古い日記から飛び出したアラサーおばけに恋なんて ~君に触れたい~

星野 未来

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【 第6話: おばけなら手を繋ごう 】

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 僕は希さんと出会って初めての休日、小学校の時の遠足の日のように、ワクワクしながら朝早く目が覚めた。
 それは、いち早く希さんと休日を楽しみたかったからだ。
 僕は枕元の日記を手に取り、同じ土曜日の日の日記を読んでみた。

『4月8日 土曜日』
『今日は、新入社員歓迎会の日ーっ! 会社のみんなと一緒に飲みに行けるぞーっ! 今日は飲み倒すぞーっ!』

 と、相変わらずテンション高めの内容だったが、日記を読み進めていると、希さんは現れてくれた。

「希さん、おはようございます!」
「おはよう! 友也くん! 何か、今日はやけに朝早いのね」
「はい! 今日は休日なので、早く希さんに会いたくて、目が覚めちゃいました!」

 僕は布団の上で、少年のように瞳を輝かせて座っている。
 そんな僕の姿を見た希さんは、ほんの少し苦笑いだ。

「そう……、ありがとう。今日の友也くんは、朝からテンション高いわね」
「はい! せっかくの初めての休日なので、希さんとどこかへ行きたいです!」

「私と?」
「はい!」

 希さんは、少し驚いた様子だ。

「どこへ行きたいの?」
「え~と、そうですね……、例えば動物園とかに行きたいです!」

「動物園?」
「はい。上野動物園にパンダを見に行きましょう!」

「わ、分かったわ。付き合ってあげるわ。パンダを見に行きましょうか」
「ありがとうございます! 僕、とっても嬉しいです!」
「もう、今日の友也くんは、積極的ね」

 年下の僕をあしらう様にそう言ったが、何だか希さんもどことなく、嬉しそうにしている気がする。

「ところで、この日記、土曜日の休日に、何故新入社員歓迎会をしたんですか?」
「あっ、それは、私が若かった頃は、まだ世間が週休二日制じゃなくて、土曜日も仕事だったのよ」

「えーっ? そうなんですか」
「そうよ……」

 これは驚きだ……。
 多少のジェネレーションギャップを感じる……。

「時代を感じますね」
「あっ、また私をおばさんって思ってたでしょ~う……」
「い、いえ……、思ってません……」
「もう~、私も結構傷ついてるんだからね~」
「す、すみません……。反省しています……」
「うふふっ、かわいそうだから許してあげる。さぁ、動物園へ行こう!」
「はい!」

 こうして、僕はそんなかわいらしい一面を見せてくれる、憧れの希さんと二人で、動物園に行けることになった。


 僕は初めて希さんと出掛けるということで、ちょっと緊張している。
 家族以外の女性と二人きりでどこかへ出掛けるということは、彼女のいない僕にとって、当然初めての経験だったからだ。

 これは、世間でいうところの『デート・・・』っていうやつなんじゃないか、そんなことを僕は考えていた。

 ――動物園に着くと、希さんと一緒に来ていることで、チケットの販売窓口で僕は思わずこんなことを言ってしまう。

「大人2枚お願いします」
「えっ? お一人で2枚で間違いないですか?」

 僕は、隣にいる希さんと顔を見合わせて、ハッとこの状況に気付く……。
 希さんは、笑っている。

「あ、ああ~、大人1枚でした……。あははは……」

 そう、思わず誰にも見えていないおばけの希さんの分もチケットを購入しようとしていたのだ。
 希さんは、チケットを購入しなくても、ゲートを通り抜けることは簡単なことなのだ。

 そういう意味では、おばけって得だな。
 だって、タダで動物を見たり、乗り物に乗ったりできるのだから。

 そんなことを考えながらも、希さんとの初めての休日に、僕は内心ドキドキ、ワクワクしていた。
 しかし、希さんはいつも通り、テンション高めだ。

「うわぁ~、久しぶりに動物園に来た~」
「パ、パンダ見に行きましょう」
「いきなり今日のメインのパンダを見に行くの?」
「朝のパンダの方が、空いててよく見えると思うんで」
「それもそうね。じゃあ、パンダ見に行きましょう~!」

 僕らがパンダを見に行くと、パンダはあいにく寝ていた……。

「ありゃりゃ、パンダ寝てる……。残念……」
「うふふっ、そうでもないわよ。パンダが寝ているかわいい姿を見れたのよ」
「あ、あ~、そう考えれば、得したような気もします」
「でしょ~、寝ているパンダちゃんもかわいいわよ~。ほら」
「そうですね。かわいいですね」
「ね」

 僕は、楽しそうにしている希さんを横目でチラチラ見ながら、寝ているパンダをガラス越しにぼんやりと眺めていた。

「寝ているパンダは、希さんと同じくらいかわいい顔をしてますね」
「私と同じくらいかわいい?」
「はい、い、いや、それ以上に希さんの方がかわいいです!」
「もう~、友也くんったら、おだてないで~」
「あははは……」

 希さんの照れて赤くなった顔が、僕には本当にかわいらしく見える。
 希さんは僕よりも一回りも年上だけど、時より見せる乙女の部分を僕はかわいらしいと思ってしまった。

 寝ているパンダを堪能した後、次に僕らは象エリアを見に行った。
 そこでも希さんは、相変わらずテンション高めだ。

 でも、そこでいつもネガティブな僕に、こんなハプニングが訪れる……。

「うわ~、象はやっぱり大きいですね~」
「そうね~、あんなに大きな体しているのに、目はとても小さくてやさしい目をしてるね」
「そうですね。希さんのやさしい目ととても似てます」
「私の目と似てる?」
「はい。でも、希さんの目の方が象よりも全然、やさしくてかわいいです」
「もう~、またおだててる~」

 そんな会話をしていると、その象がやきもちを焼いた訳ではないのだろうが、鼻で水を吸い込むと、僕の顔に
『バシャーッ!』
 と水をかけてきた。

「うわーーっ!! つ、冷たい……」
「うふふふっ、大丈夫? 友也くん」
「だ、大丈夫です……。僕、象に気に入られたみたいです……」
「うふふっ、そうみたいね」

 珍しく僕の口からは、いつものネガティブな言葉は出てこない。
 希さんと一緒にいると、何故だかこんなハプニングにも前向きに考えられる。

「希さんは、おばけだから、水かからなくて良かったですね……」
「ありがとう。はい、ハンカチで顔を拭いてあげる♪」
「ありがとうございます……」

 そのハンカチで顔を拭いている姿は、周りの人からは、まるでマジックのように映ったに違いない。
 勝手にハンカチが宙を舞い、僕の顔を拭いているのだから、皆不思議そうな顔をするのも無理はない。
 僕は希さんにハンカチで顔を拭いてもらっている間、とても幸せな気分になったことを今でも鮮明に憶えている。

 ――お昼になり、僕らは休憩所で希さんが作ってきてくれた『お弁当』を食べることにした。
 希さんと一緒に外で食べるお弁当は、まるで恋人同士の光景のようだったと思う。
 僕はドキドキ、ワクワクしながら、とても嬉しい気分になっていた。

「うわ~、希さんのお弁当、すごく豪華ですね~」
「うふふ、頑張って友也くんのために作ってみたの。どう? お味は?」
「モグモグモグ……、うん。とってもおいしいです! 希さんはやっぱり料理の天才です!」
「もう~、それは褒め過ぎでしょ~」

 そこで僕はすかさず、『アノ・・』攻撃を希さんにする……。

「ほんとにおいしいです。希さんも一口どうぞ。はい、あ~ん……」
「もう、友也くんったらぁ~。あ~ん……」
「あはははは……」
「うふふふっ……」

 周りにいた人は、僕が変な独り言を言って、おかしな行動を取っていると思って見ていたと思う。
 でも、希さんの「あ~ん」している姿は、やっぱり「かわいい!!」
 いつも頼りになる希さんの赤く照れてる顔が、一気に少女のように変わる。

 そんな希さんの表情を見るのが、僕にはたまらなく癖になってしまうくらい嬉しくもあり、楽しみでもある。
 こんなにかわいらしい笑顔を見せてくれる希さんに、僕の胸は『キュン』としてしまう。


 ――夕方になり、二人でベンチで休憩している時に、僕は希さんに今日のお礼を言った。

「希さん、今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ、久しぶりに楽しませてもらったわ。友也くん、こんなおばさんを連れてきてくれてありがとう」
「希さんは、おばさんじゃないです。希さんはとても魅力的な女性です」
「あ、ありがとう、友也くん……」

 希さんは、少し照れながら、僕から視線を外し下を見る。
 足の先の方は薄くなっていて、やはりよく見えなかったが、多分、少女のように足を交互にブラブラしていたと思う。

「僕、希さんのことすごく尊敬してます。いつも明るくて前向きで、僕、希さんみたいになりたいんです」
「私みたいになりたいの?」

「はい。希さんはポジティブでエネルギッシュだから、僕も希さんみたいに、誰かに勇気や希望を与えたいです」
「そう。私、友也くんから、いっぱい勇気や希望をもらっているわよ」

「本当ですか?」
「うん。もう、どんどん元気になってくる友也くんを見ていると、私も勇気や希望をもらえるわ」

 そう言うと、希さんは僕の顔を見ながら、また満面の笑みを見せてくれる。
 僕はそんな彼女の笑顔が大好きだ。
 彼女の頬に小さくできる笑窪えくぼが、とてもキュートでかわいらしい。

 そんな希さんを前に、僕はどうしても言いたいことが一つあったんだ。

「じゃ、じゃあ、僕、勇気を出して、言います……」
「えっ? 何?」

「の、希さん、ぼ、僕と付き合って下さい!」
「えっ? わ、私と……?」

「はい。希さんが僕大好きです! もし良かったら、僕の彼女になってもらえませんか?」
「えっ? だ、だって、私、おばけよ……。それに、私おばさんだし……」

 希さんは困ったような表情だったが、僕のこの思いはそれ以上に強かった。

「おばけだろうが、何だろうが構いません! 僕は希さんのことが好きになってしまったんです!」
「歳だって一回りも、私の方が年上よ……。それでもいいの……?」

「歳なんて関係ありません! 希さん、僕のことは好きじゃないですか?」

 そんな突然の僕の言葉に、希さんは少しの間、何か考えているようで、沈黙していた。
 その時間が、この時の僕には、とてつもなく長く感じられたんだ……。


 希さんは、驚いた表情から、何かを悩んでいたようで、下をしばらく見てから、再び僕の方を見つめ直すと、こう言ってくれた。

「ん……、わ、私も友也くんのことは好き……よ……」
「じゃあ、僕の彼女になって下さい! お願いします!」

 僕は間髪入れず、お願いする。

「じゃあ……、うん。分かった……。私で良ければ……、お願いします」

 希さんは、座りながら僕に一度、頭を下げて照れながらそう言う。

「本当ですか!? や、やったーーーーーっ!! 僕、嬉しいです!! ありがとうございます!!」
「こちらこそ、ありがとう。友也くん……」

 希さんは、「あ~ん」の時よりも更に顔を赤くして、恥ずかしそうに笑顔で下を向いている。
 僕はそんな希さんを見て、また胸が『キュン』としてしまった。
 そして、僕は勇気を出して、希さんにもう一つ、おばけには無理なのかもしれない、こんなお願いをする。

「希さん、今日家に帰るまで、一緒に手を繋いでもらえませんか?」

「えっ? 手を?」
「はい。手を」
「私はおばけよ。手なんか人間の友也くんとは繋げないよ」

 希さんは、とても驚いている。

「僕は、希さんに色々と出来ないことはないって、教えてもらいました。だから、希さんとも手を繋ぐことができるような気がするんです」
「そ、そうかな……。じゃあ、一回手を繋いでみる……?」
「はい!」

 僕は希さんの方に左手を伸ばしてみた。
 希さんも僕の方に左手を伸ばしてきた。

 丁度、手と手が触れ合うところで、ゆっくりとやさしく手を握ってみる。

 すると、不思議に、おばけのはずの希さんの手の温もりを感じる。
 しかも、手と手の感覚も、次第に感じるようになってくる。

 希さんの手は、思っていたほど大きくなく、小さく感じられる。
 僕が少し握る力を強めると、希さんもそれに応えて僕の手を握り返してきた。

 それは人間の手の感覚とは違うものの、でも、明らかにそこに希さんの手が存在していることが分かる程、はっきりと手を握り合っている感覚が僕にはあったんだ。

「僕、何だか、希さんの手を感じ取れる」
「ほんと?」

「うん。希さんの手はスベスベしてて、とても温かいです」
「うふふっ、私も友也くんの手の温もりを感じるよ」

 そう言って、僕らは動物園のベンチに座り二人向き合い、あの日、とても綺麗な夕日の中で、初めて手を繋ぎ合ったんだ。

 僕たちは家に帰るまで、ずっとその手を離すことはなかった。

 この日、希さんに勇気をもらって告白し、初めて恋人同士のように、手を握り合った。
 希さんがおばけであることなんて、もうこの時から、僕はとても思えなくなっていたんだ。


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