揺れる傘の中

蒼あかり

文字の大きさ
上 下
1 / 1

揺れる傘の中

しおりを挟む
 傘をさして歩く雨の朝。
 いつもは自転車での通学も、雨の日はそうもいかない。
 天気予報では午後から雪のマークが付いていた。
 そんな日に自転車では、帰り道に転んでしまうかもしれない。
 徒歩での通学は倍の時間がかかってしまうから、いつもよりも大分早く家を出る。
 そんな億劫な雨の通学路。
 
 暗い天気と寒さで心も塞ぎそうになりながら、重い足を前に動かし歩き続ける。
 気持ちも沈みかけ、足元ばかり見ながら歩く道のりで傘越しにふと前を見た。
 そこには見覚えのある傘と、スニーカー。
 
『あの子だ』

 見間違えるはずのないそれを、視界から外したくなくて俯くことを止めた。

 去年まで同じクラスだったあの子。今はクラスが変わってしまって顔を合すこともほとんどない。去年同じクラスにいたって、まともに話したこともほとんどないのに。
 僕の事なんてきっと、ただのクラスメイトだったくらいにしか思っていないだろうな。と、そんなことを思いながら少し離れた距離を保ちつつ歩き続ける。
 住宅街を抜け、大通りの交差点。横断歩道を渡るあの子をみつめながら、信号の点滅で思わず小走りになってしまった。
 着かず離れずの距離を保てていたのに、一気にその距離が縮んでしまう。
 足音が聞こえる距離になり、どうして良いかわからず狼狽える。
 前を向くあの子は、後ろに人が近づいていることは気が付いているはず。でも、誰かはわからないと思う。
 わざと歩みを遅らせて距離を取るのも変に思われるし、追い越すのもどうかと思う。
 それに、この距離と時間を惜しいとさえ思えてくる。
 並んだわけでもないのに、顔が見えるわけでもないのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
 追い越しざまに「おはよう」って声をかけたらどんな反応をするだろう?
「寒いね」って話しかけながら、少しだけでも一緒に並んで歩けるかな?
 でも、誰かに見られたら何か言われるかもしれない。そしたら「関係ない」って言うのはなんだか悔しい気がする。
 バシャバシャとしぶきを上げ歩く足音を聞きながら、少しずつ激しくなる雨音が鼓動と重なるのに気が付く。

『今はまだ、もう少しこのままで……』

 学校までの距離がもっと遠ければ良いのに。
 このまま誰にも会わずにいられれば良いのに。


 そんなことを考えながら、揺れる傘の中で自然に顔がほころぶのを少年は感じていた。




―・―・―・―




 傘をさして歩く雨の朝。
 いつもは自転車だけど、雨の日は徒歩での通学。帰りはお爺ちゃんが迎えにきてくれるから。
 雨の日は憂鬱な気分になる。足取りも少しだけ重い気がする。いつもは自転車で風を切り走り抜ける道のりも、雨では傘に遮られて前しか見えない。
 自転車で通う子達も、雨の日は車で送ってもらう子が多い。だから、周りに同じ学校の子はあんまり見かけない。
 少し寂しいけど、少しだけ気が楽な気もする。
 のんびり一人で歩くのもたまには悪くないがするから。
 大通りに出ると丁度信号が青に変わった。このまま行けば走らずに渡れるなと、そんなことを思いながら歩いていたら、後ろからバシャバシャと走る足音が聞こえて来た。
 信号の点滅で慌てて渡ったんだろうと思いながら、ふと視線を後ろに流した。
 傘を肩にかけ、顔だけを後ろに回せば相手は見られていると気が付かない。
 すると、視界に入ったのは見覚えのあるスニーカー。
 見間違えるはずが無い。

『あの子だ』

 少し後ろを歩くあの子の足音が聞こえる。
 去年一緒のクラスだった。でも、まともに話したことなんて一度も無い。
 きっと、私のことなんてただのクラスメイトの一人くらいにしか思っていないだろうと、そんなことを考えていたら少しだけ歩調がゆっくりになったことに気が付く。
 でも、今さら歩調を早めたら嫌がられているって思われるかもしれない。
 わざと横にそれて追い越してもらおうか。そしたら、さりげなく気が付いたふりをして「おはよう」って声をかけたら変に思われないかな。
 「寒いね」って言ったら何か返事してくれるかな?
 
 そんなことを考えながら俯きがちに歩く歩幅は、自然とあの子の歩調に合っていることにまだ気が付いていない。
 少しずつ激しくなる雨。
 いつもは歩かない道のりに疲れているのか、心臓が傘を打つ雨音と同化していく。

『今はまだ、もう少しこのままで……』

 少し先に、友達の傘の花々が見え始めてしまった。
 あの傘の波に紛れてしまう未来を残念に思いながら、少し後ろに歩くあの子の足音に耳を傾ける。
 雨音と溶け込むように聞こえるその音は、心地よい響きで胸を締めつける。


 そんなことを考えながら、揺れる傘の中で自然に顔がほころぶのを少女は感じていた。






~・~・~

お読みいただき、ありがとうございました。


本当はこれとまったく反対のことを思っていたのかもしれません。
「邪魔だなぁ。早く歩けよ」
「なにやってんの。早く追い越せばいいじゃん」とか......。
でも、信号待ちでぼんやり見かけた二人の歩みが、そうじゃない気がしたんです。
互いを意識しつつ、どうして良いかわからない感じがして。
あらやだ。青春だわって思ってしまいました。


少しでも甘酸っぱい雰囲気を感じていただけたら嬉しいです。


これから益々寒くなります。お体に気をつけてお過ごしください。
ありがとうございました。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...