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実家に帰った
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アードレー伯爵家が王都の一等地に本邸を構えているのは、経営効率を重視してのことだ。一族の優秀な経営者たちが情報交換するためには、この場所に本拠地があるのが、一番便利で効率がよいからだ。
アードレー家は古くから繊維業を営み、多くの紡糸、紡績、製糸、縫製、染色工場を国内に持つ。そして、近年は異業種にも参入し、次々に成功を収め、一大コンツェルンを形成するに至った。
その結果、保有資産は国内一位を誇り、資産を守るための自衛力も強大で、王家ですらアードレー家の顔色をうかがうほどの勢力を誇っている。
ジョージは王妃をアードレー家から迎えることで、アードレー家からの財政支援を期待したが、根っからの商売人であるアードレー家は、縁故だからという理由では一銭も資金を提供しなかった。儲かる話にしか投資をしない徹底的な合理主義者たちなのだ。
王家を重く見ないアードレー家を危険視したジョージは、アードレー家の評判を落とすために、王妃に王子殺しの冤罪をなすりつけることを思いついたのだ。そもそも、王が恋愛結婚などするわけがなく、王妃に近づいたのも、全ては王家の繁栄のためであった。
「マリアンヌはぴちぴちの十八歳、アードレー家の支援を引き出せないなら、そろそろ王妃も潮時だ。今日あたりから王妃に自覚させるか」
ジョージは寝室で意地の悪い笑みを浮かべた。
「歳を取って変なにおいがするようになった」とジョージから言われて、王妃がうなだれていたころ、私は懐かしの実家の門の前にいた。
(相変わらず大きな門ね)
私は呼び鈴を押した。すぐに門兵が出て来た。
(今日はトーマスね)
「何用でしょうか?」
「王妃様のお使いで参りました侍女のエリーゼと申します」
「おおっ、王妃様の。少々こちらでお待ちください」
王妃に仕える侍女は、貴族の子女も多いため、一般的に丁寧な扱いを受ける。エリーゼは美人なので尚更だ。私は門の近くにある貴賓用の待合室で待つことになった。
(ここに入るのは初めてだわ。すごく上品な装飾ね)
表門から本館の玄関までは馬で一分ほどかかる。本館から執事のセバスチャンが馬車に乗って、私を迎えに来た。
「エリーゼ様、お待たせ致しました。本館までご案内します」
「ありがとうございます。王妃様がお父様にお誕生日プレゼントをお渡ししたいと」
「はい、旦那様もお喜びになられます。詳しいお話は本館でお聞きします」
そうは言っているが、父が喜ぶはずがない。父の行動はすべて仕事中心だ。父が王妃とやり取りするのは、娘だからではなく、王妃が企業イメージを上げるいい広告塔になっているからだ。
また、後宮で生産される反物は上質だし、後宮でデザインされる刺繍ものやドレスなども好評で、王妃を商売相手として無視できないという理由もあった。
(王妃がいなくなると、後宮は経済的に一気に困窮することになるけど、ジョージやマリアンヌはその辺りを分かっているのかしら)
アードレー家では男子も女子も、幼少時より経営者として厳しく教育される。私も王妃も徹底的に経営学を叩き込まれているからこそ、後宮でビジネスを成功出来ているのだ。誰にでも出来るものではない。
門に着くと、王妃の使いということで、それなりに私にも礼を尽くして、メイド長のマイア以下、メイドが五人整列していた。
(あら、私の出迎えのときと同数ね)
王妃には兄が二人いるが、いずれも郊外の工場を任されていて、滅多に帰って来ない。母親は洋服の販売店の経営をしており、恐らく不在だろう。
「こちらにお入り下さい」
セバスチャンに応接室に案内された。
(二番目にいい応接室だわ)
チラリと見ると一番目は埋まっているようだった。大事な商談中なのだろうか。
それを見て、ついいつもの調子で口にしてしまった。
「第一応接室は商談中ね。お父様がおいでなのかしら」
(しまった。やっちゃった!)
久しぶりの実家で安心してしまっていたのか、この家の娘的発言をしてしまったのだ。
「は、はい。左様でございます。エリーゼ様は本館は初めてございますのに、よくご存知で」
「王妃様からよくおうかがいしておりましたの。何番目の応接室に案内されるか報告するようにと」
「ああ、左様でございましたか。こちらは第二応接室でございますが、それぞれ趣向が違うだけで、序列があるわけではございません」
(何とか誤魔化せたか。気を引き締めないといけないわ)
「はい、失礼しました。早速ですが、王妃様は今回お父様に万年筆をプレゼントされたいとおっしゃっておられまして、商店区の文具店までご案内をお願いしたいのですが」
「かしこまりました。旦那様もお喜びになられるかと思います。私がご案内させて頂きます」
(やっぱり、セバスチャン自ら来るか。外に出たいんだよね、この人たちは)
アードレー家は古くから繊維業を営み、多くの紡糸、紡績、製糸、縫製、染色工場を国内に持つ。そして、近年は異業種にも参入し、次々に成功を収め、一大コンツェルンを形成するに至った。
その結果、保有資産は国内一位を誇り、資産を守るための自衛力も強大で、王家ですらアードレー家の顔色をうかがうほどの勢力を誇っている。
ジョージは王妃をアードレー家から迎えることで、アードレー家からの財政支援を期待したが、根っからの商売人であるアードレー家は、縁故だからという理由では一銭も資金を提供しなかった。儲かる話にしか投資をしない徹底的な合理主義者たちなのだ。
王家を重く見ないアードレー家を危険視したジョージは、アードレー家の評判を落とすために、王妃に王子殺しの冤罪をなすりつけることを思いついたのだ。そもそも、王が恋愛結婚などするわけがなく、王妃に近づいたのも、全ては王家の繁栄のためであった。
「マリアンヌはぴちぴちの十八歳、アードレー家の支援を引き出せないなら、そろそろ王妃も潮時だ。今日あたりから王妃に自覚させるか」
ジョージは寝室で意地の悪い笑みを浮かべた。
「歳を取って変なにおいがするようになった」とジョージから言われて、王妃がうなだれていたころ、私は懐かしの実家の門の前にいた。
(相変わらず大きな門ね)
私は呼び鈴を押した。すぐに門兵が出て来た。
(今日はトーマスね)
「何用でしょうか?」
「王妃様のお使いで参りました侍女のエリーゼと申します」
「おおっ、王妃様の。少々こちらでお待ちください」
王妃に仕える侍女は、貴族の子女も多いため、一般的に丁寧な扱いを受ける。エリーゼは美人なので尚更だ。私は門の近くにある貴賓用の待合室で待つことになった。
(ここに入るのは初めてだわ。すごく上品な装飾ね)
表門から本館の玄関までは馬で一分ほどかかる。本館から執事のセバスチャンが馬車に乗って、私を迎えに来た。
「エリーゼ様、お待たせ致しました。本館までご案内します」
「ありがとうございます。王妃様がお父様にお誕生日プレゼントをお渡ししたいと」
「はい、旦那様もお喜びになられます。詳しいお話は本館でお聞きします」
そうは言っているが、父が喜ぶはずがない。父の行動はすべて仕事中心だ。父が王妃とやり取りするのは、娘だからではなく、王妃が企業イメージを上げるいい広告塔になっているからだ。
また、後宮で生産される反物は上質だし、後宮でデザインされる刺繍ものやドレスなども好評で、王妃を商売相手として無視できないという理由もあった。
(王妃がいなくなると、後宮は経済的に一気に困窮することになるけど、ジョージやマリアンヌはその辺りを分かっているのかしら)
アードレー家では男子も女子も、幼少時より経営者として厳しく教育される。私も王妃も徹底的に経営学を叩き込まれているからこそ、後宮でビジネスを成功出来ているのだ。誰にでも出来るものではない。
門に着くと、王妃の使いということで、それなりに私にも礼を尽くして、メイド長のマイア以下、メイドが五人整列していた。
(あら、私の出迎えのときと同数ね)
王妃には兄が二人いるが、いずれも郊外の工場を任されていて、滅多に帰って来ない。母親は洋服の販売店の経営をしており、恐らく不在だろう。
「こちらにお入り下さい」
セバスチャンに応接室に案内された。
(二番目にいい応接室だわ)
チラリと見ると一番目は埋まっているようだった。大事な商談中なのだろうか。
それを見て、ついいつもの調子で口にしてしまった。
「第一応接室は商談中ね。お父様がおいでなのかしら」
(しまった。やっちゃった!)
久しぶりの実家で安心してしまっていたのか、この家の娘的発言をしてしまったのだ。
「は、はい。左様でございます。エリーゼ様は本館は初めてございますのに、よくご存知で」
「王妃様からよくおうかがいしておりましたの。何番目の応接室に案内されるか報告するようにと」
「ああ、左様でございましたか。こちらは第二応接室でございますが、それぞれ趣向が違うだけで、序列があるわけではございません」
(何とか誤魔化せたか。気を引き締めないといけないわ)
「はい、失礼しました。早速ですが、王妃様は今回お父様に万年筆をプレゼントされたいとおっしゃっておられまして、商店区の文具店までご案内をお願いしたいのですが」
「かしこまりました。旦那様もお喜びになられるかと思います。私がご案内させて頂きます」
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