裏切る動きをしているのは、ローズとカレンだけを王妃が可愛がった結果だろう。
(私も王妃もその点は反省しないとね)
だからといって、死刑にまで追い込む陰謀に加担するのはやり過ぎだが、かといって、水死体はいくら何でも可哀想だ。場外に出ていてもらおう。
私はメリッサの部屋に忍び込み、彼女が集めているはずの王妃の筆跡の紙切れと、殺害指示書のメモを探した。
(あら、こんなところに無造作に置いてあるのね)
私は指示書の内容を暗記して、その日はそのまま部屋を出た。
後日、メリッサから指示書のメモと王妃の筆跡の紙片を受け取った。いよいよ王妃の筆跡で指示書を書けというマリアンヌからの指令なのだが、私はそれをそのまま受け取って、紙片だけをあらかじめ用意したものにすり替えて、マリアンヌのところに真っ直ぐに持っていった。
「珠妃様、メリッサからつい先ほど指示書作成の一式を受け取ったのですが……」
マリアンヌは私が持って来た一式を見て、顔色を変えた。
「お姉様、そんなもの持って来ないで頂戴。私が関与した形跡は一切残しては行けないの」
「しかし、メリッサの持って来た筆跡が、陛下のものではないかと思いまして……」
「何ですって!?」
マリアンヌは私の持って来た紙片を奪い取って、わなわなと震え出した。
「とんだ間抜けだわ、あの子。陛下と王妃の区別もつかないのっ。せっかく裏切らせたけど、これだけ使い物にならないとは、考え直さないといけないわね」
「前から言っております通り、とにかく邪魔しかしません。これから大事な場面が続きますので、少しの間、メリッサを外して頂けませんか。王妃の筆跡は私の方で集めます」
「分かったわ。メリッサはしばらくの間なら、遠くに置いて大丈夫よ。その代わり、お姉様が毎日私に連絡を入れに来てくれるかしら」
「はい、了解しました」
私はその足でメリッサに会い、隣国の皇太子に婚約祝いを届ける役目を与えた。二週間は帰って来られない役目だ。もちろん侍女の役目ではないが、色々邪魔だから、遠くにいるようマリアンヌも同意していると伝えた。
メリッサは私の言葉に顔色を変えて、マリアンヌに直談判に向かったが、すぐにすごすごと帰って来た。
「私をはめたのね」
メリッサは私を睨みつけている。
「ハメないわよ。何であなたをハメないといけないの? 自意識過剰じゃないの」
「手柄を独り占めする気なんだわ。私の渡した筆跡の紙片を見せてよ。あなたがすり替えたんでしょう」
「いつすり替えられるのよ、あんなに沢山の紙切れ」
「分からないわよっ。とにかく見せて」
「あんな危ないもの、すぐに燃やしたわよ。マリアンヌはどう言ってたの?」
「すぐにすり替えられる量じゃない。私が間違えたんだと。こんな間抜けは見たくないとまで言われたわ」
メリッサは目に涙を浮かべている。一生懸命集めた結果、間抜けと言われ、よほど悔しかったのだろう。
「メリッサ、悪いことは言わないわ。こんな陰謀に加担してしまうと、命を失うわよ。マリアンヌはあなたを口封じするつもりよ」
「そんはずはっ。そんなこと言ったら、あなただって口封じされるわよっ」
「私は大丈夫よ。だって、私はマリアンヌの実の姉だもの」
「え? 姉!?」
「そうよ。知らなかったの? ほら、マリアンヌに信用されていないのよ」
「だ、だから、いつもマリアンヌ様を呼び捨てに……」
「そういうこと。ほら、また戻って来てから活躍すればいいでしょう。少しの間、外を楽しんで来なさいな」
メリッサは翌朝、使節団に加わって、隣国へと旅立った。
「エリーゼの言ったことは本当だったわ。私、怖くて、もうジョージに近づけないわ」
私の場合は、この発言が原因で、香水を浴びるようにかけるようになり、ジョージから加速度的に嫌われて行くことになった。
「王妃様、やはり全然におわないです。ジョージが王妃様を傷つけるために言った嘘です」
「本当に? 私臭くない?」
「全然大丈夫です。むしろ、いいにおいがします」
「よかったぁ」
「香水を沢山かけないようにしてください。ジョージはどうでもいいですが、他の男から嫌がられますよ」
「他の男なんて、ここにいないじゃないの」
「これからどんどん出会って行きますよ。商店区にお店を借りました。住居付きです。そこでしばらく隠れて頂きます」
「いよいよね。私ももう覚悟は決めたから」
「はい。王子が殺される前に失踪しないと、濡れ衣を着させられますから、早めがいいです。計画は頭に入ってますね?」
「ええ、大丈夫よ」
「それでは、お父様のお誕生日の二十日に決行しましょう。私はこの万年筆を届けにアードレー家に向かいます。バースデーカードも私の方で書いておきます。王妃様は荷物に紛れて脱出をお願いします」
「一人は心細いけど、頑張るわ」
二人で脱出すると、私が手引きしたと疑われるため、私のいない隙を狙って、王妃が自分の将来を悲観して川に身を投げた、というシナリオで行くつもりだった。
決行の日まで一週間、私は一番邪魔になりそうなメリッサの排除に動き出した。メリッサは何かにつけて、私の動きをコソコソ嗅ぎ回っており、ひょんなことから脱走計画に気づいてしまう危険性がある。
王妃のお付きの侍女には、鳳凰殿の敷地内にそれぞれかなり立派な個室が用意されている。メリッサはああ見えて伯爵令嬢で、お仕えしている期間も長いため、東南角の一番いい部屋を当てがわれている。
それなりにいい待遇を受けているにも関わらず、メリッサが王妃を裏切る動きをしているのは、ローズとカレンだけを王妃が可愛がった結果だろう。
(私も王妃もその点は反省しないとね)
だからといって、死刑にまで追い込む陰謀に加担するのはやり過ぎだが、かといって、水死体はいくら何でも可哀想だ。場外に出ていてもらおう。
私はメリッサの部屋に忍び込み、彼女が集めているはずの王妃の筆跡の紙切れと、殺害指示書のメモを探した。
(あら、こんなところに無造作に置いてあるのね)
私は指示書の内容を暗記して、その日はそのまま部屋を出た。
後日、メリッサから指示書のメモと王妃の筆跡の紙片を受け取った。いよいよ王妃の筆跡で指示書を書けというマリアンヌからの指令なのだが、私はそれをそのまま受け取って、紙片だけをあらかじめ用意したものにすり替えて、マリアンヌのところに真っ直ぐに持っていった。
「珠妃様、メリッサからつい先ほど指示書作成の一式を受け取ったのですが……」
マリアンヌは私が持って来た一式を見て、顔色を変えた。
「お姉様、そんなもの持って来ないで頂戴。私が関与した形跡は一切残しては行けないの」
「しかし、メリッサの持って来た筆跡が、陛下のものではないかと思いまして……」
「何ですって!?」
マリアンヌは私の持って来た紙片を奪い取って、わなわなと震え出した。
「とんだ間抜けだわ、あの子。陛下と王妃の区別もつかないのっ。せっかく裏切らせたけど、これだけ使い物にならないとは、考え直さないといけないわね」
「前から言っております通り、とにかく邪魔しかしません。これから大事な場面が続きますので、少しの間、メリッサを外して頂けませんか。王妃の筆跡は私の方で集めます」
「分かったわ。メリッサはしばらくの間なら、遠くに置いて大丈夫よ。その代わり、お姉様が毎日私に連絡を入れに来てくれるかしら」
「はい、了解しました」
私はその足でメリッサに会い、隣国の皇太子に婚約祝いを届ける役目を与えた。二週間は帰って来られない役目だ。もちろん侍女の役目ではないが、色々邪魔だから、遠くにいるようマリアンヌも同意していると伝えた。
メリッサは私の言葉に顔色を変えて、マリアンヌに直談判に向かったが、すぐにすごすごと帰って来た。
「私をはめたのね」
メリッサは私を睨みつけている。
「ハメないわよ。何であなたをハメないといけないの? 自意識過剰じゃないの」
「手柄を独り占めする気なんだわ。私の渡した筆跡の紙片を見せてよ。あなたがすり替えたんでしょう」
「いつすり替えられるのよ、あんなに沢山の紙切れ」
「分からないわよっ。とにかく見せて」
「あんな危ないもの、すぐに燃やしたわよ。マリアンヌはどう言ってたの?」
「すぐにすり替えられる量じゃない。私が間違えたんだと。こんな間抜けは見たくないとまで言われたわ」
メリッサは目に涙を浮かべている。一生懸命集めた結果、間抜けと言われ、よほど悔しかったのだろう。
「メリッサ、悪いことは言わないわ。こんな陰謀に加担してしまうと、命を失うわよ。マリアンヌはあなたを口封じするつもりよ」
「そんはずはっ。そんなこと言ったら、あなただって口封じされるわよっ」
「私は大丈夫よ。だって、私はマリアンヌの実の姉だもの」
「え? 姉!?」
「そうよ。知らなかったの? ほら、マリアンヌに信用されていないのよ」
「だ、だから、いつもマリアンヌ様を呼び捨てに……」
「そういうこと。ほら、また戻って来てから活躍すればいいでしょう。少しの間、外を楽しんで来なさいな」
メリッサは翌朝、使節団に加わって、隣国へと旅立った。
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