8 / 41
実家に帰った
しおりを挟む
アードレー伯爵家が王都の一等地に本邸を構えているのは、経営効率を重視してのことだ。一族の優秀な経営者たちが情報交換するためには、この場所に本拠地があるのが、一番便利で効率がよいからだ。
アードレー家は古くから繊維業を営み、多くの紡糸、紡績、製糸、縫製、染色工場を国内に持つ。そして、近年は異業種にも参入し、次々に成功を収め、一大コンツェルンを形成するに至った。
その結果、保有資産は国内一位を誇り、資産を守るための自衛力も強大で、王家ですらアードレー家の顔色をうかがうほどの勢力を誇っている。
ジョージは王妃をアードレー家から迎えることで、アードレー家からの財政支援を期待したが、根っからの商売人であるアードレー家は、縁故だからという理由では一銭も資金を提供しなかった。儲かる話にしか投資をしない徹底的な合理主義者たちなのだ。
王家を重く見ないアードレー家を危険視したジョージは、アードレー家の評判を落とすために、王妃に王子殺しの冤罪をなすりつけることを思いついたのだ。そもそも、王が恋愛結婚などするわけがなく、王妃に近づいたのも、全ては王家の繁栄のためであった。
「マリアンヌはぴちぴちの十八歳、アードレー家の支援を引き出せないなら、そろそろ王妃も潮時だ。今日あたりから王妃に自覚させるか」
ジョージは寝室で意地の悪い笑みを浮かべた。
「歳を取って変なにおいがするようになった」とジョージから言われて、王妃がうなだれていたころ、私は懐かしの実家の門の前にいた。
(相変わらず大きな門ね)
私は呼び鈴を押した。すぐに門兵が出て来た。
(今日はトーマスね)
「何用でしょうか?」
「王妃様のお使いで参りました侍女のエリーゼと申します」
「おおっ、王妃様の。少々こちらでお待ちください」
王妃に仕える侍女は、貴族の子女も多いため、一般的に丁寧な扱いを受ける。エリーゼは美人なので尚更だ。私は門の近くにある貴賓用の待合室で待つことになった。
(ここに入るのは初めてだわ。すごく上品な装飾ね)
表門から本館の玄関までは馬で一分ほどかかる。本館から執事のセバスチャンが馬車に乗って、私を迎えに来た。
「エリーゼ様、お待たせ致しました。本館までご案内します」
「ありがとうございます。王妃様がお父様にお誕生日プレゼントをお渡ししたいと」
「はい、旦那様もお喜びになられます。詳しいお話は本館でお聞きします」
そうは言っているが、父が喜ぶはずがない。父の行動はすべて仕事中心だ。父が王妃とやり取りするのは、娘だからではなく、王妃が企業イメージを上げるいい広告塔になっているからだ。
また、後宮で生産される反物は上質だし、後宮でデザインされる刺繍ものやドレスなども好評で、王妃を商売相手として無視できないという理由もあった。
(王妃がいなくなると、後宮は経済的に一気に困窮することになるけど、ジョージやマリアンヌはその辺りを分かっているのかしら)
アードレー家では男子も女子も、幼少時より経営者として厳しく教育される。私も王妃も徹底的に経営学を叩き込まれているからこそ、後宮でビジネスを成功出来ているのだ。誰にでも出来るものではない。
門に着くと、王妃の使いということで、それなりに私にも礼を尽くして、メイド長のマイア以下、メイドが五人整列していた。
(あら、私の出迎えのときと同数ね)
王妃には兄が二人いるが、いずれも郊外の工場を任されていて、滅多に帰って来ない。母親は洋服の販売店の経営をしており、恐らく不在だろう。
「こちらにお入り下さい」
セバスチャンに応接室に案内された。
(二番目にいい応接室だわ)
チラリと見ると一番目は埋まっているようだった。大事な商談中なのだろうか。
それを見て、ついいつもの調子で口にしてしまった。
「第一応接室は商談中ね。お父様がおいでなのかしら」
(しまった。やっちゃった!)
久しぶりの実家で安心してしまっていたのか、この家の娘的発言をしてしまったのだ。
「は、はい。左様でございます。エリーゼ様は本館は初めてございますのに、よくご存知で」
「王妃様からよくおうかがいしておりましたの。何番目の応接室に案内されるか報告するようにと」
「ああ、左様でございましたか。こちらは第二応接室でございますが、それぞれ趣向が違うだけで、序列があるわけではございません」
(何とか誤魔化せたか。気を引き締めないといけないわ)
「はい、失礼しました。早速ですが、王妃様は今回お父様に万年筆をプレゼントされたいとおっしゃっておられまして、商店区の文具店までご案内をお願いしたいのですが」
「かしこまりました。旦那様もお喜びになられるかと思います。私がご案内させて頂きます」
(やっぱり、セバスチャン自ら来るか。外に出たいんだよね、この人たちは)
アードレー家は古くから繊維業を営み、多くの紡糸、紡績、製糸、縫製、染色工場を国内に持つ。そして、近年は異業種にも参入し、次々に成功を収め、一大コンツェルンを形成するに至った。
その結果、保有資産は国内一位を誇り、資産を守るための自衛力も強大で、王家ですらアードレー家の顔色をうかがうほどの勢力を誇っている。
ジョージは王妃をアードレー家から迎えることで、アードレー家からの財政支援を期待したが、根っからの商売人であるアードレー家は、縁故だからという理由では一銭も資金を提供しなかった。儲かる話にしか投資をしない徹底的な合理主義者たちなのだ。
王家を重く見ないアードレー家を危険視したジョージは、アードレー家の評判を落とすために、王妃に王子殺しの冤罪をなすりつけることを思いついたのだ。そもそも、王が恋愛結婚などするわけがなく、王妃に近づいたのも、全ては王家の繁栄のためであった。
「マリアンヌはぴちぴちの十八歳、アードレー家の支援を引き出せないなら、そろそろ王妃も潮時だ。今日あたりから王妃に自覚させるか」
ジョージは寝室で意地の悪い笑みを浮かべた。
「歳を取って変なにおいがするようになった」とジョージから言われて、王妃がうなだれていたころ、私は懐かしの実家の門の前にいた。
(相変わらず大きな門ね)
私は呼び鈴を押した。すぐに門兵が出て来た。
(今日はトーマスね)
「何用でしょうか?」
「王妃様のお使いで参りました侍女のエリーゼと申します」
「おおっ、王妃様の。少々こちらでお待ちください」
王妃に仕える侍女は、貴族の子女も多いため、一般的に丁寧な扱いを受ける。エリーゼは美人なので尚更だ。私は門の近くにある貴賓用の待合室で待つことになった。
(ここに入るのは初めてだわ。すごく上品な装飾ね)
表門から本館の玄関までは馬で一分ほどかかる。本館から執事のセバスチャンが馬車に乗って、私を迎えに来た。
「エリーゼ様、お待たせ致しました。本館までご案内します」
「ありがとうございます。王妃様がお父様にお誕生日プレゼントをお渡ししたいと」
「はい、旦那様もお喜びになられます。詳しいお話は本館でお聞きします」
そうは言っているが、父が喜ぶはずがない。父の行動はすべて仕事中心だ。父が王妃とやり取りするのは、娘だからではなく、王妃が企業イメージを上げるいい広告塔になっているからだ。
また、後宮で生産される反物は上質だし、後宮でデザインされる刺繍ものやドレスなども好評で、王妃を商売相手として無視できないという理由もあった。
(王妃がいなくなると、後宮は経済的に一気に困窮することになるけど、ジョージやマリアンヌはその辺りを分かっているのかしら)
アードレー家では男子も女子も、幼少時より経営者として厳しく教育される。私も王妃も徹底的に経営学を叩き込まれているからこそ、後宮でビジネスを成功出来ているのだ。誰にでも出来るものではない。
門に着くと、王妃の使いということで、それなりに私にも礼を尽くして、メイド長のマイア以下、メイドが五人整列していた。
(あら、私の出迎えのときと同数ね)
王妃には兄が二人いるが、いずれも郊外の工場を任されていて、滅多に帰って来ない。母親は洋服の販売店の経営をしており、恐らく不在だろう。
「こちらにお入り下さい」
セバスチャンに応接室に案内された。
(二番目にいい応接室だわ)
チラリと見ると一番目は埋まっているようだった。大事な商談中なのだろうか。
それを見て、ついいつもの調子で口にしてしまった。
「第一応接室は商談中ね。お父様がおいでなのかしら」
(しまった。やっちゃった!)
久しぶりの実家で安心してしまっていたのか、この家の娘的発言をしてしまったのだ。
「は、はい。左様でございます。エリーゼ様は本館は初めてございますのに、よくご存知で」
「王妃様からよくおうかがいしておりましたの。何番目の応接室に案内されるか報告するようにと」
「ああ、左様でございましたか。こちらは第二応接室でございますが、それぞれ趣向が違うだけで、序列があるわけではございません」
(何とか誤魔化せたか。気を引き締めないといけないわ)
「はい、失礼しました。早速ですが、王妃様は今回お父様に万年筆をプレゼントされたいとおっしゃっておられまして、商店区の文具店までご案内をお願いしたいのですが」
「かしこまりました。旦那様もお喜びになられるかと思います。私がご案内させて頂きます」
(やっぱり、セバスチャン自ら来るか。外に出たいんだよね、この人たちは)
2
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる