聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり

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「あいつのせいだ。ティアナの、全てあいつのせいだ」

 ブツブツとつぶやき続けるクリストファーの目は座り、次第に大きくなるその声はその場にいる者皆に聞こえるほどになっていた。

「言いたいことがあるのなら、聞きましょう」

 女王の言葉に顔を上げると、視線はティアナに向けられた。

「私がこんなことになったのは全てお前のせいだ。お前が婚約者などになるから、いや、お前と言う存在があるからこんなことになったんだ!」

「クリストファー。何を言っているんだ? ティアナには何の罪もない。そんなことも分からなくなったのか?」

 アシュトンの言葉に目を血走らせ、食いつくように身を乗り出し話し続ける。

「そいつが優秀だから婚約者になったんだろう? もっと間抜けなら他の令嬢でもよかったんだ。そうしたらローズの良さも際立ったんだ。お前がいたから母上はお前に目をつけた。
 そうだ。お前がいたから、お前さえいなければこんなことにはならなかったんだ。
 私はそのまま王子としてローズと一緒になり、そのまま王になれたんだ。
 罪が無いと言うなら、お前の存在自体が罪なんだよ!!」

「クリストファー!! 言っていい事と悪いことがある! だからお前は王には足りぬと判断されたんだ。まだそれがわからないのか?」

 クリストファーはジロリと視線をアシュトンに向けると、

「アシュトン、お前は運が良い。全て手に入れられる。昔からお前はティアナが好きだったからな。勉強も剣技も何でも出来て、お前には何一つ敵うものなど無かった私にも、一つだけ勝るものがあった。
 ティアナだよ。ティアナだけは俺のものだった。
 お前にとっては喉から手が出るほどのものを俺は持っていた。
 お前の悔しがる顔が見たくて、俺はこいつと仲の良いふりをしていたんだ。
 俺よりも出来が良くて、子供の頃から顔見知りの兄妹みたいな子を好きになんかなれるはずがない。なのに、お前はこいつが良いんだろう? 頭おかしいんじゃないのか?」

 クリストファーの言葉にティアナは深く息を吐いた。
 愛されてはいないと感じていた。
子供の頃から幼馴染として一緒に過ごし、それこそ兄妹のようだったから恋のような激しい物は無いのはわかっていた。それでもいつか家族としてでも穏やかに愛を育めればと思っていたのだ。それを本人の口から否定され、心が乱された。
 うつむくティアナの手を上からそっと包むように、アシュトンの手が添えられた。

「ティアナの良さが分からないお前の方が、よほどおかしくて、そして哀れだよ」

「お前に何がわかる!!」

 今にも掴みかかりそうな勢いで身を乗り出すクリストファー。

「自分の婚約者に熱い視線を送る男と仲良くしなければいけない私の気持ちを。
 才が無いと言われ続け、自分の婚約者に想いを向ける男よりも劣っているとまで言われた私の気持ちを。
 何一つ敵わなくても、結ばれることが嬉しいと思った相手が、その男を好きだと知った時の私の気持ちを。

 お前に何がわかるんだ……。わかるはずがない。わかるはずがないんだよ」


 身じろぐ衣擦れの音すら耳に痛いほどに静まり返っている。
 誰も言葉を発することが出来ずにいた。

やり直すことはできないのに、それでももし、もう一度戻って違う道を選んでいたら、こんな結末にはならなかったのだと、皆が心に思っていた。
どんなに悔やんでも時は戻らないのに。


「言いたいことはそれだけですか?」

 女王の問いかけにクリストファーは何も答えられなかった。
 その場に居合わせた者、誰も声を発することができなかった。ただ一人を除いては。

「私は、私はどうすればよいのでしょう?」

 ティアナは俯き加減に目を伏せ、表情を殺したままにつぶやく。

「ティアナ? 君はそのまま王妃になるんだ。そして、僕の妻に……」

 ティアナの手を握りしめ、優しく語り掛けるアシュトン。
 だが、ティアナの視線が向くことはなかった。

「私の、私の気持ちはどうなるのでしょう?」

「何か不満でも? ティアナ、あなたには今まで通り私のそばで、共に国を守って欲しい。そう願っていますよ」

 いつもの優しい女王だ。ティアナに向き合う女王はいつも暖かく、優しい。
 今まではそれが嬉しく、感謝もしていた。しかし、今はその笑顔が、その声が、全てが胡散臭く思えて信じられなくなってしまった。

「クリストファー様もアシュトン様も、二人とも王族であり王家の血を引く者。
 その血により責務を果たすことを背負い、生きていかれるのでしょう。
 しかし、私は違います。王族でも王家の血筋でもない。ただの貴族の娘です。
 それなのに、なぜ私が王妃になりたがっていると思うのですか?
 私に選択肢はないのですか? なぜ? 
 国を背負い、民を導く覚悟など持ちたくないと思っていると、どうして誰も想像すらしてはくれないのですか?
 国を背負うだけの強さなど持ち合わせぬ、ただの娘だと、どうして誰も考えてはくれないのですか?

 それでも、愛する人と共に背負えるならと、それならば覚悟を持てると奮い立たせた気持ちを、どうして誰も理解してはくれないのですか?」

「ティアナ」

 隣のアシュトンが掠れたような声でささやいた。
 もはやティアナには聞こえない。

 声を張り上げ、部屋中に響く声で思いを吐露するティアナ。
 
 強い子ではない、賢くもない、背負う重さに耐えられるほどの精神を持ち合わせてもいない。普通の令嬢なのだ。
 愛する人とともに過ごせると、支え合えるからこその強さなのに、賢さなのに。
 一緒にいられないのなら、そんな地位など欲しくない。なりたくもない。
 それなのに、それなのに……。


「ティアナ……?」

 クリストファーのささやくような小さな声が室内を響かせた。
 ゆっくり顔を上げるティアナとクリストファーの視線が重なる。 
 ずっと、そうしたいと願い続けた彼の瞳に自分が映る。諦め、身を引くつもりでいたのに、その瞳を見つめたら決意が揺らいでしまいそうになる。

 
 落としどころがつかめぬまま、後は女王の命を待つほかはなかった。

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