夕陽の向こう側

ライラ

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由梨と潤耶

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たわいもない会話。
大好きな君の笑顔。
手にぶら下げたレジ袋。
いつもと変わらない日常。
でも一つ変わったことがある。
君がいない。  
高3の夏。小雨の降る6時過ぎ。
今日、君を失った。

ーーーーーーーーー数分前。

「ちょっと潤耶!聞いてるの?!」

信号が青に変わるのを待っている。

「きーてるよ!うっせーから耳元で怒鳴るなよな!」
「はぁぁ?そんなこと言ってると夕飯うちで食べさせてあげないよ~」
「うっ、それは困る、、、!ごめんなさいぃ!由梨ー、夕飯ー」
「はいはい、今日はお母さん仕事でいないから特別だよ!」
「っしゃ!由梨のメシまじうまいんだよな。で、今日はなに作るの?」
「えー!教えなぁーい」
「は?!教えろよ!」
「じゃーこれうちまで持って♪」

由梨はレジ袋を差し出す。

「由梨サン、これ重いんですけど」
「文句言わなーい!つか重いって思うのにそんなの女の子に持たせるき?!」
「女の子?!誰が?」
「わ、た、し!!!!!!!」
「あはは、冗談だよバーカ」
「、、、ぁたしだって、女の子だ、バカ、、、。」
「なぁ今日ハンバーグにしね?」
「おっとぉ?笑 そういうと思って材料!買っときましたー!」
「おぉ!由梨まじさんきゅーな!」

信号が青に変わった。
由梨が俺の前を先に歩き出す。
由梨は笑いながら俺に振り返った。

「潤耶そんなに私のハンバーグ好きなんだー!うれしーなー」

その時。
ーーーーーーーーキキー!ドン!!
一瞬だった。
大きなトラックは君を、由梨を引いた。由梨は見えなくなってトラックの下敷きになっている。
辺りに血飛沫が飛び、酒臭い運転手の臭いと血の臭いが混ざり合った。

「、、、。由梨?由梨?由梨!由梨?!由梨!由梨!!!」

何度も何度も叫び続けた。
下敷きになった由梨を何度も揺すった。

「おい、なぁ由梨、嘘だよな、嘘だ、嘘だ。嘘だぁ、由梨、ハンバーグ、作ってくれるんだろ?!返事をしてくれよ!由梨、由梨!」

言葉が震える。涙で視界が霞む。
呼吸は酷く荒れ、目の前の由梨は、、。

「ぅ。あぁぁぁあぁあーー!!」

いくら叫んでも、泣いても、あの大好きな由梨の笑顔は帰ってこない。

「、、俺のせいだ、、んぐっ。」

由梨は俺の目の前で死んだ。





ーーーーーーーーーーーー6年後
俺は教師になった。
理由は簡単だ、教師は由梨の夢だったから。
桜ヶ丘高校。俺の担任 している2ーG組は俺と由梨がもといたクラスだ。

「はい席につけー、出席取るぞー」

俺の教卓の目の前には一週間前に転入してきた小林 梨子の席がある。なぜだかわからないけど小林をみていると由梨を思い出す。
すれ違うと思わず振り返ってしまう。

「由梨?!」
「先生、?私、梨子ですけど?」
「、、、あぁ、悪い、」

これまでに、何度も同じことがあった。毎日毎日、小林に由梨の影を感じてきた。
それが、確信に変わった。
きっかけは調理実習だった。

「すごーい!これ、梨子ちゃんが作ったハンバーグ?!」
「すげー小林」

小林の周りに人が集まる。

「そんなに上手いのか」
「先生も食べます?」
皿にハンバーグを盛って小林は差し出す。俺は手を伸ばす。

「私、トイレ行ってきます」

ハンバーグに口をつける
ーーーーーーーガタンッ!
体が自然に反応した。
由梨、由梨だ、由梨の味だ。
慌てて廊下に駆け出す。
由梨は屋上目指して走り出す。

「由梨!!!!!」

小林は振り返る。

「やっぱり気づいてたんだ、潤耶」

誰もいない静かな屋上で、俺と小林は。俺と由梨は話し始めた。

「私、由梨の生まれ変わりなんだ」
「そうなんだ、」
「信じるの?」
「信じる」
「驚かないの?」
「ずっと、由梨の影を感じてたんだ、それよりこれからまたずっと一緒にいられるのか、」
「あはは!潤耶は本当に変わらないよね、心配になってくるよ」
「ちょ、おい!由梨!」
「あははははは!」

姿は変わったけど、全く変わってない由梨に涙が止まらなかった。

「え?!ちょい潤耶!なーに泣いてんのよ、あはは!」
「ぅるせーほっとけ」
「じゃあ教室戻る!じゃーね、潤耶!、じゃなくて潤耶先生 ♪ 」
「おぅ由梨もな!」
「ちがうー!私は小林梨子ってことになってるんだからぁー!」
「そーだな、教室早く戻れよ!」
「うん!」
タッタッタッと走っていく小林をただ愛おしい目で見つめていた。

次の日から俺は由梨と、いろいろなところに出掛けた。
生前由梨と一緒にいけなかった所。
遊園地、水族館、海、山、川。
沢山の楽しい時間。
この時間がいつまでも続くと思ってた。
でも、運命は残酷で、一瞬でこの時間を奪って行くんだ。
あの日の、事故みたいにーーーー。











由梨と楽しかった日々を思い出す。

「潤耶!あれ見て!海、海!」
「おー!すげー!っつかでけー!」
「あははっ! ほら!はやく!」
「え、およぐの?」
「泳ぐに決まってるでしょー!」
「由梨ー。俺泳げないの知ってるよなぁ?」
「えぇ?(笑)まだおよげなの?」
「お、泳げるし、」
「いーよ!強がんなくて」
「ぅっせ~」
「あはは!」

由梨の変わらない笑顔。
その隣には俺がいて、手を握る。
あの日、由梨が死んでから望みに望んだ光景だった。



由梨の様子がおかしい。
よく晴れた休日だった。

ーーーーーーーーーピンポーン
「はーい」

目覚めたばかりの目をこすりながら玄関のドアを開ける。

「由梨?!」
「はーい!きちゃったぁー?相変わらずここ住んでんだーー」
「いや、きちゃったじゃねーよ!」
「まーまーまー!」
「はぁ」
「ねぇ、今日予定は?」
「予定?ないけど、」
「ちょっと付き合ってよ」

静かな細道を下って、石段を上り下りして、通ったことのない信号通りを歩いた。
目の前に広がった光景は、、、

「海、、。」
「そうだよ!」
「由梨?」
「なぁに?」
「お前、今日どうかしたの?」
「、、、なんでもない、ほら!」

ーーーーーーーーーーパシャリッ
由梨は服のまま浅瀬に入って俺に水飛沫を飛ばす。

「やったなぁ~」
「あははははは!」
「由梨ーーー」
「あははは」
「お前やっぱりおかしい」

辺りが瞬間で静かになった。
ピシャッっと力なく由梨は水面に手を叩きつける。

「潤耶ぁ、」
「なに?」
「あたしが事故った時、悲しかった?」
「うん」
「今、私と居れて幸せ?」
「ああ」
「ふふっ、私も」
「由梨ぁのさっ、」
「でももう一緒にいれない」
「、、、、え?」
「一緒には居られないの」
「どうゆうこと?」
「私、由梨の生まれ変わりなんかじゃなかった、、。」
「じゃあ、」
「私の中には元の小林梨子が眠ってるの、私の生きたいって思いが強すぎた、だから梨子ちゃんの身体を奪ってしまって、」
「、、、じゃあ由梨は、、?」
「いつまでも梨子ちゃんの身体を奪って生きてるわけにいかないの、」
「、、、いなくなるのか、?」

由梨は静かに頷く。
夕陽が水面に反射し由梨の顔にあたった。由梨は何処か遠くを見つめた様子でなんとも言えない表情をした。

「今日で最後って梨子ちゃんと約束したの」
「、、嘘だよな、なぁ!嘘だって言ってくれよ、どんな形でも、俺は、、、俺は由梨に生きてて欲しいんだよ、由梨、もぅ、もういなくなるなんて言わないでくれ、お願いだ、お願いだから、由梨、、、」
「、、、、、、、、って、」
「、、、え、?」
「ぁたしだって!!生きたいよ!」
「、ぁ、」
「でも、でも死んじゃったのぉ」
ひっくひっくと泣く由梨。
海の水と涙が混ざり合って由梨の頬を伝う。あいかわらず美しく透き通る海は由梨の鎖骨の辺りまで上がってきている。
「日が沈んだら私はいなくなる」
「由梨、」
「教卓の中に、手紙を入れてきた」
「由梨、、、」
「もう少しで夕陽が沈むでしょ?」 
「嫌だ、いなくなんか、」
「潤耶」

由梨は大きな瞳で真っ直ぐ俺を見つめた。夕陽はあと少しで沈む。夕日の反射があまり目立たなくなった。
由梨は口を開く。

「夕陽の向こう側で、待ってる」

あとは何も言わずに、最期のわずかな夕陽の光の中で由梨は俺にキスをした。
由梨は少し離れて目をつむる。
目の淵から涙が頬を伝う。
目を開くと由梨の面影はどことなく消えた。元の小林は、そのまま浜辺へ歩いて行った。

「由梨!!!」
もう由梨ではない。わかっていたけど呼び止めてしまった。
小林は立ち止まった。

「先生?私、梨子ですけど、?」
「、、、ぁ?あ、あぁ、悪い、」

俺も浜辺目指して歩き出そうとした瞬間。夕陽の沈んだ辺りから

「潤耶」

ゆりの呼ぶ声が聞こえた気がした。
空耳かもしれないけど。
でも由梨の声だと、俺は信じたかった。






9月が終わる頃だった。
その頃にはもう蝉の鳴き声はパタリと止み、代わりに緑の葉が紅色や黄色、オレンジと染まっていた。
教卓に立って、古典を教えていた時、ふと由梨の言葉を思い出した。

「教卓の中に手紙入れてきた」

慌てて教卓の中を見ると茶封筒が一枚入っていた。かすかに由梨のハンバーグの匂いがする。
授業を放棄してその桜色の封筒を手に取る。震える手を抑えながら開く。ゆりの字で書いてある言葉は時々涙で滲んだ跡があった。

【潤耶へ】

シャーペンで何度もなんども消して書き直した跡が残っていた。
由梨の字は変わらない由梨の字だ。




    潤耶へ
手紙を読んでるってことは私はもうここにはいないね。
手紙、みつけてくれてありがとう。
ずっと考えてたの。死んでから。
潤耶が、隣にいないこと。
すごく寂しかった。
あの時なんで死んだんだろうって、すごく、すごく悔しかった。
潤耶、泣かないでね、?
潤耶は涙もろいから。すぐ泣くでしょ?潤耶が泣いたら私は笑って向こう側に行くことができないよ、。
ねぇ、聞いて?
私、口で言ったことなかったけど。
潤耶のこと、ずっと好きだった。
愛してたの。ずっとずっと。
潤耶の笑顔が大好きだったよ。
ハンバーグ食べた時の潤耶の顔が頭から離れないの。
でも私は潤耶に幸せになってもらいたい。潤耶には潤耶の幸せを忘れないで欲しいの。だからもう私のことは忘れて。私は夕陽の向こう側で待ってる。向こう側で潤耶と会えたら次こそずっと一緒にいる。
、、、約束。     
                                       由梨









由梨の声が聞こえた気がした。
約束って俺の耳のそばで由梨が囁いたような気がした。
気のせいだなんて思わなかった。
由梨は夕陽の向こう側できっと俺のことを見ている、だから、、、

「忘れろ何て言うなよ、、、」

溢れ落ちた一粒の涙はやがて大粒の涙と化した。
やっとの思いで立ち上がる。
涙で歪む視界の中、よろよろと階段を、しっかり一段一段登っていく。
ーーーーーーーーーーーガチャンッ
重い屋上の扉を開けると、、、!
広がった光景に息を飲む。
空は青くどこか紅く、鱗のような雲がまるで夕陽の向こう側まで続くように連なっている。
夕陽は大きく紅く強く輝きを増して沈もうとしていた。

「まじかよ、、、」

まるで夕陽が由梨みたいだった。
思わず片手で口を押さえる。
両目から涙が一滴ずつ頬を伝う。

「、、由梨、、、、、、、、」

どうしたらいいかわからなくなった。
俺は力なく立ちすくむ。
夕陽は怖いくらいに明るく光る。
まるで由梨が笑っているかのように。
俺は最後の涙を拭くと精一杯笑って見せた。


夕陽の向こう側まで届くようにーーーーー。

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