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第5章「新人傭兵」
第72話「最終試験6」
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さて、最終試験6日目。
本日授業をサボっております私アス、いや今はノエルです。
昨日の出来事を一応二人に伝えたらユウシャはまたアスの被害者が増えたかとドン引きした様子。ヴァドは大爆笑するかと思いきや意外とぶすっとすねている表情を浮かべていた。
ヴァドはジン騎士団長の鬼畜な訓練に耐えながら入団試験に備えているらしい。ユウシャはというと、、、
「おい、早く歩け。日が暮れる。」
私一人に仕事は任せられないと一緒に授業をおさぼり中である。
万が一のことがあると怖いというと、昨日もサボっていたから問題ないとのこと。まあもともとユウシャが演じている生徒は授業をサボって遊びにいったりと自由人なので疑われはしないらしい。
「それにしてもどうやってジン騎士団長を陥れた?あんな堅物なかなか見ない。」
「いやーそれが僕にもわからないんだよね。なんか好きって言ったら向こうもまんざらではないみたいで…。」
「…いつ性別がバレるか楽しみだなここまでくると。」
「殺されるかも。」
ジン騎士団長の部屋に見事潜入した僕たちは慎重にデータの場所がないか捜索中である。しかしなかなか見つからない。
午前中から探しているが、もうすでにお昼の時間を過ぎようとしている。
「あー見つからないいい!なんで?ゲルド教官に嘘つかれた?」
「いやそれはない…と信じたい。ここになければまた一からやり直しだ。もうそんな時間は残っていない。」
今までの努力が全て無駄になるかもしれない。そうしたらもう私として生きれる場所が無くなる。絶対にそれは避けたい。
「しかし俺たちの班が一番先に進んでいることは確かだ。」
「えそうなの?」
「ああ。ほかの班はジン騎士団長に認知すらももらっていない状態だ。それに比べあの野蛮人は特別訓練をつけさせてもらっているし、俺は俺で学園長からの信頼をもらっているから動きやすい。さらに一番のアドバンテージは君だ。」
珍しく私を褒める腹黒皇子に驚き思わず振り返る。
ふざけていっている様子はなく、ただ真剣にこちらの顔を見ていた。碧眼が光の反射で煌めき幻想的な光景であった。
「君の長所である隠密と人たらしをうまく使いこなしてジン騎士団長の懐に潜り込めた。すごいと思う。」
「あ、ありがとうユウシャも…」
「ただし、あの噴水の無様な姿はなんだ?なぜあんな目立つことをわざわざやった?無駄でしかない。そういうところも君らしいがな。」
「ハイ前言撤回。返せ僕の感動。」
まあ彼の立場上手出しはできないし、私もつい逆上して言い返してしまったのは悪いとおもっている。が、そんな言い方酷くない?
せめていう順番を逆にしてくれ。こいつわざと心に傷がつくようにあげて落としたなこれ。
ふつふつと過去に言われた嫌味がぶり返してきてつい人の物を乱暴に扱うのをこらえていると、一冊の本が目に入った。。
「あれ?なにこれ。」
「どうした。」
「いや、なんかこの本タイトル変だなーって思って。」
「・・・確かに。彼の部屋を見る限り几帳面な性格で本のジャンルは分けていたはずだが、、、。この本だけ棚のジャンルに当てはまらないな。」
「それにタイトル名が学校のスローガンって。中身が気になるわ普通に。」
プププと口元を抑えながら触ろうとするとパッとユウシャに手を止められた。
「恐らくだがその本が隠し通路の鍵だろう。だが今は何も準備してきていない。一度戻るべきだ。」
「準備?心の準備なら完璧なんだけど。」
「馬鹿が。開けるタイミングは今じゃない。普段の日常に手を加えると違和感に気づかれるのは一瞬だ。入団試験のでいざこざを起こし混乱のさなか隠し通路に入るのがいい。」
「んー確かに。まってなんで隠し通路が出てくるってわかったの?金庫かもしれないじゃん。」
「本棚の下にある床板の間をよく見てみろ。」
「・・・あ、小麦粉?が巻かれてる。」
「もし通路が開かれたら粉が落ちてしまう。どんなに周辺の状態を完璧に戻しても、小麦粉が落ちてしまうため開かれたのが直ぐにバレるという仕組みだ。古典的で簡素なトラップだが気を付けないと足元をすくわれる。」
さすがユウシャ。巻かれているとはいえ、よく見ないと小麦粉の存在に気づかない。少し汚れているなという具合だ。しかしよく観察すると、隠し通路らしき範囲をぐるりと囲むように巻かれていることから偶然できた汚れにしては不自然すぎる。
「最後にこの本が本当に鍵か確かめないとじゃない?」
「ああ。ワトさんから教わった鑑定魔法がある。手を貸してくれ。」
「あいよ」
本に両手をかざしたユウシャの肩に手を置く。私の特性でバフを掛けより精密な鑑定をする。
「どう?」
「……分からない。予想以上の高度な技術が使用されているな。」
「まじか。つまり第2フェーズ行かないとダメそう?」
「ああ。…そう、だな。」
お互い真正面から向き合う。
夕方の陽射しに照らされたユウシャの髪の毛が煌めき、顔の造形が相変わらず美しいなとまたつい考えてしまう。
やはりこの世はルッキズムだ。
「目を閉じろ。何が嬉しくて男としなきゃいけないんだ。せめて見るな。」
「あ、ごめんボーっとしてた。」
アレ待って。そういえば前世を含めて私真面目にキスしたことなんてないぞ。
こんな今からキスします!っという心の準備をする機会なんてなかったな。
「、、、っクック。」
「なに笑ってんの?」
「いや、すごい顔してるなと。」
相変わらずムカつくなこいつ。そう思いつつ一度深呼吸するとぐっと顔を上に傾けた。
彼の息を呑む音が聞こえたとおもった瞬間、緊張で震えているのか分からない唇が重なった。
緊張をほぐすように何度も唇をついばまれ、くすぐったくなり笑ってしまう。
笑って逃れようとする私の顔を手で包み込み本格的に逃げ道がふさがれてしまう。文句を言おうと口を開いた瞬間彼の温かく湿った舌が入り込んできた。
今までとは違い意識の余裕があるため、水音が生々しく部屋に響くのに気が付き恥ずかしくなってくる。歯列をなぞり奥へどんどんと侵入してくる彼の舌を押し返そうと自身の舌で押すが上手くからめとられてしまう。
「っ、、ちゅっ、、、ユウ、シャ、もう十分っ。」
「はあっ、、まだ、もう少し、、、っ。」
いや長すぎる。明らかにもう十分なはずなのに長いぞ。
抗議の意思を表すため彼の胸板をどんどんたたき押すと、ようやく離れてくれた。
「っ、ちょっと、長すぎない??僕酸欠になっちゃうって。」
肩で息をする私をじっと見つめるユウシャ。彼の蒼い瞳の奥に困惑と欲望の感情が混ざっているのが見えた。
「、、、わるい。」
「いいけど別に。逆にユウシャいいの?僕男だけど。」
少し嫌な予感がしたのであえて自身の偽りの性別を口に出しておく。
彼は生粋の女嫌いではあるが、男が好きだという様子は見たことがない。もしかして、、、という可能性がある。
「知っている。俺もなぜ男に、しかも君にこんなことしなければならないのか。寒気がする。」
「だよね。」
我に返ったのか、ふっと目線をそらされ本に向き合い鑑定魔法をかけ始めたユウシャ。表情が良く見えず彼が何を考えているのか分からなかった。
結局無事に部屋を脱出し彼と別れるまでなんとなく気まずい雰囲気が流れた。
さて私達の様子がギスギスだったが、結果は良かった。鑑定の結果私たちの予想がドンピシャであったと分かった。
ヴァドに報告後、私は約束通りジン騎士団長の元へ向かう。
月のような星が2つ煌々と輝き行路を照らしす光景に心が躍った。
・・・。
そういえば昔、月がよく出ている時間帯に会っていた人がいたな。
彼の運転しているトラックに身を預け、自身のつま先をじっと見つめながら彼の呼吸にだけ意識を集中させる。何も会話がない日があっても良かった。ただ彼に会いたくて一日が早くすぎるのをずっと願っていた。
恐らく前世の記憶だろう、酷く懐かしく感じる。その男の姿も名前も忘れているが、とても大切な時間だった気がする。
モヤモヤしているうちにジン騎士団長の部屋の前に来た。扉を叩くと、彼が扉のそばまで近づいてきた気配がする。
「はい。何方ですか?」
「ノエルです。約束通り来ちゃいました。」
「っノエルさん。今日はお引取り下さい。」
何か様子が変だ。荒い呼吸が扉越しにも聞こえ少し熱を持っている。時折聞こえる扉にぶつかる音。立っているのも苦痛ってことかも。
「ジン騎士団長大丈夫ですか?今人を呼んできますねっ」
少々怪しまれるかもしれないが体調が悪そうな人を頬って置くことも出来ず、保健管理室の人を呼んでこようと走り出した。
その瞬間、力強く服の後ろ襟部分を掴まれ部屋に引きずりこまれてしまった。
咄嗟の出来事に動揺しながらも床に転がり体制を整える。首も服が引っ張られた衝撃で締められたので咳き込んでしまう。
「人は、絶対に呼ぶなっ。はあっ、、」
「ゲホッゲホッ、、、ジン、騎士団長ですか?」
姿を見て暫く体が硬直してしまった。私を部屋に引きずり込んだのは確かにジン騎士団長のはず。しかし目の前に荒く呼吸を繰り返している男は、いや獣は本当に彼なのであろうか。
手や足には鋭い鈎爪を生やし、後ろではフサフサした尻尾がゆっくりと左右に揺れている。大きく尖った耳が頭に生え、不整合な唇から人間には無い肉食動物ならではの鋭い犬歯が見えた。変化する途中だったのだろうか、上半身裸の短パン姿だったため、手先から肩にかけて黒い毛皮が見え足は狼のようなものに変化していた。
「獣人、だったんですね。」
「それを、知ってどうしますか。いや、それよりも早く出て行って、下さい。」
引きずり入れたのは君でしょうが。
とは言いませんよ?下手に刺激すると何をされるかわからないしね。
ゆっくりと目線を彼から逸らさないように扉に近づきドアノブに手を掛ける。彼も慎重に私から離れてくれている。
、、、背中を見せたら終わりな気がするが、早く出たい。タイミングを見計らって出ようとした時、彼がうめき声を挙げて地面に倒れてしまった。
「大丈夫ですか!?」
思わず駆け寄り死んでいないかと手首の脈をはかった瞬間、獣の手と変化した彼に手首を掴まれた。
「出ていけと、言ったはずだ。小娘が、」
あ、やらかしたなこれ。
真ん丸の月明りに照らされようやく彼の顔が見えた。理性などはなく網膜が小さく縮み黄金色に輝く。青筋が何本も立ち鋭い牙を見せつけるような表情。獲物を狙う猛獣の姿だった。
「ああ、雌の匂いはイイ。今夜は満月だな、小娘。存分に味あわせてもらうぞ。」
「っ、痛!ちょっと、洒落にならないっっっっ~~いだい痛い!!」
こんな本気で噛み付かれたことがなかった。しかも鋭い肉食動物の牙で。やばい味わうって物理的な方??やばいまじで洒落にならない痛さ。
「メイデーメイデー!!ユウシャ!ヴァド!!殺されるから助けっ!」
バキッと無線機が壊されてしまい希望がなくなる。
「妙な真似をするな。壊すぞ。っっっがああああ!!!糞、おいジン!!!今からいいとこだってのに!!」
一人で荒れ狂う騎士団長。少々様子が変だがもうあれこれ構っている余裕はない。
扉に向かって全力で走り部屋を後にした。
自身の部屋に向かって只管走っていると廊下の向こうから見知った顔が現れた。
「アスっ、お前肩っ!」
「止血だ!取り敢えず君の部屋に入ろう。」
出血で頭がクラクラしている私を抱え込み部屋まで運び、手当をしてくれている二人
。何が起きたのかを話そうと思っても血不足で口が上手く回らない。
朦朧とした意識の中話し終わり、すぐ意識を飛ばして深い眠りについた。
ユウシャside
真夜中に切羽詰まった声色でアスから緊急連絡が入った。ブツッと無線が嫌な切れ方をしたため、何か危険なことが彼の身に起こっているのは分かる。急いでかつらだけ被りジン騎士団長の部屋へと駆け出した。
廊下の向こう側から同じく焦った様子のヴァドと出会う。会話を交わさなくともどこへ向かえばいいのかお互い知っており、一刻も早くアスを救いに先を急ぐ。
たった三ヶ月共に過ごしただけだったが、いつの間にか絆は固く結ばれていた。柄ではないがこの三人であれば最終試験など直ぐに突破できると確信していた。
その余裕が仇となり現にアスが危険な目にあっている。ただその事実が悔しく下唇を噛みしめた。
ヴァドも俺もそろそろ気づいているだろう。勿論俺たち三人はお互い信頼しているが、アスに対してはどちらも信頼とは別の感情を抱いている。未だに名前を付けていないが、きっとそれも時間の問題だ。
今までその感情を誤魔化すためかヴァドに対して男色家だと馬鹿にしていた俺だったがもう笑えない。敵陣の部屋で小さく艷やかに揺れるアスの唇を堪能した時確信した。……確信してしまったのだ。
「取り敢えず君の部屋に行くぞ!」
肩から血を流し青ざめたアスの姿を見た瞬間、黒々とした怒りが込み上がり感情が渦に巻き込まれた。治療を施している間も男にしては小さく弱々しい肩。白い肌のお陰で更に血が鮮やかに見え痛々しい。
殺してやる。
自分以外が傷ついたことに対して初めて明確な殺意を俺は持った。
疲れたのか気絶するように眠った彼の姿を眺めたあと、きっと同じように殺意を持っている様子のヴァドの方へ向き直った。
「遂に明日は入団試験だ。手がかりも十分掴んだ。予想外のことがあったが俺たちの任務はデータの入手だ。」
「、、、おう。」
「だが俺の仲間に手を出したんだ。それほどのケリをつけさせてやる。」
「おう。ぜってーに後悔させてやる。」
俺とヴァドはお互いの拳をぶつけ合い気持ちに整理をつける。湧き上がる怒りのやり場を一点に集中させ解散した。
長い6日目であった。
本日授業をサボっております私アス、いや今はノエルです。
昨日の出来事を一応二人に伝えたらユウシャはまたアスの被害者が増えたかとドン引きした様子。ヴァドは大爆笑するかと思いきや意外とぶすっとすねている表情を浮かべていた。
ヴァドはジン騎士団長の鬼畜な訓練に耐えながら入団試験に備えているらしい。ユウシャはというと、、、
「おい、早く歩け。日が暮れる。」
私一人に仕事は任せられないと一緒に授業をおさぼり中である。
万が一のことがあると怖いというと、昨日もサボっていたから問題ないとのこと。まあもともとユウシャが演じている生徒は授業をサボって遊びにいったりと自由人なので疑われはしないらしい。
「それにしてもどうやってジン騎士団長を陥れた?あんな堅物なかなか見ない。」
「いやーそれが僕にもわからないんだよね。なんか好きって言ったら向こうもまんざらではないみたいで…。」
「…いつ性別がバレるか楽しみだなここまでくると。」
「殺されるかも。」
ジン騎士団長の部屋に見事潜入した僕たちは慎重にデータの場所がないか捜索中である。しかしなかなか見つからない。
午前中から探しているが、もうすでにお昼の時間を過ぎようとしている。
「あー見つからないいい!なんで?ゲルド教官に嘘つかれた?」
「いやそれはない…と信じたい。ここになければまた一からやり直しだ。もうそんな時間は残っていない。」
今までの努力が全て無駄になるかもしれない。そうしたらもう私として生きれる場所が無くなる。絶対にそれは避けたい。
「しかし俺たちの班が一番先に進んでいることは確かだ。」
「えそうなの?」
「ああ。ほかの班はジン騎士団長に認知すらももらっていない状態だ。それに比べあの野蛮人は特別訓練をつけさせてもらっているし、俺は俺で学園長からの信頼をもらっているから動きやすい。さらに一番のアドバンテージは君だ。」
珍しく私を褒める腹黒皇子に驚き思わず振り返る。
ふざけていっている様子はなく、ただ真剣にこちらの顔を見ていた。碧眼が光の反射で煌めき幻想的な光景であった。
「君の長所である隠密と人たらしをうまく使いこなしてジン騎士団長の懐に潜り込めた。すごいと思う。」
「あ、ありがとうユウシャも…」
「ただし、あの噴水の無様な姿はなんだ?なぜあんな目立つことをわざわざやった?無駄でしかない。そういうところも君らしいがな。」
「ハイ前言撤回。返せ僕の感動。」
まあ彼の立場上手出しはできないし、私もつい逆上して言い返してしまったのは悪いとおもっている。が、そんな言い方酷くない?
せめていう順番を逆にしてくれ。こいつわざと心に傷がつくようにあげて落としたなこれ。
ふつふつと過去に言われた嫌味がぶり返してきてつい人の物を乱暴に扱うのをこらえていると、一冊の本が目に入った。。
「あれ?なにこれ。」
「どうした。」
「いや、なんかこの本タイトル変だなーって思って。」
「・・・確かに。彼の部屋を見る限り几帳面な性格で本のジャンルは分けていたはずだが、、、。この本だけ棚のジャンルに当てはまらないな。」
「それにタイトル名が学校のスローガンって。中身が気になるわ普通に。」
プププと口元を抑えながら触ろうとするとパッとユウシャに手を止められた。
「恐らくだがその本が隠し通路の鍵だろう。だが今は何も準備してきていない。一度戻るべきだ。」
「準備?心の準備なら完璧なんだけど。」
「馬鹿が。開けるタイミングは今じゃない。普段の日常に手を加えると違和感に気づかれるのは一瞬だ。入団試験のでいざこざを起こし混乱のさなか隠し通路に入るのがいい。」
「んー確かに。まってなんで隠し通路が出てくるってわかったの?金庫かもしれないじゃん。」
「本棚の下にある床板の間をよく見てみろ。」
「・・・あ、小麦粉?が巻かれてる。」
「もし通路が開かれたら粉が落ちてしまう。どんなに周辺の状態を完璧に戻しても、小麦粉が落ちてしまうため開かれたのが直ぐにバレるという仕組みだ。古典的で簡素なトラップだが気を付けないと足元をすくわれる。」
さすがユウシャ。巻かれているとはいえ、よく見ないと小麦粉の存在に気づかない。少し汚れているなという具合だ。しかしよく観察すると、隠し通路らしき範囲をぐるりと囲むように巻かれていることから偶然できた汚れにしては不自然すぎる。
「最後にこの本が本当に鍵か確かめないとじゃない?」
「ああ。ワトさんから教わった鑑定魔法がある。手を貸してくれ。」
「あいよ」
本に両手をかざしたユウシャの肩に手を置く。私の特性でバフを掛けより精密な鑑定をする。
「どう?」
「……分からない。予想以上の高度な技術が使用されているな。」
「まじか。つまり第2フェーズ行かないとダメそう?」
「ああ。…そう、だな。」
お互い真正面から向き合う。
夕方の陽射しに照らされたユウシャの髪の毛が煌めき、顔の造形が相変わらず美しいなとまたつい考えてしまう。
やはりこの世はルッキズムだ。
「目を閉じろ。何が嬉しくて男としなきゃいけないんだ。せめて見るな。」
「あ、ごめんボーっとしてた。」
アレ待って。そういえば前世を含めて私真面目にキスしたことなんてないぞ。
こんな今からキスします!っという心の準備をする機会なんてなかったな。
「、、、っクック。」
「なに笑ってんの?」
「いや、すごい顔してるなと。」
相変わらずムカつくなこいつ。そう思いつつ一度深呼吸するとぐっと顔を上に傾けた。
彼の息を呑む音が聞こえたとおもった瞬間、緊張で震えているのか分からない唇が重なった。
緊張をほぐすように何度も唇をついばまれ、くすぐったくなり笑ってしまう。
笑って逃れようとする私の顔を手で包み込み本格的に逃げ道がふさがれてしまう。文句を言おうと口を開いた瞬間彼の温かく湿った舌が入り込んできた。
今までとは違い意識の余裕があるため、水音が生々しく部屋に響くのに気が付き恥ずかしくなってくる。歯列をなぞり奥へどんどんと侵入してくる彼の舌を押し返そうと自身の舌で押すが上手くからめとられてしまう。
「っ、、ちゅっ、、、ユウ、シャ、もう十分っ。」
「はあっ、、まだ、もう少し、、、っ。」
いや長すぎる。明らかにもう十分なはずなのに長いぞ。
抗議の意思を表すため彼の胸板をどんどんたたき押すと、ようやく離れてくれた。
「っ、ちょっと、長すぎない??僕酸欠になっちゃうって。」
肩で息をする私をじっと見つめるユウシャ。彼の蒼い瞳の奥に困惑と欲望の感情が混ざっているのが見えた。
「、、、わるい。」
「いいけど別に。逆にユウシャいいの?僕男だけど。」
少し嫌な予感がしたのであえて自身の偽りの性別を口に出しておく。
彼は生粋の女嫌いではあるが、男が好きだという様子は見たことがない。もしかして、、、という可能性がある。
「知っている。俺もなぜ男に、しかも君にこんなことしなければならないのか。寒気がする。」
「だよね。」
我に返ったのか、ふっと目線をそらされ本に向き合い鑑定魔法をかけ始めたユウシャ。表情が良く見えず彼が何を考えているのか分からなかった。
結局無事に部屋を脱出し彼と別れるまでなんとなく気まずい雰囲気が流れた。
さて私達の様子がギスギスだったが、結果は良かった。鑑定の結果私たちの予想がドンピシャであったと分かった。
ヴァドに報告後、私は約束通りジン騎士団長の元へ向かう。
月のような星が2つ煌々と輝き行路を照らしす光景に心が躍った。
・・・。
そういえば昔、月がよく出ている時間帯に会っていた人がいたな。
彼の運転しているトラックに身を預け、自身のつま先をじっと見つめながら彼の呼吸にだけ意識を集中させる。何も会話がない日があっても良かった。ただ彼に会いたくて一日が早くすぎるのをずっと願っていた。
恐らく前世の記憶だろう、酷く懐かしく感じる。その男の姿も名前も忘れているが、とても大切な時間だった気がする。
モヤモヤしているうちにジン騎士団長の部屋の前に来た。扉を叩くと、彼が扉のそばまで近づいてきた気配がする。
「はい。何方ですか?」
「ノエルです。約束通り来ちゃいました。」
「っノエルさん。今日はお引取り下さい。」
何か様子が変だ。荒い呼吸が扉越しにも聞こえ少し熱を持っている。時折聞こえる扉にぶつかる音。立っているのも苦痛ってことかも。
「ジン騎士団長大丈夫ですか?今人を呼んできますねっ」
少々怪しまれるかもしれないが体調が悪そうな人を頬って置くことも出来ず、保健管理室の人を呼んでこようと走り出した。
その瞬間、力強く服の後ろ襟部分を掴まれ部屋に引きずりこまれてしまった。
咄嗟の出来事に動揺しながらも床に転がり体制を整える。首も服が引っ張られた衝撃で締められたので咳き込んでしまう。
「人は、絶対に呼ぶなっ。はあっ、、」
「ゲホッゲホッ、、、ジン、騎士団長ですか?」
姿を見て暫く体が硬直してしまった。私を部屋に引きずり込んだのは確かにジン騎士団長のはず。しかし目の前に荒く呼吸を繰り返している男は、いや獣は本当に彼なのであろうか。
手や足には鋭い鈎爪を生やし、後ろではフサフサした尻尾がゆっくりと左右に揺れている。大きく尖った耳が頭に生え、不整合な唇から人間には無い肉食動物ならではの鋭い犬歯が見えた。変化する途中だったのだろうか、上半身裸の短パン姿だったため、手先から肩にかけて黒い毛皮が見え足は狼のようなものに変化していた。
「獣人、だったんですね。」
「それを、知ってどうしますか。いや、それよりも早く出て行って、下さい。」
引きずり入れたのは君でしょうが。
とは言いませんよ?下手に刺激すると何をされるかわからないしね。
ゆっくりと目線を彼から逸らさないように扉に近づきドアノブに手を掛ける。彼も慎重に私から離れてくれている。
、、、背中を見せたら終わりな気がするが、早く出たい。タイミングを見計らって出ようとした時、彼がうめき声を挙げて地面に倒れてしまった。
「大丈夫ですか!?」
思わず駆け寄り死んでいないかと手首の脈をはかった瞬間、獣の手と変化した彼に手首を掴まれた。
「出ていけと、言ったはずだ。小娘が、」
あ、やらかしたなこれ。
真ん丸の月明りに照らされようやく彼の顔が見えた。理性などはなく網膜が小さく縮み黄金色に輝く。青筋が何本も立ち鋭い牙を見せつけるような表情。獲物を狙う猛獣の姿だった。
「ああ、雌の匂いはイイ。今夜は満月だな、小娘。存分に味あわせてもらうぞ。」
「っ、痛!ちょっと、洒落にならないっっっっ~~いだい痛い!!」
こんな本気で噛み付かれたことがなかった。しかも鋭い肉食動物の牙で。やばい味わうって物理的な方??やばいまじで洒落にならない痛さ。
「メイデーメイデー!!ユウシャ!ヴァド!!殺されるから助けっ!」
バキッと無線機が壊されてしまい希望がなくなる。
「妙な真似をするな。壊すぞ。っっっがああああ!!!糞、おいジン!!!今からいいとこだってのに!!」
一人で荒れ狂う騎士団長。少々様子が変だがもうあれこれ構っている余裕はない。
扉に向かって全力で走り部屋を後にした。
自身の部屋に向かって只管走っていると廊下の向こうから見知った顔が現れた。
「アスっ、お前肩っ!」
「止血だ!取り敢えず君の部屋に入ろう。」
出血で頭がクラクラしている私を抱え込み部屋まで運び、手当をしてくれている二人
。何が起きたのかを話そうと思っても血不足で口が上手く回らない。
朦朧とした意識の中話し終わり、すぐ意識を飛ばして深い眠りについた。
ユウシャside
真夜中に切羽詰まった声色でアスから緊急連絡が入った。ブツッと無線が嫌な切れ方をしたため、何か危険なことが彼の身に起こっているのは分かる。急いでかつらだけ被りジン騎士団長の部屋へと駆け出した。
廊下の向こう側から同じく焦った様子のヴァドと出会う。会話を交わさなくともどこへ向かえばいいのかお互い知っており、一刻も早くアスを救いに先を急ぐ。
たった三ヶ月共に過ごしただけだったが、いつの間にか絆は固く結ばれていた。柄ではないがこの三人であれば最終試験など直ぐに突破できると確信していた。
その余裕が仇となり現にアスが危険な目にあっている。ただその事実が悔しく下唇を噛みしめた。
ヴァドも俺もそろそろ気づいているだろう。勿論俺たち三人はお互い信頼しているが、アスに対してはどちらも信頼とは別の感情を抱いている。未だに名前を付けていないが、きっとそれも時間の問題だ。
今までその感情を誤魔化すためかヴァドに対して男色家だと馬鹿にしていた俺だったがもう笑えない。敵陣の部屋で小さく艷やかに揺れるアスの唇を堪能した時確信した。……確信してしまったのだ。
「取り敢えず君の部屋に行くぞ!」
肩から血を流し青ざめたアスの姿を見た瞬間、黒々とした怒りが込み上がり感情が渦に巻き込まれた。治療を施している間も男にしては小さく弱々しい肩。白い肌のお陰で更に血が鮮やかに見え痛々しい。
殺してやる。
自分以外が傷ついたことに対して初めて明確な殺意を俺は持った。
疲れたのか気絶するように眠った彼の姿を眺めたあと、きっと同じように殺意を持っている様子のヴァドの方へ向き直った。
「遂に明日は入団試験だ。手がかりも十分掴んだ。予想外のことがあったが俺たちの任務はデータの入手だ。」
「、、、おう。」
「だが俺の仲間に手を出したんだ。それほどのケリをつけさせてやる。」
「おう。ぜってーに後悔させてやる。」
俺とヴァドはお互いの拳をぶつけ合い気持ちに整理をつける。湧き上がる怒りのやり場を一点に集中させ解散した。
長い6日目であった。
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