7 / 7
エピローグ
しおりを挟む
ガチャガチャ――ギィィ――。
無機質な鉄製の扉が開かれる。
扉の向こうには刑務官が二人。どこか辛そうな表情を向けている。
そうか……ついに来たのか……。
「二三四三二番……出ろ」
「……はい」
と、短く返事をして立ち上がる。
そして、ゆっくりとした足取りで部屋の入り口に向かう。いや、どうせここには戻って来ないだろうし、出口と言った方がいいのか、まぁ、どちらでもいいや……。
廊下に出た俺は、今まで俺がいた独房を見渡す。
三畳ほどの俺の城だ。
この拘置所に来て何年が過ぎたのだろう……。
俺の死刑判決が確定するまで三年ほどの歳月が掛かった。
これでも短い方だろう。俺がもっとごねてたら倍の時間が掛かっていたかも知れない。
それから、十二年……。俺は五十歳になった。
そして、今日、刑が執行される。
「うん? はは……そんなに身構えなくても大丈夫ですよ、暴れたりしませんから」
よくこういう状況に陥った死刑守が最後の悪あがきをすると聞いた。
それはそうだ、今から自分の二本の脚で死にに行くのだから。俺はもういいんだ……この十二年で気持ちの整理は全てついているから。
刑務官の二人は、俺の態度に警戒を緩める。
俺は、もう二度と戻って来るはずのない独房に向かって一礼する。
「十二年間、お世話になりました……」
そして、俺は刑務官に連れられ、刑場へと向かう。
十二年間も生き永らえた事によって、この狭い世界でもそれなりの人脈を築くことができ、道中色んな刑務官達と軽く最期の挨拶を交わす。中には、こんな俺の為に涙を流してくれた刑務官もいた。
実にありがたい事だ……。
「ここだ……」
担当刑務官に連れられてこられた場所は、何というか……会議室の様な扉だった。
もっと、こう薄暗い場所だと勝手に想像していたのだが。
そして、担当刑務官が扉を開けると、俺の鼻にやけに落ち着く匂いが入ってくる。
線香の匂いだ。ふと、左の壁を見るとそこには仏壇がおいてあり、線香から煙があがっていた。
そして、この十二年間俺の話を聞いてくれていた、和尚さんが立っている。
「さぁ、こちらへ」
和尚さんは、備え付けのテーブルに座るように促し、俺は素直に従う。
「和尚さん、色々とお世話になりました……」
「川村さん……貴方は頑張りました。この十二年間、よく罪と向き合って……」
和尚さんの両目に涙が滲む。
「和尚さんをはじめとする、この拘置所いる皆さんのおかげです」
和尚さんは、うんうんと頷き、「こちらを」 と和尚さんは、レターセットとボールペンを俺に渡す。
「すみません、特に遺言を残すつもりはありません……」
「そうですか……それなら、そこにあるお供え物でもおひとついかがですか?」
和尚さんの指さす方をみると、皿の上にお饅頭が置いてある。
「お供え物を物を食べてもいいんですか?」
これから死ぬって言うのに、罰当たりな事をしていいのだろうか?
「えぇ。それは、川村さんのお供え物ですから」
「……なるほど」
少し考えれば分かる事だった。仏さんは俺という事か。
「折角だから、一ついただきます。ここにいると甘味は中々味わう事ができないので」
俺がそういうと和尚さんはゆっくりと頷き、饅頭が載っている皿を俺に向け、俺は饅頭を一つ手を取り
口に運ぶ。うん、甘くて、美味しい。
俺は、ペロっと饅頭一つを平らげた。
「こちそうさまでした」
それから、和尚さんにありがたい話を聞き、今度は拘置所長から刑執行に対する分を読まれた後に、カーテンの前に立たされる。恐らくこの先が……。
そんな事を思っていると、アイマスクを付けられ両手に手錠がはめられる。
サーっとカーテンが開く音がしたと思ったら、刑務官に腕を引っ張られ一歩、また一歩と前に進む。
よく刑場には、十三段のある階段を昇ると聞いた事があるが、実際はそんなものはない。俺は罪人、逝き先は天ではなく、奈落の底なのだから……。
「ここで、止まれ」
刑務官の指示で足を止めると、今度は両足をロープで縛られる感じがしたのち、首に何かが掛かる感触……。
「最期に言い残す事はないか?」
最期、これが俺の最期の言葉になるのか……。
そんな事を思っていると、走馬灯が駆け巡る。
数えきれない程のシーンが、俺の目の前を過ぎていく……その中で俺に向けて笑顔を向けてくれている芽衣がいる。あぁ、愛らしい……俺は、どこで間違ったのだろう……。
芽衣の事、もっと早く気づいてあげられたら、こんな負の連鎖はなかっただろう……。
俺は芽衣と同じ場所にはいけない、もう二度と逢えない……それだけが心残りだ……。
悲観的になっていると、俺の頬を風が通り抜ける。
そして……
『お兄さん……』
あぁ……この声は……十五年間一時も忘れた事がなかった……彼女の声だ……。
俺の首に括られている無機質なローブが次第に彼女のか細い柔らかなモノへと変わっていく様な錯覚に陥り、彼女に、包まれている様な、そんな温かな気持ちになる。
『私のせいでごめんなさい……沢山、辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい。あの時、私が声を掛けなければ……お兄さんは、正義の味方でいられたのに』
(いや、いいんだ……俺は、君と出会えて幸せだった。君だけの正義の味方でいれたんだ)
『そう言ってくれて嬉しい……』
「芽衣、俺は、君を愛してる……」
ドォン!!
無機質な鉄製の扉が開かれる。
扉の向こうには刑務官が二人。どこか辛そうな表情を向けている。
そうか……ついに来たのか……。
「二三四三二番……出ろ」
「……はい」
と、短く返事をして立ち上がる。
そして、ゆっくりとした足取りで部屋の入り口に向かう。いや、どうせここには戻って来ないだろうし、出口と言った方がいいのか、まぁ、どちらでもいいや……。
廊下に出た俺は、今まで俺がいた独房を見渡す。
三畳ほどの俺の城だ。
この拘置所に来て何年が過ぎたのだろう……。
俺の死刑判決が確定するまで三年ほどの歳月が掛かった。
これでも短い方だろう。俺がもっとごねてたら倍の時間が掛かっていたかも知れない。
それから、十二年……。俺は五十歳になった。
そして、今日、刑が執行される。
「うん? はは……そんなに身構えなくても大丈夫ですよ、暴れたりしませんから」
よくこういう状況に陥った死刑守が最後の悪あがきをすると聞いた。
それはそうだ、今から自分の二本の脚で死にに行くのだから。俺はもういいんだ……この十二年で気持ちの整理は全てついているから。
刑務官の二人は、俺の態度に警戒を緩める。
俺は、もう二度と戻って来るはずのない独房に向かって一礼する。
「十二年間、お世話になりました……」
そして、俺は刑務官に連れられ、刑場へと向かう。
十二年間も生き永らえた事によって、この狭い世界でもそれなりの人脈を築くことができ、道中色んな刑務官達と軽く最期の挨拶を交わす。中には、こんな俺の為に涙を流してくれた刑務官もいた。
実にありがたい事だ……。
「ここだ……」
担当刑務官に連れられてこられた場所は、何というか……会議室の様な扉だった。
もっと、こう薄暗い場所だと勝手に想像していたのだが。
そして、担当刑務官が扉を開けると、俺の鼻にやけに落ち着く匂いが入ってくる。
線香の匂いだ。ふと、左の壁を見るとそこには仏壇がおいてあり、線香から煙があがっていた。
そして、この十二年間俺の話を聞いてくれていた、和尚さんが立っている。
「さぁ、こちらへ」
和尚さんは、備え付けのテーブルに座るように促し、俺は素直に従う。
「和尚さん、色々とお世話になりました……」
「川村さん……貴方は頑張りました。この十二年間、よく罪と向き合って……」
和尚さんの両目に涙が滲む。
「和尚さんをはじめとする、この拘置所いる皆さんのおかげです」
和尚さんは、うんうんと頷き、「こちらを」 と和尚さんは、レターセットとボールペンを俺に渡す。
「すみません、特に遺言を残すつもりはありません……」
「そうですか……それなら、そこにあるお供え物でもおひとついかがですか?」
和尚さんの指さす方をみると、皿の上にお饅頭が置いてある。
「お供え物を物を食べてもいいんですか?」
これから死ぬって言うのに、罰当たりな事をしていいのだろうか?
「えぇ。それは、川村さんのお供え物ですから」
「……なるほど」
少し考えれば分かる事だった。仏さんは俺という事か。
「折角だから、一ついただきます。ここにいると甘味は中々味わう事ができないので」
俺がそういうと和尚さんはゆっくりと頷き、饅頭が載っている皿を俺に向け、俺は饅頭を一つ手を取り
口に運ぶ。うん、甘くて、美味しい。
俺は、ペロっと饅頭一つを平らげた。
「こちそうさまでした」
それから、和尚さんにありがたい話を聞き、今度は拘置所長から刑執行に対する分を読まれた後に、カーテンの前に立たされる。恐らくこの先が……。
そんな事を思っていると、アイマスクを付けられ両手に手錠がはめられる。
サーっとカーテンが開く音がしたと思ったら、刑務官に腕を引っ張られ一歩、また一歩と前に進む。
よく刑場には、十三段のある階段を昇ると聞いた事があるが、実際はそんなものはない。俺は罪人、逝き先は天ではなく、奈落の底なのだから……。
「ここで、止まれ」
刑務官の指示で足を止めると、今度は両足をロープで縛られる感じがしたのち、首に何かが掛かる感触……。
「最期に言い残す事はないか?」
最期、これが俺の最期の言葉になるのか……。
そんな事を思っていると、走馬灯が駆け巡る。
数えきれない程のシーンが、俺の目の前を過ぎていく……その中で俺に向けて笑顔を向けてくれている芽衣がいる。あぁ、愛らしい……俺は、どこで間違ったのだろう……。
芽衣の事、もっと早く気づいてあげられたら、こんな負の連鎖はなかっただろう……。
俺は芽衣と同じ場所にはいけない、もう二度と逢えない……それだけが心残りだ……。
悲観的になっていると、俺の頬を風が通り抜ける。
そして……
『お兄さん……』
あぁ……この声は……十五年間一時も忘れた事がなかった……彼女の声だ……。
俺の首に括られている無機質なローブが次第に彼女のか細い柔らかなモノへと変わっていく様な錯覚に陥り、彼女に、包まれている様な、そんな温かな気持ちになる。
『私のせいでごめんなさい……沢山、辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい。あの時、私が声を掛けなければ……お兄さんは、正義の味方でいられたのに』
(いや、いいんだ……俺は、君と出会えて幸せだった。君だけの正義の味方でいれたんだ)
『そう言ってくれて嬉しい……』
「芽衣、俺は、君を愛してる……」
ドォン!!
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
審判【完結済】挿絵有り
桜坂詠恋
ミステリー
「神よ。何故あなたは私を怪物になさったのか──」
捜査一課の刑事・西島は、5年前、誤認逮捕による悲劇で全てを失った。
罪悪感と孤独に苛まれながらも、ひっそりと刑事として生きる西島。
そんな西島を、更なる闇に引きずり込むかのように、凄惨な連続殺人事件が立ちはだかる。
過去の失敗に囚われながらも立ち向かう西島。
彼を待ち受ける衝撃の真実とは──。
渦巻く絶望と再生、そして狂気のサスペンス!
物語のラストに、あなたはきっと愕然とする──。
復讐の旋律
北川 悠
ミステリー
昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。
復讐の旋律 あらすじ
田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。
県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。
事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?
まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです……
よかったら読んでみてください。
アナグラム
七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは?
※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。
イラスト:カリカリ様
背景:由羅様(pixiv)
暗闇の中の囁き
葉羽
ミステリー
名門の作家、黒崎一郎が自らの死を予感し、最後の作品『囁く影』を執筆する。その作品には、彼の過去や周囲の人間関係が暗号のように隠されている。彼の死後、古びた洋館で起きた不可解な殺人事件。被害者は、彼の作品の熱心なファンであり、館の中で自殺したかのように見せかけられていた。しかし、その背後には、作家の遺作に仕込まれた恐ろしいトリックと、館に潜む恐怖が待ち受けていた。探偵の名探偵、青木は、暗号を解読しながら事件の真相に迫っていくが、次第に彼自身も館の恐怖に飲み込まれていく。果たして、彼は真実を見つけ出し、恐怖から逃れることができるのか?
影蝕の虚塔 - かげむしばみのきょとう -
葉羽
ミステリー
孤島に建つ天文台廃墟「虚塔」で相次ぐ怪死事件。被害者たちは皆一様に、存在しない「何か」に怯え、精神を蝕まれて死に至ったという。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に島を訪れ、事件の謎に挑む。だが、彼らを待ち受けていたのは、常識を覆す恐るべき真実だった。歪んだ視界、錯綜する時間、そして影のように忍び寄る「異形」の恐怖。葉羽は、科学と論理を武器に、目に見えない迷宮からの脱出を試みる。果たして彼は、虚塔に潜む戦慄の謎を解き明かし、彩由美を守り抜くことができるのか? 真実の扉が開かれた時、予測不能のホラーが読者を襲う。
ギ家族
釧路太郎
ミステリー
仲の良い家族だったはずなのに、姉はどうして家族を惨殺することになったのか
姉の口から語られる真実と
他人から聞こえてくる真実
どちらが正しく、どちらが間違っているのか
その答えは誰もまだ知ることは無いのだった
この作品は「ノベルアッププラス」「カクヨム」「小説家になろう」
孤島の洋館と死者の証言
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽は、学年トップの成績を誇る天才だが、恋愛には奥手な少年。彼の平穏な日常は、幼馴染の望月彩由美と過ごす時間によって色付けされていた。しかし、ある日、彼が大好きな推理小説のイベントに参加するため、二人は不気味な孤島にある古びた洋館に向かうことになる。
その洋館で、参加者の一人が不審死を遂げ、事件は急速に混沌と化す。葉羽は推理の腕を振るい、彩由美と共に事件の真相を追い求めるが、彼らは次第に精神的な恐怖に巻き込まれていく。死者の霊が語る過去の真実、参加者たちの隠された秘密、そして自らの心の中に潜む恐怖。果たして彼らは、事件の謎を解き明かし、無事にこの恐ろしい洋館から脱出できるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる