ユキノホタル ~名もなき遊女と芸者のものがたり~

蒼あかり

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 末吉は曲物師の弟子についた後、手先の器用さからみるみるその頭角を現していった。里に居た頃から彼の使った小間物は人気が高く、信が買い取り店に置けばすぐに買われてしまうほどだった。
 力仕事を担う男達よりも稼ぎは少ないが、その分年を取っても続けられる。技を身に付けさえすれば、独り立ちして一生食っていくに困らないだろう。
 それを信から聞いた末吉は、親方や兄弟子からの叱咤を物ともせず、がむしゃらに食らいつき仕事を覚え、技を盗んだ。
 そして一年ほどが経った頃、念願だった一河に行く決意を固めるのだった。

 向こうで仕事を捜そうとは思っていない。ただ、ユキの行く末が気がかりで、それが恋仲としての恋慕なのか、兄や幼馴染としての情のようなものなのかはわからない。それでも、もしついてくると言うなら一緒に山岡に戻り、こちらで所帯を持っても良いと考えていた。

「兄さん。俺、一河に行こうと思ってます」

 末吉は兄弟子の中で何かと気にかけてくれている、一番仲の良い芳一に声をかけた。まだ年若く、色事に興味のなさそうな末吉からよもや『一河』の名を聞くとは思わずに、芳一は驚いたように目を見開いた。
 それを見た末吉は、そう言えば一河の名は出しちゃならんと言っていた。それにしても、どうしてここまで?と疑問に思い問いかけるのだった。

「実は、一河に俺の幼馴染が奉公に言っているらしくて。それで、一度元気にしているか顔を見に行きたいと、ずっと思っていたんです。
 一年働いて、家に仕送りもしないで悪いことをしたとは思ってるけど、それでも路銀は大分貯まったし、一度行って来ようと思ってます」
「幼馴染が?」

「はい。俺をここに紹介してくれた人に聞いたら一河だと。だけど、人に話しちゃならんと言われていたんです。兄さん、何故か訳を知っていますか?」

 末吉の問いに、芳一は思わず言葉を飲んだ。
 親から身売り同然で一河に向かった幼馴染。末吉は一河がどういう街かわかっていない。もちろん芳一も行った事はない。それでも話は聞いたことがある。
 遊女と呼ばれる女たちが、一夜の春を売る場所だと。

「末吉。親方には言ったのか?」
「いえ、まだです。休みも貰わなきゃならないし、近く言うつもりです」

「そうか。なら、里に帰ると言え。幼馴染に会いに行くと言えば、二度と戻らないと勘違いされるかもしれない。だから、今はとりあえず里に帰って、金を渡しに行くと言えばいい。一年間、休みなく働いたんだ、多少長めに休みもくれるさ。いいな、わかったか?」
「はい。わかりました。明日にでも親方に相談してみます」

 そう答える末吉の顔は綻び、期待に満ちたように明るかった。
 芳一は一河の町の実態を、その幼馴染の子の現状を話して聞かせてやった方がいいか?と悩んだが、結局話して聞かせることは出来なかった。

 しばらくして、幾日かの休暇をもらい末吉は一河に向かった。
 出かける際に、芳一は少しばかりの路銀の足しを渡し、
「必ず戻って来い。何があっても、とりあえずここに戻るんだ。そうすればどうにかなる。いいな、必ず、必ず戻って来い。待ってるからな」
 そう言って神妙な顔つきで末吉を見送ったのだった。
 世話になった不義理を果たし、二度と戻らぬ気なのだと思われているのだろうことが少し不満ではあったが、末吉はそれでも笑顔で旅立って行った。

 道中はそれほど厳しい道ではなかった。女二人が時間はかかれど歩いて行けるほどだ。だが、心もとない路銀を気にして、夜は人様の家の納屋に無断で泊まったり、食べる物もなるべく安い物に手を出したり、誰の物かもわからぬ木々から果実をいただいたりしながらなんとか旅を続けた。
 履き慣らした草履は擦り切れ、むき出しの足ではさすがに歩けないと途中の町で草履を買い、ひたすらに一河に向かい歩き続けた。

 そして三日目の昼過ぎ、ついに二河の町にたどり着くことができた。
 一河へは二河から渡し船に乗り渡ると聞いていた。二河の町に着くと、運河を目指し船着き場に向かう。まだ陽が沈み切らぬとはいえ、船着き場には大勢の男達が集まっていた。
 子供で世間を知らぬ末吉でもわかるほどに、色々な人達が集まっている。
 身なりの良い金を持っていそうな人間は、船を貸し切り渡っていく。だが、それなりの者達は頭数が揃うまで出発を待ち、船が沈むギリギリの人数で渡って行くのだった。その中に末吉も何とか紛れることができた。
 船頭に渡し賃を払い船に乗り込むと、周りの大人の男達から声をかけられる。
「おめえ歳はいくつだ?」「その歳で遊女遊びたあ、ちっと早くねえか?」「いや、あそこにいる女の歳を考えたらこれくらいが丁度いい。こりゃあ、客引きが離さんぞ」と、何やら意味の分からぬ会話が末吉の頭の上を飛んでいる。
 末吉は適当に相槌を売ったり、返事をしたりしてあしらいながら一河の町に足を踏み入れるのだった。
 
「すげえ……」

 まだ陽は落ち切っていない町並みには、すでに灯りが灯されている。
 いたるところに提灯をぶらさげ、その色を鮮やかに変えている。こんな灯の多さを始めて経験する末吉は、目をしばたかせた。
 関所のような所に皆が並び手数料を支払っていく。末吉はどうしていいかわからないままうろうろしていると、見回りらしい男に声をかけられた。

「どうした? 買いに来たっていうには若すぎるな。仕事でも探しに来たのか?」
「あ、いや、知り合いを。知り合いがここで働いているって聞いて。それで会いに来たんですが」

「知り合いが?」
「はい。あの、幼馴染なんです。里が同じ子で……」

「幼馴染か。店の名は知っているのか?」
「いえ。全然わからないんです。でも、里を出て二年近く全く音沙汰もなくて。せめて顔だけでも、元気がどうかわかればそれだけで良いんですけど」

「なるほど。この町に入るには手数料がかかる。まずは、あそこに並んで料金を払え。それで店を一件一件探せば、運が良ければ見つかるかもな」
「手数料? あそこですね、わかりました。一件一件、探してみます」

「ところで坊主。ここがどういった所か、わかって来てんのか?
「どういう所? いえ、活気のある街だとは聞いています。それに金がかかるって。だから、一生懸命働いて……」
「ああ、いい。いいか、間違ってもここで金の話はするな。少しでも金があるふりをすれば身ぐるみ剝がされるか、命も危ない。
 ここはな、女が春を売り男が買いに来る町だ。おめえのような子供が来る場所じゃない」

「春?」
「ああ、そうだ。女が男を相手にして金を稼ぐんだ。おめえの幼馴染もそういう仕事をしているはずだ。親に売られてな」

「え? 親に? ちょっ、どういうことですか?」
「おめえ、どんな山奥から出てきたんだ? ここにいる若い娘はみんなそうだ。親に売られたり、借金のかたに連れられ仕事をさせられる。金のために男に体を開くんだ。そういう町なんだよ」

「え? いや、だって。おじさんたちは奉公に出たって。だから、俺……。
 そんな、だって。そんなユキが?」
「どこに自分の娘を売ったなんて言う親がいるかよ。確かめてえなら行ってみればいい。行って顔を拝んで来い。だがな、その子、ユキを買うつもりがねえなら顔を見たら戻って来い。そして、そのまま帰れ。いいな?」

 その男に背を押され、末吉は料金所の列にふらつく足取りで並ぶのだった。
 そこでも周りの大人たちに興味本位に声をかけられるが、さきほどの男の言葉が頭を離れずに、その声が耳に届くことはなかった。
 そして入り込んだ夢とまぼろし、欲と金の世界に、まだ大人になり切れていない少年は一人、現実を知ることとなる。
 少年の淡い期待と可能性は無残にも引き裂かれ、彼の瞳に暗い影を落とすことになる。

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