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1話

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 俺は友達が少ない。
 強がって少ないなんて言い方をしたが、正しくは友達がいない。
 大学の学食は一人じゃ怖くて使えないし、講内を歩くときはイヤホンをつけることで周りの音をシャットアウトしているし、休み時間の間中携帯電話とにらめっこをしている。
 しかし周りとの関わりを完全にシャットアウトしている人間の言うことではないとは思うが、決して友達を欲していないわけではないのだ。
 友達がいれば単位を取るのももっと楽になるだろうし、学食にだって行ってみたい。
 
 親は連絡してくるたびに友達ができたのかどうかを聞いてくるが、そのたびにがっかりさせてしまうから心が痛む。
 まあ最近では一人暮らしも慣れてきたもので2年目に突入し、親から連絡が来る頻度もずいぶん減ってきたので心を痛める頻度もだんだん低くなってきている。
 
 親は連絡してくるたびに「あんたから声かけなきゃ友達なんてできないでしょ」と言ってきたが、それで問題が解決するんだったら俺だってこんなに困っていない。
 もし仮に、俺がとても地味で、自分からアピールしていかなければ相手にもされない人間だったのなら、自分から声をかける勇気さえあれば問題は解決していただろう。
 しかしその仮定は半分正しく、半分間違っている。
 正しい部分は相手にもされていない点、事実と異なる部分は地味だという点だ。
 こんなこと自分で言うのもなんだが、大学内でイメージの良し悪しを別とした知名度ランキングを作成すれば、俺は間違いなく表彰台に乗れる自信がある。
 
 一言で言えば俺は”目立っている”。
 それが良い目立ち方だったのならこんなに卑屈な人間が出来上がるなんてことはなかっただろう。スポーツの大会で活躍しただとか、学業でいい成績を収めたとか、めちゃくちゃ顔立ちが整っているだとか、そんな人生を何度夢見たことか。
 しかし現実はあまりにも残酷で、俺は大学内でヤバいやつとしてその名を轟かせてしまっている。
 学食なんて行こうものなら肩身の狭さから食べ物がのどを通らなくなり、イヤホンをつけて歩かなければ周りの噂話に精神をすり減らさなければいけなくなり、携帯電話でも見ていなければ周りから
 常時注がれる視線に耐えられないだろう。

 思えば俺は小学生の時から悪目立ちしていた、人生の3分の2以上の時間を奇異の目にさらされながら生きてきた人間の苦労がわかるだろうか。きっとわからない方が人生は楽しくなると思う。

 当然友達なんぞできるはずもなく、話しかけてきたやつらといえば、中学の時、「私も周りの人からよく変わってるって言われるんだ、私たちって結構似てるよね」と言ってきた遠藤さんや、高校の時、「僕は君の理解者でありたい!悩みがあるなら何でも言ってくれ!」と言ってきた坂本君くらいだ。

 中学3年生になるころには目も合わせてくれなくなった遠藤さんにも、孤立していた生徒に手を差し伸べる姿が賞賛を買い、見事生徒会長に当選した坂本君にも、今となってはとても感謝している。

 小学校、中学校、高校と12年間、刺された後ろ指の数は4桁にも上るとか上らないとか。そんな人生に嫌気がさし、俺は高校一年生の夏に覚悟を決めた。
 
 18年間を過ごした地を離れて、新たな場所で新たな人生を一から始めることを決意したのだ。
 ひとたび決意を固めれば、そこからはあっという間だった。
 友達は作らず(作れなかっただけだが)、部活動に傾倒することもなく(入ったものの居心地が悪くなって自分から辞めただけだが)、高校生の3年間という人生で最も輝かしい時間を、俺は自らの研鑽にささげた。

 その甲斐もあって無事、地方の大学に合格し、新たな地での生活を開始する権利を得たのだった。

 四月、新たな出会いの季節に、俺の大学生活が始まった。新たな生活で最重要にして唯一のミッションは、目立たないことだった。最低限の清潔感は身に着けて、髪を染めるだとか、ピアスを開けるだとか、そんな目立ちそうなことは一切やらない。
 
 とにかく平穏な学生生活を送ることだけを考え、悪目立ちしないように頑張ったのだが。

 結果は惨敗だった。俺の名前は見る見るうちに大学内で広まっていき、五月にもなればもうちょっとした有名人になっていた。もちろん悪い意味で。

 大学に行く気力はすっかり失せるが、およそ友達と呼べる人物がいなかったので、友達と協力して授業をさぼることもできない。一人になるためには一人のままではいけないとは、なんと皮肉なことだろうか。

 地方の大学というのは、都心ほど交通の便がいいわけでもないので、その大学の周りにたくさんの大学生が暮らしている。
 俺もその中の一人であったのだが、困ったことに家の周りのあらゆる店で、同じ大学の学生がバイトしているのだ。コンビニはもちろん、スーパーにも、ファストフード店にも、ファミレスにも、どこに行っても奴らは現れる。

 そんなわけで、大学に行くとき以外は常に自分の部屋に引きこもるという状況に陥っており、弱り目に祟り目とはまさにこのとだ。
 家にいる間はもともと好きだったアニメを見たり、ライトノベルを読んだり、時々書いたりなんかもしながら、そこそこ楽しく暮らしていた。
 さらに幸いなことに、最近の流通技術は矢のような速度で進歩しており、一か月くらいなら全く外に出なくとも余裕で生きていくことができた。

 それは大学生活にも引きこもり生活にも慣れてきた五月初旬のことだった。
 いつものように来客を知らせるチャイムが部屋の中に鳴り響いた。もちろん誰かが個人的に俺を尋ねてきたはずはなく、某ネット通販サイトで注文した商品が届いただけだ。
「またネットで買い物かよ、たまには外に出たらどうだ」
「うるさい、誰のせいだと思ってるんだ」

 気だるげにカメラ付きインターフォンのモニターのところまで行き、アパートのエントランスのロックを解除しようとしたその時だった。

 そこに映っていたのはいつも我が家に荷物を届けてくれていた筋骨隆々な、まるで宅配業者になるべくして生まれてきたかのようにガタイのいい男ではなく、色白の女性の姿だった。
 
 髪はそこまで長くなく、奇麗な黒髪で、体つきは華奢だがどことなく力強さを感じさせる立ち姿だ。
 
 大して人間と関わってこなかった人間の目からみてもかなりの美人だが、それとは別に妙に印象に残る女性だった。
「すいません、玄関前に置いといてください」
「わかりましたー」

 当然だがなんてことのない事務的なもので彼女との会話は終わり、彼女が届けてきた荷物の中身であるノイズキャンセリングイヤホンの素晴らしさに感動しているうちに彼女のことは頭から消えていた。

 今は誰かと付き合いたいとかいう感情は全く生まれてこないし、異性と仲良くなりたいというよりもとにかく誰でもいいので人間と関わりを持ちたいのだ。

 そんな願いはありつつも、しかし今は耐え難い周りの声を遮断するのが先だ。そのために購入したこのイヤホンに今は少しだけ頼ることにしよう。そんなことをしていてはいつまでも友達なんてできるわけがないというのは分かっているが、そんなことを言っている余裕は今の俺にはない。
「なあ、お前を尋ねてきてるやつがいるんだが」
「もう嫌だ、お前たちのせいでこんな要らない買い物が発生しているんだ、つかの間の幸せを感じることも俺には許されないのか?そいつにはさっさと帰るよう言ってくれ」
「まあそう言うとは思ったんだがな、なんせその幽霊がとにかくお前に会わせろってうるさいんだよ、俺が何とか説得して今は大人しく外で待ってるんだが、いつ暴走するかわからな……」

 その時だった、感じたのはうんざりするほど経験してきて悲しいかなもう慣れてしまった嫌な感覚。
 自分の中に他人が入ってきて、自分の体のコントロール権を他人に乗っ取られるという、改めて考えるととんでもないことが、今俺の体で起きている。

 これが俺の日常だ。なぜだか小さいころから霊感が強く、幽霊に憑依されやすい体質のおかげで、波乱万丈の人生を歩まされる羽目になったかわいそうな少年がこの俺だ。
 小学生の時、クラスメイトと会話しているときにいきなり女の幽霊に取り憑かれて、突然女性の口調で話し始めたことがあった。
 中学生の時、授業中に劇団員の幽霊に取り憑かれて、いきなりロミオとジュリエットのセリフをバカでかい声で叫ばされたこともあった。
 高校の時、文化祭のときにガリ勉の幽霊に取り憑かれて、そいつの青春ヘイトのせいで文化祭のクラス展示を破壊して回らされたこともあった。

 振り返ってみれば、我ながらよく今日まで生きてこれたなと思えてくるほどに酷い過去だ。
 憑依されていない間も幽霊の姿はくっきりと見えるので、心霊番組を見て恐怖を覚えるといったようなことはないが、とにかく家賃を抑えるために渋々選んだのが事故物件だったおかげで、常にグロい見た目の幽霊とのルームシェアを強いられる羽目になっている。
 いつの間にかそのグロい幽霊が、俺に願いを叶えてもらいたがっている幽霊達の窓口的な存在になっているのがなんとも腹立たしい。

 基本的に幽霊に憑依されることには一切の抵抗ができないので、その幽霊の願いを叶えることでしか俺が自由になる方法は無い。
 時々話ができる幽霊もいるのだが、今回の幽霊はそう簡単に話し合いに応じてくれるような奴ではなさそうだった。
「いきなりでごめんね~。あなたが幽霊達の願いを片っ端から叶えてくれるっていう神様みたいな人でしょ?噂は聞いてるよ~。そこで突然なんだけど、私の願いはみんなの前で自分の歌を歌うことなの!ってことであなたの体ちょっと借りるね!」

 初っ端からこの図々しさとは、こいつは歴代でもかなり上位に入り込めるレベルの面の皮の厚さをしているらしい。こんなバカげた要求が自分の声で再生されているんだから勘弁して欲しい。
「(ちょっと待て、そんなこと許可するわけがないだろ。とにかく早く俺の体から出ていけ)」

 幽霊に取り憑かれている間は声を出すことができない、体の機能は幽霊に全て乗っ取られているからだ。
 そのためあまり強い口調で返答することが出来ないので、幽霊はますます調子に乗る。
「えーーー、せっかく北の方からはるばる来た人にそんな冷たいこと言わないでよ~。一曲だけでいいからちょっとだけ付き合ってよ!」

 体が勝手に動きだした。クローゼットの所まで来ると一時停止し、おもむろにクローゼットの中身を漁りだす。
「うーーん、私の曲の雰囲気に合う服があんまりないなー。お!これなんかいいんじゃない?」
「(おい待て、どこに行く気だ、おい、聞こえてるだろ)」
「俺は止めてたからな!俺悪くないからな!」
「OK!じゃあ早速行ってみようか!」
「(一度話し合おう、一旦行動を止めてくれ、願いは叶えるから少しだけ落ち着け)」
「あーあ、俺もう知ーらね」
 
 正直幽霊と話し合うなんてことができるとは思っていなかった、なので憑依された時から俺の思考は、いかに被害を減らすかと言う方向にシフトしていた。
 
 ミュージシャンといえばイヤホンをつけながら歌う方がカッコいいのではないか、という説得の末、幽霊はなんとかイヤホンをつけながら歌うことを了承した。
 これで周りの声が入ってくることは防げた、あとは1週間くらい学校に行かなければある程度の被害は抑えられるだろう。
 
 長年の経験から悲しい方向に成長してしまった思考力を働かせている間に、あっという間に大学に着いてしまっていた。
 
 この辺りで人が一番集まるのがどこかというリサーチは、幽霊の方で既に済ませてあったらしい、なんの迷いもなく俺の体は大学へと歩みを向けていた。
 
 構内を歩いているとすれ違う人間がこちらを見てくる、イヤホンのおかげで声が入ってこないのが唯一の救いだ。 
 
「(最後にもう一度聞くが、本当にやるんだな?)」
「当たり前!ここまできて怖気付いて帰れないでしょ!」
「(酷いブーイングを浴びるかもしれないぞ、お前の曲を馬鹿にされる可能性だって大いにある。それでもやるのか?)」
「それはちょっと怖いけど……でも評価をもらえるだけありがたいよ、今まで誰にも相手されてこなかったから」
「(分かった、悔いのないように歌えよ。もう何も言わん)」
「うん!」
 
 側から見れば俺が1人で喋っているように見えているのだが、今更そんなことを気にしていてはこの後の恥辱にとても耐えられない、イヤホンもつけていることだしなんとか通話中だと思って貰いたい。

 キャンパスの中心の広場まで来て、俺のライブは始まった。
 リュックから百均で買ったおもちゃのマイクを取り出して、自分でも驚くほど大きい声を出してオーディエンスの注目を集める。
 まあ元から注目はそれなりに浴びていたわけだが。
「皆さん!こんにちはーー!」
 
 もちろんおもちゃのマイクなので声が届く範囲なんて限られているが、それにしてはかなりの範囲の人間に俺の声は届いていたようだった。
 操縦する人間が変われば体から引き出せるパフォーマンスも変わってくるものなのだろうか。
「今日は聞いて欲しい曲があるので、お時間頂きます!それでは聞いてください!……」

 そこからの記憶はあまりない、取り憑いた幽霊が興奮しすぎて俺の思考にまで影響を及ぼしたのか、あまりの羞恥心から脳を守るためのストッパーが働いて、都合の悪い記憶が消去されたのかはわからない。
 
 分かることといえば女の幽霊が男の体で歌おうとすれば、音域の違いでかなり困難を極めるだろうということくらいだ。
 
 それでも件の幽霊がいなくなっていることを考えれば、彼女は満足してくれたんだろう。
 一体何曲で彼女が満足したのかは記憶がないので定かではないが、もうあの我儘っぷりに振り回されることがないのはありがたい。
 
 これが俺の日常だ。
 傍若無人な幽霊に振り回されて、はずれくじを引き続ける人生を余儀なくされた可哀想な人間が俺だ。
 
 その時、ブォンという音がした、これはイヤホンの充電が切れた音だ。
 もう大学は出て、帰路についている途中なので、イヤホンを外しても問題はないだろう。
 
 イヤホンケースをポケットから出そうとすると、何やら覚えのない紙切れがポケットに突っ込んだ手に当たった。
「なんだこれ?」
 
 見るとそこにはガタガタの文字でありがとうと書かれている。
 
 おそらくあの幽霊が仕込んだものだろう、このまま気づかずに洗濯機にかけてしまっていたらどう責任を取るつもりだったのか、それにこんな紙切れ程度で奴の我儘が許容できるほど俺も大人ではない。
 とにかく今は早く帰って傷を癒そう。

「おかえり。あれ、もっと不機嫌な顔して帰ってくるかと思ったぞ。意外とスッキリした顔してるんだな」
「馬鹿言うな、俺はそんなにガキじゃない。こんなことでいちいち腹立ててたらやってられん。こんなのは日常茶飯事だ」
 
 そう、こんなことは悲しいかな日常茶飯事なのだ。
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