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花街編
49:夜食*
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玄関で剥がれてからそれきりだった唇。
焦がれていた時間を埋めたくて、重ね合わせると息継ぎも忘れて貪るのはリヴィアンの方。
触れた瞬間から煮えた血が爪先まで通う感覚。
絡まり合う舌の柔らかさに、四本揃った牙の尖り。
キスだけでこんなに心地良い。
レピドの首にしがみつきながら膝の上、恋人じみた情熱で味わっていた。
「なぁ、リヴィ……少しは俺のこと好きになってくれたと思って良いのか?」
これだけはどうしても訊きたかったのだろう。
一度唇を離すと、レピドが苦しげに吐き出した問い掛けは灼けそうな熱を持っていた。
今だけの錯覚や馬鹿な期待と疑いながらも、精悍な顔立ちに恥じらいが浮かんで可愛らしい。
唇は心に繋がっているという。
確かにキスも技巧は要るが、結局のところ相手への好意次第か。
レピドの唾液が甘く感じることは証明の一つ。
「そうですね……懐には入り込んでますよ」
「俺はもっとお前の深いところに行きたいんだがな」
色付いた空気は苦笑一つでまた危うく揺れた。
リヴィアンの身体に触れるうち、その奥の心にレピドは指先を伸ばそうとする。
ただし決して強引ではなく差し出す形で。
身も心も全てを求めず、自分でしっかり持っている上で気を許してほしいと。
さて、果たして奈落の底まで届くだろうか。
或いは、こちらからも腕を伸ばせたらと頭を過る。
けれど「好き」などと戯れでも言葉にしてはいけない。
理由ならば幾つもあって訊かれても困ってしまう。
魔物であると正体は明かせても、口を噤むことなんてそれこそ山のように。
何よりも一つはロキのこと。
告げてしまった結果、彼から心や時間を悪戯に奪ってしまった。
レピドはそれなりに経験のある大人なので欲望だけ分け合うならまだ良かったのに。
「惚れている」なんて言われるまでは。
それに対して「情婦からなら」なんて身体優先と答えて今に至る。
いっそ顔や身体だけが好みだと言われていたら返事は簡単で、こちらも気楽なのに。
レピドの惹かれている相手が悪役令嬢であるリヴィアンでなく、その姿をしている"私"だというのならばどうすれば良いのだろう。
「ところで、もう隠しちまうの勿体ねぇな」
「恥じらいは大事ですよ」
何となく落ち着かず、捲り上がったスカートの裾を軽く直していたリヴィアンの手。
ショーツを脱がされた後なのであまりにも心許ない。
「それはまだ早いんじゃねぇかな……次はベッド行くんだろ?」
腰が気怠くて重い身体を竜の巻き付く太い腕はいつも難なく抱き上げてしまう。
寝室なのでベッドまでは数歩の距離。
ほんの一飛びで到達、すぐ押し倒されても構わないのだが柔らかな着地。
身分から年齢まで何もかも彼の方が上だというのに、心から大事そうに扱う。
そういう方針だか余裕の現れだか知らないが。
リヴィアンはベッドの端に腰掛ける形で下ろされ、向かい合ったレピドが床に跪く。
体格差があるので同じ目線になるのは珍しい。
丸みのある頬や耳、首に鎖骨とレピドの唇が降る。
それに沿って下がっていく大きな手。
一番上の鈎が外れていたビスチェは役立たず。
カップから溢れる瑞々しい乳房を撫でられて、色付いた先端が爪に引っ掛かる。
「ふ……ッ、あぅ……」
先程まで放っておかれていただけ刺激に飢えていた。
敏感な突起はこれだけで鋭く痺れる。
「悪かったな、こんな立派なモンあったら触らねぇ方が失礼だったわ」
「レピド様こそ大きいですけどね……」
そういう彼こそ寄せると谷間が出来そうな分厚さの胸板。
リヴィアンが手で制すると、力を入れてない時の筋肉は柔らかいので弾力が押し返してくる。
一旦待ったを掛けたのは、そろそろ乱れた衣服を脱ぎ捨てたかった為。
もう汗で張り付いて纏わり付いただけの状態。
クラシカルに可愛らしく仕上げてきた姿は今や見る影もなく淫らで、こんなの裸より恥ずかしい。
肩に引っ掛かっていたブラウスを脱ぎ捨て、布で動きを制限されていた腕がやっと解放される。
体液が染み込んで皺だらけのスカートも呆気なく床に落ちた。
それでも食い付かれるにはまだ早い。
残ったビスチェも、二番目からの鈎を外していく様までレピドが黙って見つめられながら。
一糸纏わぬ姿になってリヴィアンが許しを告げるが早いか、伸し掛かられて淡い金髪がベッドシーツに乱れた。
見上げれば、影を落としてくるレピドの黒髪。
今度こそ寄せられた乳房に顔を埋め、美味そうに貪られる。
日頃から布で隠れて太陽を浴びない、ましてや下着の中なら尚更に真っ白で薄い肌。
強めに吸われては赤い花が咲く。
発情はラベンダーを艶やかに匂い立たせる。
自分が上では潰れるからと、初夜ではレピドの膝に乗せられた。
リヴィアンも同年代の少女達より体格は良い方なのだが、確かにこの巨漢の前では獲物同然。
捕食する肉食獣じみた牙と舌。
何だか柔らかいところから噛み千切られそうな気がして、熱い吐息一つに背を跳ね上げてしまう。
それがまた被虐心に強烈な情欲を呼び覚まして目眩がする。
鏡台の前で肉塊が引き抜かれたきり、あれから肝心なところには触られずにいた。
内腿を擦り合わせても切ないばかり。
レピドに申し出るか自分で弄ろうにも、きっと指や舌だけでは駄目。
「レピド様……もう、焦らさないでほしいです……」
先程「恥じらいは大事」と言ったばかりなのにこんな格好と台詞、泣きそうになりながら端なくもゆっくり脚を開いてみせた。
蜜で泥々の花弁が誘う。
早く欲しい、まだ足りない、もっと。
「意地悪してる訳じゃねぇよ」
リヴィアンの肌を味わっていたレピドも名残惜しそうな顔で涎を拭う。
それでも望みは聞いてくれる。
上体を起こして、再び避妊具の包みを掴み取った。
「ん……ッ、うぅ……」
侵入の際は両者とも奥歯を噛み、小さな呻きが重なる。
呼吸のタイミングを合わせて深く沈み込んだ。
汗ばんで淡く光るレモンブロンド。
額に張り付く前髪を優しく指先で払ってくれたレピドが唇を落とす。
この体格差で繋がるのはハードルが幾つもあり、リヴィアンが下になるとキスが届くのはここまで。
「……キツくねぇか?」
情欲を押し殺したマゼンタの双眸は愛しげに。
最初が羞恥を煽ったり激しかった所為か、二度目はやたらと甘い雰囲気。
恋人ではないから、この視線が胸を苛む。
「まだ」なのか「なれない」なのか。
この違いは見上げるほど大きく、どちらに転ぶやら。
「別に、気なんか遣ってくれなくて良いですから……」
「俺はお前のこと可愛がりたいだけなんだがな……それとも激しい方が良いのか?」
そう思ってくれて構わない。
言葉にはせず、一つだけ頷いた。
ただでさえ大きくて、圧迫感により何もかも無防備になってしまう錯覚。
自分の内側を隙間なく満たされて擦られると、受け止め切れない凄まじい痺れが駆け巡る。
そうして悲鳴を上げて色欲だけ貪っていれば良い。
余計なことを考える暇などあるからいけないのだ。
優しくされても、同じ感情を返せないのに。
「あー……惚れさせるって言った以上は俺も本気出すし誠意尽くして口説くつもりだけどな、別にフッてくれても構わねぇよ。そこはお前の自由だ」
すぐ入るつもりだったのに沸かしてから放置され、温くなってしまった風呂の後だった。
情欲を洗い流して一息吐けばつい色々と緩む。
ベッドに座り込んでの会話、頑なだったリヴィアンが零した本音に対してレピドの返事はこのように。
必ず想いが通い合うなんて思ってないと。
「相手がどんなに優れてて良い奴だろうが、心から愛されてようが、結局そんなモン受け取る側には無関係だろ。それどころか迷惑になることもあるし”だから何?“で拒否する権利くらいある」
冷たくも聞こえるが事実。
恋は自分の意志と裏腹に落ちるものであって、相手を選べない。
故にどれだけ尽くされても心が動かず、自分で吃驚することすらあるのだ。
受け取れないキスなんて気持ち悪いだけのもの。
ただ、レピドとの場合はどうなのだろうか。
確かに好意は持っている、触れ合える。
むしろベッドに誘ったのはリヴィアンの方だった。
どうせ遊びや一晩限りだろうと思っての気安い一歩。
レピドのことを知ったら、居心地の良さと安堵感に戸惑って二歩目に迷いが出てしまった。
それでも彼は軽々と抱き上げて共に居てくれる。
先に愛想を尽かされるのはこちらかもしれないのに。
「好きとか愛してるとかはしっくり来ないから、敢えて言い表すならな……俺はお前に心臓掴まれてる。
惹かれてるのは自分ですらどうにもならんけど、これは俺の事情だし勝手にやってることだから気に病んだりすんな」
真っ直ぐに気持ちを伝えつつも、重く受け取らなくて良いと飽くまでも柔らかく。
優しいような、却って狡いような。
視点を変えれば「何が何でもお前が欲しい」なんて情熱的な言葉や態度を求める相手には物足りないかもしれないが。
そう思っていると、またレピドが付け加える。
「そもそも俺はリヴィの傷心に付け込んでる自覚あるから、お前の気が紛れたり他の奴を好きになっていきなりフラれる可能性もあるしな……」
「流石にそんなことは……それとも体験談ですか?」
「経験人数が多いってのは上手く行かなかった数のことだからな、フるのもフラれるのも数え切れねぇわ」
「あらまぁ……」
互いに大人、愛も恋も酸いも甘いも知っている。
ただ歳を重ねただけでなく、経験の末に物事を見据えての言葉を連ねているのだ。
いちいち傷を恐れていたら何も出来ないと。
「あと、まぁ……ヤッてる時に"好き"って言われても、俺じゃなくてチンポのことだったりするしな……
快楽落ちで好かれても虚しくねぇ?」
自虐のような溜息のような。
煙草も吸ってないのにレピドが緩やかな苦みを吐く。
悪いと思いつつも、リヴィアンも目線を外して小さく笑う。
同時、胸に留まっていた靄まで追い払われた。
呼吸が楽になった気がする。
今生は予測不能のことばかり起きる。
別人を演じる上でならどんな恋も楽しいだけなのに、シナリオでの正解が分からないので大いに悩んで迷って道を探す最中。
そういえばリヴィアンに興味があり、自分にも興味を持ってほしいと以前にも言われた。
確かに正直なところレピドに対して気になることは幾つもある。
例えば、と視線を落とす。
「レピド様、お腹にもピアスあるんですね」
「今更だな……」
正常位で重ね合わせた腹に妙な異物感があるとは思っていたのだ。
揺すられる間に当たる、小さく硬いピアス。
湯上がりの長い黒髪は艶を持ち、後ろで結んでいるので獣の尻尾じみている。
今のレピドは着替えが無いので下着のみの格好。
割れた腹筋に、臍の窪みを隠すようにして小さな金属が嵌まり込んでいた。
鍛えた身体にボディーピアスはまた印象が変わる。
何度も裸を見せ合うどころか触れ合っているのだが。
今まで気付かなかった訳ではない、ただ話題にしなかっただけ。
「お腹出る服とか着るんですか?」
「あー……いや、これは……」
刺青もあるのでそういう趣味かと気軽に訊いてしまったが、レピドの返事は妙に歯切れが悪い。
若気の至りなどもあるので訊いたら不味かったか、とリヴィアンが思っていると。
「失礼します。ご注文の品、ドアの前に置いておきますね」
不意にノックの後、女の声が部屋に飛び込んだ。
反射的に振り向いてみればドアの外から。
はて、注文とは何のことか。
何か言いかけていたレピドを置き去りに、リヴィアンが突っ掛けたスリッパの足を運んでみれば。
「あらまぁ、アリサさん?」
「こ、こんばんは……」
ドアの前、早々に退散しようとしていたポニーテールが跳ね上がった。
アリサと呼ばれたのは、ワインレッドの髪に小柄で華奢な若い女である。
伯爵家に数多く居る使用人などではない。
リヴィアンと同じく、レピド直属の部下となる魔女。
年が近いので訓練や食事時など一緒になることがよくある。
ここで生活して三ヶ月、もう新しい友人関係くらいは築いているのだ。
それにしても気の強そうな顔立ち通り明るくはっきりと物を言う印象だったアリサだが、今日は落ち着きがない。
シャツ一枚で太腿まで見えてしまっている無防備なリヴィアンを見て流石に動揺している。
この国の文化では同性とはいえ露出過多か。
長居は無用とばかりに会釈で切り上げ、半ば逃げる足取りで去ってしまう。
お陰で注文とはどういうことかと訊きそびれてしまった。
問題の品とはチョコレート色の小さなワゴン。
冷えたコーヒーのグラス、良く焼けたアップルパイの皿が二人分載っている。
パイの網目の下に飴色の林檎がぎっしり詰まっていて、シナモンと共に甘く香り立っていた。
リヴィアンには全く心当たり無し。
それならば。
「悪ィ、別にサプライズじゃなくて伝えるの忘れてたわ」
後ろからレピドが顔を出すと、流石に下着姿なので手早くワゴンを部屋に引き込む。
アリサに彼の姿を見られてはいない筈だが注文は二人分。
他にも匂わせる物なら幾つもあり、うっかり出てしまったのも良くなかったか。
決定打は無くとも察してしまったかもしれない。
明日から少し面倒臭いことになるだろうか。
「まぁ、構いませんけど……レピド様、私の好きな物ばっかりよく揃えましたね」
「餌付けは求愛の基本だろ」
楽しいだけで都合の良い関係は脆い。
面倒な部分や何でもないことまで教え合ったら、違う顔が見えてくる。
とりあえずピアスの件の続きも聞かなくては。
さあ、夜のお茶会を始めましょうか。
焦がれていた時間を埋めたくて、重ね合わせると息継ぎも忘れて貪るのはリヴィアンの方。
触れた瞬間から煮えた血が爪先まで通う感覚。
絡まり合う舌の柔らかさに、四本揃った牙の尖り。
キスだけでこんなに心地良い。
レピドの首にしがみつきながら膝の上、恋人じみた情熱で味わっていた。
「なぁ、リヴィ……少しは俺のこと好きになってくれたと思って良いのか?」
これだけはどうしても訊きたかったのだろう。
一度唇を離すと、レピドが苦しげに吐き出した問い掛けは灼けそうな熱を持っていた。
今だけの錯覚や馬鹿な期待と疑いながらも、精悍な顔立ちに恥じらいが浮かんで可愛らしい。
唇は心に繋がっているという。
確かにキスも技巧は要るが、結局のところ相手への好意次第か。
レピドの唾液が甘く感じることは証明の一つ。
「そうですね……懐には入り込んでますよ」
「俺はもっとお前の深いところに行きたいんだがな」
色付いた空気は苦笑一つでまた危うく揺れた。
リヴィアンの身体に触れるうち、その奥の心にレピドは指先を伸ばそうとする。
ただし決して強引ではなく差し出す形で。
身も心も全てを求めず、自分でしっかり持っている上で気を許してほしいと。
さて、果たして奈落の底まで届くだろうか。
或いは、こちらからも腕を伸ばせたらと頭を過る。
けれど「好き」などと戯れでも言葉にしてはいけない。
理由ならば幾つもあって訊かれても困ってしまう。
魔物であると正体は明かせても、口を噤むことなんてそれこそ山のように。
何よりも一つはロキのこと。
告げてしまった結果、彼から心や時間を悪戯に奪ってしまった。
レピドはそれなりに経験のある大人なので欲望だけ分け合うならまだ良かったのに。
「惚れている」なんて言われるまでは。
それに対して「情婦からなら」なんて身体優先と答えて今に至る。
いっそ顔や身体だけが好みだと言われていたら返事は簡単で、こちらも気楽なのに。
レピドの惹かれている相手が悪役令嬢であるリヴィアンでなく、その姿をしている"私"だというのならばどうすれば良いのだろう。
「ところで、もう隠しちまうの勿体ねぇな」
「恥じらいは大事ですよ」
何となく落ち着かず、捲り上がったスカートの裾を軽く直していたリヴィアンの手。
ショーツを脱がされた後なのであまりにも心許ない。
「それはまだ早いんじゃねぇかな……次はベッド行くんだろ?」
腰が気怠くて重い身体を竜の巻き付く太い腕はいつも難なく抱き上げてしまう。
寝室なのでベッドまでは数歩の距離。
ほんの一飛びで到達、すぐ押し倒されても構わないのだが柔らかな着地。
身分から年齢まで何もかも彼の方が上だというのに、心から大事そうに扱う。
そういう方針だか余裕の現れだか知らないが。
リヴィアンはベッドの端に腰掛ける形で下ろされ、向かい合ったレピドが床に跪く。
体格差があるので同じ目線になるのは珍しい。
丸みのある頬や耳、首に鎖骨とレピドの唇が降る。
それに沿って下がっていく大きな手。
一番上の鈎が外れていたビスチェは役立たず。
カップから溢れる瑞々しい乳房を撫でられて、色付いた先端が爪に引っ掛かる。
「ふ……ッ、あぅ……」
先程まで放っておかれていただけ刺激に飢えていた。
敏感な突起はこれだけで鋭く痺れる。
「悪かったな、こんな立派なモンあったら触らねぇ方が失礼だったわ」
「レピド様こそ大きいですけどね……」
そういう彼こそ寄せると谷間が出来そうな分厚さの胸板。
リヴィアンが手で制すると、力を入れてない時の筋肉は柔らかいので弾力が押し返してくる。
一旦待ったを掛けたのは、そろそろ乱れた衣服を脱ぎ捨てたかった為。
もう汗で張り付いて纏わり付いただけの状態。
クラシカルに可愛らしく仕上げてきた姿は今や見る影もなく淫らで、こんなの裸より恥ずかしい。
肩に引っ掛かっていたブラウスを脱ぎ捨て、布で動きを制限されていた腕がやっと解放される。
体液が染み込んで皺だらけのスカートも呆気なく床に落ちた。
それでも食い付かれるにはまだ早い。
残ったビスチェも、二番目からの鈎を外していく様までレピドが黙って見つめられながら。
一糸纏わぬ姿になってリヴィアンが許しを告げるが早いか、伸し掛かられて淡い金髪がベッドシーツに乱れた。
見上げれば、影を落としてくるレピドの黒髪。
今度こそ寄せられた乳房に顔を埋め、美味そうに貪られる。
日頃から布で隠れて太陽を浴びない、ましてや下着の中なら尚更に真っ白で薄い肌。
強めに吸われては赤い花が咲く。
発情はラベンダーを艶やかに匂い立たせる。
自分が上では潰れるからと、初夜ではレピドの膝に乗せられた。
リヴィアンも同年代の少女達より体格は良い方なのだが、確かにこの巨漢の前では獲物同然。
捕食する肉食獣じみた牙と舌。
何だか柔らかいところから噛み千切られそうな気がして、熱い吐息一つに背を跳ね上げてしまう。
それがまた被虐心に強烈な情欲を呼び覚まして目眩がする。
鏡台の前で肉塊が引き抜かれたきり、あれから肝心なところには触られずにいた。
内腿を擦り合わせても切ないばかり。
レピドに申し出るか自分で弄ろうにも、きっと指や舌だけでは駄目。
「レピド様……もう、焦らさないでほしいです……」
先程「恥じらいは大事」と言ったばかりなのにこんな格好と台詞、泣きそうになりながら端なくもゆっくり脚を開いてみせた。
蜜で泥々の花弁が誘う。
早く欲しい、まだ足りない、もっと。
「意地悪してる訳じゃねぇよ」
リヴィアンの肌を味わっていたレピドも名残惜しそうな顔で涎を拭う。
それでも望みは聞いてくれる。
上体を起こして、再び避妊具の包みを掴み取った。
「ん……ッ、うぅ……」
侵入の際は両者とも奥歯を噛み、小さな呻きが重なる。
呼吸のタイミングを合わせて深く沈み込んだ。
汗ばんで淡く光るレモンブロンド。
額に張り付く前髪を優しく指先で払ってくれたレピドが唇を落とす。
この体格差で繋がるのはハードルが幾つもあり、リヴィアンが下になるとキスが届くのはここまで。
「……キツくねぇか?」
情欲を押し殺したマゼンタの双眸は愛しげに。
最初が羞恥を煽ったり激しかった所為か、二度目はやたらと甘い雰囲気。
恋人ではないから、この視線が胸を苛む。
「まだ」なのか「なれない」なのか。
この違いは見上げるほど大きく、どちらに転ぶやら。
「別に、気なんか遣ってくれなくて良いですから……」
「俺はお前のこと可愛がりたいだけなんだがな……それとも激しい方が良いのか?」
そう思ってくれて構わない。
言葉にはせず、一つだけ頷いた。
ただでさえ大きくて、圧迫感により何もかも無防備になってしまう錯覚。
自分の内側を隙間なく満たされて擦られると、受け止め切れない凄まじい痺れが駆け巡る。
そうして悲鳴を上げて色欲だけ貪っていれば良い。
余計なことを考える暇などあるからいけないのだ。
優しくされても、同じ感情を返せないのに。
「あー……惚れさせるって言った以上は俺も本気出すし誠意尽くして口説くつもりだけどな、別にフッてくれても構わねぇよ。そこはお前の自由だ」
すぐ入るつもりだったのに沸かしてから放置され、温くなってしまった風呂の後だった。
情欲を洗い流して一息吐けばつい色々と緩む。
ベッドに座り込んでの会話、頑なだったリヴィアンが零した本音に対してレピドの返事はこのように。
必ず想いが通い合うなんて思ってないと。
「相手がどんなに優れてて良い奴だろうが、心から愛されてようが、結局そんなモン受け取る側には無関係だろ。それどころか迷惑になることもあるし”だから何?“で拒否する権利くらいある」
冷たくも聞こえるが事実。
恋は自分の意志と裏腹に落ちるものであって、相手を選べない。
故にどれだけ尽くされても心が動かず、自分で吃驚することすらあるのだ。
受け取れないキスなんて気持ち悪いだけのもの。
ただ、レピドとの場合はどうなのだろうか。
確かに好意は持っている、触れ合える。
むしろベッドに誘ったのはリヴィアンの方だった。
どうせ遊びや一晩限りだろうと思っての気安い一歩。
レピドのことを知ったら、居心地の良さと安堵感に戸惑って二歩目に迷いが出てしまった。
それでも彼は軽々と抱き上げて共に居てくれる。
先に愛想を尽かされるのはこちらかもしれないのに。
「好きとか愛してるとかはしっくり来ないから、敢えて言い表すならな……俺はお前に心臓掴まれてる。
惹かれてるのは自分ですらどうにもならんけど、これは俺の事情だし勝手にやってることだから気に病んだりすんな」
真っ直ぐに気持ちを伝えつつも、重く受け取らなくて良いと飽くまでも柔らかく。
優しいような、却って狡いような。
視点を変えれば「何が何でもお前が欲しい」なんて情熱的な言葉や態度を求める相手には物足りないかもしれないが。
そう思っていると、またレピドが付け加える。
「そもそも俺はリヴィの傷心に付け込んでる自覚あるから、お前の気が紛れたり他の奴を好きになっていきなりフラれる可能性もあるしな……」
「流石にそんなことは……それとも体験談ですか?」
「経験人数が多いってのは上手く行かなかった数のことだからな、フるのもフラれるのも数え切れねぇわ」
「あらまぁ……」
互いに大人、愛も恋も酸いも甘いも知っている。
ただ歳を重ねただけでなく、経験の末に物事を見据えての言葉を連ねているのだ。
いちいち傷を恐れていたら何も出来ないと。
「あと、まぁ……ヤッてる時に"好き"って言われても、俺じゃなくてチンポのことだったりするしな……
快楽落ちで好かれても虚しくねぇ?」
自虐のような溜息のような。
煙草も吸ってないのにレピドが緩やかな苦みを吐く。
悪いと思いつつも、リヴィアンも目線を外して小さく笑う。
同時、胸に留まっていた靄まで追い払われた。
呼吸が楽になった気がする。
今生は予測不能のことばかり起きる。
別人を演じる上でならどんな恋も楽しいだけなのに、シナリオでの正解が分からないので大いに悩んで迷って道を探す最中。
そういえばリヴィアンに興味があり、自分にも興味を持ってほしいと以前にも言われた。
確かに正直なところレピドに対して気になることは幾つもある。
例えば、と視線を落とす。
「レピド様、お腹にもピアスあるんですね」
「今更だな……」
正常位で重ね合わせた腹に妙な異物感があるとは思っていたのだ。
揺すられる間に当たる、小さく硬いピアス。
湯上がりの長い黒髪は艶を持ち、後ろで結んでいるので獣の尻尾じみている。
今のレピドは着替えが無いので下着のみの格好。
割れた腹筋に、臍の窪みを隠すようにして小さな金属が嵌まり込んでいた。
鍛えた身体にボディーピアスはまた印象が変わる。
何度も裸を見せ合うどころか触れ合っているのだが。
今まで気付かなかった訳ではない、ただ話題にしなかっただけ。
「お腹出る服とか着るんですか?」
「あー……いや、これは……」
刺青もあるのでそういう趣味かと気軽に訊いてしまったが、レピドの返事は妙に歯切れが悪い。
若気の至りなどもあるので訊いたら不味かったか、とリヴィアンが思っていると。
「失礼します。ご注文の品、ドアの前に置いておきますね」
不意にノックの後、女の声が部屋に飛び込んだ。
反射的に振り向いてみればドアの外から。
はて、注文とは何のことか。
何か言いかけていたレピドを置き去りに、リヴィアンが突っ掛けたスリッパの足を運んでみれば。
「あらまぁ、アリサさん?」
「こ、こんばんは……」
ドアの前、早々に退散しようとしていたポニーテールが跳ね上がった。
アリサと呼ばれたのは、ワインレッドの髪に小柄で華奢な若い女である。
伯爵家に数多く居る使用人などではない。
リヴィアンと同じく、レピド直属の部下となる魔女。
年が近いので訓練や食事時など一緒になることがよくある。
ここで生活して三ヶ月、もう新しい友人関係くらいは築いているのだ。
それにしても気の強そうな顔立ち通り明るくはっきりと物を言う印象だったアリサだが、今日は落ち着きがない。
シャツ一枚で太腿まで見えてしまっている無防備なリヴィアンを見て流石に動揺している。
この国の文化では同性とはいえ露出過多か。
長居は無用とばかりに会釈で切り上げ、半ば逃げる足取りで去ってしまう。
お陰で注文とはどういうことかと訊きそびれてしまった。
問題の品とはチョコレート色の小さなワゴン。
冷えたコーヒーのグラス、良く焼けたアップルパイの皿が二人分載っている。
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リヴィアンには全く心当たり無し。
それならば。
「悪ィ、別にサプライズじゃなくて伝えるの忘れてたわ」
後ろからレピドが顔を出すと、流石に下着姿なので手早くワゴンを部屋に引き込む。
アリサに彼の姿を見られてはいない筈だが注文は二人分。
他にも匂わせる物なら幾つもあり、うっかり出てしまったのも良くなかったか。
決定打は無くとも察してしまったかもしれない。
明日から少し面倒臭いことになるだろうか。
「まぁ、構いませんけど……レピド様、私の好きな物ばっかりよく揃えましたね」
「餌付けは求愛の基本だろ」
楽しいだけで都合の良い関係は脆い。
面倒な部分や何でもないことまで教え合ったら、違う顔が見えてくる。
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さあ、夜のお茶会を始めましょうか。
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──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
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乙女ゲームの世界に転生しました。
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