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 アーサーは苛立っていた。
あの激励会の婚約破棄騒動を機に、周りは自分とアリシアの婚約破棄を認めさせようと躍起になっているのだ。
もちろん酒に酔った事とは言え、自分の口から出た言葉。王族としてその言葉に嘘があってはならぬことと理解はしている。しかし、たとえ王族とは言え人間である。間違いもするし、酒を飲めば酔いもする。そのような席での言葉など聞かぬふりをすれば良いだけのことなのに、何故かそれを許してはもらえない。今までなら流されているはずの事が上手くいかないと、そんな風に感じていた。

 私室から執務室に向かう廊下をイライラしながら歩いていると、王太子である兄アリスターがこちらに向かって来るのが見えた。
 アーサーが声をかけようかと思よりも先に、アリスターが声をかけてきた

「アーサー。思ったよりも元気そうだな。良かった」
「兄上、私の心配を?ありがとうございます。私は元気に過ごさせてもらっています。兄上もお元気そうでなによりです」

「今回の件で父上も頭を抱えておられた。あまり心配をかけてやるな。お前も、もう子供ではないのだから、自分のしたことの後始末は自分でできるくらいにならなければな」
「兄上! 今回の件は酒に酔っての事です。騎士達との飲み比べが思いのほか盛り上がってしまい、自分を律することが出来ませんでした。それは私の失態です。
 ですが、一度の失敗で婚約破棄などと。あまりにも酷い。私は婚約破棄など望んではいないのです」

 アリスターは真剣な眼差しのアーサーを見つめながら、小さく息を吐いた。
 
「だがな、アーサー。婚約者であるアリシア嬢に対するお前の態度は、あまりに酷すぎた。
貴族達の間でどのような噂が立っていたか知らないわけではないだろう? これまでに何度も気を付けるよう、改めるように声をかけて来たのに、それでもお前の態度は頑なに変わらなかった。それを見ていた周りの人間は、それが真だと思っただろう。
 事実、お前の声が、思いが届かないからこそ、今回の件で誰一人としてお前の肩を持つものがいない。それが真実なんだよ」

「しかし、しかし……」
 アーサーは俯き、固く手を握りながら悔しそうにつぶやいた。

「お前が本当にアリシア嬢を想っていることは、家族として側にいる私達にはわかっている。だがな、他人には伝わらない想いであったことも、また事実だ。
 想いは言葉で、態度で示してやらなければわからないことの方が多い。
 お前は、その強すぎる想いの示し方を間違えたんだ。もう、直すことは叶わないほどに」

 何も言葉を発することのないアーサーの肩に『ぽんっ』と手を置き、
「彼女の為にも、早くケリをつけてやれ。長引けばそれだけ醜聞も広まる。本当に相手を想うなら、お前が答えを出してやれ」
 そう言いながら、アーサーの横を通り過ぎようとした。

「私は諦めません。……アリシアは俺のものだ」

 小さく唸るように低い声でささやかれたアーサーの声。
 アリスターは最後の言葉がうまく聞き取れなかったが、悪あがきだろうくらいに考え気にも留めなかった。

 その場に呆然と立ち尽くすアーサーを背に、アリスターは王太子妃である妻フィオーナの元へと向かった。
 フィオーナの私室に入ると、横長のソファーに座り深いため息を吐いた。

「ため息など吐いて、どうかされましたか?」
「うん? ああ、アーサーと廊下で偶然会って少し説教をしてきたよ。上手く伝わってくれれば良いのだが」

「アーサー様ですか。そうですね、彼の想いは伝わりづらいですから。私もそばで見ていてアリシア様がお可哀そうでなりませんでした。彼女をお守りできなかったこと、申し訳なく思ってもいます」
「フィオーナがそんな風に思う必要は無いよ。全てはアーサー自身が招いたことだ。諦めるしかないだろう」

「婚約はうまく解消されそうですか?」
「父上も侯爵も上手くするだろう。そうでなければ、あまりにもアリシア嬢が不憫でならない。彼女には幸せになってもらいたい」
「そうですわね。私にも何かお手伝いできることがあれば、何でもおっしゃってくださいね。アリシア様は義妹になると思い、私も可愛がっておりましたもの。力になりたいのです」

 フィオーナの言葉を受け、アリスターは優しく包み込むように抱きしめた。

「あいつも俺にとっては可愛い弟だ。ふたりには幸せになってもらいたい」

 そう呟くアリスターの顔は国を守る王太子ではなく、心から弟を案ずる兄の顔になっていた。

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