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~5~ 特別任務
しおりを挟むアリスのもう一つの仕事が、ダレンの髪を結うこと。
ダレンの髪は綺麗な金色で、肩まで伸ばしたそれを普段は髪紐で結んである。
身なりに無頓着なダレンは、好きで伸ばしているわけでは無く、散髪が面倒で気が付いたら伸びていただけなのだが。
それでも結ぶだけで形になる今の髪型は、楽だからと言う理由だけで彼自身気に入っている。
風呂上がりに頭から湯を被り、乾かすのも面倒だと濡れ髪のまま自然乾燥に任せそのまま眠ってしまう。なので、翌朝は想像通り酷い寝ぐせがついてしまう。それが面倒でいっそ短く切ろうかと思ったが、馬に乗った時、一つに結んだ髪が風にたなびく感じが風と一体になっているようで、案外気に入っている。
なので、なるべくなら切りたくはないと思っていた。
ある朝、朝食に向かう廊下でダレンはアリスと鉢合わせをする。
「おはようございます。ダレン様」
「おはよう、アリス。よく眠れたか?」
いつもの、普通の会話のはずなのに、何故かアリスの視線が自分の顔ではなく、もう少し上? そう、自分の頭を見ているようだ。
ダレンは苦笑いを浮かべながら、頭に手をやりぐしゃぐしゃとかきながら、
「これか?酷いだろう? ま、後で紐で結わえるから大丈夫だ。気にするな」
それを聞いたアリスは、「髪紐はお持ちですか?」と聞き返しながら、「これですね?」そう言ってダレンの首に結ばれた髪紐に手を伸ばした。
いつ、どんな時でもすぐに結べるように、ダレンは首に髪紐を結んでおいていた。それを解こうと手を伸ばすが、背の低いアリスには届かず、クスリと笑ったダレンが、「ほら、これなら取れるか?」そう言って腰をかがめアリスの目線にまで自分の顔を下ろした。
「ありがとうございます。取りやすいです」
ダレンの首に伸ばされたアリスの手が時折首筋に触れる。その手はぽかぽかと暖かく、まるで動物に撫でられているような感覚に落ちる。
安心感に包まれるような、温かい気持ちになったダレンは気が付くと、自然に頬が緩んでいた。
「取れました!」そう言うと、彼の背に回り彼の髪を手櫛で整え始める。
そして、先ほど首から外した髪紐で髪をしばり「はい、出来ました」と、ダレンの肩をポンと叩いた。
こんな所を侍女長のマリアに見つかったら大目玉だと思いながら、アリスがその場を離れようと思ったところ、運が良いのか悪いのか執事のセバスチャンに見られてしまった。
「あちゃー」と言う顔をしながら、ゆっくりと後退りしながら逃げる準備に入るアリス。それに気が付いたダレンがアリスの肩を掴むと、セバスチャンに声をかけた。
「今、アリスに髪を結ってもらった。どうだ? いつもより少しはまともだろう?」
ニコリとほほ笑む顔はご満悦で、「どうだ!」と言わんばかりのドヤ顔だ。
「ええ、いつもよりマシになっております。今のは手櫛でしたが、ちゃんとくしで梳かせばもっと美しい髪つやになることでしょう」
セバスチャンも、主のダレンにそのように言われればアリスにお小言を言うことも出来ない。アリスはダレンに肩を掴まれたまま、とりあえず危機は脱したと安堵した。
だが、セバスチャンの言葉を聞いたダレンは良いことを思いついたとばかりに、
「毎朝、アリスに髪を結ってもらおうと思う。良い考えだろう?どうだ、アリス」
「は?」と、思わず声に出そうになるのを必死に止めた。
「いえいえ、そんな滅相もありません。私は、そう言うのはしたことがありませんので、ダレン様の髪を結うなんてそんな事、無理です」
アリスは目の前で手を横に振りながら、ついでに頭も降り始める。
「そんな難しく考えなくても良い。今のこれくらいで丁度いいんだ。別に誰に見せるわけでなし、ただ邪魔にならなければそれでいいのだから」
そう言うダレンに、それでも「無理です」と首を振り続けるアリス。
そうだ、セバスチャンに止めてもらおうと視線を向ければ、
「いつものグチャグチャのままよりは、余程見た目は良いです、かね。
曲がりなりにも伯爵家の当主です。身なりにも気をつかっていただかなくてはなりません。まあ、よいでしょう。
アリス。今日から、ダレン様の御髪を整えるのはあなたの役目です。
決して粗相のないように、良いですね?」
腕を組み、何故か偉そうに話すセバスチャンが信じられなくて、アリスはプルプル震えながら涙目になっていた。
そして気が付けば、朝食を済ませたダレンの髪を、アリスが櫛で梳かしているのだった。
時には起き掛けの自室で、セバスチャンに監視されながら。
ある時は、時間が無いからとお行儀は悪いが朝食を食べながら。
またある日は、騎士隊の稽古場で剣の手入れをしているダレンの髪を結うこともあった。
そして本日、晴れ渡る晴天の中。気持ち良いからと、庭に椅子を持ち出しそこでダレンの髪を撫でつけるアリス。時折、「そこそこ、そこがかゆい!」とか、「マッサージしてくれるか?」などと、注文が多くなってきた今日この頃。
それでも主の命令には逆らえず、アリスは「はい」と素直に返事をしつつ、今日もダレンの髪を結うのだった。
「大分、髪に艶がでてきましたね」
「そうか? 毎日アリスが髪を梳かしてくれているからだろう。ありがとう」
ダレンの背中で髪を結うアリスに振り向きながら、満面の笑みをこぼす。
その顔は美しくも可愛いと表現できるほどで、「反則だぁ」と心の中でつぶやくのだった。
「この髪紐もそろそろ寿命かもしれません。少し布地が透けてきています」
「そうか。途中で切れても困るし、新しい物を買うか」
ダレン様自ら髪紐を買いに行くのかな? それはさぞや珍しい光景なんじゃないだろうか?と、ふと疑問に思うアリスにダレンがポツリとつぶやく。
「俺は、何色が似合うかな?」
一瞬、何を言っているのか理解できなかったアリスは、思わず手を止め固まったままダレンの頭頂部を眺めていた。
異変に気が付いたダレンに「アリス?どうした?」と声をかけられ正気に戻ると、ダレン様でもそんなことを気にするんだ?と、何となく不思議に思え思わず笑ってしまった。
「ダレン様なら、何色でも似合うと思います。綺麗な金髪ですし、色の濃い方が映えるかもしれませんね」
「濃い色か? う~ん。じゃあ、黒はどうだ?」
「黒ですか? 良いと思います。引き締まって見えると思いますし、きっとお似合いですよ」
「そうか。じゃあ、これから買いに行く。付き合ってくれ」
そう言ってガタンと立ち上がると、アリスの手を掴みズンズンと進みだした。
「え? ちょっと待ってください。さすがに仕事がありますし、無理です」
「当主の俺が良いって言うんだから大丈夫だ。さ、急ぐぞ」
手を引き歩きだすダレンの後をちょこまかとついて行くアリスは、通りすがりの使用人仲間に事の成り行きを話し、侍女長のマリアに伝えてくれと大声で頼んだ。それを聞き、俺が無理矢理連れて行ったと言っておいてくれ。そう言ってダレンはニヤリと笑って見せた。
まったくこの人は。と、アリスも何だか面白くなってきて、自然に歩調が速くなっていった。
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