10 / 13
~10~
しおりを挟む茶会終了後、王宮の会議室で話し合いが行われた。
女王が国旗を背に座り、左にティアナとアシュトン。そして右側にクリストファーと聖女ローズが向かい合わせに座る。
「私がローズを愛してしまったのがいけないんです。しかし、この気持ちを抑えることなどできない。こんな気持ちでティアナと結婚など、ローズを悲しませてしまうだけだ。
それだけは、どうしても避けたいんです」
「私もクリストファー様を愛しています。いけないこととは知っていても、止めることができませんでした。どうか、私たちが愛しあうことをお許しください」
女王は扇子で口元を隠しながらため息をつき、アシュトンは腐りきった者を見るような目で二人を凝視し、ティアナは感情を捨てたように微動だにせず、ただ一点を見つめていた。
「お前たちがこれほどまでに愚か者だったとは思いませんでした。
クリストファー。お前が王の器ではないことくらいとうにわかっています。だからこそ、強く聡明な娘をと、ティアナを婚約者に迎えたのです。
お前の弱さも優しさも包み込んでなお余るほどの包容力を持つティアナとなら国を支えることができると、そう思ったのに。
お前は自分によく似た愚かな娘を愛してしまった。
この国の王になる立場になければそれも良いでしょう。誰も反対はしなかったと思います。だが、違う。お前はこの国を、民を守らねばならぬ身。それがきちんと理解できていれば、このような愚行は犯すはずがないのです。
自分のことながら、育て方を間違えた母の責任です。謝ります」
女王はクリストファーに深く頭を下げた。
「母上! おやめください。そのような真似をなさらないでください」
あわててクリストファーが女王を制すように声を張りあげた。
すると、奥の扉がガチャリと音を立て、ノックもせずに開く。
そこからは女王の夫でありクリストファーの父と、アシュトンの父であるグレイ公爵と夫人、そしてティアナの父であるスプリング侯爵が入室してきた。
「遅くなったね」
「いえ、丁度よかったわ」
夫の声に女王が優し気に答える。
ズラリと並んだ顔ぶれを見て、ティアナは理解した。そういうことかと。
今ここでわかっていないのは、たぶん目の前の二人だけ。クリストファーと聖女ローズ。
なんで? どうして? と、自分の運命を呪ってもどうにもならないことはわかっている。それでも、呪わずにはいられない。
「アシュトン……」
隣をそっと見上げたティアナにアシュトンは、「僕だけのティアナ」二人だけにしか聞こえないような声でささやき、彼女の頭頂部に唇を落とした。
「全員揃ったところで、これより大事な報告があります」
女王の言葉に皆が姿勢を正し、神妙な面持ちで聞き入る。
「我がベルツ王国の次期国王にアシュトン・グレイ公爵令息を継承者とし、その妻である王妃にティアナ・スプリング侯爵令嬢を迎えることとします」
しんと静まり返った室内。息づかいまでも聞こえてきそうな空間で、ティアナは瞳を閉じたまま俯くことしかできなかった。
「母上!! なぜですか? なぜ一人息子の私ではなく、アシュトンが? なぜ!?」
女王の言葉に異論を唱えたのはクリストファーただ一人だけ。
ガタンと大きな音を立てて立ち上がると、テーブルに両手を付き睨むように女王に声を上げた。
まさか、こんなことになろうとは思ってもいなかったのだろう。
「かわいい、私の愚息よ。お前だけが王位継承権を持っているとでも思ったか?
アシュトンは私の実の妹であるグレイ夫人の子だ。彼にも継承権は当然ある。
そして、王としての才知も強さも、お前よりも兼ね備えている。
もはや、お前にこの国を任せてはおけない。わかってくれるな?」
母は女王の顔でクリストファーに語り掛ける。
その心中は、いかばかりだろう。辛い思いをするのは本人だけでない。母もまた辛い選択をせざるを得なかったのだ。
「そ、そんな。なぜですか? なぜ私ではいけないのですか? 王子教育もちゃんとこなしてまいりました。民を思う気持ちもあります。それなのに、なぜ? なぜですか?」
「まだわからぬか? お前一人では心もとないからと迎えた婚約者をお前は足蹴にしたのだ。ティアナ嬢がいてこそのお前の王位継承なのだよ。
それなのに、聖女とは言えそれだけの、ただそれだけの娘を娶りたいとは。
その娘で王妃が勤まると思ったか? 所詮は平民の娘がこれから王妃教育を受け、さらには王妃としての務めも全うすることができると? 本当に可能だとでも思ったのか?」
「愛があれば、乗り越えられる、はずです。二人で支え合えば、でき、ます」
クリストファーは俯き隣に座るローズの顔を見ることができない。
彼自身、言われて気が付いたのだろう。難しいことを。
「愛……ね。それが可能かどうかは、お前にもよくわかっているだろうに?
どんなに願っても、もはや覆ることはない。お前の処遇は改めて決める。
聖女、ローズ」
「は、はい」
「そなたは未だ聖女のままだ。神殿にて神の命が降りるまでは、その務めを果たすように」
「は、い。わかりました」
ローズはそっと覗き込むように視線を隣のクリストファーに向けると、うつむきブツブツとつぶやく姿を見た。
まるで別人のような形相で何事がつぶやく姿が恐ろしく感じ、思わず「ひっ」と視線を反らしてしまった。
「こんな、こんなはずじゃないのに。全部あいつのせいだ。全部ティアナが、あいつが、あいつさえいなければ」
わずかに聞こえるその言葉が恐ろしくなり、ローズの顔色はどんどん悪くなる。
そんな様子を知ることもなく、クリストファーはブツブツと口にし続けるのだった。
51
お気に入りに追加
1,815
あなたにおすすめの小説

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

あなたが婚約破棄したいと言うから、聖女を代替わりしたんですよ?思い通りにならなくて残念でしたね
相馬香子
恋愛
わたくし、シャーミィは婚約者である第一王子のラクンボ様に、婚約破棄を要求されました。
新たに公爵令嬢のロデクシーナ様を婚約者に迎えたいそうです。
あなたのことは大嫌いだから構いませんが、わたくしこの国の聖女ですよ?聖女は王族に嫁ぐというこの国の慣例があるので、婚約破棄をするには聖女の代替わりが必要ですが?
は?もたもたせずにとっととやれと?
・・・もげろ!

大恋愛の後始末
mios
恋愛
シェイラの婚約者マートンの姉、ジュリエットは、恋多き女として有名だった。そして、恥知らずだった。悲願の末に射止めた大公子息ライアンとの婚姻式の当日に庭師と駆け落ちするぐらいには。
彼女は恋愛至上主義で、自由をこよなく愛していた。由緒正しき大公家にはそぐわないことは百も承知だったのに、周りはそのことを理解できていなかった。
マートンとシェイラの婚約は解消となった。大公家に莫大な慰謝料を支払わなければならず、爵位を返上しても支払えるかという程だったからだ。
婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです
青の雀
恋愛
第1話
婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。

その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。

欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

白のグリモワールの後継者~婚約者と親友が恋仲になりましたので身を引きます。今さら復縁を望まれても困ります!
ユウ
恋愛
辺境地に住まう伯爵令嬢のメアリ。
婚約者は幼馴染で聖騎士、親友は魔術師で優れた能力を持つていた。
対するメアリは魔力が低く治癒師だったが二人が大好きだったが、戦場から帰還したある日婚約者に別れを告げられる。
相手は幼少期から慕っていた親友だった。
彼は優しくて誠実な人で親友も優しく思いやりのある人。
だから婚約解消を受け入れようと思ったが、学園内では愛する二人を苦しめる悪女のように噂を流され別れた後も悪役令嬢としての噂を流されてしまう
学園にも居場所がなくなった後、悲しみに暮れる中。
一人の少年に手を差し伸べられる。
その人物は光の魔力を持つ剣帝だった。
一方、学園で真実の愛を貫き何もかも捨てた二人だったが、綻びが生じ始める。
聖騎士のスキルを失う元婚約者と、魔力が渇望し始めた親友が窮地にたたされるのだが…
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる