46 / 74
2章:セントフィリアの冒険
42話.古城の防衛戦⑦:終幕 後編
しおりを挟む
かつて我はこれ以上ないほど満たされていた。
悩みなどこれっぽっちもない
「ほらよ」
城の周囲に出現したという蛇の魔獣を一人で狩って我が城の前に放り投げた。
エキドナと言ったか。蛇の下半身に女性の上半身を持つ魔獣だ。
人間で言うところのS級魔獣らしいが、我にとっては雑魚だ。
我が縄張りに知ってか知らずか入り込んで来たので駆除してやった。
エキドナに怯えていた使用人たちは敬服と畏怖の目で我を見る。
同じく真祖の吸血鬼である父ですら、我には及ばぬ。
我が力を誇示する度、苦い顔でそそくさと自室へ去っていった。
我は真祖と呼ばれる吸血鬼の中でも天才として生まれた。
まさに最強。
その響きはとても気持ち良かった。
「遺体をかたずけてまいります」
「まだ殺していない。そやつはなかなか面白い魔術を使っていた。調教してペットとして連れ歩く。牢にでもいれておけ」
「はい、わかりました」
ニコリと笑って使用人はエキドナの体を抱えていった。
その使用人は優秀だった。言えば何でもこなしてくれる。
何より美女だ。
話し方のアクセントが少し独特で、違和感はあったが些細な問題だと思っていた。
だが、今にして思えばその段階でその使用人をクビにすべきだった。
その女が給仕として我が屋敷に仕えるようになったあの日までは。
◇◇
「あららぁ」
袖ごと切れた服をまるで物珍しいとでもいうように、
余裕の表情で真蜘羅は眺めていた。
我が奴の罠をぶち壊し出し抜いて、腕を切り落としてやったというのに本当に癪な触るやつだ。
「真蜘羅さまっ!!」
心配で駆け寄ろうとする紫苑を制止する。
「久しぶりだな。真蜘羅ぁ」
「まったくその通りやね。カーミラちゃん。こうして向かい合うとあの日の事を思い出すわ。もっとも今は前と違うてそっちが格下やけどな」
立場逆になってもうたな、と真蜘羅は付け足した。
「はっ!蜘蛛の王だが魔獣四王だかになったからって調子に乗るな。結局どこまでいってもお前は相手の油断を突くしか脳がない小物のままだろう?皇帝は我、カーミラ様だ」
「仮にも魔族の上位種が腕をたった一本落としたぐらいで調子乗りすぎや。めでたいのは相変わらずやね」
「言ってろ。すぐにわからせてやる」
ダンッと地面を強く弾くように飛ぶ。
地面に粘着性の糸があっても引き剥がして飛べるように。
手に持っている大鎌を豪快に振り回し、勢いをつける。
真蜘羅が手を振りかざすと、細い蜘蛛の巣が自分の目の前に展開された事を、カーミラは見逃さなかった。
タナが持っていた超感覚で肌から糸の存在を感じることもできたが、もはや不要だ。
タナの感覚は、肌に攻撃が当たる瞬間ゾワリとした感触が起こるらしい。
おそらく、昔山で暮らしていた時に危険を察知するため、慎重に行動しすぎた結果発現した感覚なのだろう。
だがそんな臆病さを利用するような戦い方など皇帝たら自分には相応しくない。
持ち前の魔力で強化した目で糸の存在とその性質を見破り、あえて突っ込む。
タナの肉体は、サイコロのように四角に切断された。
だが、問題なし!
舌なめずりをして、飛び散ったタナの血を舐める。
それにより吸血鬼真祖の特性、超回復の効果が跳ね上がり、瞬く間に散らばった肉片は再生を終える。
そのまま、勢いをつけた鎌を思いっきり振り下ろした。
大地が揺れ、砂煙が大きく舞い上がる。
辛うじてかわされはしたが、糸が切れる感触がした。
見たところおそらく通信用の糸。
あの糸で他の魔獣四王と連絡を取っていたのだろう。
「これでお仲間は呼べないなぁ。おい」
「…ちっ」
珍しく真蜘羅が舌打ちをした。
笑いが止まらないなぁ。あの憎たらしくも相手を一方的に手のひらで転がして地に落とすペテン師を翻弄できているのだから。
真蜘羅は至近距離まで近づいた私を捉えようと先の尖った巨大な糸の柱を左腕を失った袖の中から出してきた。
その糸は蛇のようにうねりながら我を襲う。
ふふ、無駄だぞ、全て見えてる。
この体は目もいい。
体を捻ってかわし、真蜘羅の懐に飛び込む。
そして、思い切り真月を振るった。
狙いは足だ。真蜘羅の足は切り飛ばされ、地に落ちる。
ガクッと真蜘羅の体が沈む。
バランスが崩れたな。
「ククッ、そんなものか。ランクオーバーSが聞いて呆れる。やはりこの体を選んで正解だったようだ。ここまで貴様を翻弄できるとはな。私不在の間の王座の番ご苦労。そろそろ代わってやろう」
本当に長かった。
この我ともあろうものが下賎な蜘蛛ごときに不覚をとり、王座を引きずり下ろされた。だが天は我を見捨てていなかった。
天性のバネに戦闘センスを持つタナの肉体。
そこに私の魔力が加われば、どんな策も通じない無敵の怪物が生まれる確信があった。
いや、そもそも天が私を新たなるステージへと導くために私を一度地に堕としてくれたのではとさえ思える。
先程かわした尖った糸が軌道を変えて背後から襲ってくるのがわかる。
前方からも新たな糸が襲ってくる。
無駄だ。無駄。
真月を振り回し、全ての糸を切り落とす。
「終わりだな、真蜘羅。我が覇道の踏み台よ。我こそが貴様を超える新たなランクSオーバーの怪物だ」
だが、とどめの一撃を喰らわそうとしたその時ガクッとバランスが崩れ、体の動きが止まる。
なんだ?地面に糸はないはず!?
「やっぱあんたなんも変わってないんやね」
下を見るとさっき切り落とした真蜘羅の腕だ。
胴体から切り離された腕がガッチリと私の足を掴んでいたのだ。
「いつの間に!?」
先程我が切り落とした糸の柱の中に紛れ込ませていたのか!?
神経がなくても腕は糸で操ればこいつなら動かせる。
だが、まだ真月の刃は届く距離。腕力で
だが、真蜘羅は私の動きが止まったその隙を逃さなかった。
真蜘羅はダンッと踏み込み、持っていた刀で私の腹を切り裂いたのだ。
「がっ」
腹が裂け、吐血する。
馬鹿な。確かに足を切り落としてやったはず。
足元を見ると、そこには白い足があった。
あの一瞬で糸で義足を作ったのか!?
「くだらない悪あがきを」
「悪あがきちゃうよ。反撃や」
真蜘羅がにやり嫌らしく笑った瞬間、真蜘羅を見失う。
…バカな。奴の動きは私より遅いはず。見失うわけが。
「遅いで」
困惑の一瞬、背中を斬られ、血が吹き出した。
馬鹿な。あんな義足で私より早く動けるわけが。
MP消費覚悟で腕に膨大な魔力を込めて、思いっきり振るう。
腕が魔力に耐えきれず、筋肉の筋が切れる感触がした。
だが、その最速の一撃すら当たらない。
「当たるわけないやろ。我は蜘蛛の王。すばしっこさなら魔獣四王1や」
だが、私の背に刃を突き立てたこの一瞬、この時なら当てられる。
「くっ」
再び魔力を腕に込め、真月を思いっきり振るう。
だが、真蜘羅は指から蜘蛛の巣のような形態の糸を発射し、真月の柄にぶつける。
その糸は粘着性と伸縮性があるようで真月の柄に当たると伸びて地面にくっつき、腕を振るう勢いを殺した。
そして、真蜘羅はその隙に再び私を刀で斬りつけた。
流れるように一瞬でその一連の動作を行ったのだ。
避けれるわけもなく、私の身体からまた血飛沫が当たる。
「貴様!先程まで手を抜いて」
「なぁ、カーミラちゃん。人が1番自分の強さを見誤る時っていつやと思う?初めて剣を持つとき?それともスランプに陥った時?あるいは最強の存在と真っ向から向かい合ったときなんかもあるかもしれんなぁ?」
「くだらん!自分が最強だとでもいいたいのか!?」
話の意図は分からなかったが、あえて返答する。こうして話している真蜘羅の刀で斬られ続けているが、まだ余裕だということを示し続ける為だ。
実際ここまで斬られ手もまだ超回復で回復できる。
喰らえ。
真月の鎌の部分の根元には私の頭蓋骨がある。その頭蓋に巻き付いている薔薇の茎は我の魔力に反応して操れる。
魔力を薔薇に込めて急成長させる。
薔薇のトゲのある茎が一斉に伸び後ろにある古城と比べても変わりがないくらいの長さにまで伸びる。
そのとげ付きの薔薇でまずは動きを止めてやろう。そこからこの世に生まれてきたことを悔いるほどの辱めを与えてから亡き者に…
だが、ピタリと真蜘羅を襲っていた幾本もの茎の動きが止まる。
そして止まったと思ったら一斉に薔薇はバラバラに切り落とされた。
「な、ばかな。なにを」
いや、何をしたかは分かる。見えないほどの糸で薔薇の動きを止め、さらにワイヤーのように鋭敏さのある糸で切り落としたのだろう。
だが、我の魔力を込めた薔薇を止めるとは。
かつて私を殺した時はそんな芸当はできなかったはず。
「ほな、答え合わせといこか。人が一番自分の強さを見誤る瞬間。それはな。覚醒の途中や」
「あ」
「覚醒して自分の強さに酔ったあんたの動きはそら読みやすいったらなかったわ。ちょっと遅く動いて足の1本や2本くれてやったら面白いように調子に乗ってくれたしなぁ。おかげで簡単に我のふところに入ってくれたしなぁ。ありがとさん」
そこまで真蜘羅が言ったとき、全身が一瞬で切り裂かれる。鋭敏にした糸で俺の体を一気に切り刻んだのだ。
我の回復がワンテンポ遅れる。
その後は一方的だった。
下卑た笑顔で笑われながら、ネギでも切るかのように刀で何度も何度も切り刻まれた。糸でもすり潰された。回復限界のギリギリまでまで斬った後は少しペースを落とし、回復してきたらペースを上げて何度も何度も。
まるで獲物が苦しむ様を楽しむように。
「リベンジお疲れ様。カモちゃん♡」
そして、我の回復能力に限界が来たとき、嬉しそうにスッキリしたような顔で真蜘羅はそう言ったのだった。
◇◇
体は動かず、地に倒れ伏す。
真蜘羅の言う通りだった。何も変わっていない。何も。あの時のままだ。
切り刻まれていた時、走馬灯のようにあの日の出来事が浮かんできた。
朝起きると使用人は誰もいなかった。執事もメイドもだ。
父も姿を見せなかった。
「父上?カーシー?ドイル?おい!誰かいないのか」
「ここにおるよ。皇帝様」
薄ら笑いを浮かべて我の後ろに立っていたのはあの使用人だった。
バサリと音を立てて使用人はメイド服を脱ぎ捨てる。その下には白装束に蜘蛛の巣の刺繡が入った着物を着ていた。
脱ぎ捨てられたメイド服は目の前の女の後ろにいたやつが回収する。
彼女も確か最近雇った使用人だ。名前は確か紫苑。
「ま、真蜘羅さま。がんばってください」
そう言って紫苑は去っていく。窓から外を見ると大量の蜘蛛たちに囲まれているのが分かった。
「貴様ら!何者だ!!」
「我は真蜘羅。真の修羅を歩くいずれ蜘蛛の王になるものや。あんたのお仲間は全員拘束させてもらったわ。
「こんなことしてただで済むと思うな」
「我がどうなるかはあんた次第やな。ここは我が直接頑張らないけない局面やし。ってなわけで、始めよか。一騎討や。
皇帝様のお命、頂戴するわ」
そうして最強の吸血鬼である我、カーミラは負けた。
命までは何とか失わなかったものの、真祖の家系として築き上げた財産はすべて失った。
豪華な城。莫大な財産、強力な兵力、真祖の肉体など全てを。
だが我は純粋な勝負で負けたとは思っていない。奴は我が動揺しているところに無数の罠をしかけてきた。
城中にだ。
我は戦闘中何度も転ばされ、動きを止められ、幻術にかけられ、毒で弱体化させられた。
そうやって罠で力を削り取られ、最後に負けたのだ。
次は真っ向から力で圧倒してやる。そうすれば負けるはずがない。
冒険者タナ・アルティミスと出会えたのは幸運だった。彼の目には底知れない狂気を感じた。
この肉体を奪えば必ず復讐できる。
そう思って憎しみをつのらせてきた。憎しみは魔力へと変わり力となった。
だが、長年待ち望んだこのリベンジも、結局
目の前のペテン師の手のひらの上で終わろうとしている。
なんだったんだ。我の憎しみは。
なんなんだ。この化け物は。
我は最強だったはずなのに。何をしても思い通りにいかない。空回りさせられて、殺される。
逃げなければ。はや
"みっともないな。"
頭の中で声がした。
は?
"逃げんの?"
見ただろう。あいつは化け物だ。相手の心理を完璧に読み取って支配してくるペテン師だ。何をしてもいいように転がされて終わる。
勝てるわけがない
"お前、バカか?"
なっ!?
"そのペテン師を出し抜けるのは俺たちだけだぞ。"
どういう
"お前が俺と入れ替わって腕を切り落とした時。あいつは間違いなく反応できてなかった。その証拠に通信の糸は斬れてる。動揺してたんだ。俺たちは俺とお前、今2つの心理を持ってるんだ。流石のあいつも2人分の全く違う心理を読むことはできないんだ。俺たちは、今あいつの、魔獣四王・真蜘羅の天敵になりうる存在になってるんだぞ。それでもお前は逃げるのか!"
我は
お前も俺も、考え方は全く違う。けど目的は一致してるだろ。だからいいんだ。力を貸せ!手本見せてやるよ。
勝負は一瞬。真蜘羅が勝利を確信した瞬間だ。
「終わりやね。あんたには王に最も必要な素質が欠けてるわ」
真蜘羅が剣を振り下ろそうとする瞬間。ここ!
"かわれっ!!!"
肉体の主導権が再びタナ・アルティミスに戻る。
肉体レベルは過去最高。
吸血鬼真祖の力が体全体にみなぎり、力が溢れている。
気持ちもお互い何ひとつブレていない。
俺たちを結ぶ契約の根幹となる気持ち。目的。
「狩る!殺す!」
タナは歯を剥き出し笑った。
真月は勢いよく一直線に真蜘羅の喉元へと向かう。
「そのくらい読んでるわ」
真蜘羅は糸の盾を生成する。それで防ぐ気で準備していたのだろう。だが。
タナは思いっきり地面に踏み止まる。
そして、スピードを落とさずそのまま一回転して横から再び真蜘羅の首を狙う。
「!!?」
糸の盾でタナの動きを止める算段だったのだろう。
いや、我なら捕らえられると思っての防御か。
見くべられたものだが確かに二つの人格がある今の状況は奴にとっては想定外。
真蜘羅の顔に明らかに動揺の色が映る。
「天性の肉体のバネ」
そしてタナは流れるように一回転して遠心力をつけ、再び真月の刃を真蜘羅の首に突き立てようとする。
咄嗟に真蜘羅はその鎌を腕でとっさにガードした。
だが、読んでいたわけじゃない。反射でガードしただけだ。
真月の刃は真蜘羅の腕を貫通した。
そして、刃は真蜘羅の喉元まで迫る。
「っ…人化解除っ!!」
真蜘羅が叫ぶと同時に彼女の下半身が蜘蛛の足と胴体に変化していく。
途端に今まで抑えていたかのように大量の邪悪な魔力が流れ出す。
その魔力で右腕の筋肉を強化したのか、真月の勢いが止まる。
この化け物、まだ手を抜いていたのか。
「タナ君…だっけ。カーミラちゃんと違うて君は良いね」
「そりゃどーも」
ここから先は読み合いではない。完全に力と力の勝負だ。
真蜘羅本人が苦手と言っていたシチュエーション。
僅かにタナの方が押している。我の魔力での筋力アップに人間どもの能力底上げ魔法が加わっているのだ。
さらには真蜘羅は左腕を失っている。
またとない好機。こうなったら我ももうタナに託す。押し切れ。首を跳ねろ。我ら吸血鬼の無念も込めてこいつをぶっ殺す。
「…くっ」
ズブズブと真蜘羅の腕に真月が食い込む。
このまま真蜘羅の腕を切断し、首を切断できる勢いだ。
だが、この膠着時間。こんなに時間を与えるのは危険とも言える。
それはタナだって分かっているはずだ。一刻を争う場面。
だというのに真蜘羅もタナもこんな状況だと言うのに互いに笑っている。
イカれてるよ。まったく。
「やれ。いけ」
その時、タナにバフ魔法がかかる。
モアが糸に捕まりながらもタナに魔法をかけたのだ。
タナの体にかかる多大な負荷を無視しての強化魔法。
タナの肉体のスペックが急激に上がる。
だが、これでタナは数分後には戦闘不能だろう。それくらい反動は大きい。
人間の倫理観ではあり得ない他人に対しての捨て身の強制。
だが最高の判断だ。めちゃくちゃいいタイミング。
今のタナなら押し切れるはずだ。
だがタナは動かない。
真蜘羅の方を見ると奇襲で崩れた体勢をすでに整えていたのだ。
なるほど。このままただ首を取りにいくだけでは、なんらかのカウンター戦術で殺されて終わり。
だが、タナも必殺の間合い。
フェイントでいくらでも刃を当てられる。
瞬発力の高い肉体のバネもアドバンテージだ。
この位置なら実力差はあまり関係ない。もはや運とすらいえるアドリブの勝負。
2人は動かない。
こんな時でも2人ともまだ楽しそうだ。
沈黙が流れた。2人の緊張感は武力のある全てのものに伝わっている。
全員が目を惹かれ、勝負の行方を固唾を飲んで見守る。
まず動いたのはタナだった。真蜘羅の腕が切り飛ばされ、それが決戦の合図。
さらに強く地面を踏み込み、
鎌の刃は今までにない超スピードとなって真蜘羅の首に結向かう。
それに対して真蜘羅は蜘蛛の糸を展開させた。
だが…
その糸を真蜘羅がどう使うつもりだったのか、誰も理解することはなかった。
スカッと真月の刃が宙を空ぶる。
「……」
その場の誰もが驚愕の顔をする。あの真蜘羅でさえもだ。
これは…幻術
「……」
真蜘羅は無言で刀を抜き、タナを斬る。
また糸で義手をつくったようだ。
そうしてタナは倒れ、呆気なく戦いの幕は下がったのだった。
「…紫苑」
「…はい」
「君やね。邪魔をしたんは」
「は、はい。カーミラが復活した瞬間から気づかれないように幻術をかける準備をしていました」
「なんで?」
「あ、あの男は、タナ・アウグスモンドは必ず何かやる。それが真蜘羅様の想定を超えかねないと判断しましたから。しょ、処罰は如何様にも、受けます」
「……いや、ええよ。いつもどんな手を使っても勝てって命令しとるんは我や。正々堂々なんてもんにも興味はないし。大体向こうは何人も寄ってたかってきとるし」
そう言いつつも納得がいって無さそうな表情で真蜘羅はタナを糸で拘束した。
こうして古城の防衛戦は終結した。
死者0人。
重症者複数名。
魔獣四王・真蜘羅は自由の騎士団タナ・アルティミスとモア・アウグスモンドを幽閉した。
その事実は1日で世界中に広がった。
◇◇
タナとモア率いる人間の軍が捕まってから1日後。
王都はその話題で持ちきりだった。
「おい、とうとうやりやがったぞ。魔獣四王の奴ら。自由の騎士団を2人も」
「進軍の前兆なんじゃ。奴らこうやって俺たち人間の軍の戦力を削って一気に攻め込む気だ」
「いや、待て待て。俺は攻撃を仕掛けたのは人間軍側だって聞いたぞ!?」
「はぁ!?なんでそんなバカな真似を!?めちゃくちゃ藪蛇じゃないか!王は何を考えているんだ?」
「いや、なんでも今回の進軍は貴族共の独断らしいぞ」
「なに!?ほんっとあいつら。まじどうしようもねぇ」
「あんな奴らをいつまでものさばらせておくからこういうことになるんだ。これで魔獣四王の怒りを買ってたら、いつ攻められたっておかしくないじゃないか!!」
「ルナ様も貴族をどうにかされようとしているのは知っているが、貴族の権力が強すぎて難しいらしい。だが、だがよ!あんな奴らの馬鹿な奴らを野放しにしてたら巻き添えでこっちも死ぬかもしれんぞ。いっそ蜂起でも起こすか?魔獣四王に比べりゃあんな奴ら怖くない」
話の内容は魔獣四王の恐怖半分。そして、その魔獣四王を刺激するようなことをした貴族に対する怒り半分といったところだ。
今まで貴族に対して高い納税や理不尽な命令など散々苦しめられてきた彼らだ。
その憤りもあるのだろう。国民たちの貴族に対する不満はもはや爆発寸前のところまできていた。
そして、今行われている王宮の会議でも貴族に対する不満がありありと見える。
「なぜ五大貴族共は我々に黙って進軍などしたのだ。大体誰か止められなかったのかっ!」
「奴ら進軍ギリギリまで情報を隠していたようで」
「クソっ!中途半端に悪知恵が回る奴らだ。その知恵があってなぜ世間の常識に思い至らないっ!」
国王派の家臣たちは不平不満を隠す気はないようだ。
王宮などでの会話はいつ貴族の耳に入ってもおかしくない。そのため、彼らも普段は貴族の命に対して反論があっても、まずは意見を尊重し肯定した上で、それとなく代案を出すというものがほとんどだった。
それがこのありさまだ。
「タナ殿もモア殿も強大な力を持つ方々。向こう側にもそれなりの損害を出した筈。となると、魔獣四王たちの怒りを買ってしまっていたとしても全く不思議ではない。いえ、彼らに人族からの宣戦布告と捉えられてもおかしくないでしょう。その場合、我ら人族は滅ぼされ、未来永劫災害に喧嘩を売った愚かな種族として笑われ者になることでしょう。いったいどうしたらいいのだ」
皆の前ではいつも冷静沈着な王ですら、その意見に対して何も答えられない。
その通りだと分かっているのだ。
「今まで…ルナが貴族の暴走を止めるため色々手を尽くしてくれたが…。私の代からももっとその活動を積極的に行うべきだったのか。いやしかし…」
王はチラリとルナの方を見る。
また私を抱きしめて泣きたいという顔をしていますね。
呆れた思いでルナは父の方を見返した。
「皆さん、静粛に」
ルナはわざと力強く手を叩き、大きな音を立てる。
まずは皆を落ち着かせようという考えだ。
「今まで出た意見は全て憶測のものにすぎません。今回起こってしまった出来事は私も悔やみきれません。ですがあれこれ妄想して、悲観的になっても仕方ないでしょう。まずは事実を受け入れ、対策を練るために現状を把握するところから始めるべきです」
「そんな悠長で大丈夫なのでしょうか。確かに冷静になるべき…というのは分かりますが」
「はい。少なくともまだ絶望する時ではありません。その証拠に…皆様に朗報があります。先日テイマーから報告がありました。隊を率いたモア・アウグスモンド、タナ・アルティミス、そして、1万の兵たちは皆生きていると」
おお、と歓声が上がった。
「生きている、とはいったいどういうことでしょうか。魔獣四王側に彼らを生かすメリットがあるとは思えませんが」
「それは分かりません。ただ彼らは皆、魔獣四王が集まった古城の地下に幽閉されているようです。その思惑を図ることは私たちには現状不可能でしょう。ですが、それでも私たちにできること、いえしなくてはならないことがあります。それは謝罪と対話です。このまま何もしなければ、それこそ本当に宣戦布告と捉えられて私たちは滅ぼされてしまうでしょうから」
「謝罪と対話といっても一体だれが?奴らと対等に話し合えるものがいるとはとても…ただ、彼らに誠意を見せるという意味でしたら…」
発言した宰相はちらりと王の方を見る。誠意を見せるという意味では下っ端が行けば、軽んじられている、と捉えられるかもしれない。
とはいっても生きて帰れる保証が欠片もない死地に影響力の大きい権力者を向かわせることはできない。だから、言い淀んだのだろう。
「それでは私が行って参ります」
「は?」
その場が静まり返り、一斉にルナに注目がいく。
「ル、ルナちゃん?今なんて?」
父がいつも人前でのルナの呼び方さえ忘れて、唖然とした顔で尋ねた。
「ですから、私、ルナ・リリベスティ・クリスティナが王家代表として魔獣四王たちに話をつけてくる、と申したのです」
ニコリと笑ってルナはそう言った。
____________________
読んでくださりありがとうございます。
今回は予定の投稿日より二日も遅れてしまいました。
申し訳ありません。
次の投稿ですが、来週はお休みをいただいて
8月19日(土)※延長
にしようと思います。
話のストックが切れました。(´;ω;`)
さて、今回の話ですが、真蜘羅もカーミラも一人称が我ですが一人称が同じ理由は特にないです。
伏線とかでもないです。
少しわかりずらいのはすみません。
また、真蜘羅が使っている刀は日本刀です。作品内で日本という概念はないため、刀と書きました。
最期にもし気に入っていただけたのであればお気に入り登録お願いします。
また、真蜘羅VSタナ&カーミラがどうだったかなど感想気軽にしてくてくれると嬉しいです。
悩みなどこれっぽっちもない
「ほらよ」
城の周囲に出現したという蛇の魔獣を一人で狩って我が城の前に放り投げた。
エキドナと言ったか。蛇の下半身に女性の上半身を持つ魔獣だ。
人間で言うところのS級魔獣らしいが、我にとっては雑魚だ。
我が縄張りに知ってか知らずか入り込んで来たので駆除してやった。
エキドナに怯えていた使用人たちは敬服と畏怖の目で我を見る。
同じく真祖の吸血鬼である父ですら、我には及ばぬ。
我が力を誇示する度、苦い顔でそそくさと自室へ去っていった。
我は真祖と呼ばれる吸血鬼の中でも天才として生まれた。
まさに最強。
その響きはとても気持ち良かった。
「遺体をかたずけてまいります」
「まだ殺していない。そやつはなかなか面白い魔術を使っていた。調教してペットとして連れ歩く。牢にでもいれておけ」
「はい、わかりました」
ニコリと笑って使用人はエキドナの体を抱えていった。
その使用人は優秀だった。言えば何でもこなしてくれる。
何より美女だ。
話し方のアクセントが少し独特で、違和感はあったが些細な問題だと思っていた。
だが、今にして思えばその段階でその使用人をクビにすべきだった。
その女が給仕として我が屋敷に仕えるようになったあの日までは。
◇◇
「あららぁ」
袖ごと切れた服をまるで物珍しいとでもいうように、
余裕の表情で真蜘羅は眺めていた。
我が奴の罠をぶち壊し出し抜いて、腕を切り落としてやったというのに本当に癪な触るやつだ。
「真蜘羅さまっ!!」
心配で駆け寄ろうとする紫苑を制止する。
「久しぶりだな。真蜘羅ぁ」
「まったくその通りやね。カーミラちゃん。こうして向かい合うとあの日の事を思い出すわ。もっとも今は前と違うてそっちが格下やけどな」
立場逆になってもうたな、と真蜘羅は付け足した。
「はっ!蜘蛛の王だが魔獣四王だかになったからって調子に乗るな。結局どこまでいってもお前は相手の油断を突くしか脳がない小物のままだろう?皇帝は我、カーミラ様だ」
「仮にも魔族の上位種が腕をたった一本落としたぐらいで調子乗りすぎや。めでたいのは相変わらずやね」
「言ってろ。すぐにわからせてやる」
ダンッと地面を強く弾くように飛ぶ。
地面に粘着性の糸があっても引き剥がして飛べるように。
手に持っている大鎌を豪快に振り回し、勢いをつける。
真蜘羅が手を振りかざすと、細い蜘蛛の巣が自分の目の前に展開された事を、カーミラは見逃さなかった。
タナが持っていた超感覚で肌から糸の存在を感じることもできたが、もはや不要だ。
タナの感覚は、肌に攻撃が当たる瞬間ゾワリとした感触が起こるらしい。
おそらく、昔山で暮らしていた時に危険を察知するため、慎重に行動しすぎた結果発現した感覚なのだろう。
だがそんな臆病さを利用するような戦い方など皇帝たら自分には相応しくない。
持ち前の魔力で強化した目で糸の存在とその性質を見破り、あえて突っ込む。
タナの肉体は、サイコロのように四角に切断された。
だが、問題なし!
舌なめずりをして、飛び散ったタナの血を舐める。
それにより吸血鬼真祖の特性、超回復の効果が跳ね上がり、瞬く間に散らばった肉片は再生を終える。
そのまま、勢いをつけた鎌を思いっきり振り下ろした。
大地が揺れ、砂煙が大きく舞い上がる。
辛うじてかわされはしたが、糸が切れる感触がした。
見たところおそらく通信用の糸。
あの糸で他の魔獣四王と連絡を取っていたのだろう。
「これでお仲間は呼べないなぁ。おい」
「…ちっ」
珍しく真蜘羅が舌打ちをした。
笑いが止まらないなぁ。あの憎たらしくも相手を一方的に手のひらで転がして地に落とすペテン師を翻弄できているのだから。
真蜘羅は至近距離まで近づいた私を捉えようと先の尖った巨大な糸の柱を左腕を失った袖の中から出してきた。
その糸は蛇のようにうねりながら我を襲う。
ふふ、無駄だぞ、全て見えてる。
この体は目もいい。
体を捻ってかわし、真蜘羅の懐に飛び込む。
そして、思い切り真月を振るった。
狙いは足だ。真蜘羅の足は切り飛ばされ、地に落ちる。
ガクッと真蜘羅の体が沈む。
バランスが崩れたな。
「ククッ、そんなものか。ランクオーバーSが聞いて呆れる。やはりこの体を選んで正解だったようだ。ここまで貴様を翻弄できるとはな。私不在の間の王座の番ご苦労。そろそろ代わってやろう」
本当に長かった。
この我ともあろうものが下賎な蜘蛛ごときに不覚をとり、王座を引きずり下ろされた。だが天は我を見捨てていなかった。
天性のバネに戦闘センスを持つタナの肉体。
そこに私の魔力が加われば、どんな策も通じない無敵の怪物が生まれる確信があった。
いや、そもそも天が私を新たなるステージへと導くために私を一度地に堕としてくれたのではとさえ思える。
先程かわした尖った糸が軌道を変えて背後から襲ってくるのがわかる。
前方からも新たな糸が襲ってくる。
無駄だ。無駄。
真月を振り回し、全ての糸を切り落とす。
「終わりだな、真蜘羅。我が覇道の踏み台よ。我こそが貴様を超える新たなランクSオーバーの怪物だ」
だが、とどめの一撃を喰らわそうとしたその時ガクッとバランスが崩れ、体の動きが止まる。
なんだ?地面に糸はないはず!?
「やっぱあんたなんも変わってないんやね」
下を見るとさっき切り落とした真蜘羅の腕だ。
胴体から切り離された腕がガッチリと私の足を掴んでいたのだ。
「いつの間に!?」
先程我が切り落とした糸の柱の中に紛れ込ませていたのか!?
神経がなくても腕は糸で操ればこいつなら動かせる。
だが、まだ真月の刃は届く距離。腕力で
だが、真蜘羅は私の動きが止まったその隙を逃さなかった。
真蜘羅はダンッと踏み込み、持っていた刀で私の腹を切り裂いたのだ。
「がっ」
腹が裂け、吐血する。
馬鹿な。確かに足を切り落としてやったはず。
足元を見ると、そこには白い足があった。
あの一瞬で糸で義足を作ったのか!?
「くだらない悪あがきを」
「悪あがきちゃうよ。反撃や」
真蜘羅がにやり嫌らしく笑った瞬間、真蜘羅を見失う。
…バカな。奴の動きは私より遅いはず。見失うわけが。
「遅いで」
困惑の一瞬、背中を斬られ、血が吹き出した。
馬鹿な。あんな義足で私より早く動けるわけが。
MP消費覚悟で腕に膨大な魔力を込めて、思いっきり振るう。
腕が魔力に耐えきれず、筋肉の筋が切れる感触がした。
だが、その最速の一撃すら当たらない。
「当たるわけないやろ。我は蜘蛛の王。すばしっこさなら魔獣四王1や」
だが、私の背に刃を突き立てたこの一瞬、この時なら当てられる。
「くっ」
再び魔力を腕に込め、真月を思いっきり振るう。
だが、真蜘羅は指から蜘蛛の巣のような形態の糸を発射し、真月の柄にぶつける。
その糸は粘着性と伸縮性があるようで真月の柄に当たると伸びて地面にくっつき、腕を振るう勢いを殺した。
そして、真蜘羅はその隙に再び私を刀で斬りつけた。
流れるように一瞬でその一連の動作を行ったのだ。
避けれるわけもなく、私の身体からまた血飛沫が当たる。
「貴様!先程まで手を抜いて」
「なぁ、カーミラちゃん。人が1番自分の強さを見誤る時っていつやと思う?初めて剣を持つとき?それともスランプに陥った時?あるいは最強の存在と真っ向から向かい合ったときなんかもあるかもしれんなぁ?」
「くだらん!自分が最強だとでもいいたいのか!?」
話の意図は分からなかったが、あえて返答する。こうして話している真蜘羅の刀で斬られ続けているが、まだ余裕だということを示し続ける為だ。
実際ここまで斬られ手もまだ超回復で回復できる。
喰らえ。
真月の鎌の部分の根元には私の頭蓋骨がある。その頭蓋に巻き付いている薔薇の茎は我の魔力に反応して操れる。
魔力を薔薇に込めて急成長させる。
薔薇のトゲのある茎が一斉に伸び後ろにある古城と比べても変わりがないくらいの長さにまで伸びる。
そのとげ付きの薔薇でまずは動きを止めてやろう。そこからこの世に生まれてきたことを悔いるほどの辱めを与えてから亡き者に…
だが、ピタリと真蜘羅を襲っていた幾本もの茎の動きが止まる。
そして止まったと思ったら一斉に薔薇はバラバラに切り落とされた。
「な、ばかな。なにを」
いや、何をしたかは分かる。見えないほどの糸で薔薇の動きを止め、さらにワイヤーのように鋭敏さのある糸で切り落としたのだろう。
だが、我の魔力を込めた薔薇を止めるとは。
かつて私を殺した時はそんな芸当はできなかったはず。
「ほな、答え合わせといこか。人が一番自分の強さを見誤る瞬間。それはな。覚醒の途中や」
「あ」
「覚醒して自分の強さに酔ったあんたの動きはそら読みやすいったらなかったわ。ちょっと遅く動いて足の1本や2本くれてやったら面白いように調子に乗ってくれたしなぁ。おかげで簡単に我のふところに入ってくれたしなぁ。ありがとさん」
そこまで真蜘羅が言ったとき、全身が一瞬で切り裂かれる。鋭敏にした糸で俺の体を一気に切り刻んだのだ。
我の回復がワンテンポ遅れる。
その後は一方的だった。
下卑た笑顔で笑われながら、ネギでも切るかのように刀で何度も何度も切り刻まれた。糸でもすり潰された。回復限界のギリギリまでまで斬った後は少しペースを落とし、回復してきたらペースを上げて何度も何度も。
まるで獲物が苦しむ様を楽しむように。
「リベンジお疲れ様。カモちゃん♡」
そして、我の回復能力に限界が来たとき、嬉しそうにスッキリしたような顔で真蜘羅はそう言ったのだった。
◇◇
体は動かず、地に倒れ伏す。
真蜘羅の言う通りだった。何も変わっていない。何も。あの時のままだ。
切り刻まれていた時、走馬灯のようにあの日の出来事が浮かんできた。
朝起きると使用人は誰もいなかった。執事もメイドもだ。
父も姿を見せなかった。
「父上?カーシー?ドイル?おい!誰かいないのか」
「ここにおるよ。皇帝様」
薄ら笑いを浮かべて我の後ろに立っていたのはあの使用人だった。
バサリと音を立てて使用人はメイド服を脱ぎ捨てる。その下には白装束に蜘蛛の巣の刺繡が入った着物を着ていた。
脱ぎ捨てられたメイド服は目の前の女の後ろにいたやつが回収する。
彼女も確か最近雇った使用人だ。名前は確か紫苑。
「ま、真蜘羅さま。がんばってください」
そう言って紫苑は去っていく。窓から外を見ると大量の蜘蛛たちに囲まれているのが分かった。
「貴様ら!何者だ!!」
「我は真蜘羅。真の修羅を歩くいずれ蜘蛛の王になるものや。あんたのお仲間は全員拘束させてもらったわ。
「こんなことしてただで済むと思うな」
「我がどうなるかはあんた次第やな。ここは我が直接頑張らないけない局面やし。ってなわけで、始めよか。一騎討や。
皇帝様のお命、頂戴するわ」
そうして最強の吸血鬼である我、カーミラは負けた。
命までは何とか失わなかったものの、真祖の家系として築き上げた財産はすべて失った。
豪華な城。莫大な財産、強力な兵力、真祖の肉体など全てを。
だが我は純粋な勝負で負けたとは思っていない。奴は我が動揺しているところに無数の罠をしかけてきた。
城中にだ。
我は戦闘中何度も転ばされ、動きを止められ、幻術にかけられ、毒で弱体化させられた。
そうやって罠で力を削り取られ、最後に負けたのだ。
次は真っ向から力で圧倒してやる。そうすれば負けるはずがない。
冒険者タナ・アルティミスと出会えたのは幸運だった。彼の目には底知れない狂気を感じた。
この肉体を奪えば必ず復讐できる。
そう思って憎しみをつのらせてきた。憎しみは魔力へと変わり力となった。
だが、長年待ち望んだこのリベンジも、結局
目の前のペテン師の手のひらの上で終わろうとしている。
なんだったんだ。我の憎しみは。
なんなんだ。この化け物は。
我は最強だったはずなのに。何をしても思い通りにいかない。空回りさせられて、殺される。
逃げなければ。はや
"みっともないな。"
頭の中で声がした。
は?
"逃げんの?"
見ただろう。あいつは化け物だ。相手の心理を完璧に読み取って支配してくるペテン師だ。何をしてもいいように転がされて終わる。
勝てるわけがない
"お前、バカか?"
なっ!?
"そのペテン師を出し抜けるのは俺たちだけだぞ。"
どういう
"お前が俺と入れ替わって腕を切り落とした時。あいつは間違いなく反応できてなかった。その証拠に通信の糸は斬れてる。動揺してたんだ。俺たちは俺とお前、今2つの心理を持ってるんだ。流石のあいつも2人分の全く違う心理を読むことはできないんだ。俺たちは、今あいつの、魔獣四王・真蜘羅の天敵になりうる存在になってるんだぞ。それでもお前は逃げるのか!"
我は
お前も俺も、考え方は全く違う。けど目的は一致してるだろ。だからいいんだ。力を貸せ!手本見せてやるよ。
勝負は一瞬。真蜘羅が勝利を確信した瞬間だ。
「終わりやね。あんたには王に最も必要な素質が欠けてるわ」
真蜘羅が剣を振り下ろそうとする瞬間。ここ!
"かわれっ!!!"
肉体の主導権が再びタナ・アルティミスに戻る。
肉体レベルは過去最高。
吸血鬼真祖の力が体全体にみなぎり、力が溢れている。
気持ちもお互い何ひとつブレていない。
俺たちを結ぶ契約の根幹となる気持ち。目的。
「狩る!殺す!」
タナは歯を剥き出し笑った。
真月は勢いよく一直線に真蜘羅の喉元へと向かう。
「そのくらい読んでるわ」
真蜘羅は糸の盾を生成する。それで防ぐ気で準備していたのだろう。だが。
タナは思いっきり地面に踏み止まる。
そして、スピードを落とさずそのまま一回転して横から再び真蜘羅の首を狙う。
「!!?」
糸の盾でタナの動きを止める算段だったのだろう。
いや、我なら捕らえられると思っての防御か。
見くべられたものだが確かに二つの人格がある今の状況は奴にとっては想定外。
真蜘羅の顔に明らかに動揺の色が映る。
「天性の肉体のバネ」
そしてタナは流れるように一回転して遠心力をつけ、再び真月の刃を真蜘羅の首に突き立てようとする。
咄嗟に真蜘羅はその鎌を腕でとっさにガードした。
だが、読んでいたわけじゃない。反射でガードしただけだ。
真月の刃は真蜘羅の腕を貫通した。
そして、刃は真蜘羅の喉元まで迫る。
「っ…人化解除っ!!」
真蜘羅が叫ぶと同時に彼女の下半身が蜘蛛の足と胴体に変化していく。
途端に今まで抑えていたかのように大量の邪悪な魔力が流れ出す。
その魔力で右腕の筋肉を強化したのか、真月の勢いが止まる。
この化け物、まだ手を抜いていたのか。
「タナ君…だっけ。カーミラちゃんと違うて君は良いね」
「そりゃどーも」
ここから先は読み合いではない。完全に力と力の勝負だ。
真蜘羅本人が苦手と言っていたシチュエーション。
僅かにタナの方が押している。我の魔力での筋力アップに人間どもの能力底上げ魔法が加わっているのだ。
さらには真蜘羅は左腕を失っている。
またとない好機。こうなったら我ももうタナに託す。押し切れ。首を跳ねろ。我ら吸血鬼の無念も込めてこいつをぶっ殺す。
「…くっ」
ズブズブと真蜘羅の腕に真月が食い込む。
このまま真蜘羅の腕を切断し、首を切断できる勢いだ。
だが、この膠着時間。こんなに時間を与えるのは危険とも言える。
それはタナだって分かっているはずだ。一刻を争う場面。
だというのに真蜘羅もタナもこんな状況だと言うのに互いに笑っている。
イカれてるよ。まったく。
「やれ。いけ」
その時、タナにバフ魔法がかかる。
モアが糸に捕まりながらもタナに魔法をかけたのだ。
タナの体にかかる多大な負荷を無視しての強化魔法。
タナの肉体のスペックが急激に上がる。
だが、これでタナは数分後には戦闘不能だろう。それくらい反動は大きい。
人間の倫理観ではあり得ない他人に対しての捨て身の強制。
だが最高の判断だ。めちゃくちゃいいタイミング。
今のタナなら押し切れるはずだ。
だがタナは動かない。
真蜘羅の方を見ると奇襲で崩れた体勢をすでに整えていたのだ。
なるほど。このままただ首を取りにいくだけでは、なんらかのカウンター戦術で殺されて終わり。
だが、タナも必殺の間合い。
フェイントでいくらでも刃を当てられる。
瞬発力の高い肉体のバネもアドバンテージだ。
この位置なら実力差はあまり関係ない。もはや運とすらいえるアドリブの勝負。
2人は動かない。
こんな時でも2人ともまだ楽しそうだ。
沈黙が流れた。2人の緊張感は武力のある全てのものに伝わっている。
全員が目を惹かれ、勝負の行方を固唾を飲んで見守る。
まず動いたのはタナだった。真蜘羅の腕が切り飛ばされ、それが決戦の合図。
さらに強く地面を踏み込み、
鎌の刃は今までにない超スピードとなって真蜘羅の首に結向かう。
それに対して真蜘羅は蜘蛛の糸を展開させた。
だが…
その糸を真蜘羅がどう使うつもりだったのか、誰も理解することはなかった。
スカッと真月の刃が宙を空ぶる。
「……」
その場の誰もが驚愕の顔をする。あの真蜘羅でさえもだ。
これは…幻術
「……」
真蜘羅は無言で刀を抜き、タナを斬る。
また糸で義手をつくったようだ。
そうしてタナは倒れ、呆気なく戦いの幕は下がったのだった。
「…紫苑」
「…はい」
「君やね。邪魔をしたんは」
「は、はい。カーミラが復活した瞬間から気づかれないように幻術をかける準備をしていました」
「なんで?」
「あ、あの男は、タナ・アウグスモンドは必ず何かやる。それが真蜘羅様の想定を超えかねないと判断しましたから。しょ、処罰は如何様にも、受けます」
「……いや、ええよ。いつもどんな手を使っても勝てって命令しとるんは我や。正々堂々なんてもんにも興味はないし。大体向こうは何人も寄ってたかってきとるし」
そう言いつつも納得がいって無さそうな表情で真蜘羅はタナを糸で拘束した。
こうして古城の防衛戦は終結した。
死者0人。
重症者複数名。
魔獣四王・真蜘羅は自由の騎士団タナ・アルティミスとモア・アウグスモンドを幽閉した。
その事実は1日で世界中に広がった。
◇◇
タナとモア率いる人間の軍が捕まってから1日後。
王都はその話題で持ちきりだった。
「おい、とうとうやりやがったぞ。魔獣四王の奴ら。自由の騎士団を2人も」
「進軍の前兆なんじゃ。奴らこうやって俺たち人間の軍の戦力を削って一気に攻め込む気だ」
「いや、待て待て。俺は攻撃を仕掛けたのは人間軍側だって聞いたぞ!?」
「はぁ!?なんでそんなバカな真似を!?めちゃくちゃ藪蛇じゃないか!王は何を考えているんだ?」
「いや、なんでも今回の進軍は貴族共の独断らしいぞ」
「なに!?ほんっとあいつら。まじどうしようもねぇ」
「あんな奴らをいつまでものさばらせておくからこういうことになるんだ。これで魔獣四王の怒りを買ってたら、いつ攻められたっておかしくないじゃないか!!」
「ルナ様も貴族をどうにかされようとしているのは知っているが、貴族の権力が強すぎて難しいらしい。だが、だがよ!あんな奴らの馬鹿な奴らを野放しにしてたら巻き添えでこっちも死ぬかもしれんぞ。いっそ蜂起でも起こすか?魔獣四王に比べりゃあんな奴ら怖くない」
話の内容は魔獣四王の恐怖半分。そして、その魔獣四王を刺激するようなことをした貴族に対する怒り半分といったところだ。
今まで貴族に対して高い納税や理不尽な命令など散々苦しめられてきた彼らだ。
その憤りもあるのだろう。国民たちの貴族に対する不満はもはや爆発寸前のところまできていた。
そして、今行われている王宮の会議でも貴族に対する不満がありありと見える。
「なぜ五大貴族共は我々に黙って進軍などしたのだ。大体誰か止められなかったのかっ!」
「奴ら進軍ギリギリまで情報を隠していたようで」
「クソっ!中途半端に悪知恵が回る奴らだ。その知恵があってなぜ世間の常識に思い至らないっ!」
国王派の家臣たちは不平不満を隠す気はないようだ。
王宮などでの会話はいつ貴族の耳に入ってもおかしくない。そのため、彼らも普段は貴族の命に対して反論があっても、まずは意見を尊重し肯定した上で、それとなく代案を出すというものがほとんどだった。
それがこのありさまだ。
「タナ殿もモア殿も強大な力を持つ方々。向こう側にもそれなりの損害を出した筈。となると、魔獣四王たちの怒りを買ってしまっていたとしても全く不思議ではない。いえ、彼らに人族からの宣戦布告と捉えられてもおかしくないでしょう。その場合、我ら人族は滅ぼされ、未来永劫災害に喧嘩を売った愚かな種族として笑われ者になることでしょう。いったいどうしたらいいのだ」
皆の前ではいつも冷静沈着な王ですら、その意見に対して何も答えられない。
その通りだと分かっているのだ。
「今まで…ルナが貴族の暴走を止めるため色々手を尽くしてくれたが…。私の代からももっとその活動を積極的に行うべきだったのか。いやしかし…」
王はチラリとルナの方を見る。
また私を抱きしめて泣きたいという顔をしていますね。
呆れた思いでルナは父の方を見返した。
「皆さん、静粛に」
ルナはわざと力強く手を叩き、大きな音を立てる。
まずは皆を落ち着かせようという考えだ。
「今まで出た意見は全て憶測のものにすぎません。今回起こってしまった出来事は私も悔やみきれません。ですがあれこれ妄想して、悲観的になっても仕方ないでしょう。まずは事実を受け入れ、対策を練るために現状を把握するところから始めるべきです」
「そんな悠長で大丈夫なのでしょうか。確かに冷静になるべき…というのは分かりますが」
「はい。少なくともまだ絶望する時ではありません。その証拠に…皆様に朗報があります。先日テイマーから報告がありました。隊を率いたモア・アウグスモンド、タナ・アルティミス、そして、1万の兵たちは皆生きていると」
おお、と歓声が上がった。
「生きている、とはいったいどういうことでしょうか。魔獣四王側に彼らを生かすメリットがあるとは思えませんが」
「それは分かりません。ただ彼らは皆、魔獣四王が集まった古城の地下に幽閉されているようです。その思惑を図ることは私たちには現状不可能でしょう。ですが、それでも私たちにできること、いえしなくてはならないことがあります。それは謝罪と対話です。このまま何もしなければ、それこそ本当に宣戦布告と捉えられて私たちは滅ぼされてしまうでしょうから」
「謝罪と対話といっても一体だれが?奴らと対等に話し合えるものがいるとはとても…ただ、彼らに誠意を見せるという意味でしたら…」
発言した宰相はちらりと王の方を見る。誠意を見せるという意味では下っ端が行けば、軽んじられている、と捉えられるかもしれない。
とはいっても生きて帰れる保証が欠片もない死地に影響力の大きい権力者を向かわせることはできない。だから、言い淀んだのだろう。
「それでは私が行って参ります」
「は?」
その場が静まり返り、一斉にルナに注目がいく。
「ル、ルナちゃん?今なんて?」
父がいつも人前でのルナの呼び方さえ忘れて、唖然とした顔で尋ねた。
「ですから、私、ルナ・リリベスティ・クリスティナが王家代表として魔獣四王たちに話をつけてくる、と申したのです」
ニコリと笑ってルナはそう言った。
____________________
読んでくださりありがとうございます。
今回は予定の投稿日より二日も遅れてしまいました。
申し訳ありません。
次の投稿ですが、来週はお休みをいただいて
8月19日(土)※延長
にしようと思います。
話のストックが切れました。(´;ω;`)
さて、今回の話ですが、真蜘羅もカーミラも一人称が我ですが一人称が同じ理由は特にないです。
伏線とかでもないです。
少しわかりずらいのはすみません。
また、真蜘羅が使っている刀は日本刀です。作品内で日本という概念はないため、刀と書きました。
最期にもし気に入っていただけたのであればお気に入り登録お願いします。
また、真蜘羅VSタナ&カーミラがどうだったかなど感想気軽にしてくてくれると嬉しいです。
0
お気に入りに追加
468
あなたにおすすめの小説

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。


魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる