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雨宿り
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季節は秋から冬へとかわっていた。ドラガル様と連休が合ったためまた私たちはドラガル様の生家に出掛けることにした。前回と同様に厩舎で待ち合わせをしドラゴで向かった。私は、今回の休暇中にドラガル様に身分を打ち明ける覚悟をしていた。いつ話をしようかかなり迷ったが、できれば他人から事の真相を聞くより私から言った方がいいと考え今回の休暇中に打ち明けることにしたのだ。
ドラゴに跨っていると後ろからドラガル様が声を掛けてきた。
「エリーゼ、今日はやけに静かじゃないか。なにかあったのか」
「いいえ、別に何もないです」
「そうか、いつもに比べ元気がないように思うが・・」
ドラガル様からの問い掛けにうまく返答できず私は黙って景色を眺めていた。生家に着くと前回同様みんなが玄関に並んで私たちを出迎えてくれた。
「エリーゼ様、またお越しいただきありがとうございます」
「いいえ、また手を煩わすことになりますけど、よろしくお願いします」
私は笑顔でそう言った。すると今回もみんな揃ってハンカチを取り出し涙した。ドラガル様がまたかと言わんばかりの顔でそれを眺めていた。ひとしきり涙を流し終えるといつも通り部屋へと案内された。私は湯あみをした後、部屋着に着替え少し休むことにした。しかし、寝台に入るが打ち明けるのをいつにするか、どう切り出せばいいかなど考えているとなかなか眠りにつくことができなかった。そうしてうつらうつらしながら過ごしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「エリーゼ、起きているだろうか」
「はい」
もう、別れてから三時間が経っていた。私が急いで扉を開けるとそこには昼食のセットを手にしたドラガル様が立っていたのだ。
「どうされたんですか」
私が驚き尋ねると
「部屋でゆっくり食べるのもいいかなぁと思って準備してもらった」
笑顔でそう言い中へ入っていいか尋ねてきた。
「どうぞ」
私が中へとすすめるとドラガル様がカートを押しながら入ってきた。私はその姿が面白く少し笑ってしまった。
「少しは休めて元気がでたか」
「ええ」
私に気と遣ってくれたドラガル様の行為が嬉しく笑顔で返答した。その後私がテーブルに昼食の準備をして二人だけで遅い昼食をとった。昼食が終わるとドラガル様が私に話し掛けてきた。
「エリーゼ、なにか悩んでいることがあるのか。俺でよければ相談にのるが・・なにかあるのだろう。いつもみたいな元気がないみたいだが・・」
ドラガル様から見ても様子がおかしいのが分かるぐらい不安な気持ちが私の表情に出ていたことを実感した。このままでは、周囲に気を遣わせてしまうと考え、今のタイミングでドラガル様に打ち明けることにした。そうして、正面からドラガル様の顔を見た。
「今更なのですが・・私の事をちゃんと話していなかったので、今日は正式な名前から私のことを知ってもらおうと思って言う機会を探していました。だから、ちょっと元気がないように見えたのかもしれません」
「そうだったのか。そんなことを考えていたのか。じゃあ、改めて俺から名乗らせてもらおう。俺はドラガル・スカイガードだ。男兄弟3人の次男だ。特技は剣術ぐらいかな。好きな食べ物は、誰にも言わないでほしいがケーキかな、甘いものが好きだ。お酒は飲めないというか友人から止められている。こんな感じでいいか」
私もドラガル様に続き・・
「私は・・エリーゼ・バルシャールです」
と自分の名前を言った。すると私の名前を聞いた途端、ドラガル様の顔から笑顔が消えた。
「バルシャールと言ったのか」
「はい」
私がドラガル様を見ながらそう返事をすると・・
「バルシャールと言えば、公爵家しか俺は心当たりがないのだが・・ほかにそのような名前の家は・・」
「そうです。バルシャール公爵家、次女のエリーゼです。父は軍事指揮官をしています」
と、はっきりした口調で告げた。
「バルシャール公爵家・・」
ドラガル様は口元に手を当てながら必死に何かを考えているみたいだった。どれくらいの時間が経ったのか
「そうか、それで悩んでいたのだな。もっと早くに気付いてやれれば良かったのだが・・。俺は身分とかに疎いところがあって・・申し訳なかった」
ドラガル様はそう言うと立ち上がり、私の傍に座ると私をそっと抱き締めてくれた。私は今まで我慢していたものが一気に溢れ出し涙が止まらなかった。そうしてしばらく何も言わずに抱き締めていてくれていたドラガル様が急に私を横抱きにし寝台へと歩き出したのだ。
「ドラガル様どうしたんですか」
「エリーゼの事だ、色々考えて結局は眠れていないのだろう。今はゆっくり休むことが一番だ。俺が傍にいてやるからゆっくり休め」
そう言うと有無も言わさず私を寝台へと押し込み、自分も寝台に横になったのだ。
「ええっ」
私が驚いていると
「一人の方がいいのか。別に俺は一緒に寝てもかまわないが、二回目だしどうせマルク達にはばれているから・・」
そう言って私を抱き締めた。
「前回あんなことを言ったが、今日は何もしないから安心して眠るといい」
とドラガル様はそう付け加えた。
「ありがとうございます」
私はドラガル様のその気持ちが嬉しくドラガル様の胸に顔を埋めた。
「ドラガル様、やっぱり甘いものが好きだったんですねぇ」
「あぁ、まぁ」
「そうじゃないのかなぁって思っていたんです。ケーキを食べる時凄く嬉しそうにしていたし・・お酒が飲めない人って甘いものが好きな人が多いんですよねぇ。でも、この間の果実酒では酔っているようには思いませんでしたけど」
「あれはアルコール度数が低いものだったからなぁ。あれくらいでは酔わない。だから俺は自分ではお酒は飲めると思っているのだが、一緒に飲んだ同僚から飲むなと言われたので、相手を不快にする酒はよくないと飲まないことにした」
「そうだったんですか、でもちょっと興味がありますねぇ。今度アルコール度数が高いお酒を飲んでみましょう」
「エリーゼは、駄目だぞ。また絡んでこられたら困るからな」
「はい、私はお酒を飲むドラガル様を見ておくことにします」
「それならかまわないが」
「じゃあ、いいお酒が手に入ったら連絡しますね。って言っても父の所から持ち出してくるんですけど」
「そんなことして大丈夫なのか」
「私を誰だと思っているんですか、軍事指揮官の娘ですよ。父を騙すくらい簡単なことです。父はしっかりしているように見えるのですが、娘からするとちょっと抜けているところがあるんです。任せてください」
笑顔でそう言うと私はまたドラガル様と過ごすことができる機会が増え嬉しくてドラガル様に抱き付いた。そうしてドラガル様の体温を感じているうちに私はいつの間にか深い眠りについていた。
眠りから覚めるとあたりは暗くなっていた。横には私を抱き締めて眠るドラガル様がいた。今日は本当に眠っているらしく、私が手を伸ばしドラガル様の髪に触れても反応がなかった。私はいつも意地悪されているので仕返しとばかりにドラガル様の首に腕を回し眠るドラガル様に口づけた。すると今まで閉じていた瞼がゆっくりと開いた。
「エリーゼ、起きていたのか。いつの間にか俺の方がよく眠ってしまっていたのだな」
「いいえ、私も今起きた所です。ドラガル様、気を遣っていただきありがとうございました。ぐっすり眠れたのでもう大丈夫です」
「そうか、俺の方は大丈夫ではないが・・エリーゼ、さっき俺に何をした」
そう言うとドラガル様は私を寝台に押し倒し焦る私を横目で見ながら首元に口づけを落としてきたのだ。
「ドラガル様、止めてください。くすぐったいです」
「そうか、くすぐったいのか。なら止めておこう。気持ちいいんだったら続けようと思ったんだが」
「えっ」
私が驚いている間に、ドラガル様は起き上がり前髪をかき上げた。その姿を今度は私が横目に見ながら「やっぱり何ともいえない色気があってドラガル様ってかっこいい」と思っていたことは本人には言わず内緒にしておくことにした。
私たちは夕食を取るためダイニングへ向かおうと部屋の扉を開けた。するとそこには夕食が準備してあった。やはりみんなには一緒に過ごしていることがばれていたようで・・
「みんなもエリーゼの様子が前と違うと気にしていたから今日はみんなの気持ちに甘えてもいいんじゃないか」
私は少し考えた後
「みなさんに後でお礼の言葉を言わないと駄目ですね。本当に優しい方々でここへ来てよかったです」
私たちは夕食の乗ったワゴンを部屋に入れた。二人で夕食にした。夕食を食べ終えるとドラガル様が
「今更出掛けるのも面倒だからこのまま部屋で過ごそうか」
と私に尋ねてきた。私もドラガル様と過ごしたかったためドラガル様の意見に賛成した。
すると、ドラガル様は私の手を引くと寝台へと誘った。
「もうこうなったら、明日の朝まで一緒に過ごすか」
と、ドラガル様が言った。私は恥かしい気持ちはあったが、離れがたい気持ちもありドラガル様の意見にまた賛成したのだ。寝台に上がり座ると、ドラガル様は真剣な表情で
「しかし、公爵家となると俺の男爵家との交際は認めてもらえないだろうなぁ。どうしたものか・・」
と何か考えているようだった。そしてはたと気付き、
「あっ、休暇中はこの話はしないことに決めていたのに悪かった」
と私の方を見た。
「別にいいですよ。私もどうしても考えてしまいますし・・やっぱり、難しいですよねぇ。もっと早くに言って付き合うのを止めていればよかったんですけど・・」
と心にもない言葉を口にした。するとドラガル様は私の方を向くと
「エリーゼはそれでよかったのか。俺はいつ身分を明かされていたとしても付き合った。付き合う以外の選択肢はないと思っている」
そう言ったのだ。私はただただ嬉しくまた泣きそうになった。
「だって・・」
「お互いが惹かれあったところにたまたま身分違いがあっただけじゃないか。これからどうしていくかは二人で考えていけばいいだろう。きっと何とかなるはずだ。俺は絶対に諦めない。そうだろう。エリーゼ」
ドラガル様はそう言うと私の顔を覗き込んできた。
「ありがとうございます。私もドラガル様と同じ気持ちです。さっきは嘘をついてしまいました。私は最初から諦めてしまっていたので・・でも、ドラガル様の気持ちを聞いて私の気持ちも決まりました。私もドラガル様にふさわしい令嬢になれるよう頑張ります」
するとドラガル様は笑いながら
「エリーゼは今のままで十分俺にはもったいない令嬢だからそんなに頑張らなくてもいいぞ」
と言い私の頭を撫でた。私はドラガル様を見上げながら
「そんなことないです。ドラガル様の方が立派なんで・・やっぱり頑張ります」
「そうか、じゃあ、頑張ってもらおうか。そうだなぁ、エリーゼがどうしてもっていうのなら・・女の色気でも磨いてもろうか」
とまた笑いながらそう言った。私は負けずと
「待っていてくださいよ。ドラガル様を誘惑できるぐらいにはなってみせます」
「そうか、まだ十六だから今から先が楽しみだ。しかし、あまり頑張りすぎなくていいぞ。エリーゼが今以上にいい女になってしまったら、他の男も誘惑されて俺は困るからなぁ」
と苦笑いしながら、ドラガル様は横になり自分の横をたたいて私に横になるよう促してきた。私が少し恥ずかしがりながらドラガル様の横の寝転ぶとドラガル様は肩ひじをつきながらややぼーとした表情で私の髪に触れてきた。何かを考えているように・・私は恥ずかしかったがドラガル様をずっと見つめていた。ずっとこの時間が続けばいいのに・・と思いながら・・そうして見つめていると無性に口づけがしたくなり気付いた時には口づけてしまっていた。
「ドラガル様、なに考えているんですか」
「えっ、あぁ。どうしたらエリーゼを手に入れられるかなぁと・・」
私はボーとしているドラガル様の気を引きたくて口づけをしたのに・・実は私のことを考えていてくれたことが嬉しくてまたドラガル様に口づけた。
「エリーゼ、あまり俺を刺激するのは止めてくれないか」
ドラガル様はそう言うと私を寝台に押さえつけた。
「さっきはなにもしないと言ったが・・状況によってはその約束は無効にさせてもらうからな」
「なにも刺激なんてしてないですよ」
私が焦ってそう言うと
「口づけは俺を煽っていると思うのだが・・」
ドラガル様はそう言うと、口づけを私にしてきた。それはいつものような軽い口づけとは違い何度もされているうちに私の息はあがり、抵抗もできなくなっていった。そうしているうちに口づけは口から少しずつ場所を移し気付いた時には首筋まできていた。私は必死に声を絞り出し
「ドラガル様、お願いです。もう苦しいです・・」
と言った。するとドラガル様は私の首筋に強く口づけた。チクッとした痛みを感じた瞬間ドラガル様は私の首元から顔を上げて私の顔を見た。するとドラガル様は顔をやや赤らめながら口元に手を当て私の顔から視線を外した。そうして
「また、俺を煽ったら今以上の事をするからな」
と仰向きになりながら言った。
その後も身分違いに関する問題について二人で色々話し合いったが、なかなかいい案が思い浮かばなかったため、今後少しずつ話し合っていくことで今回の話し合いは終了することにし、今は休暇を楽しむことにした。
寝台の中では今までの生活についてお互い話をした。
「私は公爵令嬢ではあったんですけど、母親が幼少の時ぐらいは自由に過ごさせてやりたいと十二歳まで田舎で生活していました。畑を耕したり釣りをしたり、猟に連れて行ってもらったりと普通の令嬢は経験しないようなことをたくさんさせてもらいました。以前に作った料理も一緒に過ごしていた人たちに教えてもらいました。腕はまだまだですけど・・そうそう、実はお菓子も一応作れるんですよ。お菓子は暇があったら作っているのでよかったら今度作ってきましょうか」
「あぁ、是非頼む」
「そうそう、前に言っていた騎士様ともその時に出会っていて、毎週末剣や護身術を教えてもらっていました。凄く面白い人でいつも私は笑っていたように思います。そうそうよくフルーツをお土産に持って来てくれていました。あぁ、また会いたいなぁ」
「またその田舎に行ったら会えるのだろう」
「いいえ、騎士様は私が街に帰る時に、地元に戻ると言われていたので田舎に行っても会えないと思います」
「名前は憶えているのか」
「いいえ、実はいつも騎士様と呼んでいたので前に言った通り名前は知らないんです。どこの出身かも知らなくて・・」
「そうか、そうとなると会うのは難しいかもしれないなぁ」
「でも、きっと会えるって思ってるんです。ドラガル様は幼いときどんな感じだったんですか」
「そうだなぁ、意地悪なクソガキってとこかなぁ」
「ええーそうなんですか」
私は想像ができずそう反応した。
「俺は男爵家次男でそれこそ我が物顔で子分を従えて歩いていた感じだったなぁ。兄はどちらかというとおとなしく、弟はいつも俺に怯えながら後を追っていた感じだったなぁ。俺はいつもイライラしていて気に食わない奴がいたら喧嘩を仕掛けていた。俺が十歳ぐらいの時だったかなぁ。祖父が家にやってきて急に俺に剣術を教えだしたんだ。俺はそれまで誰にも負けないと思っていたが祖父にこれでもかってくらいやられてしまって、悔しくて悔しくてどうしても祖父より強くなりたくて剣の稽古に明け暮れた。そうしているうちにイライラすることがなくなり喧嘩を仕掛けることもなくなった。どうせ戦ったって俺の方が強いと思っていたのが本音だったがな」
「へぇー、幼いときはそんな感じだったんですねぇ。今からは想像できない感じですね。そんなにおじいさまって強かったんですか」
「あぁ、男爵家でありながら、筆頭護衛騎士まで上り詰めた人だからなぁ。強いどころじゃなかったな。いつもへらへらしてたけど・・」
ドラガル様は自分の事のように自慢げに話していた。
「それじゃあ、今戦っても負けるんですか」
「いや、負けない。俺の方が強いはずだ」
と、ドラガル様は自信満々に返答した。
「一度、戦っているところを見てみたいですねぇ」
「練習の試合では、祖父の強さはわからないだろうなぁ。なんせ戦い方が実践向きだから、色々卑怯な手を使ってくるのだ。実践では卑怯かどうかなんてどうでもよく勝てばいいのだからそうなったんだろう。だから実際は戦いにくいから俺はあまり戦いたくないなぁ」
「そうなんですか。私はドラガル様が真剣に戦っているところをもう一度見てみたいです。凄くかっこよかったし・・」
「そうか」
ドラガル様は少し照れくさそうに返答して天井を見上げた。
「明日はちょっと遠くまで出掛けてみようか」
「そうですね。今度はどこに連れて行ってくれるんですか」
「そうだなぁ。湖の反対側にでも行ってみるか。湖のほとりを馬で走ると気持ちがいいから」
「私はドラガル様と一緒だったらどこでもいいです」
私がそう言ってドラガル様に抱き付くとドラガル様も嬉しそうに私を抱き締めた。
「そうなると明日も早くなるからそろそろ寝ようか」
「そうですね」
私はそう言うとドラガル様に背中を向けるような体勢になった。
「どうしてそっちを向くんだ」
「えっ、どうしてって・・寝顔を見られるのが恥ずかしいんです」
私がそう言うと
「もう、今までに何度も見ているのだが・・まぁ、別にいいが」
ドラガル様はそう言うと後ろから私を抱き締めて眠ってしまった。私は耳元から規則的に聞こえてくる寝息を聞きながら眠りについた。
次の日、昼食を準備してもらって遠乗りに出掛けた。朝から雲一つない快晴で空気も澄んでいてとても気持ちよかった。湖の反対側に着くとそこには小さな馬小屋付きの小屋があった。
「ちょっと、ここで休んでいこうか」
そう言ってカギを開けると中へと入っていった。中にテーブルやベッドなど最低限の生活ができる物資があった。湖の反対側は王家所有の土地になっているのだが、誰でも自由に立ち入ってもいいことになっているのだ。一応王家所有であるため、時々騎士の見回りがあり、この小屋は見回りに来た騎士が宿泊する施設になっているのだ。ドラガル様はこの小屋の管理も任されているのでカギを私有していたのだ。中で昼食を終えると歩いて湖の周りを散歩することにした。散歩をしていると湖に結構大きな魚がいることが分かり、二人で竿を準備して魚釣りをして過ごした。そうしているうちに雲行きが怪しくなってきた。
「エリーゼ、一雨きそうだ。急いで小屋に戻ろう」
私とドラガル様は急いで小屋へと引き返したが途中で雨に降られ小屋に着いた時には着ている服がかなり濡れてしまっていた。
「エリーゼ、大丈夫か。今、暖炉に火をつけるからこのタオルで体を拭いて寒くないようにするんだ」
「はい」
私はドラガル様からタオルを受け取ると顔や腕を拭いたが服が濡れているためどうしても体の熱が持っていかれてしまい、身震いが止まらなかった。
「エリーゼ、火が付いたからこっちに」
ドラガル様に近づくとドラガル様は上の服を脱いで椅子に掛けて干していた。私が目のやり場に困っていると
「エリーゼもかなり濡れているだろう。嫌かもしれないが着ている服を脱いでこの毛布にくるまった方がいい」
そう言って毛布を渡しながらカウンターの陰を指さした。私は恥ずかしかったが寒くて身震いが止まらなかったためカウンターの陰で服を脱いで毛布にくるまった。毛布の中は来ていた服がドレスだったためドレスを脱いでしまうと身につけているのはシミーズと下着だけだった。しかし冷たいドレスを脱いだので幾分体は温かくなった。ドラガル様も毛布にくるまりながら暖炉の火の調整をしていた。私はドラガル様の隣に行くと傍に腰を下ろした。
「もうすぐしたらお湯が沸くから温かい紅茶でも飲もうか」
「ドラガル様って手際がいいですねぇ。世の中の男性はみんなそうなんですか」
「あぁ、俺の場合は、訓練で何度も野営をしていたから慣れているんだ」
「あぁ、そう言えば前にパンを食べた時、野営に良く持っていくって言ってましたよねぇ」
私が話しているうちにドラガル様は紅茶を持って来てくれた。
「温かくておいしいです。体の中から温まります」
「そうか、それはよかった。もう少し待っていたら雨も止むだろう」
そうして暖炉の前で紅茶を飲んでいるとふとドラガル様の髪の毛に蜘蛛の巣がついていることに気が付いた。
「ドラガル様、髪に蜘蛛の巣がついています」
私が蜘蛛の巣を取ろうと手を伸ばすと肩にかけていた毛布がずれた。私は急いで胸元を押さえたが右肩が露わになってしまった。
「あっ」
私が慌てているとドラガル様がはだけた毛布を掛け直してくれた。
「見えちゃいました?」
私がドラガル様に尋ねると
「あぁ、こんなことを聞いてもいいかよくわからないが・・どうしたんだこの傷は」
私はやっぱり見られてしまったと思いながら、言葉を続けた。
「この傷は幼いときに馬から落馬した時に負ったものなんです。馬から落ちて引き摺られる形になったので傷が大きくなってしまって・・」
「そうだったのか。この傷だと右手が動かしにくいとかあるのか」
「いいえ、動きは問題ないです。でも・・令嬢として背中にこんなに大きな傷があると・・結婚に支障があると言われてしまって・・」
私がそう言うと
「そうなのか。どんな支障があるのだ?」
ドラガル様は全く分からないといった感じで問うてきた。
「こんな傷があると品格が問われるみたいで、少しでも体に傷があると縁談も断られるんです」
「全く意味が分らないのだが・・傷があるからってその人自身に問題があるわけでもないだろう。どうして見かけばかり気にするんだ。それよりももっと大事なことがあると思うのだが・・」
ドラガル様はそう普通に返答した。
「みんながみんなドラガル様みたいな人ばかりだったら問題はないんでしょうけどね」
と私は少し悲し気に返答した。すると
「エリーゼ、これからは気にしなくても同丈夫だぞ。その傷は俺以外見ることはないのだから・・まぁエリーゼが他の奴に見せる気があれば話はちがってくるが」
「ないです」
私が強く言い切ると
「そうだろう。俺以外に見せてもらっては俺が逆に困ってしまうからな。俺は傷なんて全く気にしない。エリーゼが俺の傷を気にしなかったように・・エリーゼの傷はこれから先俺以外誰も目にすることはないのだから・・」
ドラガル様は私の方を向くと真剣な表情でそう言った。私は照れくさくなり顔を隠すために外の天気を見ようと急いで立ち上がり窓の方へ行こうとしたが・・自分の毛布を踏んでしまい体がよろめいてしまった。
「エリーゼ!」
ドラガル様が倒れそうになっている私を庇い私の下敷きになった。それも下着しか身につけていない私の下に・・
「あっ、ごめんなさい」
私は急いで起き上がろうとしたが毛布が絡まりうまく動けなかった。するとドラガル様が天井を見つめながら
「エリーゼ、頼むからあまり動かないでいてくれるか。俺の理性が崩れ去ってしまう」
と静かに呟いた。私は今の状況をゆっくり観察してみた。すると・・上半身裸のドラガル様の上に下着姿の私が馬乗りになっているのだ。この状況は非常にまずいと思ったが焦れば焦るほどうまく動けない。するとドラガル様が私の動きを止めようと腰に手を置いたのだ。
「あっ」
っと、私は何とも言えない声を出してしまった。ドラガル様はしまったとばかりに急いで手を離したが出てしまった声は引っ込めることもできず・・私はドラガル様の上でただただ赤くなるばかりだった。そうして私の下で必死に理性を保とうと努力しているドラガル様を見ていると急に愛おしさが込上げてきた。そして、ややパニックになっていた私はよからぬ考えを思いつてしまったのだ。身分違いからどうしても結婚できないのであれば既成事実を作ってしまえばいいのではないかと・・今、ここでドラガル様と・・私は勇気を振り絞りドラガル様に言った。片手で顔を覆っているドラガル様に
「ドラガル様、私と既成事実を作っていただけないでしょうか」
「えっ」
ドラガル様は驚いて私の方を見た。
「どうしてそんなことを言うんだ。冷静になった方がいい。今はふとしたはずみでこうなってしまったが・・」
「でも、既成事実があったら結婚も認めてもらえるかもしれないでしょう。私はずっとドラガル様と一緒に居たいんです。ドラガル様にだったら既成事実を作ってもらってもいいです」
と私は言い切った。するとドラガル様は私を自身の上から落ちないように支えながら起き上がると私を太ももに乗せ
「エリーゼ、そんな事実はいらないんだ。俺は何があっても必ずエリーゼを手に入れてみせる。それまで決してエリーゼを抱いたりしない。そんな無責任なことどうしてできようか。俺はエリーゼのことを大切に思っている。だからエリーゼも自分のことをもっと大事にしてほしい」
と真剣な表情で私の目を見て話しかけてきた。私は自分が言ったことに後悔した。
「すみませんでした」
私が目に涙を浮かべながらそう言うとドラガル様は静かに抱き締めてくれた。しばらくそうしていて私の涙がおさまるとドラガル様は自身の太ももから私を下ろし毛布を掛けなおしてくれた。
「ありがとうございます」
私がそう言うと、ドラガル様は今度は怒ったように言った。
「それにしてもエリーゼはいつも俺のことを試しているのか」
「そんなことはないです」
「しかし、酔って絡んでくるし、今日は既成事実を作ろうと言うし、俺の理性はとっくに限界がきているのだが・・結婚がきまったらきっちり返してもらわないと割に合わない。そもそも既成事実とは何か知らないのだろう」
そう言われ
「えっ、既成事実ってこういう場面で言う言葉なのでしょう。周りの令嬢がそんなことを言っているのを聞いたことがあるし・・基本そう言って殿方に任せればいいとも聞いたので・・」
「はぁ、お前たちはどんな会話をしているのだ」
ドラガル様は溜息をつくと私の頭を撫でながら
「男に簡単にそのようなことを言ってはいけない。世の中の男は女性からそう言われればほとんどがその通りにしてしまうからな」
そう聞いて私は疑問に思いドラガル様に問い返した。
「そうなんですか。でもドラガル様はそうはなりませんでしたよねぇ」
それを聞いたドラガル様は私の耳元で
「まぁ、俺の理性が何とか持ちこたえたからな」
と言った。私がよくわからないと言った表情でドラガル様を見上げていると
「じゃあ、既成事実とは何か教わってから俺をもう一度誘ってくれるか。多分無理だろうが・・」
とドラガル様は笑いながらそう言葉を続け、私に口づけてきた。
「分かりました。勉強しておきます」
私はまだよく意味は分からないままだったが、さっきドラガル様が言ってくれた言葉を思い出し私はなんて幸せなんだろうと思いながら口づけに応えた。
夕方になっても雨の激しさはおさまらず、夜に馬を走らせるのは危険なため今日はこの小屋で休んでから明け方屋敷へ戻ることにした。すっかり服が乾いたため服を着るとドラガル様はドラゴに餌をやるため小屋から出て行った。私は昼間に釣った魚を小屋にある調味料を使って料理した。料理と言っても塩焼きにしたぐらいだが、あと小麦粉があったので捏ねてパンを焼いて夕食の準備をした。ドラガル様が戻ってくると
「いい匂いがしてきたから急いで戻って来た」
と笑顔で言った。
「簡単な料理しかできていませんよ。期待しないでくださいね」
私は笑顔で返答した。二人でテーブルに座ると夜ご飯にした。
「出来立て、焼きたてはおいしいなぁ。なによりエリーゼの手料理っていうのがいい。まるで一緒に住んでいるみたいに感じるなぁ」
ドラガル様は嬉しそうにそう言ってくれた。私はそう言われすごく嬉しかった。私もドラガル様が家に入って来た時同じように感じていたからだ。
夕食が終わると二人で窓際に座り外を眺めた。何も言わずに二人で外を眺めていただけだったが幸せだった。私は静かにドラガル様の肩に頭を預けた。ドラガル様は何も言わずに私の肩を抱き寄せた。
「これから先どうなるんでしょうか」
「そうだなぁ。越えなければいけない壁がたくさんあることは確かだな。まぁ、一人で越えるのは大変だが二人ならなんとかなるだろう」
「そうですね。ドラガル様が一緒だとどんな壁でも乗り越えられそうです」
私は笑顔でそう言った。
「そうだ。こんなことを考えるよりもっと楽しいことを考えようか。そうだエリーゼは何かしたいこととかないのか」
ふいに質問され私はドラガル様との日常を想像した。
「そうですねぇ。ドラガル様とまた街へ買い物に・・デートしたいです。この間はまだ付き合っていなかったから・・パーティーにも一緒にまた出席したいです。前みたいに一緒にダンスを踊りたいです。ああいう場は好きではなかったんですけどドラガル様が一緒だとやっぱり楽しいので・・」
「そうか、じゃあ、王宮に戻ったらまた街に行こうか、今度はデートとして。パーティーも俺もエリーゼが一緒だったら出席してもかまわない。エリーゼが出席したいものがあったら言ってくれればいい。そうだ、エリーゼの誕生日はいつになるんだ。」
「七月です」
「そうか、もう過ぎてしまったのか」
ドラガル様は残念そうにそう言った。
「でも、誕生日の日、ドラガル様にドラゴに乗せてもらったんですよ」
「えっ、あの日がそうだったのか。あの頃はまだそんなに色々話をしていなかったからなぁ」
「私はドラガル様と過ごせて凄く楽しくていい誕生日でした」
「そうだったのならいいが・・今度の誕生日は一緒に過ごそう。それこそデートをしようか」
「嬉しいです。ところでドラガル様の誕生日はいつなんですか」
「俺は一月だ」
「じゃあ、もうすぐなんですねぇ。その日開けといてくださいね。デートしたいので」
私は笑顔でドラガル様にお願いした。
「わかった、エリーゼのために休みをとっておくよ」
「ありがとうございます。プレゼントを贈りたいので・・なにか欲しいものはありますか」
とドラガル様に尋ねた。
「そうだなぁ。これといって欲しいものは・・エリーゼが送ってくれるものだったらなんでもいいが・・できれば身につけられるものがいいかなぁ」
「わかりました」
私はそう返答すると何がドラガル様に似合うか色々考えていた。
「エリーゼはなにか欲しいものとかあるのか」
「私も別に欲しいものとかはないですねぇ。今年は祖父に短剣をもらいました。綺麗な薔薇の装飾がされた」
「へぇ、短剣をもらったのか」
「はい。おじいちゃんはいつも私の欲しいものをくれるんです」
それを聞いたドラガル様は難しい顔をしていた。
「どうしたんですか」
「俺はエリーゼのおじいちゃんに勝てない気がする・・」
私はどうしてドラガル様と祖父が戦うことになるのかわからなかった。
「いろいろなところに出掛けたいですねぇ。でも、まだ目立つことはできないから残念です。人目を気にせずドラガル様と過ごせればいいのに・・」
「なるべく早くなんとかしよう。俺が仕事で出世するのが一番早そうだが・・夜勤勤務では・・とにかく昼間勤務になれるよう頑張るよ」
「ありがとうございます。私も何かできることがあればいいんですけど・・」
「そうだなぁ、俺が仕事を頑張ることができるように支えてくれればいい」
ドラガル様にそう言われたが私は何をすればいいのか全く見当がつかず
「えっ、具体的になにをすればいいのか・・」
とドラガル様に問い返した。
「そうだなぁ、例えば、手作りのお菓子を差し入れてくれるとか、休みの一緒に出掛けるとかかなぁ」
「えっ、そんなことでいいんですか」
「あぁ、気持ちが満たされていればおのずと仕事も頑張れるからなぁ。まぁ他にもあるが他はおいおい話していくよ」
と言われた。
「分かりました。頑張ります」
私は拳を掲げると笑顔で返答した。
「じゃあ、とりあえず明日は早くなるからもう寝よう。今日は十分満たされたから」
そう言うとドラガル様は私の手を引きベッドへと移動した。ベッドはひとつしかなかったため今晩も一緒に寝ることにした。私はまたドラガル様に背中を向けて横になった。するとドラガル様は昨日のように私を抱き締めて眠りについた。
次の日の早朝、雨が上がっていたので屋敷へと戻った。
「坊ちゃま、エリーゼ様ご無事でよかったです。湯あみの準備が整っているので温まってください」
私たちが屋敷に戻るとマルクさんが満面の笑みで出迎えてくれた。私たちはそれぞれの部屋で湯あみを済ませると帰る準備をした。
男爵の思い
急な雨で濡れてしまった俺たちはやっとのことで小屋に辿り着いた。俺は濡れた上着を脱ぎいで椅子にかけるとタオルをエリーゼに渡し暖炉に火を入れた。
「エリーゼ、火が付いたからこっちに」
とエリーゼに声を掛けた。傍にきたエリーゼは寒さから震えていた。そしてドレスは濡れて体のラインを強く強調していた。俺は目のやり場に困りながら
「エリーゼもかなり濡れているだろう。嫌かもしれないが着ている服を脱いでこの毛布にくるまった方がいい」
そう言って毛布を渡しながらカウンターの陰を指さした。エリーゼは着替えをすますと再び俺の隣に来て腰を下ろした。俺は温かな紅茶をエリーゼに準備し手渡した。
そうして暖炉の前で紅茶を飲んでいるとエリーゼが
「ドラガル様、髪に蜘蛛の巣がついています」
と言って俺の頭に手を伸ばした。すると、肩にかけていた毛布がずれて右肩が露わになった。その肩を見て俺は驚いたが何も言わずに毛布を掛け直した。するとエリーゼが
「見えちゃいました?」
と尋ねてきたのだ。俺はどうこたえようか迷ったが素直に問い掛けた。
「あぁ、こんなことを聞いてもいいかよくわからないが・・どうしたんだこの傷は」
するとエリーゼは悲しそうな表情で落馬による傷であると説明した。俺は傷による障害があるのかが気になりエリーゼに確認したが動きに関しては問題はないようだった。
「でも・・令嬢として背中にこんなに大きな傷があると・・結婚に支障があると言われてしまって・・」
エリーゼはそう続けた。俺は意味が分らずさらに問い返した。すると
「こんな傷があると品格が問われるみたいで、少しでも体に傷があると縁談も断られるんです」
とエリーゼは答えた。やっぱり理解ができなかったので自分の素直な思いを口にした。
「みんながみんなドラガル様みたいな人ばかりだったら問題はないんでしょうけどね」
とエリーゼはまた悲し気に返答した。俺はエリーゼに
「エリーゼ、これからは気にしなくても同丈夫だぞ。その傷は俺以外見ることはないのだから・・まぁエリーゼが他の奴に見せる気があれば話はちがってくるが」
と答えエリーゼからの返答を待った。
「ないです」
とエリーゼは強く言い切った。俺は安堵し嬉しくなった。すると急にエリーゼは立ち上がり窓の方へ行こうとした。どうしたのだろうと見ているとエリーゼは自分の毛布を踏んでこけそうになった。俺は急いでエリーゼを庇った。そうして気付いた時には何とも言えない状況になっていた。なんと下着姿のエリーゼが自分の腹の上に乗っているではないか。その様子を目にした途端、腹に意識が集中した。何とも柔らかな感触だった。そこで我に返り気を逸らそうと天井を見上げた。エリーゼは今の状況を何とかしようと必死に俺の上でもがいていたが状況は変わることはなかった。俺はもう限界と思いエリーゼを下ろそうと腰を持った。
「あっ」
エリーゼが艶めかしい声をあげたのだ。俺はまずいと思い手を離した。今の状況からどうして抜け出そうか必死になって考えていると・・顔を赤らめたエリーゼが
「ドラガル様、私と既成事実を作っていただけないでしょうか」
と言ってきたのだ。俺は心の中で「なにー」と叫ぶのを抑えながらエリーゼに問い掛けた。すると
「既成事実があったら結婚も認めてもらえるかもしれないでしょう。私はずっとドラガル様と一緒に居たいんです。ドラガル様にだったら既成事実を作ってもらってもいいです」
とエリーゼは言ったのだ。俺はそれを聞いて冷静になりエリーゼを俺の上から落とさないように支えながら起き上がるとエリーゼを太ももに乗せた。そうして自分の思いを伝えた。
「エリーゼ、そんな事実はいらないんだ。俺は何があっても必ずエリーゼを手に入れてみせる。それまで決してエリーゼを抱いたりしない。そんな無責任なことどうしてできようか。俺はエリーゼのことを大切に思っている。だからエリーゼも自分のことをもっと大事にしてほしい」
と。エリーゼは謝ると目に涙を浮かべていた。俺はエリーゼの思いが嬉しく、泣いているエリーゼが愛おしくて静かにエリーゼを抱き締めた。エリーゼの涙がおさまった頃、俺はエリーゼを太ももから下ろし毛布を掛けなおした。そうして、エリーゼを今度は違う内容で問い詰めた。
「既成事実とは何か知っているのか」
すると、エリーゼは平然と
「えっ、既成事実ってこういう場面で言う言葉なのでしょう。周りの令嬢が好きな男性とどうしても一緒に居たいときに言えばいいみたいなことを言っているのを聞いたので・・基本そう言って男性に任せればいいとも聞いたので・・」
と返答してきたのだ。何も知らないということはなんて恐ろしいのだと痛感しながらエリーゼに忠告しエリーゼを揶揄うために
「じゃあ、既成事実とは何か教わってから俺をもう一度誘ってくれるか。多分無理だろうが・・」
と笑いながら言い、エリーゼに口づけた。エリーゼは意味が分らないと言った感じで返事をしていたが・・
夕方になっても雨の激しさはおさまらず、夜に馬を走らせるのは危険なため今日はこの小屋で休んでから明け方屋敷へ戻ることにした。俺は服が乾いたため俺はドラゴに餌をやりブラッシングするために馬小屋へ行った。そうしてしばらくドラゴと過ごしていると小屋からいい匂いがしてきた。俺は急いで片付けると小屋に戻った。
「簡単な料理しかできていませんよ。期待しないでくださいね」
とエリーゼは笑顔で迎えてくれた。エリーゼが作ってくれた夕食は本当においしかった。やっぱり好きな女性の手料理は最高だと思いながら俺は食べた。
夕食が終わると二人で窓際に座り外を眺めた。するとエリーゼが俺の肩に頭を乗せてきた。俺はエリーゼの肩を抱き寄せた。そうしてこれからのことについて話した。話しているときふとエリーゼの誕生日が気になり尋ねた。
「エリーゼの誕生日はいつになるんだ」
「七月です」
残念なことにもう過ぎてしまっていた。誕生日にデートに誘おうと考えた俺の案が見事に崩れ去ってしまった。残念に思っていると今度はエリーゼが俺の誕生日を尋ねてきた。一月であると告げると、エリーゼは嬉しそうに
「じゃあ、もうすぐなんですねぇ。その日開けといてくださいね。デートしたいので」
と言いプレゼントまでくれると言ってくれた。何がいいか問われ一番に考えたのはエリーゼだったがそんなことは言えるわけもなく身につけるものがいいと返答した。前にブーツを選んでもらえ嬉しかったのがあったからだ。ふと俺もエリーゼに何か贈り物がしたいと思いエリーゼに尋ねてみたが返答は予想通りで、祖父から短剣をもらったと聞いた時は、祖父以上のプレゼントは難しいと思いここは系統を変更し俺自身がエリーゼに身につけてほしいものを送ろうと心の中で思った。しばらく話をした後、俺はエリーゼの手を引きベッドへと移動した。ベッドはひとつしかなかったため今晩も一緒に寝ることにした。エリーゼはまた昨晩のように背中を向けて横になった。俺はまたエリーゼを後ろから抱き締めて眠った振りをした。するとエリーゼは安心したのかしばらくすると体の緊張が解け寝息が聞こえてきた。俺はエリーゼが眠っているのを確認するとゆっくりとエリーゼの体を自分の方に向かせ正面から抱き締めなおした。やっぱり寝ているエリーゼは可愛いなぁ、また少し悪戯してみようかなぁと思いながら・・顔や首筋に何度も口づけた。するとくすぐったそうに微笑むのだ。もうたまらない。しばらくそうしているとエリーゼの息が急に早くなってきた。これはまずいまたやり過ぎたと思い、まだしたい気持ちを抑え、エリーゼを抱き締めて眠ろうと心がけた。何とか眠りにつき目を覚ますと胸に温かなものを感じた。目を開けるとエリーゼが俺の胸に顔を埋め抱き付きながら眠っているのだ。何と可愛いのだろう。俺はエリーゼを起こすのがもったいなく感じ再び目を閉じ眠ることにした。
次の日の早朝、雨が上がっていたので屋敷へと戻った。玄関では満面の笑みで出迎えるマルクの姿があった。俺たちはそれぞれの部屋で湯あみを済ませると帰る準備をした。
ドラゴに跨っていると後ろからドラガル様が声を掛けてきた。
「エリーゼ、今日はやけに静かじゃないか。なにかあったのか」
「いいえ、別に何もないです」
「そうか、いつもに比べ元気がないように思うが・・」
ドラガル様からの問い掛けにうまく返答できず私は黙って景色を眺めていた。生家に着くと前回同様みんなが玄関に並んで私たちを出迎えてくれた。
「エリーゼ様、またお越しいただきありがとうございます」
「いいえ、また手を煩わすことになりますけど、よろしくお願いします」
私は笑顔でそう言った。すると今回もみんな揃ってハンカチを取り出し涙した。ドラガル様がまたかと言わんばかりの顔でそれを眺めていた。ひとしきり涙を流し終えるといつも通り部屋へと案内された。私は湯あみをした後、部屋着に着替え少し休むことにした。しかし、寝台に入るが打ち明けるのをいつにするか、どう切り出せばいいかなど考えているとなかなか眠りにつくことができなかった。そうしてうつらうつらしながら過ごしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「エリーゼ、起きているだろうか」
「はい」
もう、別れてから三時間が経っていた。私が急いで扉を開けるとそこには昼食のセットを手にしたドラガル様が立っていたのだ。
「どうされたんですか」
私が驚き尋ねると
「部屋でゆっくり食べるのもいいかなぁと思って準備してもらった」
笑顔でそう言い中へ入っていいか尋ねてきた。
「どうぞ」
私が中へとすすめるとドラガル様がカートを押しながら入ってきた。私はその姿が面白く少し笑ってしまった。
「少しは休めて元気がでたか」
「ええ」
私に気と遣ってくれたドラガル様の行為が嬉しく笑顔で返答した。その後私がテーブルに昼食の準備をして二人だけで遅い昼食をとった。昼食が終わるとドラガル様が私に話し掛けてきた。
「エリーゼ、なにか悩んでいることがあるのか。俺でよければ相談にのるが・・なにかあるのだろう。いつもみたいな元気がないみたいだが・・」
ドラガル様から見ても様子がおかしいのが分かるぐらい不安な気持ちが私の表情に出ていたことを実感した。このままでは、周囲に気を遣わせてしまうと考え、今のタイミングでドラガル様に打ち明けることにした。そうして、正面からドラガル様の顔を見た。
「今更なのですが・・私の事をちゃんと話していなかったので、今日は正式な名前から私のことを知ってもらおうと思って言う機会を探していました。だから、ちょっと元気がないように見えたのかもしれません」
「そうだったのか。そんなことを考えていたのか。じゃあ、改めて俺から名乗らせてもらおう。俺はドラガル・スカイガードだ。男兄弟3人の次男だ。特技は剣術ぐらいかな。好きな食べ物は、誰にも言わないでほしいがケーキかな、甘いものが好きだ。お酒は飲めないというか友人から止められている。こんな感じでいいか」
私もドラガル様に続き・・
「私は・・エリーゼ・バルシャールです」
と自分の名前を言った。すると私の名前を聞いた途端、ドラガル様の顔から笑顔が消えた。
「バルシャールと言ったのか」
「はい」
私がドラガル様を見ながらそう返事をすると・・
「バルシャールと言えば、公爵家しか俺は心当たりがないのだが・・ほかにそのような名前の家は・・」
「そうです。バルシャール公爵家、次女のエリーゼです。父は軍事指揮官をしています」
と、はっきりした口調で告げた。
「バルシャール公爵家・・」
ドラガル様は口元に手を当てながら必死に何かを考えているみたいだった。どれくらいの時間が経ったのか
「そうか、それで悩んでいたのだな。もっと早くに気付いてやれれば良かったのだが・・。俺は身分とかに疎いところがあって・・申し訳なかった」
ドラガル様はそう言うと立ち上がり、私の傍に座ると私をそっと抱き締めてくれた。私は今まで我慢していたものが一気に溢れ出し涙が止まらなかった。そうしてしばらく何も言わずに抱き締めていてくれていたドラガル様が急に私を横抱きにし寝台へと歩き出したのだ。
「ドラガル様どうしたんですか」
「エリーゼの事だ、色々考えて結局は眠れていないのだろう。今はゆっくり休むことが一番だ。俺が傍にいてやるからゆっくり休め」
そう言うと有無も言わさず私を寝台へと押し込み、自分も寝台に横になったのだ。
「ええっ」
私が驚いていると
「一人の方がいいのか。別に俺は一緒に寝てもかまわないが、二回目だしどうせマルク達にはばれているから・・」
そう言って私を抱き締めた。
「前回あんなことを言ったが、今日は何もしないから安心して眠るといい」
とドラガル様はそう付け加えた。
「ありがとうございます」
私はドラガル様のその気持ちが嬉しくドラガル様の胸に顔を埋めた。
「ドラガル様、やっぱり甘いものが好きだったんですねぇ」
「あぁ、まぁ」
「そうじゃないのかなぁって思っていたんです。ケーキを食べる時凄く嬉しそうにしていたし・・お酒が飲めない人って甘いものが好きな人が多いんですよねぇ。でも、この間の果実酒では酔っているようには思いませんでしたけど」
「あれはアルコール度数が低いものだったからなぁ。あれくらいでは酔わない。だから俺は自分ではお酒は飲めると思っているのだが、一緒に飲んだ同僚から飲むなと言われたので、相手を不快にする酒はよくないと飲まないことにした」
「そうだったんですか、でもちょっと興味がありますねぇ。今度アルコール度数が高いお酒を飲んでみましょう」
「エリーゼは、駄目だぞ。また絡んでこられたら困るからな」
「はい、私はお酒を飲むドラガル様を見ておくことにします」
「それならかまわないが」
「じゃあ、いいお酒が手に入ったら連絡しますね。って言っても父の所から持ち出してくるんですけど」
「そんなことして大丈夫なのか」
「私を誰だと思っているんですか、軍事指揮官の娘ですよ。父を騙すくらい簡単なことです。父はしっかりしているように見えるのですが、娘からするとちょっと抜けているところがあるんです。任せてください」
笑顔でそう言うと私はまたドラガル様と過ごすことができる機会が増え嬉しくてドラガル様に抱き付いた。そうしてドラガル様の体温を感じているうちに私はいつの間にか深い眠りについていた。
眠りから覚めるとあたりは暗くなっていた。横には私を抱き締めて眠るドラガル様がいた。今日は本当に眠っているらしく、私が手を伸ばしドラガル様の髪に触れても反応がなかった。私はいつも意地悪されているので仕返しとばかりにドラガル様の首に腕を回し眠るドラガル様に口づけた。すると今まで閉じていた瞼がゆっくりと開いた。
「エリーゼ、起きていたのか。いつの間にか俺の方がよく眠ってしまっていたのだな」
「いいえ、私も今起きた所です。ドラガル様、気を遣っていただきありがとうございました。ぐっすり眠れたのでもう大丈夫です」
「そうか、俺の方は大丈夫ではないが・・エリーゼ、さっき俺に何をした」
そう言うとドラガル様は私を寝台に押し倒し焦る私を横目で見ながら首元に口づけを落としてきたのだ。
「ドラガル様、止めてください。くすぐったいです」
「そうか、くすぐったいのか。なら止めておこう。気持ちいいんだったら続けようと思ったんだが」
「えっ」
私が驚いている間に、ドラガル様は起き上がり前髪をかき上げた。その姿を今度は私が横目に見ながら「やっぱり何ともいえない色気があってドラガル様ってかっこいい」と思っていたことは本人には言わず内緒にしておくことにした。
私たちは夕食を取るためダイニングへ向かおうと部屋の扉を開けた。するとそこには夕食が準備してあった。やはりみんなには一緒に過ごしていることがばれていたようで・・
「みんなもエリーゼの様子が前と違うと気にしていたから今日はみんなの気持ちに甘えてもいいんじゃないか」
私は少し考えた後
「みなさんに後でお礼の言葉を言わないと駄目ですね。本当に優しい方々でここへ来てよかったです」
私たちは夕食の乗ったワゴンを部屋に入れた。二人で夕食にした。夕食を食べ終えるとドラガル様が
「今更出掛けるのも面倒だからこのまま部屋で過ごそうか」
と私に尋ねてきた。私もドラガル様と過ごしたかったためドラガル様の意見に賛成した。
すると、ドラガル様は私の手を引くと寝台へと誘った。
「もうこうなったら、明日の朝まで一緒に過ごすか」
と、ドラガル様が言った。私は恥かしい気持ちはあったが、離れがたい気持ちもありドラガル様の意見にまた賛成したのだ。寝台に上がり座ると、ドラガル様は真剣な表情で
「しかし、公爵家となると俺の男爵家との交際は認めてもらえないだろうなぁ。どうしたものか・・」
と何か考えているようだった。そしてはたと気付き、
「あっ、休暇中はこの話はしないことに決めていたのに悪かった」
と私の方を見た。
「別にいいですよ。私もどうしても考えてしまいますし・・やっぱり、難しいですよねぇ。もっと早くに言って付き合うのを止めていればよかったんですけど・・」
と心にもない言葉を口にした。するとドラガル様は私の方を向くと
「エリーゼはそれでよかったのか。俺はいつ身分を明かされていたとしても付き合った。付き合う以外の選択肢はないと思っている」
そう言ったのだ。私はただただ嬉しくまた泣きそうになった。
「だって・・」
「お互いが惹かれあったところにたまたま身分違いがあっただけじゃないか。これからどうしていくかは二人で考えていけばいいだろう。きっと何とかなるはずだ。俺は絶対に諦めない。そうだろう。エリーゼ」
ドラガル様はそう言うと私の顔を覗き込んできた。
「ありがとうございます。私もドラガル様と同じ気持ちです。さっきは嘘をついてしまいました。私は最初から諦めてしまっていたので・・でも、ドラガル様の気持ちを聞いて私の気持ちも決まりました。私もドラガル様にふさわしい令嬢になれるよう頑張ります」
するとドラガル様は笑いながら
「エリーゼは今のままで十分俺にはもったいない令嬢だからそんなに頑張らなくてもいいぞ」
と言い私の頭を撫でた。私はドラガル様を見上げながら
「そんなことないです。ドラガル様の方が立派なんで・・やっぱり頑張ります」
「そうか、じゃあ、頑張ってもらおうか。そうだなぁ、エリーゼがどうしてもっていうのなら・・女の色気でも磨いてもろうか」
とまた笑いながらそう言った。私は負けずと
「待っていてくださいよ。ドラガル様を誘惑できるぐらいにはなってみせます」
「そうか、まだ十六だから今から先が楽しみだ。しかし、あまり頑張りすぎなくていいぞ。エリーゼが今以上にいい女になってしまったら、他の男も誘惑されて俺は困るからなぁ」
と苦笑いしながら、ドラガル様は横になり自分の横をたたいて私に横になるよう促してきた。私が少し恥ずかしがりながらドラガル様の横の寝転ぶとドラガル様は肩ひじをつきながらややぼーとした表情で私の髪に触れてきた。何かを考えているように・・私は恥ずかしかったがドラガル様をずっと見つめていた。ずっとこの時間が続けばいいのに・・と思いながら・・そうして見つめていると無性に口づけがしたくなり気付いた時には口づけてしまっていた。
「ドラガル様、なに考えているんですか」
「えっ、あぁ。どうしたらエリーゼを手に入れられるかなぁと・・」
私はボーとしているドラガル様の気を引きたくて口づけをしたのに・・実は私のことを考えていてくれたことが嬉しくてまたドラガル様に口づけた。
「エリーゼ、あまり俺を刺激するのは止めてくれないか」
ドラガル様はそう言うと私を寝台に押さえつけた。
「さっきはなにもしないと言ったが・・状況によってはその約束は無効にさせてもらうからな」
「なにも刺激なんてしてないですよ」
私が焦ってそう言うと
「口づけは俺を煽っていると思うのだが・・」
ドラガル様はそう言うと、口づけを私にしてきた。それはいつものような軽い口づけとは違い何度もされているうちに私の息はあがり、抵抗もできなくなっていった。そうしているうちに口づけは口から少しずつ場所を移し気付いた時には首筋まできていた。私は必死に声を絞り出し
「ドラガル様、お願いです。もう苦しいです・・」
と言った。するとドラガル様は私の首筋に強く口づけた。チクッとした痛みを感じた瞬間ドラガル様は私の首元から顔を上げて私の顔を見た。するとドラガル様は顔をやや赤らめながら口元に手を当て私の顔から視線を外した。そうして
「また、俺を煽ったら今以上の事をするからな」
と仰向きになりながら言った。
その後も身分違いに関する問題について二人で色々話し合いったが、なかなかいい案が思い浮かばなかったため、今後少しずつ話し合っていくことで今回の話し合いは終了することにし、今は休暇を楽しむことにした。
寝台の中では今までの生活についてお互い話をした。
「私は公爵令嬢ではあったんですけど、母親が幼少の時ぐらいは自由に過ごさせてやりたいと十二歳まで田舎で生活していました。畑を耕したり釣りをしたり、猟に連れて行ってもらったりと普通の令嬢は経験しないようなことをたくさんさせてもらいました。以前に作った料理も一緒に過ごしていた人たちに教えてもらいました。腕はまだまだですけど・・そうそう、実はお菓子も一応作れるんですよ。お菓子は暇があったら作っているのでよかったら今度作ってきましょうか」
「あぁ、是非頼む」
「そうそう、前に言っていた騎士様ともその時に出会っていて、毎週末剣や護身術を教えてもらっていました。凄く面白い人でいつも私は笑っていたように思います。そうそうよくフルーツをお土産に持って来てくれていました。あぁ、また会いたいなぁ」
「またその田舎に行ったら会えるのだろう」
「いいえ、騎士様は私が街に帰る時に、地元に戻ると言われていたので田舎に行っても会えないと思います」
「名前は憶えているのか」
「いいえ、実はいつも騎士様と呼んでいたので前に言った通り名前は知らないんです。どこの出身かも知らなくて・・」
「そうか、そうとなると会うのは難しいかもしれないなぁ」
「でも、きっと会えるって思ってるんです。ドラガル様は幼いときどんな感じだったんですか」
「そうだなぁ、意地悪なクソガキってとこかなぁ」
「ええーそうなんですか」
私は想像ができずそう反応した。
「俺は男爵家次男でそれこそ我が物顔で子分を従えて歩いていた感じだったなぁ。兄はどちらかというとおとなしく、弟はいつも俺に怯えながら後を追っていた感じだったなぁ。俺はいつもイライラしていて気に食わない奴がいたら喧嘩を仕掛けていた。俺が十歳ぐらいの時だったかなぁ。祖父が家にやってきて急に俺に剣術を教えだしたんだ。俺はそれまで誰にも負けないと思っていたが祖父にこれでもかってくらいやられてしまって、悔しくて悔しくてどうしても祖父より強くなりたくて剣の稽古に明け暮れた。そうしているうちにイライラすることがなくなり喧嘩を仕掛けることもなくなった。どうせ戦ったって俺の方が強いと思っていたのが本音だったがな」
「へぇー、幼いときはそんな感じだったんですねぇ。今からは想像できない感じですね。そんなにおじいさまって強かったんですか」
「あぁ、男爵家でありながら、筆頭護衛騎士まで上り詰めた人だからなぁ。強いどころじゃなかったな。いつもへらへらしてたけど・・」
ドラガル様は自分の事のように自慢げに話していた。
「それじゃあ、今戦っても負けるんですか」
「いや、負けない。俺の方が強いはずだ」
と、ドラガル様は自信満々に返答した。
「一度、戦っているところを見てみたいですねぇ」
「練習の試合では、祖父の強さはわからないだろうなぁ。なんせ戦い方が実践向きだから、色々卑怯な手を使ってくるのだ。実践では卑怯かどうかなんてどうでもよく勝てばいいのだからそうなったんだろう。だから実際は戦いにくいから俺はあまり戦いたくないなぁ」
「そうなんですか。私はドラガル様が真剣に戦っているところをもう一度見てみたいです。凄くかっこよかったし・・」
「そうか」
ドラガル様は少し照れくさそうに返答して天井を見上げた。
「明日はちょっと遠くまで出掛けてみようか」
「そうですね。今度はどこに連れて行ってくれるんですか」
「そうだなぁ。湖の反対側にでも行ってみるか。湖のほとりを馬で走ると気持ちがいいから」
「私はドラガル様と一緒だったらどこでもいいです」
私がそう言ってドラガル様に抱き付くとドラガル様も嬉しそうに私を抱き締めた。
「そうなると明日も早くなるからそろそろ寝ようか」
「そうですね」
私はそう言うとドラガル様に背中を向けるような体勢になった。
「どうしてそっちを向くんだ」
「えっ、どうしてって・・寝顔を見られるのが恥ずかしいんです」
私がそう言うと
「もう、今までに何度も見ているのだが・・まぁ、別にいいが」
ドラガル様はそう言うと後ろから私を抱き締めて眠ってしまった。私は耳元から規則的に聞こえてくる寝息を聞きながら眠りについた。
次の日、昼食を準備してもらって遠乗りに出掛けた。朝から雲一つない快晴で空気も澄んでいてとても気持ちよかった。湖の反対側に着くとそこには小さな馬小屋付きの小屋があった。
「ちょっと、ここで休んでいこうか」
そう言ってカギを開けると中へと入っていった。中にテーブルやベッドなど最低限の生活ができる物資があった。湖の反対側は王家所有の土地になっているのだが、誰でも自由に立ち入ってもいいことになっているのだ。一応王家所有であるため、時々騎士の見回りがあり、この小屋は見回りに来た騎士が宿泊する施設になっているのだ。ドラガル様はこの小屋の管理も任されているのでカギを私有していたのだ。中で昼食を終えると歩いて湖の周りを散歩することにした。散歩をしていると湖に結構大きな魚がいることが分かり、二人で竿を準備して魚釣りをして過ごした。そうしているうちに雲行きが怪しくなってきた。
「エリーゼ、一雨きそうだ。急いで小屋に戻ろう」
私とドラガル様は急いで小屋へと引き返したが途中で雨に降られ小屋に着いた時には着ている服がかなり濡れてしまっていた。
「エリーゼ、大丈夫か。今、暖炉に火をつけるからこのタオルで体を拭いて寒くないようにするんだ」
「はい」
私はドラガル様からタオルを受け取ると顔や腕を拭いたが服が濡れているためどうしても体の熱が持っていかれてしまい、身震いが止まらなかった。
「エリーゼ、火が付いたからこっちに」
ドラガル様に近づくとドラガル様は上の服を脱いで椅子に掛けて干していた。私が目のやり場に困っていると
「エリーゼもかなり濡れているだろう。嫌かもしれないが着ている服を脱いでこの毛布にくるまった方がいい」
そう言って毛布を渡しながらカウンターの陰を指さした。私は恥ずかしかったが寒くて身震いが止まらなかったためカウンターの陰で服を脱いで毛布にくるまった。毛布の中は来ていた服がドレスだったためドレスを脱いでしまうと身につけているのはシミーズと下着だけだった。しかし冷たいドレスを脱いだので幾分体は温かくなった。ドラガル様も毛布にくるまりながら暖炉の火の調整をしていた。私はドラガル様の隣に行くと傍に腰を下ろした。
「もうすぐしたらお湯が沸くから温かい紅茶でも飲もうか」
「ドラガル様って手際がいいですねぇ。世の中の男性はみんなそうなんですか」
「あぁ、俺の場合は、訓練で何度も野営をしていたから慣れているんだ」
「あぁ、そう言えば前にパンを食べた時、野営に良く持っていくって言ってましたよねぇ」
私が話しているうちにドラガル様は紅茶を持って来てくれた。
「温かくておいしいです。体の中から温まります」
「そうか、それはよかった。もう少し待っていたら雨も止むだろう」
そうして暖炉の前で紅茶を飲んでいるとふとドラガル様の髪の毛に蜘蛛の巣がついていることに気が付いた。
「ドラガル様、髪に蜘蛛の巣がついています」
私が蜘蛛の巣を取ろうと手を伸ばすと肩にかけていた毛布がずれた。私は急いで胸元を押さえたが右肩が露わになってしまった。
「あっ」
私が慌てているとドラガル様がはだけた毛布を掛け直してくれた。
「見えちゃいました?」
私がドラガル様に尋ねると
「あぁ、こんなことを聞いてもいいかよくわからないが・・どうしたんだこの傷は」
私はやっぱり見られてしまったと思いながら、言葉を続けた。
「この傷は幼いときに馬から落馬した時に負ったものなんです。馬から落ちて引き摺られる形になったので傷が大きくなってしまって・・」
「そうだったのか。この傷だと右手が動かしにくいとかあるのか」
「いいえ、動きは問題ないです。でも・・令嬢として背中にこんなに大きな傷があると・・結婚に支障があると言われてしまって・・」
私がそう言うと
「そうなのか。どんな支障があるのだ?」
ドラガル様は全く分からないといった感じで問うてきた。
「こんな傷があると品格が問われるみたいで、少しでも体に傷があると縁談も断られるんです」
「全く意味が分らないのだが・・傷があるからってその人自身に問題があるわけでもないだろう。どうして見かけばかり気にするんだ。それよりももっと大事なことがあると思うのだが・・」
ドラガル様はそう普通に返答した。
「みんながみんなドラガル様みたいな人ばかりだったら問題はないんでしょうけどね」
と私は少し悲し気に返答した。すると
「エリーゼ、これからは気にしなくても同丈夫だぞ。その傷は俺以外見ることはないのだから・・まぁエリーゼが他の奴に見せる気があれば話はちがってくるが」
「ないです」
私が強く言い切ると
「そうだろう。俺以外に見せてもらっては俺が逆に困ってしまうからな。俺は傷なんて全く気にしない。エリーゼが俺の傷を気にしなかったように・・エリーゼの傷はこれから先俺以外誰も目にすることはないのだから・・」
ドラガル様は私の方を向くと真剣な表情でそう言った。私は照れくさくなり顔を隠すために外の天気を見ようと急いで立ち上がり窓の方へ行こうとしたが・・自分の毛布を踏んでしまい体がよろめいてしまった。
「エリーゼ!」
ドラガル様が倒れそうになっている私を庇い私の下敷きになった。それも下着しか身につけていない私の下に・・
「あっ、ごめんなさい」
私は急いで起き上がろうとしたが毛布が絡まりうまく動けなかった。するとドラガル様が天井を見つめながら
「エリーゼ、頼むからあまり動かないでいてくれるか。俺の理性が崩れ去ってしまう」
と静かに呟いた。私は今の状況をゆっくり観察してみた。すると・・上半身裸のドラガル様の上に下着姿の私が馬乗りになっているのだ。この状況は非常にまずいと思ったが焦れば焦るほどうまく動けない。するとドラガル様が私の動きを止めようと腰に手を置いたのだ。
「あっ」
っと、私は何とも言えない声を出してしまった。ドラガル様はしまったとばかりに急いで手を離したが出てしまった声は引っ込めることもできず・・私はドラガル様の上でただただ赤くなるばかりだった。そうして私の下で必死に理性を保とうと努力しているドラガル様を見ていると急に愛おしさが込上げてきた。そして、ややパニックになっていた私はよからぬ考えを思いつてしまったのだ。身分違いからどうしても結婚できないのであれば既成事実を作ってしまえばいいのではないかと・・今、ここでドラガル様と・・私は勇気を振り絞りドラガル様に言った。片手で顔を覆っているドラガル様に
「ドラガル様、私と既成事実を作っていただけないでしょうか」
「えっ」
ドラガル様は驚いて私の方を見た。
「どうしてそんなことを言うんだ。冷静になった方がいい。今はふとしたはずみでこうなってしまったが・・」
「でも、既成事実があったら結婚も認めてもらえるかもしれないでしょう。私はずっとドラガル様と一緒に居たいんです。ドラガル様にだったら既成事実を作ってもらってもいいです」
と私は言い切った。するとドラガル様は私を自身の上から落ちないように支えながら起き上がると私を太ももに乗せ
「エリーゼ、そんな事実はいらないんだ。俺は何があっても必ずエリーゼを手に入れてみせる。それまで決してエリーゼを抱いたりしない。そんな無責任なことどうしてできようか。俺はエリーゼのことを大切に思っている。だからエリーゼも自分のことをもっと大事にしてほしい」
と真剣な表情で私の目を見て話しかけてきた。私は自分が言ったことに後悔した。
「すみませんでした」
私が目に涙を浮かべながらそう言うとドラガル様は静かに抱き締めてくれた。しばらくそうしていて私の涙がおさまるとドラガル様は自身の太ももから私を下ろし毛布を掛けなおしてくれた。
「ありがとうございます」
私がそう言うと、ドラガル様は今度は怒ったように言った。
「それにしてもエリーゼはいつも俺のことを試しているのか」
「そんなことはないです」
「しかし、酔って絡んでくるし、今日は既成事実を作ろうと言うし、俺の理性はとっくに限界がきているのだが・・結婚がきまったらきっちり返してもらわないと割に合わない。そもそも既成事実とは何か知らないのだろう」
そう言われ
「えっ、既成事実ってこういう場面で言う言葉なのでしょう。周りの令嬢がそんなことを言っているのを聞いたことがあるし・・基本そう言って殿方に任せればいいとも聞いたので・・」
「はぁ、お前たちはどんな会話をしているのだ」
ドラガル様は溜息をつくと私の頭を撫でながら
「男に簡単にそのようなことを言ってはいけない。世の中の男は女性からそう言われればほとんどがその通りにしてしまうからな」
そう聞いて私は疑問に思いドラガル様に問い返した。
「そうなんですか。でもドラガル様はそうはなりませんでしたよねぇ」
それを聞いたドラガル様は私の耳元で
「まぁ、俺の理性が何とか持ちこたえたからな」
と言った。私がよくわからないと言った表情でドラガル様を見上げていると
「じゃあ、既成事実とは何か教わってから俺をもう一度誘ってくれるか。多分無理だろうが・・」
とドラガル様は笑いながらそう言葉を続け、私に口づけてきた。
「分かりました。勉強しておきます」
私はまだよく意味は分からないままだったが、さっきドラガル様が言ってくれた言葉を思い出し私はなんて幸せなんだろうと思いながら口づけに応えた。
夕方になっても雨の激しさはおさまらず、夜に馬を走らせるのは危険なため今日はこの小屋で休んでから明け方屋敷へ戻ることにした。すっかり服が乾いたため服を着るとドラガル様はドラゴに餌をやるため小屋から出て行った。私は昼間に釣った魚を小屋にある調味料を使って料理した。料理と言っても塩焼きにしたぐらいだが、あと小麦粉があったので捏ねてパンを焼いて夕食の準備をした。ドラガル様が戻ってくると
「いい匂いがしてきたから急いで戻って来た」
と笑顔で言った。
「簡単な料理しかできていませんよ。期待しないでくださいね」
私は笑顔で返答した。二人でテーブルに座ると夜ご飯にした。
「出来立て、焼きたてはおいしいなぁ。なによりエリーゼの手料理っていうのがいい。まるで一緒に住んでいるみたいに感じるなぁ」
ドラガル様は嬉しそうにそう言ってくれた。私はそう言われすごく嬉しかった。私もドラガル様が家に入って来た時同じように感じていたからだ。
夕食が終わると二人で窓際に座り外を眺めた。何も言わずに二人で外を眺めていただけだったが幸せだった。私は静かにドラガル様の肩に頭を預けた。ドラガル様は何も言わずに私の肩を抱き寄せた。
「これから先どうなるんでしょうか」
「そうだなぁ。越えなければいけない壁がたくさんあることは確かだな。まぁ、一人で越えるのは大変だが二人ならなんとかなるだろう」
「そうですね。ドラガル様が一緒だとどんな壁でも乗り越えられそうです」
私は笑顔でそう言った。
「そうだ。こんなことを考えるよりもっと楽しいことを考えようか。そうだエリーゼは何かしたいこととかないのか」
ふいに質問され私はドラガル様との日常を想像した。
「そうですねぇ。ドラガル様とまた街へ買い物に・・デートしたいです。この間はまだ付き合っていなかったから・・パーティーにも一緒にまた出席したいです。前みたいに一緒にダンスを踊りたいです。ああいう場は好きではなかったんですけどドラガル様が一緒だとやっぱり楽しいので・・」
「そうか、じゃあ、王宮に戻ったらまた街に行こうか、今度はデートとして。パーティーも俺もエリーゼが一緒だったら出席してもかまわない。エリーゼが出席したいものがあったら言ってくれればいい。そうだ、エリーゼの誕生日はいつになるんだ。」
「七月です」
「そうか、もう過ぎてしまったのか」
ドラガル様は残念そうにそう言った。
「でも、誕生日の日、ドラガル様にドラゴに乗せてもらったんですよ」
「えっ、あの日がそうだったのか。あの頃はまだそんなに色々話をしていなかったからなぁ」
「私はドラガル様と過ごせて凄く楽しくていい誕生日でした」
「そうだったのならいいが・・今度の誕生日は一緒に過ごそう。それこそデートをしようか」
「嬉しいです。ところでドラガル様の誕生日はいつなんですか」
「俺は一月だ」
「じゃあ、もうすぐなんですねぇ。その日開けといてくださいね。デートしたいので」
私は笑顔でドラガル様にお願いした。
「わかった、エリーゼのために休みをとっておくよ」
「ありがとうございます。プレゼントを贈りたいので・・なにか欲しいものはありますか」
とドラガル様に尋ねた。
「そうだなぁ。これといって欲しいものは・・エリーゼが送ってくれるものだったらなんでもいいが・・できれば身につけられるものがいいかなぁ」
「わかりました」
私はそう返答すると何がドラガル様に似合うか色々考えていた。
「エリーゼはなにか欲しいものとかあるのか」
「私も別に欲しいものとかはないですねぇ。今年は祖父に短剣をもらいました。綺麗な薔薇の装飾がされた」
「へぇ、短剣をもらったのか」
「はい。おじいちゃんはいつも私の欲しいものをくれるんです」
それを聞いたドラガル様は難しい顔をしていた。
「どうしたんですか」
「俺はエリーゼのおじいちゃんに勝てない気がする・・」
私はどうしてドラガル様と祖父が戦うことになるのかわからなかった。
「いろいろなところに出掛けたいですねぇ。でも、まだ目立つことはできないから残念です。人目を気にせずドラガル様と過ごせればいいのに・・」
「なるべく早くなんとかしよう。俺が仕事で出世するのが一番早そうだが・・夜勤勤務では・・とにかく昼間勤務になれるよう頑張るよ」
「ありがとうございます。私も何かできることがあればいいんですけど・・」
「そうだなぁ、俺が仕事を頑張ることができるように支えてくれればいい」
ドラガル様にそう言われたが私は何をすればいいのか全く見当がつかず
「えっ、具体的になにをすればいいのか・・」
とドラガル様に問い返した。
「そうだなぁ、例えば、手作りのお菓子を差し入れてくれるとか、休みの一緒に出掛けるとかかなぁ」
「えっ、そんなことでいいんですか」
「あぁ、気持ちが満たされていればおのずと仕事も頑張れるからなぁ。まぁ他にもあるが他はおいおい話していくよ」
と言われた。
「分かりました。頑張ります」
私は拳を掲げると笑顔で返答した。
「じゃあ、とりあえず明日は早くなるからもう寝よう。今日は十分満たされたから」
そう言うとドラガル様は私の手を引きベッドへと移動した。ベッドはひとつしかなかったため今晩も一緒に寝ることにした。私はまたドラガル様に背中を向けて横になった。するとドラガル様は昨日のように私を抱き締めて眠りについた。
次の日の早朝、雨が上がっていたので屋敷へと戻った。
「坊ちゃま、エリーゼ様ご無事でよかったです。湯あみの準備が整っているので温まってください」
私たちが屋敷に戻るとマルクさんが満面の笑みで出迎えてくれた。私たちはそれぞれの部屋で湯あみを済ませると帰る準備をした。
男爵の思い
急な雨で濡れてしまった俺たちはやっとのことで小屋に辿り着いた。俺は濡れた上着を脱ぎいで椅子にかけるとタオルをエリーゼに渡し暖炉に火を入れた。
「エリーゼ、火が付いたからこっちに」
とエリーゼに声を掛けた。傍にきたエリーゼは寒さから震えていた。そしてドレスは濡れて体のラインを強く強調していた。俺は目のやり場に困りながら
「エリーゼもかなり濡れているだろう。嫌かもしれないが着ている服を脱いでこの毛布にくるまった方がいい」
そう言って毛布を渡しながらカウンターの陰を指さした。エリーゼは着替えをすますと再び俺の隣に来て腰を下ろした。俺は温かな紅茶をエリーゼに準備し手渡した。
そうして暖炉の前で紅茶を飲んでいるとエリーゼが
「ドラガル様、髪に蜘蛛の巣がついています」
と言って俺の頭に手を伸ばした。すると、肩にかけていた毛布がずれて右肩が露わになった。その肩を見て俺は驚いたが何も言わずに毛布を掛け直した。するとエリーゼが
「見えちゃいました?」
と尋ねてきたのだ。俺はどうこたえようか迷ったが素直に問い掛けた。
「あぁ、こんなことを聞いてもいいかよくわからないが・・どうしたんだこの傷は」
するとエリーゼは悲しそうな表情で落馬による傷であると説明した。俺は傷による障害があるのかが気になりエリーゼに確認したが動きに関しては問題はないようだった。
「でも・・令嬢として背中にこんなに大きな傷があると・・結婚に支障があると言われてしまって・・」
エリーゼはそう続けた。俺は意味が分らずさらに問い返した。すると
「こんな傷があると品格が問われるみたいで、少しでも体に傷があると縁談も断られるんです」
とエリーゼは答えた。やっぱり理解ができなかったので自分の素直な思いを口にした。
「みんながみんなドラガル様みたいな人ばかりだったら問題はないんでしょうけどね」
とエリーゼはまた悲し気に返答した。俺はエリーゼに
「エリーゼ、これからは気にしなくても同丈夫だぞ。その傷は俺以外見ることはないのだから・・まぁエリーゼが他の奴に見せる気があれば話はちがってくるが」
と答えエリーゼからの返答を待った。
「ないです」
とエリーゼは強く言い切った。俺は安堵し嬉しくなった。すると急にエリーゼは立ち上がり窓の方へ行こうとした。どうしたのだろうと見ているとエリーゼは自分の毛布を踏んでこけそうになった。俺は急いでエリーゼを庇った。そうして気付いた時には何とも言えない状況になっていた。なんと下着姿のエリーゼが自分の腹の上に乗っているではないか。その様子を目にした途端、腹に意識が集中した。何とも柔らかな感触だった。そこで我に返り気を逸らそうと天井を見上げた。エリーゼは今の状況を何とかしようと必死に俺の上でもがいていたが状況は変わることはなかった。俺はもう限界と思いエリーゼを下ろそうと腰を持った。
「あっ」
エリーゼが艶めかしい声をあげたのだ。俺はまずいと思い手を離した。今の状況からどうして抜け出そうか必死になって考えていると・・顔を赤らめたエリーゼが
「ドラガル様、私と既成事実を作っていただけないでしょうか」
と言ってきたのだ。俺は心の中で「なにー」と叫ぶのを抑えながらエリーゼに問い掛けた。すると
「既成事実があったら結婚も認めてもらえるかもしれないでしょう。私はずっとドラガル様と一緒に居たいんです。ドラガル様にだったら既成事実を作ってもらってもいいです」
とエリーゼは言ったのだ。俺はそれを聞いて冷静になりエリーゼを俺の上から落とさないように支えながら起き上がるとエリーゼを太ももに乗せた。そうして自分の思いを伝えた。
「エリーゼ、そんな事実はいらないんだ。俺は何があっても必ずエリーゼを手に入れてみせる。それまで決してエリーゼを抱いたりしない。そんな無責任なことどうしてできようか。俺はエリーゼのことを大切に思っている。だからエリーゼも自分のことをもっと大事にしてほしい」
と。エリーゼは謝ると目に涙を浮かべていた。俺はエリーゼの思いが嬉しく、泣いているエリーゼが愛おしくて静かにエリーゼを抱き締めた。エリーゼの涙がおさまった頃、俺はエリーゼを太ももから下ろし毛布を掛けなおした。そうして、エリーゼを今度は違う内容で問い詰めた。
「既成事実とは何か知っているのか」
すると、エリーゼは平然と
「えっ、既成事実ってこういう場面で言う言葉なのでしょう。周りの令嬢が好きな男性とどうしても一緒に居たいときに言えばいいみたいなことを言っているのを聞いたので・・基本そう言って男性に任せればいいとも聞いたので・・」
と返答してきたのだ。何も知らないということはなんて恐ろしいのだと痛感しながらエリーゼに忠告しエリーゼを揶揄うために
「じゃあ、既成事実とは何か教わってから俺をもう一度誘ってくれるか。多分無理だろうが・・」
と笑いながら言い、エリーゼに口づけた。エリーゼは意味が分らないと言った感じで返事をしていたが・・
夕方になっても雨の激しさはおさまらず、夜に馬を走らせるのは危険なため今日はこの小屋で休んでから明け方屋敷へ戻ることにした。俺は服が乾いたため俺はドラゴに餌をやりブラッシングするために馬小屋へ行った。そうしてしばらくドラゴと過ごしていると小屋からいい匂いがしてきた。俺は急いで片付けると小屋に戻った。
「簡単な料理しかできていませんよ。期待しないでくださいね」
とエリーゼは笑顔で迎えてくれた。エリーゼが作ってくれた夕食は本当においしかった。やっぱり好きな女性の手料理は最高だと思いながら俺は食べた。
夕食が終わると二人で窓際に座り外を眺めた。するとエリーゼが俺の肩に頭を乗せてきた。俺はエリーゼの肩を抱き寄せた。そうしてこれからのことについて話した。話しているときふとエリーゼの誕生日が気になり尋ねた。
「エリーゼの誕生日はいつになるんだ」
「七月です」
残念なことにもう過ぎてしまっていた。誕生日にデートに誘おうと考えた俺の案が見事に崩れ去ってしまった。残念に思っていると今度はエリーゼが俺の誕生日を尋ねてきた。一月であると告げると、エリーゼは嬉しそうに
「じゃあ、もうすぐなんですねぇ。その日開けといてくださいね。デートしたいので」
と言いプレゼントまでくれると言ってくれた。何がいいか問われ一番に考えたのはエリーゼだったがそんなことは言えるわけもなく身につけるものがいいと返答した。前にブーツを選んでもらえ嬉しかったのがあったからだ。ふと俺もエリーゼに何か贈り物がしたいと思いエリーゼに尋ねてみたが返答は予想通りで、祖父から短剣をもらったと聞いた時は、祖父以上のプレゼントは難しいと思いここは系統を変更し俺自身がエリーゼに身につけてほしいものを送ろうと心の中で思った。しばらく話をした後、俺はエリーゼの手を引きベッドへと移動した。ベッドはひとつしかなかったため今晩も一緒に寝ることにした。エリーゼはまた昨晩のように背中を向けて横になった。俺はまたエリーゼを後ろから抱き締めて眠った振りをした。するとエリーゼは安心したのかしばらくすると体の緊張が解け寝息が聞こえてきた。俺はエリーゼが眠っているのを確認するとゆっくりとエリーゼの体を自分の方に向かせ正面から抱き締めなおした。やっぱり寝ているエリーゼは可愛いなぁ、また少し悪戯してみようかなぁと思いながら・・顔や首筋に何度も口づけた。するとくすぐったそうに微笑むのだ。もうたまらない。しばらくそうしているとエリーゼの息が急に早くなってきた。これはまずいまたやり過ぎたと思い、まだしたい気持ちを抑え、エリーゼを抱き締めて眠ろうと心がけた。何とか眠りにつき目を覚ますと胸に温かなものを感じた。目を開けるとエリーゼが俺の胸に顔を埋め抱き付きながら眠っているのだ。何と可愛いのだろう。俺はエリーゼを起こすのがもったいなく感じ再び目を閉じ眠ることにした。
次の日の早朝、雨が上がっていたので屋敷へと戻った。玄関では満面の笑みで出迎えるマルクの姿があった。俺たちはそれぞれの部屋で湯あみを済ませると帰る準備をした。
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