アリスの恋 ~小動物系女子は領主様につかまりました~

蒼あかり

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~19~ 男の決意

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 覚悟を決めたダレンは、アリスに自分の思いを告げる決意をした。
 辺境伯爵家当主として、いつまでもこのままで良いとは思っていない。
 ちゃんとわかっている。だが、家の為、血筋のためだけに妻を娶ることに抵抗のあったダレンは、無意識に女性を避けて通っていたのだ。
 妹ルシアも嫁いだいま、残るは自分のみ。

 そんな時に現れたアリスを、最初は可愛い小動物のように愛でたいと思っていた。しかし、少しずつ距離を縮めるうちに、自分の思いを認めざるを得ない事実に気が付いた。
 髪紐を買いに行った店主の言葉が、ダレンの胸に突き刺さる。

 アリスを日陰の身にしたいわけじゃない。
 お粗末な未来を与えたいわけでもない。


『この想い、犬になど食わせてやるものか!』


 それでもいざとなると、やはり足がすくんでしまう。
 女性に自分の想いを告げたことなどないし、どうしていいかよくわからない。
 祭りから戻るなり執事のセバスチャンに「随分、楽しいひと時をお過ごしになられたようで。ようございました」と、笑顔で告げられた。
 しかし、その目は笑っていなかった。

 明日になれば、邸の使用人皆に知れ渡るだろう。そうなれば、アリスが辛い思いをしかねない。それだけは。その前にきちんと、この想いを……。


 ダレンは景気づけのために酒をグイとひと口あおると、勢いよく部屋を飛び出した。

 邸に戻った後ルシアの部屋に呼ばれたアリスを追い、妹の部屋の前まで来てみたが、やはり目の前のドアをノックする勇気がない。
 これが戦なら、こんなドアなど簡単に足で蹴破るのに。
 当主自ら、誰よりも早く先陣切って剣を振り回すのに。
 なぜ、その勇気がでないのだろう?と、ダレンはドアの前で項垂れ大きなため息を吐いた。

 しばしの沈黙の後、部屋の中からわずかに漏れ聞こえる嗚咽のような声。
 ルシアの声ではない。

「え? アリス?」

 ダレンは思わずドアノブに手をかけ、その勢いのままドアを開いてしまっていた。

 目の前に飛び込んだ光景は。
寝台に身を起こしたルシアの胸の中に抱かれながら、驚いた顔でこちらを凝視するアリス……と、したり顔で見つめてくるルシアだった。

「え? ア、アリス……」

 今更ながら冷静になってみれば、ルシアがアリスを虐めるような真似をするはずがない。それに妹とは言え、ノックもせずに女性の部屋のドアを開けた不躾さ。泣き声に驚いたとはいえ、紳士として見て見ないふりをするべきなのにと、自分の失態が頭をグルグル回りだし「あ、あの、あれ?」などと、しどろもどろになるのだった。

「あ、あの、これは。そう言うのじゃないんです」

 涙の言い訳を告げながら、瞼を手の甲でグイと拭い、ルシアの胸の中から飛び起きた。そしてそのまま、ドアの隙間に向かって突進するかのように走り出していた。

「兄さん!!」

 ルシアの声に正気を取り戻したダレンは、自分の脇を通り抜けようとするアリスを両手で羽交い絞めにするように抱きかかえた。

「兄さん。私はもう用はない。アリスを連れて行って構わない」

 ルシアの思わぬ言葉に「へ?」と、アリスはダレンの腕の中で素っ頓狂な声を上げた。それを聞いてクククと笑いだながら、

「じゃあ、妹の言葉通りに連れて行くよ。ゆっくり休んでくれ」

 そう言ってアリスを肩に担ぐように抱え、ルシアの部屋を後にした。
 その後ろ姿を見ながら、ルシアは「兄さん。がんばれ」と、小さな声で声援送るのだった。


「え? あの、ちょっと。ダレン様、下ろしてください。お願いします」

 などと言いながら足をばたつかせるも、ダレンにとっては何の支障もない。

「大丈夫だ、落としたりはしない。黙って大人しくしておけ」

 上機嫌のダレンは軽々とアリスを担いだまま、廊下を歩きだす。
 途中、使用人やセバスチャンの姿が視界に入った気もするが、見なかったことにする。廊下を抜け裏口から出た先は、動物たちが待つ中庭だった。


「着いたぞ」

 ゆっくりと肩からアリスを下ろすと、ダレンはその場に座り自分の横をポンポンと手で叩いた。

「あ! 服が汚れてしまうな。ちょっと待っていろ」

 そう言って自分の上着を脱ぎ、芝生の上に敷いた。

「これなら大丈夫だ。さ、早く」

 優しい笑みでアリスをいざなう。
 戸惑いつつも、逃げることは叶わないと観念したアリスは、大人しく隣に座るのだった。

 今の時間、動物たちは皆寝静まっている。はず。

 遠くの方から祭りの音が微かに聞こえてくる。
 祭りの踊りは盛り上がれば夜通し行われる。人々は、気が合えば夜通し町中を練り歩き、楽しそうに時を過ごす。
 そんな祭りの余韻が抜け切れていないのかもしれない。
 ふたりの間にも、未だ踊りの熱が消えていないようだった。



「アリス。俺はこんな性格だから、まどろっこしいのが苦手だ。
 だから、単刀直入に聞くが。俺の事が好きか?」

 夜の帳を打ち消したのはダレンだった。それも、ロマンチックな雰囲気など微塵もない。男の中で育った彼に、女性心を慮れなどいう方が土台無理な話しではあるのだが。
 勢いのあまり聞いてみたものの、この場で否の返事が来るとは思っていなかったダレンは、アリスが無言でいることに少しずつ焦り始めていく。
 横に座る小さい頭が視界に入るも、顔を向けてみることすらできない。

 そんなことをダレンが心配しているなどとは露知らず。アリスはいきなりの問いに少々面食らっている。
 好きかと聞かれれば好きだけど、彼は自分のことをどう思っているのだろうか? それ次第によっては返答を選んだ方が良いと思う。
 そんなことを考えていたら、想いの他無言の時間が長かったようで、

「アリス?」

 頭の上から心配そうな弱弱しい声が聞こえ、思わず見上げてしまった。
 見上げた先にあった瞳は、少しだけ濡れているようにも見え、揺らいでいる気さえする。

「ダレン様は、私をどう思っていますか?」

 一気に頬が染まる。なんなら耳も赤いかもしれない。それでも反らすことの許されない瞳は、まっすぐに想い人の目を見続けていた。
 アリスの言葉を聞いた途端、見上げたその瞳は驚いたように見開き、そしてゆっくりと大きく息を吐いた。
 瞳は閉じられ、その手がアリスの肩に置かれる。

「すまない。俺は、自分の気持ちをまだ伝えていなかった。本当にすまない」

 項垂れながら、絞り出すように答えたダレンは、情けないとこぼしながらアリスにしっかりと向き合い、

「アリス。俺はお前が好きだ。
 俺の嫁になって欲しいと思っている」


「好き」の言葉に火照る頬は益々赤くなる。頭から湯気が出ているんじゃないかと思うくらい顔が熱くなったアリスの瞳は、落ち着きを無くしていた。
 挙動不審のように視線はダレンから逃れようとし、なぜか瞬きの数が多くなりせわしなく動き続ける。
 緊張と興奮と、恥ずかしさで、アリスの精神状態は限界に近い。
 そんな様子に気が付いたダレンは、

「アリス? 具合でも悪いのか? 祭りで無理をさせたかもしれない。すまない、大丈夫か?」

 心配そうにアリスの顔を覗き込もうとするその顔が、あまりに近すぎて益々沸き立つアリスの顔に、なおもオロオロし始めるダレン。
 医者に見せた方が良いと言うが早いか、アリスを抱き上げようとその肩や足に手をかけ始めた。

「ま、待ってください!! ダレン様、私は大丈夫です。大丈夫ですぅ!!」

 必死の抵抗むなしく、一瞬でダレンに抱き上げられてしまった。
 先ほどの荷物のようではなく、今度はちゃんと令嬢を抱き上げるように横抱きだ。アリスにとって、こんな風に女性らしく接してもらったことなどないので、どうして良いかわからない。それでも、今この状況を打破するにはと、ダレンに抱きかかえられたまま大声で叫んでいた。

「わ、わたしもダレン様が好きです!!」


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