古い日記から飛び出したアラサーおばけに恋なんて ~君に触れたい~

星野 未来

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【 第4話: ポジティブ希さん 】

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 その夜、僕が布団に入ると、希さんはまだ僕の側にいてくれた。
 やさしそうに微笑んでいる希さんに、僕はこんな質問をしてみる。

「あの、希さん」
「なあに?」
「希さんは、眠らないんですか?」
「おばけは眠たくならないわよ」
「そうなんですね……」

 そんな風に寄り添ってくれている希さんに、僕は思い切って、こう言ってみた。

「あの、希さん」
「なあに、友也くん」
「夜はやっぱり肌寒くないですか?」
「おばけは寒くなんてないわよ。何も感じないのよ。痛くもならないし、かゆくもならない」

「そうなんですね……。お布団一枚しかないですけど、こ、この温かいお布団に入りますか……?」

 そう言って、布団を少し持ち上げ、人一人分の空間を作る。

「えっ? 友也くんと? 一緒に寝て欲しいの?」
「いや、そ、そういう訳じゃないですけど、何か寒そうに見えちゃうんで……」
「そう、分かったわ。そんなに言うんだったら、友也くんのお布団に入っちゃおうかな」

 心臓がドキドキしていた。
 それは当たり前だ。

 今まで家族以外の女性と、一緒のお布団で寝た経験は、一度もなかったからだ。
 僕の体勢はと言うと、希さんの方を向けず、希さんに背中を向けている。
 すると、希さんが背中越しに、こう言ってきた。

「友也くんのお布団の中、何か温かい」
「えっ? さっき、何も感じないって……」
「でも、何だか温かく感じるみたい」

 僕も不思議と希さんが横にいると、背中越しではあるが、温かみを感じる。

「何故か、僕も希さんが横にいると、温かく感じます」
「本当?」
「はい……」
「それは、嬉しいな。おばけだから、寒気がするなんて言われたら、ショックだもんね」
「そ、そうですよね……。ははは……」

「ねぇ、友也くん」
「はい。何ですか、希さん」
「私と居て、楽しい?」
「は、はい。すごく楽しいです。今日は色々なことがあったけど、希さんが居てくれたから楽しく過ごせました」
「そうか。それなら良かった……」

「でも、何でそんなこと聞くんですか?」
「ううん。ちょっと、聞いてみただけ……」

 僕はその彼女の質問が後で、あんなにも心の奥に染みることになるとは、この時想像もしていなかった。
 やがて、僕が睡魔に襲われていると、ふっと、希さんの気配も消えていった。


 ――次の日、僕が朝目覚めると、布団の中には既に希さんの姿はなかった。
 僕は、希さんに会いたくて、日記の3日目のページを開いて読んでみる。

『4月4日 火曜日』
『昨日は会社で沢山同期の友達が出来たーっ! みんないい人で最高! 楽しかったーっ!』

 それは相変わらず、テンションの高い希さんらしい日記だった。
 しばらく読んでいると、モヤモヤっと、希さんが僕の目の前に現れてくれた。

「の、希さん。おはようございます」
「おはよう! 友也くん!」

 やはり、希さんは朝から元気だ。
 そんな希さんの笑顔が、僕にはとても眩しく映る。
 希さんはこんな僕のために、今日も料理を作ってくれたのだが、それはもうイリュージョンそのものだった。

「希さん、今日も一緒に僕と会社へ行ってくれますか?」
「もちろん! いいわよ!」
「ありがとうございます! お礼に、希さん、お口を開けて下さい。はい、あ~ん」
「もう、あ~ん……」
「あははは……」

 希さんは僕の「あ~ん」攻撃に滅法弱いようだ。
 今日も頬を赤らめて、口を開けて、照れている。
 その照れた希さんの顔を見るのも、僕は好きだ。
 唯一、主導権を握られる瞬間でもあるからだ。


 ――会社へ着くと、あの部長は、昨日よりは機嫌が良さそうだった。
 しかし、部長は、僕にこんな難題を次に突きつけてきた。

「あ~、新人。この書類全部パソコンにインプットしといて。期限は今日中な」

『ドサッ!』

 書類の山が、僕の机の上にそびえ立つ様に置かれる。

「えっ? こ、これ、今日中に全部ですか……?」
「そうだ。それくらい出来るだろう」
「ぼ、僕、そんなパソコンの入力速くないし、こんな沢山の量、今日中に出来るかどうか……」
「何を言っとるんだ。俺が新人の頃は、上司に朝までにやれって、よくやらされたもんだぞ」

 すると、同じ部署の女性社員が見かねてこう言った。

「部長、あの、横からすみませんが、その量はさすがに、新人の子では明日になっても終わらないと思いますが……」
「お前は黙ってろ! いいから、これ全部今日中に仕上げろ! 終わるまで帰るなよ! いいな!」
「は、はい……」

 僕は、この自分の頭よりも高く聳え立つ書類の山を前にして、呆然としていた……。

 そこに希さんが僕の耳元で、こうささやいてくれたんだ。

「(友也くん、私に任せといて! 私、仕事でタイピングやってたから)」
「えっ? でもさすがにこの量は多過ぎじゃ……」
「(いいから、任せといて。友也くんは、キーを打っているフリだけしてればいいから)」

 そう言うと希さんは、ものすごいスピードで、その書類の山の入力を始めた。
 周りの社員たちもその驚愕のスピードに驚いた様子で、見守っている。

「(友也くん、書類打ち終わったら、次の書類をめくって! 二人で連携プレーよ!)」
「う、うん。分かった……」

『カチャカチャカチャカチャ……』
『ペラッ』
『カチャカチャカチャカチャ……』
『ペラッ』

 それは怒涛のタイピングだった。
 書類はみるみる減っていき……、会社の定時になる頃には、既にパソコンへの入力が終わっていた。
 そして、僕が部長に終了の報告に行くと、絶対に終わらないと思っていたのか、飲んでいたお茶を全部噴出してこう言った。

「ブーーーっ!! な、何ぃーーーっ!! お、終わったぁーーーっ!! う、嘘だろ? お前、本当にちゃんと入力出来ているんだろうな? 間違って入力していたら、やり直しだからな!」

 部長はその入力データを見て、正確に入力されていることを確認すると、
「あ、合ってる……。よ、よくやった……。ご苦労さん……」
 それと同時に終業のチャイムが鳴った。

「では、僕は今日はこれで失礼します」
「あ、あぁ、お疲れさん……」

 部長のメガネは、曇っていた……。
 今日も希さんの活躍で、僕は晴れ晴れとした爽快な気分だ。

「希さん、今日も助かりました。どうもありがとうございます!」
「いいのよ。あのハゲ部長が、友也くんにまた無理難題言っていじめるから、一泡吹かせてやらないと」
「ほんと、すごいですね。希さんのタイピングスピード! 僕、目が追いついて行きませんでした」
「昔、仕事でやってたから、役に立ったわ」
「ははは……」

 僕は希さんといると、とっても勇気をもらえる。
 それに、今まで自分で出来ないと思っていたことも、希さんがいると出来るような気がしてくる。
 いつも明るくポジティブな希さんと、いつも暗くネガティブなことを考えてしまう僕との共同生活はこうやって始まった。


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