ガラス、シリウス、沼の底〜ベテラン悪役女優は知らない乙女ゲームで道を探している〜

タケミヤタツミ

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花街編

53:慈雨*

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ソファーの柔らかさに身を沈めていたら、微睡む間だけ優しい雨の夢を見た。
甘ったるいくらいの心地良さに逆らって上体を起こしながら瞼も開けば、夏の陽射しがリヴィアンの目に光を突き刺す。
高級感と清潔感溢れる白を基調としたホテルの部屋は少し眩しかった。

雨と錯覚したのはシャワーの音か。
散歩と一泳ぎの後に部屋へ戻って早々、バスルームに消えたレピドはまだ出てきていない。
浸かっても問題無い真水ではあるが、泳いだ後なので一応シャワーを浴びておきたいという。


今日は朝早く列車に乗り、ここに着いたのは昼前。
早めに食事を済ませておいたので、まだ小腹が空いた程度。
これから下のカフェで甘いパイとお茶の予定。
そろそろリヴィアンも着替えて支度をせねばならないのだが、まだ水着のままだった。
紺地に細い白のボーダー柄、膝下丈のワンピース。
現世の感覚ではカジュアルな服としてもおかしくない上、泳いでいないので急いで脱ぐ必要も無し。

レピドが湖から上がる際、抱き留められた形に濡れただけ。
暑くて少しぼんやりしていた中で冷たい雫が染み込み、背筋が密かに震えた。

ただ温度差に吃驚しただけなら説明がつくのに。
もう陽射しと風を浴びながらの道すがらで乾いてしまって跡形も無し。

何なのだろうか、この惜しい気持ちは。

先程からずっと抱えても答えは出ず。
それだけにリヴィアンの中で小さな焼け焦げを作る。
一人で考えているだけでは駄目なのだ。
確かめる為に、腰を上げた。



「ん?あぁ待たせて悪ィな、今出るから……」

ガラス戸を叩くと、シャワーの音が止んでレピドの声だけが返る。
長風呂の自覚ならあったのだろう。
こちらが何も言わずとも、注意しに来たとばかり。

リヴィアンが手を掛けると戸は簡単に開いた。
閉じ込められていた湯気が一斉に流れ込み、髪や顔に湿気を浴びる。
施錠もしないとは魔物相手に無警戒な。
もしナイフを持っていれば襲撃成功していたところ。


「いや見ても構わねぇけどよ……何だ、お前も風呂入りたいのか?」

一方レピドは肝が据わっていることで反応が薄い。
訝しげに目を細めるだけ、静かに出方を待つ。

上がるところだったのは事実らしく、先程のシャワーは最後に身体の泡を洗い流す為。
栓を抜かれたバスタブはシャボンの香る湯が見る間に減っていく。
部屋と同じく真っ白なバスルームは広さといい実に居心地が良さそうで、なるほどつい長風呂してしまった気持ちも分かる。

日頃束ねられて尻尾じみたレピドの黒髪は解かれており、しっとり艶めいて頬や首筋に張り付いている。
頭から被ったタオルで無造作に拭くと、毛先が揺れるたび滴り落ちる雫。
均整の取れた筋肉質の身体は下腹部の陰りから項垂れた雄まで晒されたまま。
散々見たり触ったりと隠す仲でもあるまい、今更。


「……ん」

対するリヴィアンは広げた両手を差し出すだけ。
子供のように抱擁を強請るポーズ。


「それ、後じゃダメなやつか?」
「はい、濡れたままで良いですから今すぐ」

やたら強い声での我儘に戸惑いつつも、レピドは応えてくれるらしい。
バスタブからこちらへ一歩、二歩、水音が跳ねる。
髪を拭いて湿ったタオルは腰に巻かれ、さりげなく前を隠しながら。

明るいバスルーム、まるで大人と子供の身長差なのでリヴィアンに影が落ちる。
そのままでも構わないのにあちらから片膝を着いて目線を合わせてくれた。
大きな手で撫でられて濡れる頬。
そのまま首や背中に滑り、竜の腕でしっかりと絡め取られていく。


今度こそ嗅ぎ慣れた香水は消えており、バスルームに噎せ返る入浴剤のラベンダーがレピドの全身からも香り立っていた。
特産品なのでアメニティにも共通しているのは当然としても、地平線に広がる花畑で嗅いだ野性味ある風とは違う。
ボトルに詰められた液体は幾つかのハーブとブレンドしているらしく、シトラスを思わせる清々しさと甘さも感じられる。

泳いでいた時に冷え切っていた巨体は湯上がりでそこかしこが熱い。
ずぶ濡れのままなので水着にもじわじわと染み込んで、肌が溶け合う錯覚すら。

その気になればリヴィアンなど一捻りであろう強い腕。
けれど、決して痛いことも怖いこともしない。
包まれるように抱き締められる安心感に何だか泣きたくなった。


腕の力が緩んできても「もう終わり」なんて言わせない。
リヴィアンからレピドの唇を塞いで、舌先が甘い水音を立てる。
拒まれないという確信ならあった。

そうやって空気を作られてもレピドは流されない。
一度離れた唇で確認を忘れず。

「パイの前にお前も食って良いってことだよな?」
「ん……一回だけ、お願いします……」

あちらとこちら、ガラス戸で仕切られてしまう境目。
引き寄せられて踏み越えれば、リヴィアンの足にも水が跳ねる。


そのまま抱き上げられたら降ろされたのはバスタブの縁。
リヴィアンが腰掛けても支えられる広さ、僅かに残った泡で水着の尻まで濡れてくる。

「脱いだ方が良いですか?」
「あー、何か勿体ねぇかな……可愛い」

再び床に片膝を着きながら、褒める時は相変わらず愛しげに真っ直ぐと。
身体を離すとレピドもリヴィアンがすっかり濡れてしまったことに今更気付いたらしい。
上から下まで触れた部分だけ汚してしまったような。

水着とはいえ一見すると単なるカジュアルなワンピースなのでどちらかといえば健康美という印象だった。
今は濡れたことで透けて、浮き出たグラマラスな身体のラインが艶めかしい。
先程のように陽射しの強い外じゃあるまいし、待っているだけでは乾きそうもなし。

キスを重ねながら、もっと。
それこそ全身に触れて潤してほしい。


水着はカップが入っているので濡れても乳房の先は見えず。
布の上から探り当ててくる無骨な指に摘まれると、刺激の強さにリヴィアンの吐息が乱れた。
脱がされないので直接触れられないのがもどかしい。

「ん……っ」

少しはしたない真似も、情交の時ならスパイス。
それならこちらを愛でてほしいと、太腿に張り付くワンピースの裾を持ち上げて目の前で捲ってみせる。
ワンピースの下はボクサーパンツタイプの水着。
すっぽり包む形なので本来なら色気のあるものではないのだが、自分から脚を開いて露わにする行為は酷く淫ら。

レピドから突き刺さってくる無遠慮な視線には確かに欲情が絡んでいた。
鋭いマゼンタに布一枚の下までしっかり見透かされているようで、水浸しの花弁が戦慄いてしまう。

そんな要望までお見通しか。
リヴィアンの片足を持ち上げたレピドは自分の肩に載せると、大きな手でボクサーパンツを脱がしに掛かる。
本来ならリラックス効果の高いラベンダーで満たされたバスルームに、匂い立つ蜜。
誘われるように下腹部へ顔を近付け、剥き出しになった花弁を男の舌先が開いた。


「なぁ、今夜はチンポずっとハメっぱなしでイかし続けてやるつもりでいたけどよ……明日一日そうしても良いか?」

提案のようでほとんど宣言に近い。
唾液と蜜を泥々に混ぜ合わせて滴らせながら、艶やかな低音。
こんなの返事は決まっている。

「約束な」

恥じらいつつ頷いたリヴィアンに笑って、レピドが腰を上げた。
先程こちらから強請った時とは違う抱擁。
聳え立つ雄で奥深く突き刺しながら、息苦しくなるくらいの甘さで力強く。
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