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本編
しおりを挟む「そこのメイド!そう、あなたですわ。こちらにきなさい」
「は、はい。なんでしょう?」
私は、近くにいるメイドを呼ぶ。
そして、バシッと平手打ちをくらわせた。
きゃっと悲鳴をあげてメイドは倒れる。
いい気味ですわと私は倒れるメイドを見下ろした。
「靴が汚れていますわ。靴の準備をしたのは貴方でしたわよね。私に恥をかかせようと思ったのかしら?」
「お、お許しください。決してそのようなことは」
「そう、なら早く拭いてちょうだい」
名前も知らないメイドは無言でしゃがみ込み、私の靴を拭く。
その様子を見ていると、愉悦がこみあげてくる。
こうやって人を見下していると自分の地位の高さを再確認できる。
私こそが、人の上に立つ存在。
いずれ王子、アーサー・シュベル・ハインリッヒと結婚してこの国で1番偉い存在になるのだ。
「今日は許してあげますわ。あなたなんかにかまっていたら、アーサー様主催のパーティに遅れてしまいますもの」
そう言って、私はハイヒールのヒールの部分でメイドの手を踏みつけた。
メイドは苦痛の表情を浮かべる。だが、絞り出すように
「ありがとう、ございます」
と許しに対するお礼を言った。
その様子を見て満足した私は、おーほっほっほと高笑いをあげながらパーティ会場へと向かった。
◇
「大丈夫か、カスミ」
この館のご令嬢エミリア・ルドルフォンが去ったあと、執事長や他のメイドたちが駆け寄った。
当のメイド、カスミは立ち上がり、言った。
「大丈夫、です」
「すまない。どうすることもできず」
「お気になさらないでください。お嬢様には誰も逆らえないことくらい分かっています。こんなことじゃくじけません」
平気だとアピールするようにカスミは笑顔を作ってみせた。
彼らに基本辞めるという選択肢はない。
お嬢様の不本意な形で辞めれば、どんな報復が待っているか分かったものではないからだ。
お給料も一応いいし、全員が耐え忍ぶことを決めていた。
「もう少し我ら平民のことも分かってくださるといいのだが、望み薄だろうな」
「だれか、お嬢さまの目を覚まさせてくれる方が現れてくれるといいのだが」
そんなものはいないだろうと全員が溜息をついた。
◇
パーティ会場にて、私はアーサー王子に接触する機会を伺っていた。
アーサーは2階におり、多くの貴族たちがアーサー王子に話しかけていた。
早くどきなさいよね。木っ端貴族が。
ちっと心の中で舌打ちをしながらも待つ。
やがて、王子の周りから人がいないタイミングができた。
王子は料理を取ろうと、1階に降りてきた。
今ですわ。
「「アーサー王子」」
その時呼びかける声がかぶった。
「君たちは」
王子が私の方を見ているが、その時なぜか王子よりも、私の呼び声と同時に声を発した人物の方が目をついて離れなかった。
黒いドレスに、白い髪。白くきれいな肌。まるで小さなお人形のような女の子。
私はその女に目が釘づけになった。
向こうも同じようで、私と目が合った。
お互いがお互いをじっと見ていた。
一目見て思った。恐らく直感的な感情とも言えるだろう。
こいつ、気に入りませんわ。
◇◇
アーサー王子のパーティが終わってから数か月。
私は、あの時出会った白い女のことをずっと調べていた。
なんとなく気になったのだ。
名前はドロシー・アンドレア。
侯爵家であるアンドレア家の長女だ。
侯爵の爵位を持つということは、ルドルフォン家と同格の家柄。
しかもどちらも長女ということを考えると地位的にドロシー・アンドレアと私は同じ立場だと言えるだろう。
年も同じらしい。
ドロシーの小さな体を思い出す。
あれと同年代?
疑問におもいつつ、平民に調べさせた資料の次の項目に目をやる。
彼女は領地の運営にも携わっているらしい。
気に入らない。
貴族の令嬢というのは、そのような政治的なことに関わるべきではない。
下民の生きる環境など、大したことではないのだ。
それよりも、アーサー王子のように地位の高い殿方と結婚し、家の繁栄に貢献する事。
そのために、貴族の令嬢として気品あるふるまいを身につける事。
それこそが私たちの使命であるはずだ。
「ふん」
私は、平民に集めさせた資料を放り投げ、ベットに横になった。
◇
それから数か月後。
春になり、私は新入生として王宮専門学校・ロゼリア学院に通うことになった。
15歳以上の貴族や王族といった地位の高い者たちが通う学園だ。
アーサー王子も通うことになっている。
私は、王子と共に学園生活を送れることに思いをはせ、胸を高鳴らせていた。
校庭の前で馬車を降り、校門へ向かう。取り巻きとして、ルドルフォン家に従う貴族たちの令嬢を同行させた。
鼻歌を歌いながら歩いていると、目の前にも別の馬車が止まり、1人の女性が下りてきた。
執事と思われる男性の手に捕まり、ゆっくりと馬車を降りる少女。
その少女には、見覚えがあった。
数か月前、私がアーサー王子に話しかけるのを邪魔したクソ女。
そうでしたわ!こいつも私と同い年でしたわ。ということは、この学園で同級生になったとしてもなんらおかしくない。
私が描いていた、アーサー王子との夢の学園生活像は一瞬で崩れていった。
コイツもアーサー王子を狙っているとしたら、奪い合いになりますわね。
白髪の少女、ドロシーもこちらを見ていた。
ドロシーが一瞬とても嫌な顔をしたことを私は見逃さなかった。
ふん、嫌なのはこっちのほうですわ。
私は隠さずに、あえて見せびらかすように嫌な顔をした。
しばらくの間沈黙が流れる。
沈黙を破ったのはドロシーだった。
ちょこっとスカートをまくり、礼をして言った。
「ごきげんよう。わたくしは、ドロシー・アンドレアと申します」
「エミリア・ルドルフォンと申します。お会いできて光栄ですわ。ドロシーさん」
ドロシーの礼儀正しい挨拶に、私もそのままに礼を返す。しかし、心の中では彼女を警戒しながら、どんな言葉をかければ屈辱を与えられるのか考えていた。
「学園での生活、楽しみですね。聞けばあのアーサー王子も通われるとのこと。彼とはこの機会に親睦を深めたいものです。同じ学友として」
ここでアーサー王子の名前を出してくることの意味。
その言葉の裏に、牽制の意味が込められていたことを私の鋭敏な感覚が察知する。
アーサー王子に近づくなと。
私は自信満々に笑みを浮かべ、彼女に応えた。
「そうですか。私も同じ気持ちですわ。アーサー王子の目に留まるために、どんな手段も厭いませんわよ」
ドロシーと違い、直接的に表現する。
そんな牽制意味ありませんわよと言う宣言だ。
私の発言のためか、ドロシーの瞳に一瞬だけ不快そうな影が映る。しかし、すぐに笑顔を取り戻して返答した。
「では、どうぞお互い頑張りましょう。仲良く学園生活を送ることができればと思います」
その言葉に、私は心の中で冷笑を浮かべた。ドロシーさん、そんな甘ったれたことを言ってるけど、本当は同じアーサー王子を狙う私が怖いんですわ。
「もちろんですわ。とはいえですわ。お恥ずかし話ですが私、アーサー王子をずっとお慕いしておりましたの。アーサー王子とお会いになる機会がありましたら是非私もさそってくださらないかしら」
冷徹な笑みを浮かべながら、私はドロシーに宣戦布告した。
今度はこちらからの牽制だ。
私はアーサー王子を愛しているのだから、貴方は近づかないでくださる?と言う意味を込めた。
少し驚いた顔をしてドロシーはこちらを見た。
だが、すぐに平静を取り戻し、言う。
「まぁ。素敵ですね。うまくいくことをお祈りしております。それでは、そろそろ失礼します」
ドロシーは、風で飛ばされそうになる帽子を押さえてから、ペコリとお辞儀をして、校舎に向かっていった。
白々しいこといってますわ。
ドロシーも同じようにアーサー王子を狙っていると確信しましたわ、こいつは敵ですわ。それでも私が最後に勝利する。
ドロシーの存在が邪魔になれば、いつでも排除してやるつもりですわ。
◇
「えー、であるからして、諸君らはこの国を背負う人材であり、であるからして…」
入学式にて全校生徒の前で、ロゼリア学園の校長が挨拶をしていた。
退屈な時間です。
聞く価値皆無のつまらない話ですね。
眠気が押し寄せてきたので、
手で口を抑え、ふわぁ~あとあくびをする。
その様子を何人かの男子生徒たちが見ていることに気づき、あわてて口を閉じる。
淑女の顔をまじまじみるなんて、失礼な奴らです。
後できちんと処罰を与えなければ。
公爵家アンドレア家の令嬢ドロシー・アンドレアは、そんなことを考えながら、ボーっとする。
もちろん真剣な表情を作り、ちゃんと校長の話を聞いていますよというポーズは忘れない。
だが、やはり話は頭に入ってこなかった。
この学校の印象を述べるなら、退屈だ。
わたくしに媚びるへっぽこ貴族しかいない。教員もつまらなそう(校長を見る限り)。アーサー王子もつまらない方ですし。
例外の方もいましたが。
そう、その例外エミリア・ルドルフォン。アーサー王子主催のパーティーで会った女。
あの後気になって調べたので大体の素性は分かっています。
が、今日直に話してはっきりしました。
彼女は退屈ではなく不快!
その他凡百の有象無象どもと違い、明らかにわたくしにとって邪魔な存在です。
ですが、エミリアさんがわたくしの前に現れてくれたことは僥倖だったのかもしれません。
アーサー王子は将来わたくしの傀儡となっていただく予定。わたくしがこの国の真の支配者として裏から操るための。
とはいえ、ただアーサー王子を恋に落とすだけでは退屈です。
余興として、エミリアさんが恋焦がれるアーサー王子を奪ってやるのもいいかもしれません。
その時、絶望する彼女の表情が見られたら…
ふふ、思いの外楽しい学園生活になりそうですね。
こうして、悪役令嬢たちの戦いが始まったのである。
◇◇
私、エミリア・ルドルフォンは入学式が終わり、自身のクラスへと移動した。
4クラスあり、どうやら私は1組、アーサー王子は2組、ドロシーは3組になったようだ。
本当はアーサー王子は私と同じ1組に、ドロシーは4組あたりに飛ばしてやりたかったところですが、この学園は権力で動かすのが非常に難しいのですわ。
全くもどかしいですわ。
廊下を歩いていると、アーサー王子とドロシーが仲良く話しているところを見かけた。
ドロシーはこちらを見るとフッとうすい笑いを浮かべた。
カッチーンときましたわ。あの小娘、生意気ですわ。
「ドロシーさん、少しよろしいかしら??」
「なんでしょう?わたくしは、今アーサー王子とお話をしているのですが」
「じゃあ僕はこれで」
断る素振りをみせたドロシーだが、アーサー王子は行ってしまう。
「あ…全く仕方ありませんね」
誰にも見られないよう廊下の端へ私とドロシーは移動した。
「ドロシーさん。私の想いは聞きましたわよね。どうしてあなたとアーサー王子が」
「あら、これは異なことを。ご学友であるアーサー王子とわたくしが話す事に何か問題がありますか?あなたのお気持ちは理解していますが、会話まで禁止されてしまうと、少々困ってしまいます」
「そうだとしても、少々不自然ですわ。ドロシーさんとアーサー王子のクラスは違うはず。そんなすぐに仲良くおしゃべりするということが、変だと申しているのですわ」
「お気に障られてしまいましたか。申し訳ありません。では、本音を。わたくしも少しではありますが、アーサー王子を気になり始めているのです。異性として。仮にエミリアさんがあの方を好きでもわたくしが、それで身を引く理由はどこにもありません。選ぶのはアーサー王子なのですから」
嘘だ。
私の直感が囁く。
こいつはアーサー王子を愛してなどおりませんわ。その真意は分かりませんけれども、そこに私への嫌味が入っているのは確実。
確信犯ですわ。
「…よくわかりましたわ。お互い頑張りましょう」
「ええ。恨みっこなしです」
私の笑みに返すその笑顔に真っ黒なものを感じた。
◇
こうして、私とドロシーさんのドロドロした争いが始まりましたわ。
始まりは、初のペーパーテスト。
入学生の学力を測るものでしたわ。
上位50名が張り出され、私の名前は49位の場所に書かれておりましたの。
「まぁ、こんなものですわね」
この学校の1年生は113人だ。まぁまぁの順位と言えるだろう。
ろくに勉強もしていなくても、上位に名を連ねる私!すごいですわ。
そう思っていた。
ところが。
「おやおや、エミリアさんは勉学の方は少々不得意のようですね。まぁ…見えませんものね。フフ」
ドロシーが近づいてきて嫌味ったらしく言った。
「あら、ドロシーさん。そういうあなたはどうでしたの?」
怒りがこみあげてくるが、何とか抑えて私は平静を装う。
「順位表をみてください。すぐに見つかると思いますよ」
言われた通り見てみると、1位にドロシー・アンドレアと書かれていた。
こんなバカなですわ。あの嫌味で済ましただけのドロシーさんが。
「勉学はちょっとだけ得意なんです。アーサー王子にも褒めてもらわなければ」
そう言って呆然とする私を後目にドロシーは去っていった。
私は、学生寮の自室に戻り、ガクリと膝をついた。
◇
次の日、体力テストが行われた。
これも、前日の体力テストのように入学生の能力を図る目的で行われている。
あ~あ、憂鬱ですね。
私は体力には自信がありません。
というのも、昔から病弱で体はあまり丈夫ではなかったからです。
まぁ、適当に流しましょう。
そうして、持久走で走っていたときのこと。
かなりペースを押さえて走っていたが、それでも体力的に少しきつかった。
はぁ、はぁと息があがる。
その時、後ろから声をかけられた。
「あら~、ドロシーさん。情けないですわね。もうばてたんですの?」
後ろを振り返ると、エミリアが渾身のどや顔で言ってきた。
その嬉しそうな顔から推察するに、先日学力テストで負けたことが相当悔しかったのだろう。
「エ、エミリアさん!?あなたどこから」
「あなたの1周先からですわ。ドロシーさんは運動は少々苦手なようですわね~。それでは失礼いたしますわ~」
そうして、エミリアはどんどん先へと走っていく。
「ちょ、ちょっと…はぁ、はぁ、まっ…て」
それまで抑えていたペースを上げて全力で追いつこうとするが、距離はどんどん離れていく。それどころか、無理にペースを上げたせいで、後半ペースが落ち2週も差を付けられてしまった。
2回目追い抜かされた時もどや顔で煽られたことは言うまでもない。
「はぁ、はぁ」
「あら、ドロシーさん?大丈夫ですの?肩をお貸ししましょうか?」
走り終わった後、得意げにエミリア言ってきた。
「大丈夫、です。少し、休めば回復します、から」
息絶え絶えに言う。
「そうですか。そうそう、私体力テスト1位でしたの。アーサー王子に褒めてもらってきますわ」
上機嫌でエミリアは去っていく。
昨日の当てつけであることは、丸わかりだ。
本当分かりやすい方ですね。
ふと、不思議に思った。
自分が人より体が弱く、運動ができないことは分かり切っていたことだ。
だから、運動で誰に負けようと今まで一切気にしたことはなかった。
それなのに、なぜこんなにも悔しくて悔しくて仕方がないのか。
きっと彼女、エミリア・ルドルフォンに負けている部分がある事がどうしようもなく許せないのだろうと思う。
ふぅー、と一度深呼吸をする。
冷静に考えるべきだ。
体力など、学校の評価の一部分でしかない。
エミリアさんがいくらゴリラみたいな身体能力を持っていても、総合評価はわたくしの方が上になるはず。
だが、その考えがとても甘いものであったことを次の日に悟ることになる。
この学校は、王宮御用達の学校だ。
当然貴族の嗜みが大きく評価に作用する。
次の日のダンスの授業。
エミリアは、その体力を十全に活かして華麗なダンスを披露した。
しかも、アーサー王子とペアで。
エミリアは、その身体能力と体力を活かし、華麗に、長くアーサー王子と共にダンスを踊り続けた。
その華麗さなダンスに周囲は目を奪われ、注目の的となった。
当然成績的な評価も跳ね上がることだろう。
何より、自分までもが一瞬ではあっても目を奪われたことが許せなかった。
こうして、ドロシーは体力という指標が決して侮れないものだということを知ることになった。
ドロシーは自室に戻り、ぎゅっと手を握る。
「こんな屈辱ははじめてです。エミリアさん。在学中に必ず潰して差し上げます」
◇◇
こうして、日々は過ぎていった。
ダンスや体育、護身術など体力面の授業で勝っていることにエミリアが勝ち誇っていることはいうまでもない。
いつも涼しい顔をしているドロシーだが、エミリアに負けるたびに、目に見えて悔しそうな顔をしていた。そのことにエミリアは非常に満足していた。
憎い相手ではあるが、表情が分かりやすすぎて、その点だけはあの子面白いですわ、とすら思っていた。
だが、やはり学校という場では勉強が主体となってくる。テストの度に必ず順位が張り出され、その時はエミリアが辛酸を嘗めさせられる結果になっていた。
それらを総合的に加味すると戦績は5分5分だ。
授業以外でも勝負という名の蹴落とし合いは行われていた。
例えば、学食で野菜嫌いのエミリアをドロシーが鼻で笑ったことがあった。その時ドロシーは栄養学をエミリアに説き、怒ったエミリアと最終的にけんかになった。そしてなぜか料理勝負をすることになったことがあった。
結果はどちらも料理が作れず、引き分けだった。
夏休みになると、エミリアはアンドレア領に訪れて、ドロシーの領地の運営にいちゃもんをつけた。
ドロシーは、領民に膨大な仕事を与え、酷使していた。
ドロシーは人が死なないギリギリの仕事量を計算して、ブラックさながらの仕事をさせていたのだ。
そのことを攻撃材料として追及するためにエミリアは来たのである。
エミリアは聖人君子を演じ、領民にきつい仕事をさせていたことを非難した。
倫理に照らし合わせればアンドレア家に非があったことは言うまでもなく、結果ドロシーはうまく反論できずエミリアが一勝することになる。
そうして、アンドレア領の運営が少しだけ改善した。
だが、それで負けているドロシーではない。
同様に今度はドロシーがルドルフォン領を訪れた。
そして、エミリアのメイドなどの従業員に対する行き過ぎた高圧的な態度を非難した。
エミリアはこれに反論しきれず、ドロシーが一勝することになった。
その結果、ルドルフォン家の職場環境が少しだけ改善した。
ルドルフォン家で働くメイドや執事たちが大喜びしたのは言うまでもない。
このようにしてエミリアはドロシーの粗を徹底的に探し、ドロシーはエミリアの粗を徹底的探した。
お互いがお互いのみを意識し合うことにより、2人が周囲にばらまいていた悪意は互いに1人の人物に集中するようになっていった。
学園では、エミリアとドロシーの対立はもはや日常茶飯事になっており、ロゼリア学園の名物、侯爵令嬢同士のバトルとして遠巻きに楽しまれるようになった。
こうして、エミリアとドロシーのつぶし合いは続いたのだった。
◇◇
ある日、エミリアが歩いていると、廊下の隅で言い合いをしている声が聞こえた。
そちらに目をやると、数人の女生徒が1人の女生徒を取り囲んでいた。
あれは、俗にいういじめというやつじゃないかしら。
なんとなく気になって、エミリアはその様子を見ていた。
イジメている側の令嬢たちには、見覚えがあった。
リディア・エルフィン、
ソフィア・ブルガ、
マーガレット・スカイ
いずれも、そこそこの名家の令嬢だったはずだ。
当然ルドルフォン家には遠く及ばないが。
「ちょっと、カナリアさん?あなた、調子にのりすぎなんじゃないかしら」
カナリアと呼ばれた女は怯えた様子で一歩後ずさった。
「そんなこと、私は何も...」
「そんなこと言って!皆が見ている前で教師に褒められて、まるで自分が特別な存在みたいに思ってるんじゃないの?」
もう一人の令嬢、ソフィアが冷ややかな笑みを浮かべた。
「そんなこと思ってないです。私はただ、頑張っただけで...」
「言い訳ばかりね。」
マーガレットが髪をかきあげながら言った。
「私たちのグループに入りたいって思っているくせに、その態度はないんじゃない?」
「別に…思ってないです」
「そういうところよ」
ソフィアがカナリアに一歩近づき、上から見下ろすように睨んだ。
「あなた、私たちにもっと敬意を払うべきじゃないかしら?」
「そうよ」
リディアが嘲笑を浮かべて続けた。
「あなたのような平民が私たちと同じ学園にいるのが不思議なくらいだもの。少しは自分の立場をわきまえてほしいわね」
これは…使えますわ。
ふと、目の前のやり取りを見てエミリアの脳裏にある作戦が思い浮かんだ。
「こらこら。そうやって弱いものいじめをするものではございませんわ。このロゼリア学院の品位を貶めるような真似はやめなさい」
「あ、あなたは」
「エミリア様!?」
「これは問題行動ですわ。このことは、アーサー王子にも報告させていただきますからね。えっと」
そう言って、いじめられていた女生徒の方に目をやる。
「あ、えっとカナリア・ルミナスです」
「そう、行きましょ。カナリアさん」
「は、はい」
エミリアは微笑み、カナリアを連れてそこから離れた。
エミリアは内心ほくそ笑んだ。
これで、あのにっくきドロシーさんを貶めることができるかもしれませんわ。
◇◇
翌日、ドロシーのもとにアーサー王子が来た。
「ドロシー・アンドレア。君が、カナリア・ルミナス嬢を陥れたいじめの主犯と言うのは本当か?」
アーサーはドロシーを見るなり、開口一番に不機嫌そうに言った。
「は?誰ですか。そのカナリアさんというのは」
「とぼけないでくれ。昨日カナリア嬢をリディア嬢たちがイジメていたというのは、大勢が目撃している」
「だから」
「リディア嬢たちは君に命令されてやったといっていたぞ」
「はぁ!?」
ドロシーは突然のことに頭を抱える。全く身に覚えがなかった。
ドロシーは、思考を巡らせ1つの可能性に行きついた。
「もしかして、アーサー王子はエミリア嬢からそれをお聞きになったのではありませんか?」
「あ、ああ。そうだが」
「はぁ、やりましたね。エミリアさん」
ドロシーは溜息をつく。
おそらく、エミリアはリディア嬢たちと口裏を合わせているのだろう。
エミリアがこういうでっち上げのような手段に出る人物には見えなかっただけにドロシーは少し驚いた。
だが、エミリアのその謀略が悪手であることに変わりはない。
「他でもないこのわたくしをハメようとは、100年早いですよ。エミリアさん」
そこからのドロシーの対応は早かった。
アンドレア家の調査チーム、クロノス調査団に依頼し、いじめの真相を暴き、見事いじめを解決する事で、この攻撃を回避したのだ。
言うまでもなく、ドロシーの無罪も証明した上でだ。
エミリアは、いじめの主犯格であるリディアたちとの接触を否定したため、ドロシーに濡れ衣を着せたことは疑惑で終わった。
結局証拠は見つからなかったので、エミリアが糾弾されることはなかった。
だが、ドロシーは、エミリアが自分を陥れようとしたという噂が流し、エミリアが歯軋りをする結果にはなったのだった。
エミリアは、いじめが行われた事実を知り、利用しただけ。
ドロシーは降りかかった火の粉を振り払っただけだった。
とはいえ、結果的にいじめは解決して、周りからは多少評価されたそうな。
これも引き分け、いや、微妙にドロシーに軍配の上がる勝負であった。
◇◇
「まさか、あの2人に助けられるなんて」
カナリア・ルミナスは呟く。
思ってもいなかった事態に、カナリアは笑みがこぼす。
「なんだかワクワクしてきました」
カナリアは、うっとりとした恍惚の笑みをこぼす。
この退屈な毎日がやっと楽しくなりそうだ、と新たな希望を胸に抱いて。
◇◇
「エミリア様?あぁ、最近は私たちのことをほっといてくれるようになったんですよ。昔はよくわがままに振り回されてましたけど、今じゃちょっとくらいの粗相なら許してくれるんです。それよりもドロシー様に夢中なようで。あ、これお嬢様には絶対に言わないでくださいね」
「ドロシー様?あぁ、斬新な改革をしてくださる方ではあったんだけどねぇ。いかんせん私たち平民なんてどうでもいいって感じでとんでもない扱いをうけてたからね。でも最近はそういうのも無くなって助かってるよ。これもご学友であるエミリア様が諭してくださったおかげかな」
これが、今現在の2人の令嬢たちへの評価であった。
まるで性格が改善されたように周囲は思っているが、そんなことはない。
どちらも今、お互いを敵視し過ぎていて、周りの人間たちのことなど見えなくなっているだけである。
-に-をかけると+になるように、2人が争う事によって、結果的に周囲が平和になるという少々奇妙な現象が起きていた。
だが、同時に2人が相手に対して感じているフラストレーションは、最高レベルまで上昇していた。
そんな中事件は起こった。
エミリアとドロシー、互いの気持ちが爆発し、論争になったのだ。
「いい加減にしてくださらない?ドロシーさん、あなたは別にアーサー王子の事なんて何とも思っていらっしゃらないでしょう」
「冗談でしょう?それはわたくしのセリフですよ。エミリアさん。あなたこそ不敬にもアーサー王子を利用しようとしていらっしゃるのではないですか?」
2人とも、表面上の笑顔こそ崩していなかったものの、乱闘すら起こりかねないただならない雰囲気があった。
「もうやめてくれ!二人とも!!」
周りの大勢が怯えながらその様子を見守る中、アーサー王子が間に入って場を治めようとする。
「これ以上問題を起こすというなら、僕もそれなりの処罰を与えないといけなくなる」
流石に一国の王子であるアーサーが仲裁を買ってでているのであれば、2人も無視するわけにはいかなかった。
「アーサー様に免じてここは引いて差し上げますわ。ですが、覚えておくといいですわ」
「ええ、そのお言葉、そっくりそのまま返させて頂けます。私もこれで終わったとは思っていませんから」
そうして、2人は自分のクラスに戻っていった。
2人が去ると同時に、周囲からどよめきが起こる。
「ねぇ、今のやばくなかった?」
「一触即発って感じ」
「普段冷静沈着なドロシー様まで凄い表情でしたわよ」
「何か嵐の前触れって予感」
周囲が騒めく中、アーサー王子だけはただ黙って拳を握りしめていた。
「なんで、あの2人は仲良くできないんだ」
まだまだ終わらない騒動の予感に、アーサー王子はがっくりと項垂れて首を横に振るのだった。
◇
「うまくいったかしら。今になって不安になってきましたわ。いえいえ、弱気になるんじゃなくってよ。私。ドロシーさんさえいなければすべてがうまくいくんですから。けどやっぱり今からでもやめるべきかしら」
エミリアは独り言をつぶやきながら廊下の中庭を徘徊していた。
不安に駆られてあっちへ行ったりこっちにいったりしていたのだ。
だが、そのように外に出てしまったせいで背後に立つ人物に大きな隙を与える事になってしまった。
「んっ!?む~~~~」
後ろから、ハンカチを口に当てられ、押さえつけられる。
意識が朦朧とし、エミリアは目を閉じた。
◇
※エミリア視点
目を覚ますと、私は牢屋にいましたわ。
いったいここは?なにが、おこりましたの?
その牢屋は、直径5,6mほどの立方体のスペースで、
地面は汚れた石畳が敷き詰められていた。衛生面がかなり気になりますわ。
「やっとお目覚めですか?エミリアさん」
隣を見ると、ドロシーさんが体育座りで鎮座していましたわ。
その姿からは、いつもの覇気は全く感じられず、ずいぶんと弱っているように見えますの。
「ドロシーさん?」
「迂闊でした。わたくしともあろうものが、単独行動をしてしまうなんて。自分が攻めている時ほど油断するいい例ですね」
ドロシーさんをさらによくみてみると、奇麗な肌は泥にまみれておりました。目立った外傷はありませんが、よく見ると少し擦り傷もありますわね。
おそらく、私のように誘拐され、その際に抵抗したのでしょう。
「エミリアさん。あなた、わたくしに刺客を差し向けましたね」
ドロシーさんを観察していると、不意に核心をつかれ、私は言葉に詰まってしまいましたわ。
「え!?え~とそれは」
「隠さなくてもいいでしょう。わたくしも同じことをしていたのですから」
「え!?そうなんですの」
目をしばたたかせて、ドロシーさんを凝視します。
同じことをしていたとは一体?
「ええ、そこの見張りの方が得意げに話していましたよ。同じような誘拐の依頼が来たから、どっちも攫って身代金をふんだくる事にした、と」
な、なるほどですわ。
つまり、私はドロシーさんを誘拐するように依頼し、ドロシーさんは私を誘拐したという事ですの。
複雑な話ですわね。
それに全く同じタイミングで2人で同じことをするなんて。
前からうすうす思っておりましたが。
というかとても認めたくありませんが、私とドロシーさんの思考って随分似てますわよね。
まぁそれはそれとして、なんとなく状況が掴めてきましたわ。
私が思考を整理していると、ドロシーが悔しそうに口を開きました。
「全くお互い愚かなことをしたものですね。こんな状況になって初めてそれがわかるなんて本当にバカみみたいです」
その普段と違う様子には少し驚きましたわ。
ドロシーさんは、微かに震えておりました。
いつも小さいくせに大きく見えていたその姿は、今はとても小さくみえましたわ。
しかし、それも当たり前のことなのでしょう。
こんな状況、私だって怖いですもの。
今回こうした事態に陥ってさすがの彼女もずいぶんと参ってしまったということなのでしょう。
でも、そんなドロシーを見ていると何故だか無性にむしゃくしゃしてくるのは何故でしょうか。
「ドロシーさん、しっかりなさりなさい!私を煽ってくるあなたはもっとふてぶてしくしていらっしゃいましたわ」
気づけば私は声を張り上げておりましたわ。
「エミリアさん?」
「そう、いつも済ました顔して言いたい放題。おまけに私の暗殺計画まで企てていたなんて、ずいぶんと腹黒いじゃありませんの。正体見たり!枯れ尾花ですわ」
私は得意げに、いつものように、思い切り相手に自慢するつもりで、ドロシーさんに話しかけました。
「言ってくれますね。それをいうなら、あなただって、わたくしという将来国を背負って立つ偉人を殺そうと画策してましたね。愚かの極みとはまさにあなたのことですね!」
「なんですって!別に殺すまでは命じておりませんわ。ただ懲らしめるよう誘拐してとお願いしただけですの」
「そんなのわたくしだってそうですよ。大体誘拐だってよっぽど非道じゃないですか!!」
「あなたが言いうんですの!?相変わらずの減らず口ですわっ!」
私は憎々しく思い、ドロシーさんのほっぺを両手でつねり、思いっきり引っ張って差し上げましたわ。
「にゃにするんですか。困ったりゃ暴力とは、とことん脳筋ゴリラですこと!」
そうして、ドロシーさんも私のほっぺをつねり思い切り引っ張ってきました。
「あにゃただってすぐ反撃してきたくせに。ちょっと早いか遅いかだけですわ」
そのままお互いに頬を引っ張り合いました。
そのまま我慢くらべはずっと続いたのですわ。
引っ張りあっている中で改めてドロシーさんのことを見ます。
ドロシーさんの震えは止まり、いつもの調子が少し戻ってきたように見えましたわ。
よかったと心の中で何故か安堵しておりましたわ。
いけないいけない。
ドロシーさんが弱っているのは本来喜ぶべきこと。
でもドロシーさんがこの調子じゃ、なぜか調子が狂いますから仕方なくですわ。
そんな姿を見せるのは私に無様に打ち負かされた時であるべきですものね。
◇
「やめです。降参です」
先に手を離したのは、ドロシーだった。
その後にエミリアも手を離した。
「ドロシーさんにしてはあっさり負けを認めるんですわね」
「ゴリラのあなたにパワーで挑んでも勝てるはずありませんもの」
「コイツ…やっぱりクソ生意気ですわ」
そして、ドロシーは黙り込んでしまう。
だが、髪をクルクルと指でいじり、モジモジとしていることに違和感を覚えた。
少しして、ゆっくりとドロシーは言葉を発した。
「でも、あなたがわたくしを励まそうとしてくれたことぐらいは、わかっているつもりです。今回は、負けを認めるのが筋というものでしょう。その、ありがとう、ございます」
「…えっ!?」
あのドロシーさんが!?
あのドロシーさんがお礼を…言いましたわ!?
天地がひっくり返るんじゃないかしら。
備えた方がいいんじゃありませんの?
「エミリアさん?今とても失礼なことを考えてますね」
心の中でエミリアが頭を抱えて考えていると、ドロシーが呆れたように言う。
「はぁ、わたくしだってお礼をいう時ぐらい…あら、そう言えば前にお礼をいったのはいつだったかしら」
不思議そうにドロシーはちょこんと小首をかしげて言う。
今度は私が呆れましたわ、とエミリアは思う。
おそらくこの子、本心からお礼をいったことがないんですわ。
ドロシーさんは、外づらだけは感心するほどいいですもの。お礼を言っているのを見かけたこと(私いがいに)は何度もありましたわ。
それでも思い出せないのは本心からのお礼をしたことがほぼないからですわ。
まぁ、そのレアな瞬間を引き出せたのが私だということに悪い気はしませんが。
「相手のことを駒かなにかとしか思ってないからそうなるんですわ」
エミリアが言うとドロシーは心底心外だと言いたげな目を向けてきた。
「あなたに言われたくはありませんね。他人を自己欲求を満たすおもちゃくらいにしか思ってないあなたに」
「はぁ!?そんなこと…ありますわね。ま、私はルドルフォン家の令嬢。周囲が私のためにあるのは当然のことですわ」
「はぁ、わたくしも側から見るとこう見えるんでしょうか。いやですね」
「なんですって!?」
「別になんでもないですよ。とは言え貴方にさえ私が周囲を駒のように扱ってると見えている、ということは、他の人にもそう思われている可能性はありますね。わたくしが多少態度を改めるべきことは認めますよ」
「本当なんなんですの?長々と負け惜しみですの?」
「なっ!?」
ドロシーはぐぬぬと憎々しいという顔をした。
「…今はそれでいいです。それより、いい加減どうするか話しませんか?」
「…いいですわ。さすがにこの状況。喧嘩ばかりしていては共倒れですもの。けれど、協力するのは今回だけ。そこだけは履き違えないでくださる?」
そう言ってエミリアとドロシーは互いにガッチリと手を結んだのだった。
このまま誘拐犯ごときにいいようにされるなど、公爵令嬢としてのプライドが絶対に許さない。
こうして利害が一致し、絶対に交わることがないと思われた2人は手を組むことになった。
◇◇
外には1人だけ見張りの男がいた。
その男に聞かれないように、2人はコソコソと話した。
犬猿の仲である2人がこうして本音で話すのは、初めてのことだった。
2人とも不思議な感覚を覚えていた。というのも、2人の意見は驚くほど一致し、スムーズに会話が進んだのだ。
そして2人とも気づいた。
元々タイプこそ違えど、結局は似たもの同士。
同じ穴の狢なのだということに。
ただ、同じ目的を持ち、競い合うことで2人の関係は拗れに拗れてしまったというだけ。
話す中、大体の方針が決まる。
その方針とは、協力して脱出するしかないという結論だ。
救出隊が来るとしても、それは基本平民の衛兵だ。自分たちを嫌っている彼らが早急にここまで助けにきてくれるかは微妙なところだった。
2人はこの半年間の間で、相手を陥れるために互いを調べ尽くし、相手のことを誰よりも理解していたのだ。
エミリアもドロシーも、どちらも相手が周りからどれだけ嫌われているかを知っていた。
自分が周囲から嫌われている自覚はどちらもこれっぽっちもなかったのだが、それを指摘し合うことで、お互いその可能性はあると不承不承に納得したのだった。
◇◇
そして作戦は決行された。
令嬢の嗜み、お色気作戦である。
「あの~、監視さん。すみませんが、お花摘みに行きたいんですの」
エミリアが上目遣いで言う。
「は?お花摘み?花?こんな時に?令嬢ってのは世間知らずだなぁおい」
「いえ、ですから、ゴホン、お手洗いに行きたいと言えば分かりますかしら」
「お手洗い?手なんて洗う必要ねぇだろ」
物わかりの悪い男に対し青筋をたて、今にも怒り出しそうなエミリアを見かねたドロシーは、監視の男に近づき耳打ちした。
「監視さん、彼女はトイレに行きたいと言っているんですよ」
「あー、なるほど、う○こか。ならそういやいいのによぉ。はっはっは」
どうやら、監視の男は教養が乏しく、下品なようだとドロシーは推察する。
ブチっとエミリアから堪忍袋の尾が切れる音がきこえたような気がしてドロシーは少し後ずさった。
監視の男は、考える間もなくガチャリと鍵を開けた。
思った通りというべきか、男は2人をなめているようだった。
おそらく、ここでカギを開けたところで、小娘2人が逃げられるわけがないと思っているのだろう。
まぁ、監視対象は若い娘2人だしその気持ちは分かるとドロシーは思う。
ただ。
「不用心だこと。とんでもないゴリラが檻の中にいますのに」
ドロシーは不敵に笑った。
ドアが開いた瞬間、エミリアは男の背後に周り首を絞めた。
プロレスでいうところのチョークスリーパーである。
男が苦しそうに必死にもがくが、ドロシーは男の両腕をガッチリと掴み、エミリアをサポートした。
そうしてすぐに男は気を失った。
「流石ですね」
「ふんっ!公爵家の令嬢たるもの、このような事態への備えは当然ありますわ。これもそのひとつ。貴族の嗜みですわ」
こうして、2人は牢屋からの脱出に成功したのだった。
◇
牢屋から出た2人は、そのまま誰にも見つからないように先に進む。
そこはなかなか広い建築で、どちらが正しい道かも分からなかったが、エミリアとドロシーに進む以外の選択肢はなかった。
進行方向に、2人の男がいた。
エミリアは途中で拾った鉄の棒で2人を殴り倒した。
騒ぎにならないように、気絶した2人を隠してから先へ進む。
「躊躇ないですね」
小さな声でドロシーが言う。
「私だってこんなことやりたくありませんわよ。ただやらなきゃやられるから仕方なく。それだけですわ」
そのまま長い廊下を直進する。
だが、次の曲がり角でバッタリと正面から賊の男と鉢合わせしてしまった。
さすがに不意打ちでもなければ、エミリアでも瞬時に倒すことはできない。
エミリアは、冷や汗が流れるのを感じていた。
その時。
「おまっ!」
「あなた、ラルクさんですね」
男が叫ぶ前、素早くドロシーが口を挟んだ。
ドロシーはどこから取り出したのか、チラリとお金を見せる。
男は、視線を下にやった。
「なんで俺の名前」
「知っていますとも。あなた、ボスのお金をちょろまかしているんでしょ」
「なっ!?なぜお前それを」
「アンドレア家の情報網を持ってすれば容易いことです。利用する組織を調べるのは当然でしょ。もっとも、今回の誘拐は不覚にも察知できませんでしたが」
「くっ」
男は後ずさる
「取引しましょう。わたくしたちがここから逃げられたら、あなたを雇って差し上げます。逃走に協力した褒美です。のらないなら、私が捕まった後バラしますよ」
早口でコソコソと言うドロシーの言葉にラルクという男は青ざめた顔をする。
だが、ラルクは混乱してなかなか結論を出さない。
そんなラルクに対し、ドロシーは懐から金貨を取り出す。
平民にとっては高額なその値段にラルクはあっさり陥落した。
そうして、エミリアたちは先に進んだ。
やりますわね。
エミリアは感心してしまう。さっきの金貨。あれは、混乱した男に対し、取引の現実感を持たせるための策だったのですわね。
ドロシーさんについていけば、得になると。そしておそらく…
「さっきの取引、守りますの?」
気になって聞いてみた。
「まさか。盗賊との約束なんて当然反故にしますよ」
バッサリと言い切った。
怖いですわ。この子。
エミリアは改めて自分の敵である目の前の少女の厄介さを再確認したのだった。
◇
エミリアが敵を気絶させ、どうしようもない時は、ドロシーが脅して先に進む。
そんなことが繰り返された。
ドロシーはかなり入念に組織を調べ上げたらしく、大半の構成員の弱みを握っていた。
ドロシー曰く、こんな汚い組織に所属してる人間は、弱みの1つや2つ持ってるものとのことだった。
だからと言って、それを全て暗記しているドロシーには恐怖しかないのだが。
だが、物事はそううまくいかなかった。
誘拐犯のアジトは、そう簡単に脱出できるほど狭いものでもなかった。
脱出に時間がかかれば、牢屋に私たちがいないことも当然発覚する。
アジトの入り口まで来たところで、私たちは誘拐犯たちに包囲されてしまったのだった。
◇◇
エミリアとドロシーは、誘拐犯のアジトからあと一歩で出口というところで、20人ほどの男に囲まれてしまった。
待ち伏せをされていたのだ。
「よぉ。お嬢さま方」
男たちの真ん中から割って入ってきたのは、誘拐犯のリーダーの男だった。
男は、剣を抜き、その峰を肩に置いてニヤニヤしながらこちらを見ている。
エミリアはドロシー誘拐の依頼をする時にその名前を聞いていた。
マルク・イシュタール。
盗賊団でもあり、金と交渉次第では仕事も依頼することができる変わった方針を取っているリーダーだ。
その仕事ぶりがあまりに鮮やかなため、貴族に裏の仕事を頼まれることも多々あった。
もちろん表では指名手配されており、1度裏の仕事の依頼を利用し、討伐を試みたこともあった。だが、その罠も見事にかわしている。
エミリアが彼らを雇ったのは、誘拐の仕事を頼みやすかったからだ。おそらくドロシーもそうなのだろう。
「エミリアさん、彼にも勝てまして?」
ドロシーが小声で聞いてくる。
「流石に厳しいですわ。ここらで1番野蛮な盗賊団のリーダーですわよ。彼は金の亡者と聞いておりますわ。ドロシーさんこそ上手く言いくるめられないんですの?」
ドロシーは小さく首を振った。
「難しい…ですね。わたくしたちが逃げ切ることは組織の壊滅を意味しますから。下っ端をかどわかすのとは訳が違いますよ」
「ですが…」
ドロシーがさらに小さい声で言ったが、その先は聞こえなかった。
エミリアがドロシーの方を見ると、彼女はかすかに目を逸らした。
「小さい嬢ちゃんの言いたいことを当ててやろうか」
すると、マルクが会話に割り込んで来た。
小さいと言われたのが癪に障ったのか、ドロシーがムッとした顔をする。
「嬢ちゃん1人なら、小さい嬢ちゃんを囮にすりゃ逃げ切れる可能性があるってことだろ。さっきのびた俺の部下を見たが、貴族のご令嬢にしちゃ随分鮮やかな手口じゃねぇか。ありゃ嬢ちゃんがやったんだろ」
確かに、武術は護身術の範囲でしかやってこなかったが、それでも才能があると教師にはよく誉められていた。
マルクの提案に、エミリアは考えを整理する。
ドロシーさんを見捨てて逃げる。
あれ?結構いい話じゃありませんの?それ。
もともとドロシーさんを陥れるために今回依頼をした訳ですし。
ここでドロシーさんを犠牲にすれば、確かに私は逃げれる可能性がありますし、最大の宿敵であるドロシーさんも消える。
でも、あの時はあくまで脅すだけって依頼でしたわね。
もしドロシーさんを見捨てればその程度で済まないことは確実ですわ。
でも、ここでその手段以外を取らなければ私が売り飛ばされてしまいますし。
悩むエミリアに、さらにマルクは甘い言葉を投げかけてきた。
「嬢ちゃんよぉ、お前がそっちの小さい嬢ちゃんを見捨てるっていうなら、嬢ちゃんの方はただで見逃してやってもいいぜ」
「えっ!?いいんですの?」
「ああ、強い嬢ちゃんはどのみちちょっと目を離した隙に逃げちまいそうだからな。幸いここはなかなかの僻地だ。お前がロゼリア学院に戻る前に十分逃げ切れる。大貴族の令嬢を誘拐しちまったからには、どうせ国外に逃亡するつもりだったし、人質は御し易い方がいい」
しばし熟考する。マルクは口を出さずただコチラを見ていた。
エミリアはこくりと頷き、結論を出した。
「とても素晴らしい考えですわ。では、そうしましょう」
「悪く思わないでくださいよ。ドロシーさん」
にっこりと笑みを浮かべてエミリアは言った。
その様子に、ドロシーは一瞬だけ顔を歪ませた。だが、その薄ピンクの綺麗な唇を噛み、平静な顔に戻る。その小さな手が震えているのがわかった。
「エミリアさん…仕方、ありませんね。わたくしのことは気にせず、どうぞお逃げになってください」
ドロシーは悲しそうに顔を伏せる。
全く予想していなかったその態度に驚き、エミリアは目を見開いた。
もっと悪態をついて、エミリアへの罵詈雑言を投げかけてくると思っていた。
「この半年間、あなたは本当にムカつく相手でした。けれど、これまで退屈だった人生に初めて彩りがついたような気がするのです。それは決して綺麗な色ではありませんでしたが、むしろ真っ黒」
そこまで言ってドロシーはコホンと咳払いをする。
「とにかく、あなたと競い合うことは嫌いではありませんでした。きっとエミリアさんのような方を好敵手というのでしょうね。だからあなただけでも生き残れるなら、わたくしは嬉しい、ですわ」
満面の笑みでドロシーは言う。
その目には、微かに涙が浮かんでいた。
エミリアはドロシーの言葉を聞き、そっと目を伏せた。
ドロシーがそんな言葉を発するとは思っていなかったからだ。
本当に自分の行動は正しいのか。
ドロシーを見捨てることが本当に正解なのか。それをすれば、私は何かを失ってしまうような気がした。
それが何か分からなくて必死に頭を巡らせる。
ここまで集中して物事を考えたことは、生まれて初めてだ。
きっとそれは、この半年間ドロシーと蹴落とし合いをして、相手を引きづり落とすために、策を必死に考えたからこそできるたことだ。
それがなければ、ここまで深く考えることはできなかっただろう。
ドロシーとの日々が浮かんできた。
そこには憎らしい思い出しか浮かんでこなかった。思い返せば返すほど見捨てるべきなのではないかという考えが浮かんでくる。
だけど…
やがて、思考がまとまったとき、マルクが話しかけてきた。
「別れの言葉は済んだか?」
「…ええ、それじゃどいてくださる?」
エミリアはドロシーから顔を背け、入り口に向かって歩き出す。
「ああ、もちろん」
そう言ってマルクは剣をしまった。
エミリアはニコニコと笑いながら、盗賊たちが開けたスペースを通ろうとする。
そして、盗賊たちがドロシーに目を戻そうとした
その瞬間だった。
なんとエミリアは右手で引きずっていた鉄パイプをマルクの頭に向かって思い切り振り下ろしたのだ。
「なっ」
突然の不意打ちにマルクは、なす術なく膝から崩れ落ちる。
その行動は、その場の誰もが予想していない行動だった。
エミリアがドロシーと犬猿の仲なことは、盗賊団の耳にも入っていた。
だから、まさかエミリアがこのような行動に出ると誰も思っていなかったのだ。
その考えが、マルクの隙をつくことになった。
「ドロシーさんっ!!」
突然呼ばれ、ドロシーはビクリと肩を振るわせる。
「は、はい!」
だが、すぐにエミリアの意図を察知し、全速力でコチラへ走ってきた。
私はドロシーの手を取り、急いで入り口の扉を開けて外に出る。
盗賊団たちは、あまりのことで固まって動けなかったが、すぐに追いかけてきた。
扉を抜けた先には森があり、真ん中に一本道があるった。
このまま進むべきか、森を通って逃げるべきか。
決めましたわ。
森の中を突っ切ることを決める。
一本道だとまず追いつかれるが、森なら撒ける可能性が少しはある。
もし迷子になっても時間を稼げればよし。
猛獣が出ても盗賊どもに押し付ければいい。
あと心配なのは…
チラリとドロシーの方を見る。
虚弱体質なはずのドロシーであったが、息を切らしながらもまだ余裕がありそうだった。
前々から思っていましたが、ドロシーさん体力が増えておりますわね。
エミリアは知っていた。
ドロシーが自分に負けないために、苦手な運動面でも必死に努力していることを。
なぜだか少し嬉しくなって自然と口角が上がる。
盗賊たちが追いかけてくるのを振り払おうと必死に走った。
すぐ追いつかれそうになるが、その度に鉄パイプを振り回して追い払い、また逃げるの繰り返しだ。
たまにさっきドロシーが脅していた奴が追いつきそうなこともあった。そんな時はドロシーが睨みつけると、相手は演技じみた動きでスピードを落とし、後ろに下がっていった。
エミリアたちと盗賊たちとの間に少しずつ距離が生まれてきた。
そうして、順調に逃げ切れるかと思ったその時だった。
後ろから猛スピードで何者かが迫ってきた。
見ると、それは盗賊団団長のマルクだった。
マルクは剣を振り上げて飛び上がり、切り掛かってくる。
「しつこいですわ」
エミリアは、鉄パイプをマルクの足目掛けて横に思い切り振った。
「ぐあっ」
鉄パイプはマルクの足に当たり、マルクは地面に転がった。
感触からおそらく足の骨を折ったはず。
もう動けないはずですわ。
だがそのまま逃げようとした時、エミリアが引っ張るドロシーの動きがピタリ止まった。
「あっ」
ドロシーが小さな悲鳴を上げる。
エミリアもつられて思わず転びそうになり、そちらを見ると、マルクがドロシーの足をガッチリと掴んでいた。
「へへっ、にがさねぇぞ」
ぐいっとドロシーの腕を引っ張るが、動く気配はない。
ドロシーは痛そうに顔を歪めた。
「ドロシーさん!この!はなしやがれですわ」
エミリアは地べたに転がっているマルクの頭を踏みつけるが、マルクは手を離さなかった。
後ろを見ると、何人もの盗賊たちが迫っていた。
ふとドロシーの方に目線をやると、彼女がじっとこちらを凝視しているのがわかった。
「な、なんですの」
「いえ、まさかあなたがここまでしてくれるなんて思ってなくて。でももう十分です」
ドロシーはトンっとエミリアの肩を押した。
エミリアはのけぞり、その間にドロシーはエミリアの手を振り解く。
「逃げてください」
そう言ってドロシーは微笑む。
「そんなこと」
「エミリアさんだけカッコいいなんてずるいですよ。わたくしにもあなたを守らせてください」
盗賊団たちはすぐそこまで迫っていた。
もう無理だ。
例え、ドロシーが足を振り解けたとしても間に合わない。
だが、足を強打したマルクが動けない今なら逃げ切れる。
エミリアはくるりと背を向け、走り出す。
マルクがニヤリと笑うのが視界の端で見えた。
「そこまでだ!!」
その時、とても大きな声が鳴り響いた。
前を見て、目を見開く。
そこには、アーサー王子が軍隊を引き連れて立っていたのだ。
なぜアーサー王子がここに?
ここは、王国から離れた僻地のはず。
どうやって私たちを追えたの?
疑問が次々と湧いてくる。
だが、アーサー王子の「やれ!」と言う号令と共に盗賊団たちが一斉に捕縛されていくのを見て、疑問よりも安堵の気持ちが勝った。
安心すると、体の力が抜けて地面に膝をつく。
軍隊の奥の方に自分の父、ヘル・ルドルフォン
とドロシーの父、ライン・アンドレアがいるのが遠目に見えた。
「お、父様」
不意に眠気が襲ってくる。
そのままエミリアの意識は遠のいていった。
最終章
「そうか、互いに互いを誘拐させたと…」
室内に沈黙が起きる。
エミリアとドロシーが救出されてから5日後、エミリアとドロシーは、アーサー王子に生徒会室に呼び出されていた。この学園の生徒会長は、代々王族が務める事になっている。
アーサー王子も例外ではなく、すでに生徒会として学園の運営関係の仕事をしていた。
「いや!どんな状況だよ!君らいい加減に」
「アーサーさま!」
取り乱すアーサーを止めたのは、ドロシーだった。
「確かに、わたくしたちは過ちを犯しました。ですが、こうして2人で力を合わせて無事戻ることができました。和解も罰もきちんと済ませてここに戻ってきたと思っています」
「そのとおりですわ。ドロシーさんとは死線を共にした仲。もはや友人以上に深い関係と言っても過言ではありませんの」
「そ、そうか。それならいいんだが」
「それよりも、アーサーさま。なんで私たちがあそこに捕らえられていることが分かったんですの?」
「あ、ああ。通報があったんだよ。匿名の」
「匿名?」
「そうだ。ルドルフォン家とアンドレア家の令嬢が攫われたってな。場所と犯人と思われる盗賊団までご丁寧に通報してくれたんだ」
「妙ですね。そんなことを知っている人物に心当たりあります?エミリアさん」
「さぁ、不思議ですわね」
エミリアとドロシーはお互いに顔を見合わせて首を傾げたのだった。
◇◇
「失礼します」
エミリア・ルドルフォンとドロシー・アンドレアが生徒会室を退出してから、ノックの音と共に入出の許可を求める声がした。
扉の先から聞こえたのは、聞き覚えのある女生徒の声だ。
思いがけない訪問に一瞬胸の鼓動が激しくなる。
だが、自分は王子だ。気になる異性の訪問に浮かれるようなはしたない姿を見せるわけにはいかない。
咳ばらいをしてから、入出の許可を出す。
「これでよかったのか?」
自分でも平坦だと思う声で言う。思ったより平静を保てて安心した。
「はい、バッチリです。ありがとうございました」
「名前を出してもよかったんじゃないか?本当のことを言えば彼女たちも君に感謝したことだろうに」
僕の提案に彼女は一瞬顔をひきつらせたように見えた。
気のせいだろうか?
「いえ、私は陰の者ですから。ただ彼女たちを見ていれればいいんです」
「陰の者?ふっ、相変わらず君はよくわからないことを言うな。君だって魅力的な女性だよ」
「そうですか?まぁ、分かってもらえなくてもいいです。それより、これからも私のことはこれでお願いしますよ」
彼女は唇に指を立てて、シーっと「内緒でお願い」のジェスチャーをする。
そして、ウインクをした。
無邪気なその仕草を見て、思わず顔が熱くなる。
「も、もちろんだ。それより、どうだろう。今度一緒に食事でも」
「あ、そういうのい、ゴホン。行けたらいけます。それでは失礼しますね」
何か言いかけてから咳払いをして、彼女は言った。
「そうか。楽しみにしているよ。カナリア」
そうしてその女生徒、カナリア・ルミナスは生徒会室を後にした。
◇◇
私に対して熱い視線を送ってきたアーサー王子を見て、運命というものは変わらないのだなとつくづく思う。
なにせ、1度タンポポを食べているところを見られただけで興味を持たれて、頻繁に話しかけられるようになったのだから。
ただの庶民の貧困対策だと言うのに。
きっとそれは世界の強制力というものに違いない。
そう。
私、カナリアは異世界からの転生者だ。
そして、この世界は私が前世でプレイしていた乙女ゲーム「シュベリアッ!」と同じ世界なのだ。
そして、カナリア・ルミナスとはゲームの主人公の名前だ。
前世の記憶を持って生まれた私は、私がカナリアとしてどのような人生をおくることになるか、大体のことは把握していた。
とはいえ、ヒロインになったからといって私の心が躍ることはなかった。
むしろ憂鬱だった。
シナリオが面白かったからプレイしていたが、私はアーサー王子に全く魅力を感じていなかったからだ。
無個性イケメンなどつまらないだけだ。
そんなアーサー王子と結婚する気はなかった。だが、そうなるととは私はイジメられることになるのだろう。
「シュベリアッ!」の悪役令嬢、エミリア・ルドルフォンに。
そしてアーサー王子と結婚しない以上、ロゼリア学園に通う期間、私はいじめられ続けることになる。
そう思っていた。
いっそロゼリア学園に入学しないようにすることも考えたが、これも運命の強制力なのか、前の学校で成績の良かった私には推薦状が来てしまったのだ。
家族の入学すべきだという押しに耐えきれず、私はイジメられる覚悟を決めた。
だが、そこで予想外のことが起きた。
入学後、私がエミリアにイジメられることはなかった。
それどころか、エミリアはなんとイジメから助けてくれたのだ。
あの時は心底驚いたものだ。
なにせ、あの救いようのないほど性格の悪い悪役令嬢、エミリア・ルドルフォンが私を助けたのだから。
あの時、この世界に転生してから1番心を動かされた。
そして原因を調べた。
そうすると、驚くべきことが分かった。
なんと、「シュベリアッ!」の続編「シュベリアッ!!」の悪役令嬢、ドロシー・アンドレアもこの学園に入学していたのだ。
続編と言っても、ドロシーの出る「シュベリアッ!!」の方は、前作と比べてストーリーが違う。
登場人物は同じだが悪役令嬢だけがエミリアからドロシーに変わっている形だ。
この世界は1作目、「シュベリアッ!」に寄っていて、まさかドロシーがいるなんて思ってもいなかった。
そして、ドロシーが出てきたことでどうもこの世界が私の知っている方向とは違う方向に進んでいるようなのだ。
本来入学早々にカナリアはエミリアからいじめを受けるはずだった。
だが、エミリアの興味はドロシーに注がれているようで、私とは出会うことすらなかった。
エミリアとドロシーがぶつかるたびに、私が知る「シュベリアッ!」の世界から大きく変わっているように見えた。
そのことが分かった瞬間、私の心が跳ね上がった気がした。
エミリアとドロシーという相容れない2人の悪役令がぶつかることでどんな化学反応が起こるのか。
そのことを考えるたびにシュベリアシリーズをプレイした時の高揚感を久しぶりに思い出せた。
そして、エミリアとドロシーの争いは行くところまで行ったらしかった。
この前の誘拐事件。
あそこは、本来のシナリオの山場だったはずだ。
私がエミリアに攫われて、それをアーサー王子が華麗に救出。
そして主犯のエミリアが追放されてハッピーエンドというシナリオだった。
こうして邪魔者がいなくなって、アーサーとカナリアが結ばれてハッピーエンドと言うエンディングである。
それがどうだ。シナリオは全く違う方向に進んでいるではないか。
エミリアとドロシーが互いに誘拐し合って捕まるなんて、今までにない斬新な展開で面白い。
見てるだけでワクワクしてくる。
そして、あの2人の悪役令嬢のことはゲームをやっていた私はよく分かっている。
あの2人があのくらいで和解などする筈がない。
「シュベリアッ!」の先の物語をこの目で直接みることができる。このわくわく感こそ、異世界転生した醍醐味ではないだろうかと思う。
溢れる笑みを必死で抑える。
「もっと見せてね。2人とも」
ちなみに、匿名でエミリアとドロシーが誘拐された場所を通報したのは私だ。
エミリアの方を尾行していた時、彼女が攫われるのを見たのだ。
ドロシーの仕業かと思ったが、彼女もまた誘拐されていることが分かり、急いでアーサー王子に伝えた。誘拐場所は、ゲームの情報から推察できるから、スムーズに救出できたというわけだ。
2人が無事に帰ってきて本当に良かった。
◇◇
季節は廻り、ロゼリア学園に入学してから、初めての冬が来た。
「寒いですね」
息を吐くと、それが白い霧のように宙に舞う。
「今年の冬は冷え込むらしいですからね。ドロシーさまも防寒にはお気を付けください」
執事のセバスが進言してくれた。
「心配してくれてありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。エミリアさんのように騒がしい方といれば嫌でも温かくなることでしょう」
「それもそうですね。エミリア様とはすっかり仲良くなられたようで、このセバスも嬉しく思いますぞ」
「仲良く?何をいってるのですか。セバス?」
「は?何をとは」
「エミリアさんと仲良くしているのは表層上のものですよ。そうしないと、アーサー王子がうるさいですから」
「で、ですが、この前の事件では、ドロシー様はエミリア様を身を挺して守られたと伺ったのですが」
「ああ、あれですか。あれは本当に惜しかったです」
くやしそうに、ドロシーは爪を噛んだ。
「惜しかった?」
セバスは、わたくしの発言の意図が分からず、わたくしの言葉を復唱するしかできないようだった。
「ええ。あの状況、盗賊団のリーダーは逃げ出せるのはエミリアさんだけと判断したようでした。ですが、わたくしも隙を見て逃げ出せる自信はありました。その場合、わたくしは、エミリアさんがわたくしを見捨てて逃げたと訴えることができます。何なら、多少の脚色もできたでしょうね。それはルドルフォン家の弱みになる。その弱みを使ってエミリアさんにアーサー王子を諦めさせることもできたでしょうに。なにせ、アーサー王子は友を見捨てるような人を一番嫌う方ですから」
「そ、そうですか。ですが、エミリア様とまだ敵対しておられるなら、今回の件でエミリア様を欺くことができたのでは?」
「さあ?それはどうでしょうか」
「と、いいますと?」
「彼女もそれなりには成長しているようですから」
わたくしはニコリと微笑んだ。
セバスはよくわからないといった顔をしているが、わざわざ教える気はありません。
それと、わたくしがあの場で嘘をつかなかったことが一つだけありましたね。
それもわざわざ口にだしていうことではないですけれどもね。
◇
「今度は冬の文化祭で勝負ですわ」
「勝負、ですか?一体なんのことでしょう」
エミリアの宣言を聞き、使用人のカスミは首をかしげて言った。
「決まっていますわ。ドロシーさんを今度こそ蹴落とすための勝負ですわ!!」
エミリアは意気揚々と嬉しそうに話す。
「え!?エミリア様、ドロシー様とはもう仲直りされたんじゃないんですか?」
不思議そうに、カスミは呟く。
「何言ってるんですの。カスミ。ドロシーさんはそんなしおらしい方ではございませんわ。あんな表面的な演技に私は騙されませんわよ」
もっとも半年前なら騙されていたでしょうけど、と付け足す。
この半年間、ドロシーの相手をして、彼女の考えが少しづつ掴めるようになっていった。
「作戦会議ですわ。行きますわよ」
そういってエミリアは部屋を出ていった。
「お嬢様は変わったようで変わりませんねぇ」
エミリアがいなくなった後、小さく笑ってカスミは呟いた。
「そうだろうか?」
カスミの独り言に返事をする人物がいた。ルドルフォン家の執事長だった。
「確かにお嬢様の本質は変わらないように見える。だが、ロゼリア学院に入学する前と違ってお嬢様はとても楽しそうだ」
「確かにそうですね」
確かに一見変わらないように見えるエミリアだが、実際は確実に成長している。
そのことは、近くでエミリアを見ていたらよくわかった。
主人の成長に2人は小さく微笑んだのだった。
◇
エミリアの頭にはいろいろなドロシーを失脚させるためのアイディアがあふれていた。
ドロシーに負けないため、勉強面でも頑張っていることが効いているのかもしれませんわね、とエミリアは思う。
「さあ、ドロシーさん、次こそ私の方が上だと分からせて差し上げますわ」
エミリアは嬉しそうに言った。
新たな蹴落とし合い戦争の開幕は近い。
~fin~
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