ガラス、シリウス、沼の底〜ベテラン悪役女優は知らない乙女ゲームで道を探している〜

タケミヤタツミ

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花街編

37:伝承

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約五百年前の昔々、ライト公爵家に一人の娘が生まれローゼと名付けられた。
幼い頃から王太子と婚約が結ばれ、次期王妃を志すローゼ嬢は薔薇のように気高く美しく育っていく。

しかし年頃になると次々と貴族の令息達を虜にする令嬢が現れ、特に熱を上げていた王太子と恋仲になってしまう。
平民から男爵家へ養女に迎え入れられた、百合のように純情可憐なリリー嬢。
それだけでなく「嫉妬に駆られたローゼから嫌がらせを受けている」と陥れられ、鵜呑みにした王太子から婚約破棄を言い渡されたローゼ嬢は姿を消す。

ここまでならば乙女ゲームでよくある話。

さてリリー嬢は次期王妃の座を得たが、我儘と贅沢三昧の上に王妃教育が全く進まなかった。
可愛らしかった顔を歪ませてヒステリックに叫んでばかりになり、王太子は徐々に心が遠退いていく。

リリー嬢と離れたくて城を空けがちになると、今度はお忍びで行った酒場の歌姫に恋い焦がれるようになる。
浮気性というものはそう簡単に変わらず一度あることは二度あるのだ。
仮面から唯一覗く紅い唇、不可思議かつ人の心を捕らえて蕩かす歌、ミステリアスな魅力が堪らないと絶大なる人気を誇っていた。


そんなある日、王太子は「リリー嬢が浮気をしている」と報告を受ける。

密偵に現場を突き止めさせて駆け付けてみれば、かつて純情可憐だったリリー嬢は今まで虜にした貴族令息達とベッドで醜悪な肉欲を貪る真っ最中。
その中にはなんと王太子と生涯変わらぬ友情を誓い合った幼馴染達、恩師である学園の教師、実の父である国王と同等に敬愛していた王弟までもが含まれていたという。

これがディアマン王国で今も尚、戯れ歌や官能小説などの種にされる「淫婦リリー」の物語。


人間不信に陥った王太子の方は半狂乱で歌姫に縋り付くが、その正体はローゼ嬢。
今度こそ元婚約者に永遠の別れを告げて復讐完了。
そして廃人となった彼に代わり、王位を継承したのは騒動と無関係だった王女だったという。

酒場から大成して仮面を外した「歌姫ローゼ」の名は海外にまで広まり、招待を受けては各国を回って歌声を届け、世界的なスターとして輝かしい生涯を送った。
有史以来、最も成功を収めた女性音楽家の一人とすら名高い。


さて、リリー嬢はその後どうなったか。
物語として扱われる上では娼館に売り払われただの、戒律の厳しい修道院で死ぬまで禁欲を強いられただの、誰のところへ嫁がされただのと結末のパターンは複数に渡る。

というのも城から追放の後に消息不明とされていた所為だが、ここから先の事実は惨劇。
世間には歴史の闇として伏せられていた。

完全に心が壊れてしまった王太子によりリリー嬢は手足を鎖で繋がれて全ての歯を無理やり抜き取られ、その身は血と排泄物に塗れ、数日間の放置の後に生きたままどこかの壁に埋め込まれたのが真の結末という。

「こんなのおかしい!私はヒロインなのに!」と何度も泣き叫びながら。



「あらまぁ……それフィリッポ伯爵夫人の最期に倣った訳ですね」
「その御婦人がどちら様か知らんが、浮気を知らせたのも壁に埋め込む入れ知恵したのも実はローゼ嬢だったとも聞く」

「フィリッポ伯爵夫人イザベッタ」といえば不倫により夫から拷問と壁に生き埋めの私刑に処された女の名であり、恐ろしい復讐劇として現世でも知られている。
事実は小説より奇なり、こうした残酷な話なんて歴史には沢山残っている。
こちらは創作だがエドガー・アラン・ポーの「黒猫」で壁の中に死体を隠すシーンも有名。
現に、時折ヨーロッパでも古い建物を壊すと髑髏や骨片が出てくることがあるそうだ。


これも世間には伏せられた話、姿を消す前にローゼ嬢は冤罪と婚約破棄のショックで自殺を図ったが奇跡的に息を吹き返した。
やがて目を覚ました後、唯一信頼し合っていた妹だけに「私はローゼ嬢の体を乗っ取った魔物」だと名乗ったそうである。
例の合言葉と共に以下を残す為。

「この合言葉を知る者が現れたら仲間に引き込むと良い。下手すれば国が引っ繰り返るくらい面白いことが起きる」

そうして公爵家当主となった妹により、五百年の間にライト家の人間のみひっそりと言い伝えられてきた。


「私はヒロインだ」と称したリリー嬢は転生者か。
どうやら、ここから五百年前の世界を舞台にした乙女ゲームだか漫画だか小説だかがあったらしい。
好き勝手に振る舞ってシナリオが変わった結果、どんな形にしろ劇的なラストシーンへ導く為に魔物が代役として送り込まれるのはいつもの流れ。

あの奈落では時間などの概念は存在しない。
役者達の魂を送り込むのは、元の物語をもっと愉快にする為のパラレルワールドを創るようなものなのだ。
世界は無限、五百年の歳月も一瞬。

ミュージシャンと役者を兼ねていた者も居たので、その魔物が誰なのかなんて流石に分からないが。
"彼女"自身だって舞台女優でミュージカル経験がある。
テレビでデビューした当時は女児向けの特撮で変身ヒロインの役を務め、恥ずかしながら自分のキャラクターソングなんかも歌った。

それはどうでもいい、そんなことよりも。


「魔女ってこと自体はある程度の目星付いてから勧誘したんだが、流石に言い伝えの魔物ってのは想定外だったな……
まぁ、拒否しても構わん。ここであったことの記憶を消して、もうライト家からも関わらねぇって約束するが……お前はどうする?」

問い掛けるレピドは頬杖を着いて寛いだ体勢、しかしこれは強者の余裕。
有無を言わせず引き込むかと思えば飽くまでも選択肢はリヴィアンに譲るという。

いや、実際のところどうだか。

もし臆してしまったとして、ここで馬鹿正直に拒否を突き付けられる者など居るとは思えず。
「記憶を消せる」というのもあちらに多種多様な能力の魔法使い魔女の手札が多いことの含みではないだろうか。

もう答えなど決まっているのに。


「私、あなたの下でお役に立てると思いますよ……銃も撃てますし、能力上ハニートラップも可能です。
何よりその"面白いこと"の予言、現実にしてみせますので」

左手を胸に、右手を後ろに回す一礼。
これは爵位を持つ相手に敬意を表す意味を持つ。

微笑むリヴィアンの目には、再びブリリアントカットの光。


どんな道を選んでも、どんな形であれヒロインと巡り合うという縁の糸。
他の糸と複雑に絡まり合った先だとしても予感はあった、それならレピドの下に居れば悪役として舞台に立てるだろう。
任務を無視せず遂行しようとする本当の理由は使命感よりも何より欲望である。

魔物はその世界で与えられたタスクを完了しなければ、死ぬことが出来ないのだ。

裏を返せば、エナジーヴァンパイアなら生気を吸って若さを保つ不老不死の魔物としてこの世界の終末まで残ることも出来る。
そもそも房中術とは仙人になる為の術。

だが、そんなもの望まなかった。
"彼女"にとって劇的な死こそが幸福の絶頂。


「"こういう時"必ず笑いやがるんだよなぁ……魔法使いも魔女も」

呆れるように、笑うように、レピドが感嘆する。
そう来ることなど知っていたとばかりに。

国の暗部を担うライト伯爵家の根城で孤立無援、魔獣と魔法使い複数を前にしては、普通なら震え上がって足腰立たない状況だろう。
異能力を持つ故の傲慢かというと、それだけでない。


この世界の魔法は肉体でなく精神の力。
魔法使い魔女は火花を胸に抱いて生まれてくる者のこと。
愉悦快楽に敏感、底無しの欲深さを隠さず誇り、本能じみた好奇心。
のほほんと長生きするよりも、命を燃やさなければ生きる意味がないとすら思っている。

毒だと解っていても喰わずにはいられないのだ。
味は?症状は?死の瞬間は何が見える?

だからこそ目立たないように生きるのは難しい。
魔法使い魔女が犯罪を起こした時、対峙出来るのはやはり魔法使い魔女だけ。
ライト家が彼ら彼女らを保護するのはそういう面もあった。


「そこは"これだから人間は面白い"と高笑いするところですよ、ボス」

またもリヴィアンの返事は至って不敵。

目の前の男は、ほぼ間違いなくこの世界の悪役であろう。
それも主人公側と和解するより潔く滅ぼされる類。
加えて例に漏れず、魔法使いである彼もこの目で見てみたいのだろう。
「国が引っ繰り返るくらい面白いこと」を。

とはいえシナリオは変わり始めている筈であり未来は不確定。
その面白いことの中で、果たしてこの魔獣は舞台に立っていられるのだろうか。
分からないからこそ見届けてみたくなった。


後に思えば、レピドに興味を持ったのは初めて逢った日から。
悪党の仲間として長い"現在"からすれば懐かしい話。
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