8 / 13
【 第7話: 希さんの彼氏 】
しおりを挟む僕は希さんに告白してから、毎日が楽しくてしょうがない。
毎朝、希さんに会うのが待ち遠しくて、朝日が昇る前にあの日記を開くこともあるほどだ。
希さんと一緒にいれば、会社の仕事も2倍、いや、3倍もの量をこなすことが出来る。
休みの日には、大好きな希さんとデートするのが、いつしか僕らのルーティーンになっていった。
希さんは、頼り甲斐があり、やさしくて、時に乙女なところも見せてくれる、僕にとって非常にかわいい彼女だ。
特に、僕が告白してからの希さんは、僕に恥じらいを見せてくれることが多くなったし、僕を立ててくれることも多くなった。
僕はそんな希さんのお陰で、マイナス思考な考え方も、すっかりプラス思考へと考え方が変わっていった。
そんな楽しい毎日を過ごしていたある日、僕はあの日記に衝撃の事実が書かれていることを知ってしまった――。
『7月29日(土)』
『どうしようーっ! 私にも遂に彼氏が出来ちゃったーっ! 初めて告白された!』
『明日は、初デート。何を着ていこう。彼の好みに合うワンピース! これで彼のハートを打ち抜くわよーっ!』
それは、僕にとって知りたくなかった事実だった。
希さんにも、生前、彼氏がいたのだ。
しばらくすると、希さんは姿を現したが、僕はどう接していいのか分からずにいた。
「おはよう! 友也くん!」
「あ、お、おはようございます……」
「あれっ? どうしたの? 今日は何だか元気がないわね」
「い、いえ、げ、元気ですよ……」
「全然元気がないじゃん」
すると、日記の開いているページを見て希さんが、その内容に気付いた。
「ひょっとして、この日記を見て落ち込んでいたの……?」
「まぁ……、そうです……」
「これは、私の若かりし頃のことよ。もう彼とは終わってるから、気にしないでいいよ……」
「う、うん……、分かっているんだけど、ちょっとショックでした……」
僕がそう言って、斜め下の方を向いていると、明るく希さんはこう言う。
「私にも過去に、彼氏の一人や二人いてもいいでしょ……?」
「えっ? 二人もいたんですか?」
「あ、いや、それは、一人だけどね……」
僕は、生前の希さんの彼氏のことが気になった。
そこで、彼女にこう聞いてみたんだ。
「この時の彼氏さんは、どんな彼氏さんだったんですか?」
「えっ? そ、それは、かっこいい彼氏だったけど……」
「かっこいい彼氏さんだったんですか? 僕よりも?」
「え~、友也くんとは全然違うタイプよ。 でも、今好きなのは、友也くんだけよ」
その言葉に、僕は俄然、前向きになった。
「ぼ、僕、前の彼氏さんに、負けたくないです! 希さんをその時よりももっと幸せにしたいです!」
「うふふっ、友也くん、ありがとう。前の彼に嫉妬したのかな?」
僕の心は、希さんに完全に見透かされていた……。
布団の上に、正座で座り直すと、希さんにこんな決意を語った。
「そ、それは……、そうですけど……。僕、希さんに、その頃よりも幸せだって言わせて見せます!」
「そうそう。ポジティブでいいぞ! 私を幸せにしてね、友也くん!」
「はい! 絶対に幸せにします!」
「うふふふっ……」
希さんは、両手を口の前に持ってきて、大きな目を細めて笑っている。
僕にこんな素敵な彼女ができるなんて、ちょっと前の自分には、想像すらできなかっただろう。
僕は、前の彼氏に負けたくなくて、希さんに思い切って、こんなことを聞いてみた。
「希さんは、前の彼氏さんと、キ、キスとかやっぱりしたんですか?」
「えっ? そ、そんなこと聞くの?」
僕の顔はゆでダコのようだ……。
自分で言って、恥ずかしい質問だ……。
でも、僕の希さんに対する思いは本気。
「僕だって、今は希さんの彼氏な訳だから、前の彼氏さんには負けたくないというか……」
「そ、そりゃあ、長いこと付き合っていたから、キスくらいしたわよ……」
僕の脳天はカチ割られた……。
でも、このままノックアウトする訳にはいかない。
僕は希さんに食い下がる。
「じゃあ、僕も希さんとキスをしたいです! だって、今は僕が希さんの彼氏だから!」
「そんな強引ね……。ムードとかあるじゃない……? 雰囲気作りとか……」
僕は負けない……。
いつものネガティブな負け犬になんか戻りたくない……。
「希さんは僕とキスをしたくないんですか?」
「え、いや、そんなことはないけど……。わ、私、それに今はおばけだから、キスは出来ないわよ……」
「そんなことやってみないと分からないじゃないですか! 希さんはいつも出来ないことはないって言ってますよね……?」
「そ、そうだけど……」
やっぱり、前の彼氏には、僕は負けているのか……。
突然、悔しくて涙が溢れ出した……。
「(しくしくしく……)」
「あ、あれっ? 泣いてるの友也くん?」
僕は、右の腕で一回大きく涙を拭う。
「う、うぅ、ご、ごめんなさい、希さん……。わがまま言っちゃって……」
「と、友也くん……」
涙の止まらない僕の姿を見ると、彼女はスゥ~ッと近寄って来て、涙をやさしく指で拭き取り、頬を両手でやさしく包み込んでくれた。
目は潤んでいたが、希さんの顔が僕のすぐ近くにある。
そして、「友也くん、大好きだよ……」と、にっこり微笑んだ後、目を瞑って僕の顔の方にゆっくりと近づく。
やがて、彼女の綺麗なピンク色の唇が、僕の唇の先にそっと触れるのが分かった。
その時、初めておばけの希さんと僕は『キス』をしたんだ……。
希さんはおばけだけど、確かに彼女のやさしい香りを、僕は「ふわっ」と感じる。
僕の生まれて初めての『キス』は、希さんのやさしくて甘い味がした。
二人の唇が離れると、希さんは頬にあった手をゆっくりと戻し、座っている足元の方にやった。
希さんの唇は、とても柔らかい。
僕は、人間の彼女とは一度もキスをしたことがないから分からないが、おそらく、違う感覚なんだろう。
希さんがおばけであることで、僕の感性が研ぎ澄まされているように思う。
だから、こんなにも希さんの唇をやさしく感じることができるんだと思う。
希さんは、恥ずかしそうに視線を斜め下に向ける。
そんな彼女をとても愛おしく感じる。
「希さん、ありがとうございます……」
「うん」
「希さんは、おばけだけど、希さんの温もりを感じられます」
「うん。私も友也くんを感じられる」
僕はいつの間にか、自然にこんな言葉が口から出ていた……。
「希さん、抱きしめてみてもいいですか?」
「う、うん。いいよ……」
僕は膝を立て、ゆっくりと希さんに近づき、彼女の体を確認するように、両手でやさしくそっと包み込む。
すると、不思議に希さんの柔らかい白い肌を、手や体が微かに感じ取れている。
僕は両手を希さんの背中に回して、少し強めに抱き寄せた。
希さんもそれに応えるように、僕の体をやさしく包み込んでくれる。
感じ取れる……。
確かに、希さんを感じることができる……。
触れることさえできないと思っていた彼女に、触れることができる。
そんな喜びに僕は、改めて希さんに告白をした……。
「希さん、好きです」
「うん、私も友也くんのことが好き……」
僕たちはこの日、初めてキスをし、初めてお互いの体を感じ合い、初めて本当の恋人同士になったんだと思う……。
僕たちは改めて、強く抱き合った。
時間を忘れて……。
――その後、日記の内容は、希さんと前の彼氏とのラブラブな関係が綴られていた。
もちろん、初めてその彼とキスをした時のことも……。
僕は前の彼氏に負けたくない思いで、日記に書かれている以上のデートを希さんとしようと頑張った。
希さんは、そんな僕を見て、「頑張り過ぎんなよ~」と笑ってフォローをしてくれる。
やがて、日記の日付は、書かれていない日が少しずつ増えているようだった。
僕は、希さんと会いたい一心で、毎日日記を読んでいったが、ある日を境に、その日記はしばらく書かれなくなっていた。
その原因が何なのかは、この時の僕には、全く分からなかった……。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【ショートショート】恋愛系 涙
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
声劇用だと1分半〜5分ほど、黙読だと1分〜3分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる