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【 最終話: 君に触れたい…… 】
しおりを挟む彼女との時間は、楽しくあっという間に過ぎてしまい、いよいよタイムリミットが迫ってきている。
そして、夜中2時が近づいた頃、希さんが僕にこう言ってきた。
「もう、そろそろお別れね……。さみしいけど……、最後、友也くんに会えて良かった……」
彼女は笑いながら、また目を細めて、小さな笑窪を作った。
「の、希さん……、本当に、もう、逝っちゃうんですか?」
「うん、もう逝かなきゃ。これでやっと、成仏できるわ……」
「もう、二度と会えないんですよね? 希さんと……」
「うん、これで私も天国へ行ける」
僕は、それまで抑えていた感情が溢れ出した。
「希さん、ごめんなさい。僕、ずっと希さんのことが好きでした……」
「いいの。友也くんとの24年間はとても楽しかったわ……。いっぱいデート出来たし、いっぱい色々なお話が出来たし、後悔は何もないわ」
「僕、希さんに前向きに、ポジティブにプラス思考で生きる方法を教わりました。そして、好きになることも……」
「私、友也くんの初めての彼女になれて嬉しかった……。初めは戸惑ったけど、私も友也くんと出会えて良かった……。私がもし、おばけじゃなかったらって、思うことも何度もあった……。初めて本当の愛を知ったのも、友也くんだったと思う……」
(何で今それを言うの……)
(もっと早く、知りたかったよ……)
「希さん……」
「友也くん、私と一緒に暮らしていた時、楽しかった?」
「もちろんです。あの時の希さんとの生活は、僕の希望でした」
「そうか、それなら良かった……」
そう確認すると、彼女は寂しげな表情を浮かべながら、俯いたまま僕にこう言ったんだ……。
「友也くん、最後にもう1つお願いしてもいい……?」
「はい……」
「最後に……、もう一度だけ、友也くんを……、感じたい……」
彼女はそう言うと、大粒の涙を流しながら、両手で顔を覆った。
今まで抑えていたものが、溢れ出したんだと思う。
僕はその姿を見て、彼女に駆け寄り、そっとあの時のように強く抱きしめた。
彼女を感じる……、はっきりと、彼女を感じることができる……。
ずっと、君に触れたかったんだ……。
今、彼女は僕の胸の中で声を出して泣いている。
僕が彼女を強く抱きしめると、彼女も僕の服を強く握り返してくる。
人間を好きになるように、僕はあの時、おばけの彼女を確かに愛していたんだ。
ずっと、おばけになんて、触れることができないと思っていた……。
もちろん、彼女にも……。
でも、今は触れることができる。
感じることができるんだ。この手に確かに……。
そして、二人の間に、無情にもこの時がきてしまった……。
僕が一番来て欲しくなかった、この時が……。
彼女の姿が先程より薄れて見える。
彼女は、すぐ側にいるのに、何故か遠くへ行ってしまうような感覚が僕の手にはある。
彼女の髪、彼女の白い肌、彼女のかわいらしい笑顔、そして彼女のやさしさ。
彼女が僕にくれた大切なもの。
僕は、おばけの希さんを愛してしまったんだ……。
震えて泣いていた彼女と向き合うと、彼女の瞳からポロリ、ポロリと涙が頬を伝って零れ落ちている。
そんな寂しげな彼女見ると、とても切ない……。
だから……。
彼女の瞳から零れた涙をそっと指で拭い、彼女の赤く染まった頬をやさしく包み込むと、彼女は最後に笑窪を作り、僕に笑ってくれた。
「本当は、天国なんて行きたくない……。友也くんともっと一緒にいたかった……」
切ない彼女の言葉が胸に刺さり、再び強く彼女を抱きしめる……。
彼女は泣きながら、笑顔のまま小さな声でそう言うと、徐々に、体が薄くなっていく。
抱きしめていた彼女の体に触れている感覚が、少しずつなくなっていく。
寂しそうな笑顔を作る彼女の表情も、消えかけて段々分からなくなる。
この腕の中に、いるはずの彼女をいつしか僕は感じなくなっていた……。
「(さよなら、友也くん……)」
どこからか、彼女の声が微かに聞こえたような気がした。
その瞬間、彼女は僕の前から、完全に姿を消したんだ……。
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