懴悔(さんげ)

蒼あかり

文字の大きさ
上 下
13 / 34

ー13-

しおりを挟む
 あの夜の事を聞きたくて、源助は顔なじみの番頭に頼んで話のできる人間を連れて来てもらった。
 連れて来られた男は予想もしていないことに、鈴の恋仲の相手だった。
 しかも将来を誓い合った仲だとか。源助にしてみれば寝耳に水で、たいそう驚かされてしまった。
 それでも番頭が性根の良い人間だと言うだけあって、真面目でちゃんとした人間なのだろうことは源助にもわかった。


「源さん、鈴と又七は店では皆が知る仲だった。峰屋の旦那も認めていたんだ。
 こいつは山向こうの村の農家の出だ。峰屋では長いこと働いてくれていて、働きぶりも真面目で皆が目をかけていた。ちゃんとした奴だ」

 番頭は真ん中に座り、二人の仲を取り持つかのように話し出した。

「あいつが好いた男なら間違いはねえよ。昔からあいつは間違ったことをしたことがねえんだ。それに、もう約束は果たせねえ。申し訳なかったな」

 源助は酒をちびりと口にしながら、言い聞かせるように話した。
 番頭の隣に座る又七の顔を見ることはできないが、彼も無言で座り込んだままだった。

「今日はわざわざ来てもらって悪かったな。少しばかり話が聞きたくてな。
 ほら、遠慮しないで飲んでくれ。親父、何でもいい、つまみをどんどん出してくれ」
 そう言いながら源助は二人の盃に酒を注ぐのだった。



 あの晩のことを聞き出したが、高木が聞き込みで聞いたことと大して変わらない内容だった。源助もそれは想定内のことだった。
 同心の高木に聞かれて、嘘や隠し事をするような性根の腐った人間はそうそういない。ましてや、仲間が死んでいるのだから。正直に話さない方がおかしいと思っている。ただ、気が動転して忘れてしまったことを後で思い出すことは多いし、聞き手が違えば違う答えを導き出すこともある。
 しつこいと思われても、何度も聞き返すことは重要だと経験上知っていた。

「色々聞いてすまなかったな。最後に、どうして峰屋の娘は連れ去られたんだろうか? 顔を見られたとしても、まだ幼いんだろう? はっきりと覚えていられるとは思えねえんだが」

 源助の言葉に番頭と又七は顔を見合わせる。そして番頭は首を横に振った。

「わからないんです。連れ去られたのか、それとも自分で怖くなって逃げだしたのか。ただ、お嬢さんは一人で出歩いたことなどなかったから、勝手に外に出ることは考えにくいとは思う。みんな同じことを言ってたようですがね。それに、あの嵐だったから、なおのこと」
「お嬢さんは鈴さんとよく、お使いと言って外に出ていたんです。だから鈴さんなしで一人で外に行くなんて、ちょっと考えられないです」
「そうか……。じゃあ、鈴が一緒なら出ていけるかもしれないってことだな」
「一緒に?」
「そう、一緒に。あの晩、二人は一緒に寝てたんだろう? 強盗の騒ぎに気が付いた鈴が逃げるために一緒に外に出ることも考えられると、思ってな」
「それは、まあ」

 又七は源助の言葉に少し考えるように同意した。

「お嬢さんは鈴さんのことを、本当の姉のように慕っていました。鈴さんもすごく可愛がっていて、いつも一緒にいたんです。鈴さんの言うことなら、素直にきいたかもしれないです」
「そうか」

 源助には思いがあった。年の離れた兄妹で、乳飲み子の頃から自分が育ててきた。いわば親子に近い者がある。だからこそ、鈴の思いがわかる気がしていた。
 あいつは俺に助けを求めたんだ、と。

 しばらく話した後、取り留めて気になる新しい話も出てこないことから、源助はお開きにしようと席を立った。
 まだ宵闇には早いが、念のため源助は二人を送り届けることにした。
 所帯を持つ番頭を先に送り、次いで峰屋に住み込んでいる又七を。
 番頭を送り二人並んで歩いていると、ふと又七が口にした。

「実は思い出したことがあって。いえ、事件には関係ないと思いますが。
 あの後、鈴さんの持ち物を確認したんです。旦那さんのはからいで、欲しいもんがあれば源助さんに返す前にって……。申し訳ありません」
「いや、いいさ」

 事件の後、鈴の少ない荷物は兄である源助に返されていた。その前に形見を取れというつもりだったのだろう。源助が今更使える物もないだろうし、それはどうとも思っていない。

「ありがとうございます。それで気が付いたのが、鈴さんがいつも懐にしまっていた達磨だるま柄の手ぬぐいがなかったんです」
「達磨の?」

「はい。鈴はいつも達磨の手ぬぐいを懐に入れていました。若い娘が達磨なんて変だと思って声をかけたのがきっかけなんです。
 そうしたら、奉公に出る前に兄ちゃんが持たせてくれたって。縁起物だから大事にしろって無理矢理持たされたって、嬉しそうに笑ってました」
「鈴が、そんなことを?」

「はい。いつも懐に忍ばせてました。その手ぬぐいが見当たらなくて。
 探したんですが見つかりませんでした。すみません」
「ふっ。おめえさんが謝ることはねえよ。そうか、あの時の手ぬぐいを?
 いや、あれはもう大分前のもんだ。きっと古くなって捨てちまったんだろう、気にするこたあねえ。思い出してくれてありがとうな」

 ちょうど峰屋の前に着いた又七は、源助に深々と頭を下げるとそのまま店の裏口から入って行った。

 達磨の手ぬぐいのことを久しぶりに思い出し、源助の胸は締め付けられるようだった。二年前、勝手に奉公先を決めて来た鈴に、手向けとして縁起物の達磨の手ぬぐいを持たせたのだ。若い娘が持つ柄ではないことはわかっていた。
それでも、これから先の幸せを願い、せめてもと用意したものだった。
 それを大事に持っていてくれていた。それを知れて、源助の心は言いようのない想いが支配し始める。大事に持っていてくれたという嬉しさと、同じくらいの寂しさ。そうして、助けてやれなかった後悔の念は、潮のように繰り返し押し寄せて来る。生涯、所帯を持たずに生きようと思っていた男の、唯一の身内。
血が繋がっていようがいまいが、そんな事は関係ない。
 妹であり、娘であり。家族なのだから。

 
 もう岡っ引きからは身を引いたとはいえ、この界隈では顔を知ってもらっている。それを頼りに、源助はおかめ盗賊の足取りを追う旅へと出るのだった。

 必ずかたきを取ると、そう心に誓いながら……。




しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...