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いざ、エルフの森へ
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エルフの森は王国の西に広がっていて、森と草原の境界がそのまま両国の国境となっている。
エルフは人間の森への侵入を防ぐために、長い国境線を常時監視している。一方、王国の方はエルフの侵入に厳しくはなく、見張りを全く置いていない。
私たちは馬車で国境線までやって来た。レンジャーのモクが馬車から降りて、エルフの森の方を見ていると、森からすぐに警告が発せられた。
「ハーフエルフと人間の女の受け入れを拒否する。神人様がおられるようだが、神人様はどのようなご用件でしょうか」
(神人の扱いって、とてもいいのね)
「エリカ様、エルフたちにご説明をお願い出来ますでしょうか」
王の頼みに私は頷いた。
「私はエリカ。人間の王とその従者二名をエルフ王に謁見させたいの。通してくれる?」
「しばらくお待ちください」
そう言って、見張りのエルフが森の奥深くに消えていった。
ところが、待てど暮らせど返事がない。王たちは大きなテントを張って、中に入ってすっかりくつろいでいる。私もテントの中で椅子に座っているのだが、王とスイは将棋のようなものを指し始めた。モクはヨガマットのようなものを敷いて、ストレッチを始めている。
「ねえ、いったいいつ返事をくれるのかしら?」
私の問いに王が将棋を中断して答えた。
「エリカ様、エルフは長寿でして、時の流れが我々よりも遅いのです。しばらくと言ってましたので、早くて半日、長いときには二日ほどかかります。ただ、エリカ様のご要請ですので、精一杯早く対応してくれるとは思います」
「そんな時間感覚なのね。ところで、『神人』ってどういう存在なのかしら」
「数百年に一人の割合で現れます。記録では三百年ほど前にお一人現れています」
「その人、どうなったの?」
「実はよく分かっていません。かつてリッチーが出現したときに、私の祖先が神人様を召喚して、退治してもらっています。ただ、その方が最終的にどうなられたかの記録がありません。エルフは長寿ですので、当時のことを知っている者がまだ生きているはずです」
さっきのエルフの対応からすると、神人に対しては、そんなに敵意はなかったように思う。
仕方がない。待つしかないか。
私はせっかくなので、テントの外に出て、草原で仰向けになった。気温は春ぐらいでぽかぽかとして暖かい。
(太陽がこっちの方が少し大きいかしら。色はよく似ているわ)
私は目を閉じているうちに、いつしか眠ってしまったようだ。
「エリカ様、エリカ様」
モクに起こされたときには、すっかり陽が落ちてしまっていた。
「ごめんなさい、寝てしまったのね」
「エルフから使者が参っております。テントの中にいらしてますわ」
「モク、あなたは入らないの?」
「私はハーフエルフですので」
構わずモクをテントに入れようかと思ったが、エルフが逃げ出してしまっては困る。それにイスラム教徒に豚を食べろというのと同じだと一瞬思った。
(いや、待てよ。それとは違うな)
私は考え直した。これは理不尽な人種差別だ。徹底抗戦あるのみ。
「関係ないわよ。一緒に入るわよ」
「え? でも……」
「エルフの男を誘惑するんじゃなかったの?」
「まだ偏見のない子供をさらうつもりでしたの」
私は唖然としたが、その後、何だかおかしくなった。
(そうか、こういうアプローチもあるのか)
確かに一度持ってしまった偏見や信念を変えさせるのは難しい。差別が生まれる土壌をなくして、差別をしないエルフを増やして行くという方法もいいと思った。
こちらの人々と接して感じるのだが、せっかちな感じが全くしない。長寿だからか、非常におっとりとした感じなのだ。人類の危機という割には、のんびりと将棋を指していたり、悲壮感がまるでない。
「分かったわ。じゃあ、外で待っててね」
「はい。あの、一緒に入れっておっしゃって頂いて、嬉しかったですわ」
私はモクの肩をぽんぽんと軽く叩いてから、テントに入った。
「エリカ様、申し訳ございません。目をさまされるまでお待ちしようかとも思ったのですが、エリカ様なら早く起こせとおっしゃられるかと思いました」
王が申し訳なさそうな顔をして話しかけてきた。
「その通りよ。起こしてもらってよかったわ。それで、こちらの方が使者の方?」
「はい、神人様、ご挨拶致します。私はエルフ王からの使者のダと申します」
(「ダ」? たったそれだけ? 今度は一文字の名前か。それにしても、エルフって、本当に綺麗だわ)
ダさんは女性のエルフだ。美しい顔立ちで、長い白銀の髪から長い耳が出ている。
「それでエルフ王の返答はどうだったの?」
「エルフとしましては、神人様はもちろん大歓迎致します。人間の王も本当は男性ということは広くエルフには認識されておりますので、特別に許可します。残りの女性とハーフエルフを森に入れるのは、エルフの禁忌となっておりますので、ご理解下さい」
「どうする? 王様。スイとモクはここで待っててもらう?」
「そうですね。まずはそうした方が良さそうです」
「では、神人様と人間の王を我々の王のところまでご案内します」
使者がテントの外に出た。王は何かスイに小声で囁いてから、使者に続き、私は王に続いた。
私は何となくモクが心配になり、外で待っていたモクに守護の奇跡を与えてから、森の中へと入っていった。
エルフは人間の森への侵入を防ぐために、長い国境線を常時監視している。一方、王国の方はエルフの侵入に厳しくはなく、見張りを全く置いていない。
私たちは馬車で国境線までやって来た。レンジャーのモクが馬車から降りて、エルフの森の方を見ていると、森からすぐに警告が発せられた。
「ハーフエルフと人間の女の受け入れを拒否する。神人様がおられるようだが、神人様はどのようなご用件でしょうか」
(神人の扱いって、とてもいいのね)
「エリカ様、エルフたちにご説明をお願い出来ますでしょうか」
王の頼みに私は頷いた。
「私はエリカ。人間の王とその従者二名をエルフ王に謁見させたいの。通してくれる?」
「しばらくお待ちください」
そう言って、見張りのエルフが森の奥深くに消えていった。
ところが、待てど暮らせど返事がない。王たちは大きなテントを張って、中に入ってすっかりくつろいでいる。私もテントの中で椅子に座っているのだが、王とスイは将棋のようなものを指し始めた。モクはヨガマットのようなものを敷いて、ストレッチを始めている。
「ねえ、いったいいつ返事をくれるのかしら?」
私の問いに王が将棋を中断して答えた。
「エリカ様、エルフは長寿でして、時の流れが我々よりも遅いのです。しばらくと言ってましたので、早くて半日、長いときには二日ほどかかります。ただ、エリカ様のご要請ですので、精一杯早く対応してくれるとは思います」
「そんな時間感覚なのね。ところで、『神人』ってどういう存在なのかしら」
「数百年に一人の割合で現れます。記録では三百年ほど前にお一人現れています」
「その人、どうなったの?」
「実はよく分かっていません。かつてリッチーが出現したときに、私の祖先が神人様を召喚して、退治してもらっています。ただ、その方が最終的にどうなられたかの記録がありません。エルフは長寿ですので、当時のことを知っている者がまだ生きているはずです」
さっきのエルフの対応からすると、神人に対しては、そんなに敵意はなかったように思う。
仕方がない。待つしかないか。
私はせっかくなので、テントの外に出て、草原で仰向けになった。気温は春ぐらいでぽかぽかとして暖かい。
(太陽がこっちの方が少し大きいかしら。色はよく似ているわ)
私は目を閉じているうちに、いつしか眠ってしまったようだ。
「エリカ様、エリカ様」
モクに起こされたときには、すっかり陽が落ちてしまっていた。
「ごめんなさい、寝てしまったのね」
「エルフから使者が参っております。テントの中にいらしてますわ」
「モク、あなたは入らないの?」
「私はハーフエルフですので」
構わずモクをテントに入れようかと思ったが、エルフが逃げ出してしまっては困る。それにイスラム教徒に豚を食べろというのと同じだと一瞬思った。
(いや、待てよ。それとは違うな)
私は考え直した。これは理不尽な人種差別だ。徹底抗戦あるのみ。
「関係ないわよ。一緒に入るわよ」
「え? でも……」
「エルフの男を誘惑するんじゃなかったの?」
「まだ偏見のない子供をさらうつもりでしたの」
私は唖然としたが、その後、何だかおかしくなった。
(そうか、こういうアプローチもあるのか)
確かに一度持ってしまった偏見や信念を変えさせるのは難しい。差別が生まれる土壌をなくして、差別をしないエルフを増やして行くという方法もいいと思った。
こちらの人々と接して感じるのだが、せっかちな感じが全くしない。長寿だからか、非常におっとりとした感じなのだ。人類の危機という割には、のんびりと将棋を指していたり、悲壮感がまるでない。
「分かったわ。じゃあ、外で待っててね」
「はい。あの、一緒に入れっておっしゃって頂いて、嬉しかったですわ」
私はモクの肩をぽんぽんと軽く叩いてから、テントに入った。
「エリカ様、申し訳ございません。目をさまされるまでお待ちしようかとも思ったのですが、エリカ様なら早く起こせとおっしゃられるかと思いました」
王が申し訳なさそうな顔をして話しかけてきた。
「その通りよ。起こしてもらってよかったわ。それで、こちらの方が使者の方?」
「はい、神人様、ご挨拶致します。私はエルフ王からの使者のダと申します」
(「ダ」? たったそれだけ? 今度は一文字の名前か。それにしても、エルフって、本当に綺麗だわ)
ダさんは女性のエルフだ。美しい顔立ちで、長い白銀の髪から長い耳が出ている。
「それでエルフ王の返答はどうだったの?」
「エルフとしましては、神人様はもちろん大歓迎致します。人間の王も本当は男性ということは広くエルフには認識されておりますので、特別に許可します。残りの女性とハーフエルフを森に入れるのは、エルフの禁忌となっておりますので、ご理解下さい」
「どうする? 王様。スイとモクはここで待っててもらう?」
「そうですね。まずはそうした方が良さそうです」
「では、神人様と人間の王を我々の王のところまでご案内します」
使者がテントの外に出た。王は何かスイに小声で囁いてから、使者に続き、私は王に続いた。
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