その手を掴めるようになるまで ~夢の中のアグリシア~

蒼あかり

文字の大きさ
5 / 10

~5~  友人

しおりを挟む
 翌日、アグリシアは学園に登校した。
 現在二学年に在学している。エドワードは一つ上の三学年。
 基本的に顔を合わせることは少ない。それでも廊下や移動教室などで出会う事もある。

 アグリシアは学園生活に良い思い出はなかった。
 成績は申し分ないが友人関係が希薄で、婚約者のエドワードの態度が周りを助長し、辛い思いをすることも多かったから。
 伯爵家の嫡男であるエドワードは決して爵位は高くないものの、成績は優秀で見目も十二分に美しい。他の女生徒が放っておくわけがない。
 婚約者であるアグリシアは、嫉妬から嫌がらせを受けることもあった。
 ただそれを気にしない素振で受け流す彼女が面白くないのか、次第に皆から一線を引かれるようになり、アグリシアは自然と一人でいることが多くなってしまった。
 まるでその存在を無視されるように
 しかしアグリシア自身も趣味の合わない話題、ドレスや宝石、夜会の話などは得意ではないし、ましてや人の噂話など聞きたくも無かったので丁度良かった。

 だが、婚約者のエドワードはそんなアグリシアの態度に異を唱え、令嬢として社交をするように小言を言い続けていたのだ。
 将来の伯爵夫人が社交の一つも出来なくては、夫を支え手助けすることも出来ない。
 頭ではわかっていてもアグリシアには難しく苦手なこと。エドワードの心配もわかるが、不得手をつつかれることが彼女には苦痛で仕方がなかった。
 

 お昼休みはいつも中庭にある隅のベンチで一人、家から持参したランチを食べていた。
 心地よい風に吹かれ、本を読みながら過ごす時間は彼女の気を休めるのにちょうどいい。

 いつものようにベンチに座りランチを食べていると、「あの……、アグリシア様」と背中から声をかけられた。
 女性の声に驚き振り向くと、クラスメイトの令嬢が立っていた。
 恥ずかしそうに俯き加減にアグリシアを見つめている。

「あなたは、アメリア嬢。どうしました? 私になにか?」
 アグリシアが声をかけると、少し頬を赤らめながら

「もし、よろしかったらお昼をご一緒しませんか?」
 
 見ると手には自分のランチボックスを持っている。彼女もまた、他の令嬢達とつるむようなことをしないタイプの人間で、一人でいることが多かったように思う。
 一人で食べるのも飽きてきたし、たまには良いかと思い隣を指さし「座りますか?」と声をかけると、ぱあぁっと花が咲いたような笑みをこぼし「よろしいですか?」そう言って彼女は隣に座った。

 彼女の名はアメリア・セルデン。セルデン伯爵家の令嬢だと名乗ってくれた。
 確か一人娘で婿養子を取るとかなんとか?そんなことを他の令嬢が話していた気がする。
 彼女もまたアグリシアと同じく図書室で本を読んで静かに過ごしているようなタイプで、読んでいる本も領地経営に関するような、大方他の令嬢が読まないような小難しい本を好んで開いていたなぁと、思い出した。

「アグリシア様はいつもこちらでお昼を?」
「ええ、大体ここで食べています。ここはあまり人が寄り付かないところなので、落ち着けるので」
「すみません。私なんかがお邪魔してしまって」
「いえ、たまにはこうして誰かと一緒に食べるのもいいものです。声をかけてくださってありがとうございます」

 二人は並んでランチを食べながら話をした。
 自分の境遇のこと、学園での過ごし方や休日の過ごし方、家族の話、そんなことを話すうちに自然に打ち解けることができた。
 最初はお互い気をつかいぎこちなさもあったが、最後には笑っている自分に気が付き、アグリシアは自分でも驚いていた。
 
(こんな風に友人と呼べるような人がいるのって、楽しいかもしれない)

 いつもは一人で過ごし、目立たぬように過ごすことが多かった。
 でも、気さくに話ができる友がいることは、つまらない日々の中で笑顔になることも多く、何しろとても楽しい。

(夢から覚めたら、今度は自分から話しかけてみようかな)

心の持ち方が変わり始め、そんな自分が新鮮で少し嬉しかった。
自分も周りの令嬢のように普通の感性を持っていたのだと、新しい気持ちの変化に戸惑いと、感動すら覚え始めていた。

 彼女は刺繍が得意だと言っていた。いつも綺麗な刺しゅう入りのハンカチを持っていたのを覚えている。
 ふと気が付いて目にするその刺繍は、いつも違う物だった。イニシャルだけではなく、花だったり、蝶だったり。何とはなしに、お上手だわと声をかけたこともあった。

「アメリア様は刺繍がお上手なんですね?」
「え? お恥ずかしいです。これくらいは皆さま出来ますでしょう。とても自慢できるほどではありません」
「そんなことありません。私は刺繍などの手仕事は全くダメなので、とても羨ましいです」
「そうなのですか?手先が器用そうに見えますのに」
「私は母を幼い頃に亡くして、父の妹である叔母が色々と教えてはくれましたが、それよりも領地経営の方が私には向いているようでして。刺繍などはする気もおきなくて、私の方こそ貴族の娘らしくなくて恥ずかしいです」
「まあ。そうだ、もし宜しかったら今度一緒に針を刺しませんか? 私で良ければお教えします。まずは簡単なイニシャルから。アグリシア様の婚約者様にもプレゼントしたら喜ばれますよ」
「え? 私の婚約者? でも、贈り物なんてしたことがないから。それに喜んでくれるかどうか? 私は煙たがられているし」
「そんなことありません。きっと喜んでいただけますわ。一緒にがんばりましょう」
「……そうね。やってみようかしら」


 自分の夢の中とは言え、前向きになっていることが嬉しくて、アグリシアは幸せな気持ちになっていた。
 刺繍がしたいわけではない。友人と共通の趣味を持つこと、一緒の時間を過ごすこと。
 自分には無縁だと、無理だと諦めていただけで、実はやりたいと願っていたことだと気が付いてしまった。
 これ以上嫌われたくなくて、ならば嫌われないように最初から線を引き自分から距離をおく。そうすれば傷つかずに済むから。
 そんな風に思っていた自分に気が付いて、この世界ならそれが出来るし誰からも咎められない。この世界が本物なら良いのにと、そんな風に思い始めていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

妹なんだから助けて? お断りします

たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

私を追い出したければどうぞご自由に

睡蓮
恋愛
伯爵としての立場を有しているグルームは、自身の婚約者として同じく貴族令嬢であるメレーナの事を迎え入れた。しかし、グルームはその関係を築いていながらソフィアという女性に夢中になってしまい、メレーナに適当な理由を突き付けてその婚約を破棄してしまう。自分は貴族の中でも高い地位を持っているため、誰も自分に逆らうことはできない。これで自分の計画通りになったと言うグルームであったが、メレーナの後ろには貴族会の統括であるカサルがおり、二人は実の親子のような深い絆で結ばれているという事に気づかなかった。本気を出したカサルの前にグルームは一方的に立場を失っていくこととなり、婚約破棄を後悔した時にはすべてが手遅れなのだった…。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

処理中です...