ガラス、シリウス、沼の底〜ベテラン悪役女優は知らない乙女ゲームで道を探している〜

タケミヤタツミ

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花街編

45:洗礼

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青々とした庭を輝かせるは6月の陽射し。
屋根が影を落とす下に集う男女は皆一様に眩しげ。
なれど、睨め付ける視線の先には広がる芝生を挟んで人型の的。

他の貴族と明確に違う点としてライト伯爵家の敷地内には射撃場があった。
勿論狩猟やスポーツでも銃を持つことはあるのだが、ここが裏社会の家だと忘れてはならない。
育て上げるのは何よりも殺意である。


ライフルを掛けると華奢な肩ならば痣が出来そうな重さ、発砲の度に反動も大きく響く。
硝煙も匂い立つなんてものではない。
室内ではもはや霧となり、目や鼻が使い物にならなくなってしまうので射撃場は屋外に限る。

慣れない者にはどうにも息苦しいであろう中、どこか呑気な鼻歌が混じっていた。


テネシー生まれの快男児
その名はデビイ・クロケット
僅か三つで熊退治
その名を西部に轟かす

これは"彼女"が銃を持つ時、いつも頭に流れる。
射撃の名手でアメリカの国民的英雄の歌。


無意識のうちに口遊くちずさんでいたリヴィアンだったが、曲が終わる前に途切れてしまった。
不意のこと、空いた方の肩に置かれた大きな手。

「鼻歌とは余裕ですなぁ、お嬢さん」

本人に脅す意図は無いにしろ長身の影が落ちると普通なら身構えるところなのだが、リヴィアンの目は相変わらず無表情。
あまりにも動じないもので、教官の方が思わず笑ってしまった。


教官である彼の名はジル・カルネリアン。
カーネリアンを意味する名を持つ通り、オレンジに近い赤毛を結んだ二十代後半の男だった。

レピドの側近でありダヤンの相棒。
そして勿論、銃は凄腕。

見上げるような長身はレピドに近く、身体つきもやはり筋肉質だが彼と比べれば細めのシルエット。
若干重めの瞼に切れ長の目、よく笑っていつも口角が上がっているので明るい印象を受ける。
しかし顔の造作よりも、耳を斜め掛けにざっくり貫く小さな矢の形のインダストリアルピアスの所為でついそちらに目を奪われがち。


銃は死ぬし殺す、くれぐれも取り扱い注意の物だけに「泣いたり笑ったり出来なくしてやる」という態度でも決して厳しくないであろう。
とはいえ、もうそろそろ射撃訓練は終了時間。

それぞれライフルを下ろし、反動で痺れた手を振って長々と溜息を吐く。
ここに居るメンバーは男女合わせて十数名。
ライト伯爵家の構成員、レピドの直属部下になる魔法使い魔女達である。
着こなしに差異はあれどリヴィアンも含めて日頃は黒いスーツが制服。
レモンブロンドの髪は洒落っ気も無く後ろで一束ね。


前世から射撃は得意だが、腕が鈍ることもありライフルなんて一体いつぶりか。
確かに面接の時は「銃が撃てる」なんて堂々と言ったものの、種類によって使い勝手や戦闘スタイルなどが全く違う。
何よりもこの身体がまだ慣れていない。

この世界に来てから一番慣れ親しんでいた猟銃は、広範囲に弾を拡散させて命中率を高める設計。
一方、ライフルは遠くのターゲットを高い精度で狙う設計。

加えて、実のところ通常の小銃とは大変当たり難い。
アメリカの警察のデータによれば2m以内ですら命中率は僅か38%、更に距離が伸びれば無慈悲に下がる。

服に隠せるような短銃やナイフの訓練もあり、向き不向きを見てから何を持つか決めていく。
まず自分を知ることから。
どんな魔法が使えたとしても万能の物でないのだ。


「グラスさん、お疲れ様です」

今度はダヤンの声に背後から肩を叩かれる。
猫のように気配を感じさせず、リヴィアンは顔に出さず少し驚いた。

ちなみにダヤンはその短銃とナイフが得意。
文学青年のイメージが強かったが、意外と武闘派なのだという。
そうでなければレピドの側近など務まらないか。
次回の訓練は彼が教官になる。

確かに、リヴィアンもどちらかといえば接近戦向きかもしれない。
レピドからは「無理にやらなくて良い」と言われたが、他の人生では能力上ハニートラップを仕掛けることもあったので慣れていた。
情交の最中に相手を殺したことだって何度か。


「あまりスナイパーになれる気はしませんね……教官に叱られてしまいましたし」
「あはは、でもジルさん良い人ですよ。チャラいだけです」

ダヤンから相棒についての評価はこちら。
それなら、リヴィアンからもついでに訊いてみたいことなら二つ三つあった。

例えば、我らがボスのこととか。


「ボス・レピドは悪い人ですね」
「ええ、私もそう思うわ……」

まず第一にレピドは強い雄として魅力的。
冷徹と獰猛を併せ持った容姿と言動により、最初は怖そうで警戒や畏怖してしまう。
そこから一皮剥くと、頼り甲斐があり荒っぽいようで砕けた態度。
隙を見せてくれると親しみを持ったり絆されて、ガードの堅かった他者の懐にも易々と入り込んでくる。
一つずつ許可を求めてくる細やかな気遣いも出来るし、真っ直ぐ好意を向けてくる熱もあった。

これは恋愛に限らず恐ろしい人誑しの手口。

やろうと思えば、何もかもを差し出してしまう信者すら作れる。
自覚があってのことか、或いは天性なのか。

だが、それでこそ。
いずれ国の暗部を統べるライト伯爵家の当主となるならばそれくらいの器でなければ。


「とは言っても口説いた段階で逃げられたり、火遊びだけで捨てられることも多いんですけどね」
「あらまぁ……」

もしレピドに夢中になっているとしても勝手なもの。
狂信者こそ完全に支配されてしまいたいと願うが、彼には執着が抜け落ちているので却って迷惑。
去る者は追わずそれっきり。
そういえばリヴィアンも「お前の心身はお前の物」と諭された。

屈強そうに見えるだけ、レピドが傷付くかどうかを心配する者はあまり居ないらしい。
それを聞いて、何だか小さく笑ってしまった。

ならば、リヴィアンは彼を沢山可愛がってあげねば。

ベッドを共にしておきながら、素直に靡かなかったのは密かにこのような分析をしていた為。
悪魔のような甘さと狡さ。
そんな男から「惚れさせる」と本気で求められたら逃げ場が無い。

だからこそあの時、胸に火花を持つ魔女は愉しげに微笑んだのだった。
それならこちらも遠慮容赦せず迎えねば無礼。
まだ絡め取られてなどあげないから。


「ダヤン先輩、ところで私のことはどう見えてます?」
「何かこう、グラスさんは壁越しからでもこっちを見透かしてそうな怖さがあります」

実に正直というか何というか。
耳障りの良い言葉で言い換える狡い面もあるが、ダヤンの口が悪いのは百も承知。
リヴィアンもこれくらいでは傷付かずいつものこと。

ただ、今日はそれだけでは終わらなかった。


「……それじゃ、僕の魔法見せてあげますね」

瑠璃色の前髪が影を落として、アーモンド形の目は薄っすらと細まる。
こうして手招きする先は足を踏み入れたことのない方向。
屋敷の敷地内で、一般の使用人達は「立入禁止」とされている建物である。

何となく、怪異が人を誘惑して攫う一幕を思わせた。


そう、今日は最初からそういう約束だったのだ。
ライト伯爵家に来てから三ヶ月が経過。
面接の時は「恥ずかしい」なんて誤魔化していた魔法をとうとう明かす時が来たと。

魔法なんて言っても安易に目を輝かせるのは楽天家にも程がある。
何度も繰り返すが、ここは裏社会の一つの組織。
お試し期間は終わっていよいよ後戻り出来ないところまで来た訳である。

これは結局のところ洗礼。

入口で番をする黒服にダヤンが一礼をすれば、同じく返されて扉は開く。
外装はよくある巨大で無機質な倉庫。
そこから一歩先は狭い世界、特有の暗い雰囲気と殺風景な空気に二人揃って呑み込まれた。
何だか怪異に食べられてしまったような気分。





飴売-キャンディマン-

多くの黒服に囲まれる中、手袋を外したダヤンの細い指先から魔力が走る。
その"触れた物"の輪郭が溶けたのは一瞬。
まるで弾けたようになったが、何も爆発した訳ではない。

広げられたシートの上に散らばり、リヴィアンの足元にも一つ転がってきた。
小指の爪ほどの大きさをした球体。
それと同じ物が無数にあり、まるで山のように。


ダヤン・ソーダリット、その精神に宿す魔法は「飴売-キャンディマン-」。

可愛らしい響きのようで甘さなんて皆無。
その本質とは、分解。
ダヤンが直に触れた物を同質量にして無数の小さな球体状に変えてしまうのだ。
それこそ飴玉のように。

キャンディマンとは「口当たりの良い言葉で誑かす色男」という意味もあり、なるほどダヤンに合う。
レピドに対して慇懃無礼なようで、彼こそ人のことを言えない。
実際、学園で女生徒からの人気を目の当たりにしていたリヴィアンは小悪魔のようだと思っていた。


さて、この組織で自白に拷問の必要など無い。
竜帝-ラース-」による洗い浚いの打ち明け話を済ませればレピドの役目は終わり、リヴィアン達が来た時もう既に姿はあらず。
自ら手を汚すというより煩わせるまでもないのだ。

組織で殺しが行われるとすれば余程の大罪人。
今しがた分解した物は、その残骸であった。

命を絶つこと自体はそう特別な技術など要らない。
それ自体は狂気一つで事足りるが、最も大きな問題は死体の処理である。
この"飴玉"は要するに全て肉団子。
血も骨も臓器も残さず内包して丸められてしまった。


この魔法は命ある物に効果が無い。
発動条件として直に触れることの他「生きていないこと」が存在していた。

魔法に関してダヤンは熟練。
最初は使い勝手の悪そうな能力であっても、経験を積むことで所謂レベルが上がるというかその能力は進化していく。
飴は溶ける物、分解だけでなく魔法を解けば液状化させることも可能だった。

人間一人分となれば当分してもかなりの量ではあるが、四方八方の海や川にでも流せば魚の餌。
もしくは水に溶かしてしまえば何一つ残らない。

これから馬車での遠出、後は粛々と棄てに行くだけ。


「肉が食べられなくなりました?」
「いえ、それより暫くは飴玉が怖いですね」
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