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7話.村びとの想い

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カイマンの家から帰る途中。
俺は、ミカエラとザックに1人にして欲しいと頼み、村を歩いていた。

坂になっている草むらに腰掛け、景色を見つめる。

山々が見える雄大な自然。
考えごとをするにはちょうど良かった。

カイマンが自分のことをあんなふうに思っていたとは。

いささか自分に対する高評価に居心地が悪い。

なんでこんな自分に期待をするのか。
責任感が重くのしかかる。

俺なんて、ソフィのことを何もわかっていなかったのに。

その時、背後から声が聞こえた。
「よお」

振り向くと、ポケットに手を突っ込みながらこちらに向かって歩いて来るザックの姿があった。

ザックはそのまま俺の隣に座る。

なんだか、粗暴なイメージしかなかったザックが塩らしい態度を見せているような気がして、俺は少し驚く。

だが彼の次の言葉に、俺は目が点になる。

「あー、なんだ。悪かったな」
なんと、あのザックが謝ったのだ。
あの狂犬みたいに、こちらに噛みつき、散々見下していたザックが。

あまりの変化に、情緒不安定なのかこいつ?、とまで思ってしまう。

「んだよ。その顔」
惚けていると、また噛み付くようにザックが言う。

「いや、まさか謝られるとは思わなかったし。けど何に?」
何を謝っているのかという質問だった。
彼は、口は悪いが間違ったことは言っていない。
俺が情けないのは事実なのだ。

「今までの態度だよ。ちょっと傲慢になってたなってな」
「どなたですか?」
俺は首をかしげて問う。
彼の態度は先程迄と比べてだが、別人のようにしか見えなかったのだ。

「そんな風に言われるほどまだ一緒にいねぇだろ!はぁ」
ため息をついてザックは言う。
「目が覚めたんだよ。あのカイマンっておっさんにブチギレられてな」
少しの間、静寂が流れる。
俺もザックの次の言葉を静かに待っていた。

「俺よ、ソフィに告白したんだわ。魔王と戦う直前にな。けど、振られちまった」
「え?…つまり、俺に八つ当たりしてたってこと?」
「うっせぇ!…ハァ、そうだよ。魔王との戦いだ。死ぬかもしれなかったし、自分の思いを伝えときたかった。けどよ。断られた。ソフィのやつ、なんて言ったと思う?憧れの人がいるからダメだってさ」
憧れの奴?
先程のカイマンの話を聞いて自分ではないかと一瞬思うが、直ぐに首を振る。
結局俺は自分自身のことを信じられないのだ。

こんな俺を好きになってくれるはずがないと。


そう思い続けてきたレオのひねくれ具合もなかなかに闇が深いのだ。


「ショックだったぜ。なんせ、あいつの隣に立てるのは、俺しかいないって自惚れてたんだからよ。そんで、ソフィが惚れるなんてどんなすげぇやつかと思って実際に会ってみたら、だらしねぇは情けねぇはでよ。納得いかねぇのわかるだろ」
そこについては、本当に心が痛む。
確かに、初めて会ったときに汚らしい部屋や姿を見せたことを思い出す。
「分かんねぇよ。そいつ俺じゃねぇし」
いじけたように俺は言う。

そんな俺の様子を見て、ザックは溜息をついた。

「今度はお前の番だぜ。話してみろよ」
「へ?」
「お前の話だよ。なんでお前は勇者をあきらめたんだ?」
そんなこと聞いてどうするんだと思う。
またバカにしたいのだろうか。

ザックに舐められていることは間違いない。
だが、誰かに聞いて欲しいという思いはずっとあった。

聞いて欲しいという思いと、聞かれたくないという思い半分半分だったが、俺は話すことに決めた。

ソフィがこの街に来てから騎士団入団試験までの話をかいつまんで話す。

「んだそりゃ。ムカつく話だぜ」
腕組をして、最後まで話を聞いていたザックは吐き捨てるように言った。

てっきり、また馬鹿にされると思っていただけに、ザックの反応は俺にとって予想外なものだった。

「情けないって言わねぇのかよ?」
「あ?言わねぇよ。俺には才能があったからな。お前の立場だったらどうなってたか分からねぇ。もしかしたら、逃げてたかもな」
ザックはイライラした素振りで言う。
実に意外な反応だ。
こいつにも、人の立場に立って考えることができたんなと、ザックが聞いたら怒りそうなことを考える。

「それでも、何もしないくていいなんてのは口が裂けても言っていいことじゃねぇ。騎士道に反した、相手に対しての敬意のかけらもねぇ行為だ」

ザックは、当時の騎士団は魔王軍に追い詰められていて余裕がなかったんだろうと付け加える。

憤慨するザックを見て、俺はザックという人間を誤解していたことを悟った。
ただ、怒りをまき散らすだけではない。
曲がった事を許さないうざいくらい真っすぐなだけなのだ。

昔の俺みたいな。

「本当にそう、なのか?」

口をついて出た言葉は、ザックがいつも俺に言うように情けない声だった。

馬鹿だった昔の自分。
それを思い出すと、無性に否定したくなったのだ。

「あ?」
怪訝そうな顔をして、ザックがこちらを振り返った。

「俺がいなきゃソフィは、もっと強くなってた。もしかしたら、魔王の呪いにかかることもなかったかもしれない。それで魔王を倒して」

そんな俺の様子をみて、ザックは呆れたような顔をする。
「お前がいないくらいで何とかなるような簡単な旅じゃなかったつーの。それこそ馬鹿にすんなよ」


そういってザックは立ち上がると、近くに落ちていた小枝とクワを拾い上げた。

そして、クワを俺の方にポイッと投げた。
俺はこっちに向かってくるクワを慌てて受け取る。

「なんだよっ」
俺はザックの行動の意味が分からずに言う。

「かかってこいよ。剣の試験じゃ悪くなかったんだろ」
「は、はぁ!?」

困惑をして動けない俺に対し、ザックはこないならこっちからいくぞといって小枝で襲い掛かってきた。

クソッ。なんだよコイツ。俺のこと散々バカにしようとしたと思えば、励まそうとしたり、突然おそってきたりわけわかんねぇ。

小枝とはいえ、勇者一行の一員が襲い掛かってきているのだ。
命の危機すら感じた。
その感覚に体が反応し、俺はクワを剣に見立てて構える。

枝とクワの柄の部分がぶつかり合った。

簡単にへし折れそうな枝なのに、まるで鉄と打ち合っているのではないかと錯覚するほど硬かった。

どうなっているのやら。
おそらく、そういう不思議なことは、魔法なのだろうとは思うが、それ以上のことは何もわからない。

枝とクワが再度ぶつかる。

こうやって誰かと戦うのは、いつ以来か。

多分王都での剣の試験が最後だ。

そして、その前はソフィ以外と戦ったことはなかった。
思えば、実戦経験が著しく足りていないのだ。


だが、そんなことはもう関係ない。
相手は、勇者一行の1人。相手の動き以外の事に集中する余裕はない。

「鍛えてないやつの剣じゃねぇな。お前、この3年間剣続けてただろ」
ザックが言った。
「別に!気晴らしにクワをよく振り回してただけだよ」

嘘だ。染みついた習慣が、剣を握りたいと、勇者になりたいという未練に近い思いが、空いた時間に俺にクワを振るわせてただけだった。

だから、3年前の感覚をかろうじて忘れないで済んでいるだけの、その程度のものでしかない。

向上心でもなんでもない、虚しい心残り故の行動に過ぎない。

結局俺は、3年前のあの時からずっと止まっているのだろう。

自分の夢の落とし所が分からなくて、迷子のように彷徨っている、まるで夢の亡霊だ。


その先を考える暇もなく、攻防は続く。

何度か枝とクワがぶつかり合ったのち、一瞬ザックの攻撃が止まる。
その隙に攻撃に転じた。

だが、結局俺はザックに一撃も与える事はできなかった。

思えば、一瞬ザックの攻撃が止まったのもわざとだ。

あの後、俺は自分の体力が尽きるまでクワを打ち込み続けた。
だがザックからの反撃はなかった。
ただ、小枝で俺の剣を受け続けていただけだった。

まるで指導試合のように、戦局を全てコントロールされていたのだ。

いや、ザックにとっては指導試合以外の何でもなかったのかもしれない。

俺は体力がつき、地面の上にあお向けに大の字で倒れた。

息が大きく乱れていた。
一方のザックを見ると余裕の顔で、当然息一つ切らしていない。

かなりはげしく動いていたつもりなのに、やはり同じ人間とは思えなかった。

「どうだよ、少しはスッキリしただろ」
「ハァハァ、何がだよ」
「考えすぎってことだよ。そういうときゃ体動かした方がいいぜ」

そう言われて気づく。
確かに何か毒が抜かれたように少し気持ちが晴れやかだ。
思いっきり剣(クワ)を振り回したからだろうか。

勇者をがむしゃらに目指していたあの時の感覚を思い出し、目を閉じる。

あれは、俺の誤ちの行動だったはずだ。
本当に?

また気持ちが揺らぐ俺を見てザックは言った。

「お前にいい話をしてやるよ」

そう言ってザックは語る。
それは、勇者ソフィの冒険の一幕であった。





それは、魔王軍の幹部グランディアとの決戦の日のことだった。

グランディアは、それまで戦ってきた魔王軍のなかでも1番の強敵だった。



一度負けたこともあった。

そんな強敵との再戦。

兵士たちの士気は決して高くなかった。

そんな様子を見かねたソフィは言った。

「勇者の心得その12、”強さは心の中に宿る。勇気を持てば、どんな困難も乗り越えられる。”っていうでしょ。確かにグランディアは強敵だけど、決して勝てない相手じゃない。みんな頑張ろう」

「いや、言わねぇだろ。誰の言葉だよ」
「そう?私が一番信頼してる人がいってたことなんだけど。でもいい言葉でしょ」

そう言ってソフィは少し悲しそうに笑った。

「それに、勇者の心得8"勇者とは弱者を守り、強者に立ち向かう者である" ともいうしね。いざとなったら私が皆を守るから」

「だから言わねぇって」

その言葉通り、ソフィは仲間を守りながらグランディアを倒した。

その時だけではなかった。
窮地に陥るたび、その謎の心得とやらを言って自分を鼓舞するソフィの姿をザックは何度も見てきた。










「カイマンのおっさんやお前の話を聞いて分かったぜ。ソフィが、ずっと言ってた勇者の心得。あれはお前がいってたことだったんだな」

俺の考えをソフィをずっと信じてくれていたんだ。
それなのに、俺は。

「お前が無駄だと思ってたことは、ぜんぶソフィの支えになってたんだよ。そんで、それが俺ら勇者一行の指針になってんだ。全部繋がってたんだよ。無駄なんかじゃねぇ。間違ってもお前はそれを言っちゃいけねぇんだ。それでもまだお前は何もしないことが最善だなんて言えるのか!?ソフィをこのままずっと1人にしとくのかよ!!」

信じられなかった。
けど、そんなことを聞かされて、心が動かないわけがない。

ソフィを助けたい。
ずっと俺なんかの言葉を信じて、動いてくれた少女の力になりたい。だけど俺にできることなんて

「でも俺は…なんの力も才能も」
「確かに、才能は大事だ。戦場ってのは綺麗事の通用しねぇ実力だけの世界。弱いやつはいちゃいけねぇ。けど今は違うだろ」
「え?」
「今は、お前の力が必要なんだ。今回に限っちゃ俺もミカエラもできなかったことをお前はできるかもしれねぇんだぜ」
「それは」
「同じ英雄に憧れたバカなガキだったよしみで言わせてもらうがよ、こんなお得な立場はねぇんじゃねぇか?最後にちょっと勇者の手助けをするだけで、大活躍ができるんだからよ。お前は勇者を助けて英雄になっちまえよ」

そう言ってザックは背を向けて、手をヒラヒラと振りながら去っていった。

俺は、その背中をずっと見ていた。



◇◇


その日はもう遅かったので、ソフィの件は明日話し合うこととなった。

ミカエラとザックは、俺の家に泊まることとなった。

俺の両親は、初めは驚いていたが、ソフィの為と分かると滞在を二つ返事でOKしてくれた。

うちの財政状況は決していいとは言えない。
だが、できる限りのご馳走で勇者一行をもてなすあたり、やはり人のいい両親なのである。

その夜。
俺は一晩考えを巡らせた。

ザックと戦って、ごちゃごちゃとしたノイズが晴れたように感じた。

その上でちゃんと向き合おうと思った。
俺の根底にある想いと。

それは、やっぱりソフィを助けたいという気持ちだ。

それさえあればよかったんだ。
今更気づいた本当の気持ち。

今度こそ一緒に。

そう思い、眠りにつく。

だが、事態はそううまくはいかないらしい。
どんな時だって、希望という光の道筋の前には必ず絶望的な困難が立ち塞がっている。

それが、勇者という英雄に課せられた運命なのだ。

そして、その勇者を助けようとしている村人の俺もその運命に巻き込まれようとしているのだった。




次の日。
両親は、朝早くから畑を耕しに出かけた。

俺は、ソフィを助けたいことを改めてミカエラに告げた。

ミカエラの精神魔法の準備が整い、いざソフィの精神世界の中に入ろうとしたその時。

ズズと空気が振動した気がした。

その一瞬、ミカエラとザックが振り向き、とても深刻そうな顔をして、臨戦体制に入る。

「え」

どうしたのか分からず、俺も2人につられてそちらを見た。

そこには、悪の権化がいた。
禍々しい黒い闇の中から、1匹の怪物が現れた。

一瞬で震えが止まらなくなるほどの邪悪な気配。

次の瞬間、体が揺れた。

ザックに担がれて、高速で家の外に引きづり出されたのだ。

ザックの靴底と地面が摩擦し、ザザザザという音を立てて、勢いが止まる。

俺が何が起きたのか分からず、自分の視界の前にある家を見たその瞬間、俺の家は粉微塵に吹き飛んだ。

「なっ!?」

隣を見ると、ミカエラはソフィを担いで外に出ていたらしい。

ゆっくりと黒い影が宙へ浮かぶ。
「久しぶりだな。勇者一行」


「なんてことだ」

「こ、こいつは一体」

「見りゃわかんだろ」

「魔王ゼクロス」

そこに立っていたのは、俺がずっと倒そうと夢見ていた存在。
恐怖の象徴そのものだった。








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