56 / 57
花街編
56:馬車*
しおりを挟む
ほとんど下着を穿かないまま三食ルームサービスで済ませたのは二日目のこと。
結局あれから勝負がつかず引き分け。
嵐が過ぎ去って夏の陽射しが戻った三日目、もう二人とも普通に悠々とバカンスを楽しむことにした。
人体を組み合わせるのはパズルのようなもので無理な体勢を取ったりした所為か、身体が軋む感覚を残していたのでリラックスも必要。
相当良いホテルなだけあってカフェだけでなく図書館や土産物の店、プールなどちょっとした小綺麗な施設も揃っている。
本が読み放題ならリヴィアンにとって何より嬉しいこと。
眩しく静かな夏の日、プールや湖を眺めながら水に纏わるホラーを読むのはなかなか味わい深い。
特産品の花にちなんでか、貴金属の店では優しい紫が透き通るラベンダーアメジストの数々が目立っていた。
薄い色のアメジストは手頃な価格かつ大変可愛らしい印象なので女性から人気が高い。
「旅行の記念と誕生日プレゼント兼ねて、一つどうだ?」
「いえ、ちゃんとお給料貰ってますので欲しかったら自分で買いますよ」
レピドからの申し出は軽く断っておいた。
遠慮というよりも本音。
消え物の花ならば枯れるまで短い命を愛でても良いが、正直なところ人から宝石を贈られるのは少し重い。
そうして最終日となる四日目の朝、予想外のこと。
確かに宿泊先を教えておいたとはいえ伯爵家から直々で馬車が迎えに来た。
はて、汽車でゆったりと夕方までには着けば良かった筈なのだが。
急な召集が掛かったとかで「早く帰ってこい」という頭領からの命令らしい。
これにてレピドの休暇は強制終了。
大人しく荷物を纏めて黒い頭が項垂れているのは、帰りたくないなんて理由にあらず。
かといって乗り物酔いでもなし。
「俺、長時間の馬車は苦手でな……」
狭い場所に押し込められてずっと揺れることになるので、巨漢のレピドには軽い拷問なのだという。
夏なのだし屋根が幌で開放感のあるタイプならまだ良かったろうに、今は扉の小さな窓ガラスから外が見える程度でしっかり固められた箱の中。
裏社会にも絡むライト伯爵家は狙われやすいので、万が一の襲撃にも備えた仕様らしい。
ただし彼以外も長身の者が多い一族なのでかなり大きめに造られており、内部は綺麗なもので座席も革張りのしっかりしたもの。
実に窮屈、退屈、憂鬱。
韻を踏みつつレピドが溜息で吐くものだから、リヴィアンも少しばかり考え込んだ。
気が紛れることくらいならば付き合っても良い。
そう決めた暗褐色の双眸には妙に悪戯な光が宿っていたが。
「レピド様、カーセックスってしたことあります?」
「…………あ?」
色事の歴史とは意外にも古いもの。
日本では古典の伊勢物語にて、牛車で交わる一幕があった。
最初こそレピドは何の冗談かと訝しんでいたが、リヴィアンが自分からシャツの前を開いたところで流石に動揺が走った。
この様子だと考えたこともなかったか。
気分を出す為に咥えてやっても良いが馬車は揺れるので、うっかり噛んでしまっては悪い。
一つ二つと戸惑いを呟くレピドの唇をキスで塞ぎながら、指先だけで器用にスラックスの前を寛げさせる。
こうしてまだ眠れる雄を重い乳房で挟み込んだ。
キスだけで火照ったリヴィアンの表情はしっとりと艶を帯びて舌を突き出し、混ぜ合わせた唾液を胸元に垂らして潤滑液。
谷間から覗く切っ先だけを舐め上げると、男が息を呑む気配。
肝が据わっている彼には珍しく驚きは見て取れたが、飽くまでも「やめろ」とは言わず。
ここまでされては性豪の名折れか、ふとスイッチが切り替わる。
「……良いんだな?」
今度の溜息は自分を落ち着かせる為と諦念か。
座席に掛けているレピドの前で跪くリヴィアンを立たせて、同じ目線でもう一度キスを求めてくる。
抱き留めながら大きな手は括れた腰から下へ這い、仕返しとばかりショーツの中に忍び込む。
もう花弁は潤んでいて、無骨な指先に蜜が絡んだ。
どうせなら愉しんだ方が良い。
散った火花の熱すら刺激、魔法使い魔女とはそういう生き物。
二人が乗る箱の中だけが世界から切り取られたようで、何も知らず御者は背を向けており平和な街並みも流れていくばかり。
窓にはカーテンを掛けて目隠ししておいた。
陽射しを遮断してしまうと、夏には少し蒸し暑くて息苦しさも。
ただでさえ身体が背徳感の危険な熱を持っているのに。
下着に潜んでいた中身はお互い凶暴なのだ。
弄り合って剥き出しになった頃、もう涎で泥々。
長いスカートをたくし上げた膝立ち、向かい合わせでレピドの太腿を跨いだ。
傍目には上に座って抱き着く形。
リヴィアンが腰を落とすと、キスするように擦れ合ってから沈み込んでいく。
相変わらずの大きさだが、同年代の少女達よりも体格の良いリヴィアンは何とか受け入れられる。
それにこの数日、長時間奥まで埋められていたので飼い慣らされてきたような感覚。
簡単に柔らかくなり、卑しくもレピドの全てを欲しがる。
抜き差しは要らずにこのまま深く繋がって抱き合いながら腰を揺らすだけで良い。
ちょうど畦道で車輪が小石を踏んでは、重い車体に絶え間なく不規則な振動。
こうして密着していると肌に汗の粒が滲んでくる。
声を殺さねばならない絶頂、キスしたまま果てるならさぞ甘い。
そう分かっていつつもリヴィアンはレピドの肩に大きく噛み付いた。
最後までも凶暴な生き物。
快楽と痛みで灼かれそうな男は自分の掌で口を覆いながら、奥歯を噛んで必死に耐える。
「……っとに、お前……助平だな……ッ」
白濁の欲望を吐いた後、声を搾り出すレピドの表情にはいつもの余裕が吹き飛んでいた。
憎々しげで苦しげで居た堪れなさげで。
「可愛いですね」
対するリヴィアンは仄暗い艶で笑う。
瞼を伏せ気味にしていようと、その双眸はまるでブリリアントカットのスモーキークォーツ。
「駅に着きましたよ」
乗り込む前に「着いたら教えるように」と頼んでおいた通り、不意に馬車が停まって御者から一声。
その頃にはリヴィアンも身支度を整えた後だった。
車体の扉を開ければ立ち込めた情事の匂いは夏の風に攫われていく。
まだ伯爵家まで遠い道のり、一人だけの途中下車。
ずっとこんな狭い世界に閉じこもっていたもので外の明るさで目眩も少しだけ。
靴の踵を鳴らして石畳に降り立つと、訝しむレピドに鞄を引っ張られた。
「おい……リヴィ、お前どこ行く気だ?」
「私の休暇、あと十日あるので旅に出ようかと」
リヴィアンが取った夏休みは二週間。
旅行で四日埋まっても、まだ残りは十日もある。
あれから射精後の気怠さで夢見心地だったところを現実に引き戻され、レピドからすれば急に冷水でも顔に浴びた気分か。
呆けていたもののリヴィアンの言葉の意味はゆっくり届いて、思わず片手で頭を抱える。
「あんなことしておいて、俺を置いて行くのか……」
先程まで蕩けるような熱で交わっていたにも関わらず、実に冷たく去ってしまう。
馬車でいけない遊びをしていた秘密だけ残して。
「レピド様、一緒に来ます?」
これは去年、違う男の名で投げ掛けた誘い。
心だけ時間が飛んで、たちまち三つ編みと黒い制服の頃に戻る。
さて、今の男の返事は。
「そりゃ頷きたいところだけどよ、リヴィこそ俺が行けねぇの分かってて言ってんだろ……」
リヴィアンの意地悪を苦笑で受け止めて、答えは否。
そう、こちらだって口にしてみただけ。
レピドはそこまで何もかも放って身軽になれない。
いずれロゼリットの地を統べる立場、この巨体は重すぎる。
ただし、相手の意思も無視せず。
「あー……一人の時間も大事だろうから止めるつもり無いけどよ……お前フラッとどこか行って、もう帰って来ねぇ気もするから怖ぇな……」
四日もの間、ずっと傍に居たものだから寂しさは致し方あるまい。
内から外から隅々まで愛でて欲望にも溺れた。
人恋しさの弱音一つだけ餞別代わり。
「手紙ぐらいは書きますし、お土産も持って帰りますよ」
何故か前の男には言えなかったことを今度こそ。
必ず戻る、と約束なら確かに。
鞄を掴んでいた男の手が解放されたら出発時間。
もう振り返りもせずに、長いレモンブロンドを翻して駅へ消えて行く。
旅なんて言ったが、リヴィアンの行き先なら一つしか無かった。
列車に揺られて目指すは山の保養地、懐かしの別荘。
小さな庭を抜けた先に構えた赤い屋根と煙突一本。
レピドにもここの存在を教えることは無いだろう、多分ずっと。
馬車で無理に迫った本当の理由も言うまい。
違う男の余韻を刻み付けてからでなければ向き合えなかった。
もうあれは過ぎ去ったことなのだと。
取り出した鍵には蝶々結びのリボン。
紺藍色に細やかな星模様の刺繍、両端には三日月の金属チャーム付き。
「おかえりなさい、リヴィ先輩」
扉を開けた瞬間、ロキの声。
ただし耳からでなく頭の中で響いたに過ぎず。
この場所だけリヴィアンの中の時間が止まっている。
浴びる陽射しに風、居座る匂いまでも。
あまりにも去年の今と変わらなくて錯覚してしまう。
忘れた訳でない、忘れたい訳でもない。
折り合いを付けに来たのだ。
「ただいま」の返事は口の中で転がすだけ。
深く愛しんでいた仔犬の幻影に纏わり付かれながら、重い鞄を置いたリヴィアンはこれから数日の為の滞在準備を始めた。
あなたが私の中に居たいだけ居ても構わない。
消えるまでは付き合うから。
結局あれから勝負がつかず引き分け。
嵐が過ぎ去って夏の陽射しが戻った三日目、もう二人とも普通に悠々とバカンスを楽しむことにした。
人体を組み合わせるのはパズルのようなもので無理な体勢を取ったりした所為か、身体が軋む感覚を残していたのでリラックスも必要。
相当良いホテルなだけあってカフェだけでなく図書館や土産物の店、プールなどちょっとした小綺麗な施設も揃っている。
本が読み放題ならリヴィアンにとって何より嬉しいこと。
眩しく静かな夏の日、プールや湖を眺めながら水に纏わるホラーを読むのはなかなか味わい深い。
特産品の花にちなんでか、貴金属の店では優しい紫が透き通るラベンダーアメジストの数々が目立っていた。
薄い色のアメジストは手頃な価格かつ大変可愛らしい印象なので女性から人気が高い。
「旅行の記念と誕生日プレゼント兼ねて、一つどうだ?」
「いえ、ちゃんとお給料貰ってますので欲しかったら自分で買いますよ」
レピドからの申し出は軽く断っておいた。
遠慮というよりも本音。
消え物の花ならば枯れるまで短い命を愛でても良いが、正直なところ人から宝石を贈られるのは少し重い。
そうして最終日となる四日目の朝、予想外のこと。
確かに宿泊先を教えておいたとはいえ伯爵家から直々で馬車が迎えに来た。
はて、汽車でゆったりと夕方までには着けば良かった筈なのだが。
急な召集が掛かったとかで「早く帰ってこい」という頭領からの命令らしい。
これにてレピドの休暇は強制終了。
大人しく荷物を纏めて黒い頭が項垂れているのは、帰りたくないなんて理由にあらず。
かといって乗り物酔いでもなし。
「俺、長時間の馬車は苦手でな……」
狭い場所に押し込められてずっと揺れることになるので、巨漢のレピドには軽い拷問なのだという。
夏なのだし屋根が幌で開放感のあるタイプならまだ良かったろうに、今は扉の小さな窓ガラスから外が見える程度でしっかり固められた箱の中。
裏社会にも絡むライト伯爵家は狙われやすいので、万が一の襲撃にも備えた仕様らしい。
ただし彼以外も長身の者が多い一族なのでかなり大きめに造られており、内部は綺麗なもので座席も革張りのしっかりしたもの。
実に窮屈、退屈、憂鬱。
韻を踏みつつレピドが溜息で吐くものだから、リヴィアンも少しばかり考え込んだ。
気が紛れることくらいならば付き合っても良い。
そう決めた暗褐色の双眸には妙に悪戯な光が宿っていたが。
「レピド様、カーセックスってしたことあります?」
「…………あ?」
色事の歴史とは意外にも古いもの。
日本では古典の伊勢物語にて、牛車で交わる一幕があった。
最初こそレピドは何の冗談かと訝しんでいたが、リヴィアンが自分からシャツの前を開いたところで流石に動揺が走った。
この様子だと考えたこともなかったか。
気分を出す為に咥えてやっても良いが馬車は揺れるので、うっかり噛んでしまっては悪い。
一つ二つと戸惑いを呟くレピドの唇をキスで塞ぎながら、指先だけで器用にスラックスの前を寛げさせる。
こうしてまだ眠れる雄を重い乳房で挟み込んだ。
キスだけで火照ったリヴィアンの表情はしっとりと艶を帯びて舌を突き出し、混ぜ合わせた唾液を胸元に垂らして潤滑液。
谷間から覗く切っ先だけを舐め上げると、男が息を呑む気配。
肝が据わっている彼には珍しく驚きは見て取れたが、飽くまでも「やめろ」とは言わず。
ここまでされては性豪の名折れか、ふとスイッチが切り替わる。
「……良いんだな?」
今度の溜息は自分を落ち着かせる為と諦念か。
座席に掛けているレピドの前で跪くリヴィアンを立たせて、同じ目線でもう一度キスを求めてくる。
抱き留めながら大きな手は括れた腰から下へ這い、仕返しとばかりショーツの中に忍び込む。
もう花弁は潤んでいて、無骨な指先に蜜が絡んだ。
どうせなら愉しんだ方が良い。
散った火花の熱すら刺激、魔法使い魔女とはそういう生き物。
二人が乗る箱の中だけが世界から切り取られたようで、何も知らず御者は背を向けており平和な街並みも流れていくばかり。
窓にはカーテンを掛けて目隠ししておいた。
陽射しを遮断してしまうと、夏には少し蒸し暑くて息苦しさも。
ただでさえ身体が背徳感の危険な熱を持っているのに。
下着に潜んでいた中身はお互い凶暴なのだ。
弄り合って剥き出しになった頃、もう涎で泥々。
長いスカートをたくし上げた膝立ち、向かい合わせでレピドの太腿を跨いだ。
傍目には上に座って抱き着く形。
リヴィアンが腰を落とすと、キスするように擦れ合ってから沈み込んでいく。
相変わらずの大きさだが、同年代の少女達よりも体格の良いリヴィアンは何とか受け入れられる。
それにこの数日、長時間奥まで埋められていたので飼い慣らされてきたような感覚。
簡単に柔らかくなり、卑しくもレピドの全てを欲しがる。
抜き差しは要らずにこのまま深く繋がって抱き合いながら腰を揺らすだけで良い。
ちょうど畦道で車輪が小石を踏んでは、重い車体に絶え間なく不規則な振動。
こうして密着していると肌に汗の粒が滲んでくる。
声を殺さねばならない絶頂、キスしたまま果てるならさぞ甘い。
そう分かっていつつもリヴィアンはレピドの肩に大きく噛み付いた。
最後までも凶暴な生き物。
快楽と痛みで灼かれそうな男は自分の掌で口を覆いながら、奥歯を噛んで必死に耐える。
「……っとに、お前……助平だな……ッ」
白濁の欲望を吐いた後、声を搾り出すレピドの表情にはいつもの余裕が吹き飛んでいた。
憎々しげで苦しげで居た堪れなさげで。
「可愛いですね」
対するリヴィアンは仄暗い艶で笑う。
瞼を伏せ気味にしていようと、その双眸はまるでブリリアントカットのスモーキークォーツ。
「駅に着きましたよ」
乗り込む前に「着いたら教えるように」と頼んでおいた通り、不意に馬車が停まって御者から一声。
その頃にはリヴィアンも身支度を整えた後だった。
車体の扉を開ければ立ち込めた情事の匂いは夏の風に攫われていく。
まだ伯爵家まで遠い道のり、一人だけの途中下車。
ずっとこんな狭い世界に閉じこもっていたもので外の明るさで目眩も少しだけ。
靴の踵を鳴らして石畳に降り立つと、訝しむレピドに鞄を引っ張られた。
「おい……リヴィ、お前どこ行く気だ?」
「私の休暇、あと十日あるので旅に出ようかと」
リヴィアンが取った夏休みは二週間。
旅行で四日埋まっても、まだ残りは十日もある。
あれから射精後の気怠さで夢見心地だったところを現実に引き戻され、レピドからすれば急に冷水でも顔に浴びた気分か。
呆けていたもののリヴィアンの言葉の意味はゆっくり届いて、思わず片手で頭を抱える。
「あんなことしておいて、俺を置いて行くのか……」
先程まで蕩けるような熱で交わっていたにも関わらず、実に冷たく去ってしまう。
馬車でいけない遊びをしていた秘密だけ残して。
「レピド様、一緒に来ます?」
これは去年、違う男の名で投げ掛けた誘い。
心だけ時間が飛んで、たちまち三つ編みと黒い制服の頃に戻る。
さて、今の男の返事は。
「そりゃ頷きたいところだけどよ、リヴィこそ俺が行けねぇの分かってて言ってんだろ……」
リヴィアンの意地悪を苦笑で受け止めて、答えは否。
そう、こちらだって口にしてみただけ。
レピドはそこまで何もかも放って身軽になれない。
いずれロゼリットの地を統べる立場、この巨体は重すぎる。
ただし、相手の意思も無視せず。
「あー……一人の時間も大事だろうから止めるつもり無いけどよ……お前フラッとどこか行って、もう帰って来ねぇ気もするから怖ぇな……」
四日もの間、ずっと傍に居たものだから寂しさは致し方あるまい。
内から外から隅々まで愛でて欲望にも溺れた。
人恋しさの弱音一つだけ餞別代わり。
「手紙ぐらいは書きますし、お土産も持って帰りますよ」
何故か前の男には言えなかったことを今度こそ。
必ず戻る、と約束なら確かに。
鞄を掴んでいた男の手が解放されたら出発時間。
もう振り返りもせずに、長いレモンブロンドを翻して駅へ消えて行く。
旅なんて言ったが、リヴィアンの行き先なら一つしか無かった。
列車に揺られて目指すは山の保養地、懐かしの別荘。
小さな庭を抜けた先に構えた赤い屋根と煙突一本。
レピドにもここの存在を教えることは無いだろう、多分ずっと。
馬車で無理に迫った本当の理由も言うまい。
違う男の余韻を刻み付けてからでなければ向き合えなかった。
もうあれは過ぎ去ったことなのだと。
取り出した鍵には蝶々結びのリボン。
紺藍色に細やかな星模様の刺繍、両端には三日月の金属チャーム付き。
「おかえりなさい、リヴィ先輩」
扉を開けた瞬間、ロキの声。
ただし耳からでなく頭の中で響いたに過ぎず。
この場所だけリヴィアンの中の時間が止まっている。
浴びる陽射しに風、居座る匂いまでも。
あまりにも去年の今と変わらなくて錯覚してしまう。
忘れた訳でない、忘れたい訳でもない。
折り合いを付けに来たのだ。
「ただいま」の返事は口の中で転がすだけ。
深く愛しんでいた仔犬の幻影に纏わり付かれながら、重い鞄を置いたリヴィアンはこれから数日の為の滞在準備を始めた。
あなたが私の中に居たいだけ居ても構わない。
消えるまでは付き合うから。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~
ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」
アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。
生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。
それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。
「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」
皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。
子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。
恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語!
運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。
---
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる