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しおりを挟む「副隊長殿、もうお聞きの事でしょう。それ故、こうしておいでいただいたと思いますが、第二王子殿下と娘の婚約が解消となりました。
色々とご迷惑をおかけいたしましたが、なんとか収まるところに収まったという感じでございます。ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした」
「いえ、そのような事は。私こそ何の役に立てず申し訳ありません。
で、今後はどのようになさるおつもりですか?」
「王家からはアリシアの病気療養を名目の婚約解消と言われております。しばらくの間領地で安静にさせるつもりです。ここにいても何が起こるかわかりませんから、近日中にも娘と妻を向かわせます」
「そんなに急いで?」
「どこで見られているかもわかりません。余計な目も耳もない所の方が、娘も落ち着くでしょうからね」
そう言って侯爵は苦々しく笑った。
婚約中、アーサーから従者が見張りのように送られていた。だが、それももういなくなったと言う。婚約解消とともにすぐに王宮へと戻ったらしい。しかし、この邸のどこに何があるかわからない。
家人がいない間にきっと家探しをし、その身を隠れ置ける場所も把握しているだろう。
そんな家に大事な娘を置いておいても心配の種が尽きない、ならばさっさと領地に戻った方が安心というもの。
近衛騎士であるレイモンドは納得し、黙って頷いた。
「して、何時頃発たれるのですか?」
「もう準備は進めておりますので、十日もかからないかと?」
「そんなに早く?」
レイモンドは驚き、思わず大きな声を出してしまった。
侯爵もアリシアも、それを咎めることもなく目を伏せ黙り込んでしまった。
寂しくないはずがない。苦しくないはずがない。
悔しいに決まっているのだ。
レイモンドは膝の上に置いた両手を握り、悔しさを握り潰した。
「そうだ、アリシア。副隊長殿に我が邸の花をお送りしたらどうだ? いつも貰ってばかりでは申し訳ない。何かお礼を差し上げたら?」
レイモンドがアリシアを想っていることは、誰の目にも一目瞭然。
そして、娘アリシア自身も少なからずレイモンドに想いを寄せていることも父は察していた。これから短くはない年月を領地で過ごすことになるであろう、そんな娘の良い思い出になればとの思いだった。
侯爵の言葉に背を押され、二人は温室へと足を運んだ。
「これは見事だ。花のことなど全くわからない私にも、この花々のすごさはわかります」
目を見開き大げさすぎるくらいに表現するレイモンドに、アリシアはくすくすと笑った。
「それほどまでにお褒めいただいて、庭師も喜びますわ」
「こんな温室をお持ちの方に私はあんな花をいつも届けてしまい、お恥ずかしい限りです。ごみにしかならないのに、申し訳ありません」
「いいえ、そんなことはありません。毎日届けていただいた花たちは、私の部屋に飾らせていただいておりました。それを見ていると癒される気がして、元気を貰っていたのですよ」
「そう言っていただけると、大変嬉しいです。良かった」
それなりに広い温室を二人で並び、ゆっくりとした歩調で歩いていく。
「副隊長様のお宅のお庭は誰が手入れをされているのですか?」
「私は今、辺境伯家の別邸に住んでおります。そこの使用人たちが見様見真似で手入れをしているようです。戦を生業とするような男達の家系ですから庭師を雇い手入れをするような、そんな気を遣う事もなくて。こちらのように珍しい花もなければ、特別手入れをしているわけでもないので、本当にお恥ずかしいほどの庭ですが」
レイモンドは頭をかきながら説明する。
「本来、花とはそういった物のはずです。自然に自生している、ありのままの姿こそ美しいはずなのに。人間は余計な手を加えたがります。
私は手入れの行き届いた庭しか見たことがありません。一度、そのような庭を見てみたいと思ってしまうのです。さぞ、美しいのでしょうね」
「よろしければ、ぜひ一度我が邸へお越しください。ご心配なら侍女でも従者でも、なんなら侯爵もぜひご一緒に!」
必死に説得するように話すレイモンド見て、アリシアはうふふと笑った。
今日、一番自然で美しい笑顔を見た気がして、レイモンドも自然に笑みがこぼれた。
「副隊長様。こちらがバルジット家の家紋にもなっている白百合たちです」
白百合は毎日咲き誇るように時間差で植えてあるのだろう。
今が見ごろの物もあれば、蕾の物。蕾もつかぬ物まで、多様に植わってあった。
「これは…ため息が出るほどに美しい。さすがバルジット家と言ったところでしょうか」
アリシアはその白百合を鋏で切り始め、何本か束ねると紐で結び始めた。
それを見たレイモンドが思わず「もったいない」と口にすると、
「人の手が加えられた花は弱いものです。この温室だからこそ咲き誇る花も、まだ少し寒さの残るこの時期、外に出してしまえば枯れてしまいます」
アリシアは白百合の花をレイモンドに手渡し、
「人間も同じだと思いませんか?」
意味深な言葉を口にするアリシアは、百合のように美しい。白銀の髪も、透き通るような肌も、桃色に色づく唇さえも人々を魅了するほどに光輝いている。
この美しさが作られたものだとでも言うのだろうか?
それとも、今の存在自体が危ういと?
この王都を離れ、田舎の領地に引きこもればこの姿が無くなるとでも?
「たとえどのような環境でも、その奥底にある性根が守られれば枯れることはないと思います。きっと、少しずつ姿を変え逞しく生き続けるのではないかと?
私はそんなものの方を、愛おしく感じます」
たとえどのように姿を変えても、自分の思いは変わらない。
いつまでも思い続ける。そんな気持ちを込めて。
その言葉を聞いたアリシアは、はにかみながら嬉しそうに微笑んだ。
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