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~9~
しおりを挟むしばし語らいながらランチを一緒に分け合い、湖のほとりを散策したりしてゆったりとした時間を過ごすことができた。
陽も差し暖かくなる頃、ロベルトがシーツの上にゴロリと寝ころんだ。
仰向けに空を見上げるロベルト。湖の水面を見つめるセイラ。
お互いの顔が交差しない距離。
「セイラ嬢は、私のことを腑抜けだと思っていることだろう」
寝ころんだまま空を見上げロベルトがつぶやく。
セイラも湖を見つめたまま、わざとロベルトを視界から外す。
「腑抜けなどと、そんなこと思ったこともありませんわ。
むしろ、こんな私に手を差し伸べてくれる紳士にしか思えません」
「ふっ。紳士か。
あの二人を前にしてはさすがに言えなかったが、実は私もあの時あなたに目を奪われたんだ。だから、本当はあの二人に何か言う資格などないんだよ」
「・・・・・・私は・・・」
「あなたの気持ちがまだレインハルドにあるのはわかっている。そんなあなただからこそ、私も惹かれたのだろうから。
目の前に、こんな近くに焦がれている女性がいるのに何もできない、意気地の無い男だと思ってもらってかまわない。事実そうなのだから」
セイラは何も言えなかった。
レインハルドを未だ思っているのも事実。
ロベルトが、自分に好意を持っているであろうことを知っているのも事実。
でも、それを表立って形にされても今の自分にはそれに応えられる自信がないこともまた、事実。
「私は公爵家の人間とは言え、所詮は三男だ。上の兄二人がいる以上私が爵位を継ぐことはあり得ない。これでも騎士団では副団長も務めている。
妻を娶り、子を成しても生活はムリなくできると思う。
ただ、爵位は持てぬゆえ所詮は騎士としての身分だけで、貴族であり続けることはできない。
だから、あなたに求婚することはできないのです。
情けないが、これが現実だ」
ロベルトはいつのまにか上半身を起こし、セイラの隣で同じように湖を見つめていた。
その隣でセイラはただ黙って聞いているだけだった。
「始めから苦労をかけるとわかっているのに、あなたを巻き込むわけにはいかない。
そんな無責任なことはできないし、あなたにはしたくない」
風が一筋頬をかすめる。まるで頬をやさしくなでるように。
「それでも、あなたの側を離れることができない。
顔を見ては安心し、声を聞いては胸がざわめく。
年甲斐もなく初めての感情に自分でも驚いている。
いっそこのまま連れ去り、どこか遠くに行ってしまえたらと思う事もある。
ふふ。気持ち悪い男で申し訳ない」
ロベルトは自嘲ぎみに苦笑する。
「気持ち悪いなどと・・・そんなこと思ってもいませんわ。
それは、私も同じことです。
私もレインハルド様に同じような感情をずっと持っていましたから。
あの人を初めて夜会で見かけたときから。
父が初めて家にあの方を連れて来られた日から。
あの方に初めて名前を呼んでもらった時から。
父に『彼のことが好きか?』と聞かれたときから。
婚約の話が出て『幸せになろう』と言ってもらった時から。
初めて手をつなぎあの方の手のぬくもりを感じた時から、ずっと・・・・・・」
ポロポロと止めどなく流れる涙を拭うこともせず、セイラは湖の一点を見つめたままつぶやき続ける。
たまらずロベルトはセイラを抱きしめた。
きつく、きつく抱きしめ「すまない」「すまない」と、何度も口にする。
セイラはただその胸のぬくもりを感じ、身を任せていた。
ロベルトは腕の中のセイラを慈しむように抱きしめ、そっと額に唇を落とす。
恋人にも、ましてや婚約者にもなれない男女が紡ぐ時間に未来などあろうはずがないのに。
それでもこの腕の中のぬくもりを離してやることなど、もはやできやしないとロベルトは固く覚悟を決めたのだった。
セイラを邸まで送ると、いつものように執事が玄関先まで出て待っていた。
ロベルトは先に馬車を降りるとセイラの手を取りエスコートをし、そのまま執事にその手を預ける。
「セイラ嬢、今日はとても楽しい時間をありがとう。
私はこれから騎士団の遠征で都を離れるゆえ、しばらく訪問することができなくなるが、どうか元気に過ごされてほしい」
「そうですか。それは危険な任務なのですか?」
「いや。戦ではないからその心配には及ばない。心遣いいただいて嬉しいよ。
戻ったらすぐに会いに来ても良いだろうか?」
「・・・ご無事に戻られますことを祈りながら・・・お待ちしております」
そう言ってセイラはロベルトを見上げ、淑女ではない素の笑顔でほほ笑んだ。
「あなたはその笑顔がよく似合う。ありがとう。
・・・では、また」
ロベルトを乗せた馬車が見えなくなるまでセイラはその場を離れられなかった。
「お嬢様。よいお時間を過ごされたようですね、このトーマスも嬉しく思います」
動きを忘れたセイラにそっと声をかけると
「ありがとう、トーマス。でも無理よ。うまくはいかないわ、きっと」
セイラは振り返ると足早に邸に入っていく。
その後ろ姿を深いため息とともに、寂しそうに見つめるトーマスだった。
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