ガラス、シリウス、沼の底〜ベテラン悪役女優は知らない乙女ゲームで道を探している〜

タケミヤタツミ

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花街編

36:正体

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「"私は魔物、奈落の魔物、舞台の下は魔物の棲家"」

これは"彼女"と同じ、奈落に棲む者達の合言葉。
何者かと訊ねられたから答えたまで。
そう、ただそれだけのこと。

しかし今、合言葉を口にしたのはレピドだった。

この世界で舞台下は仕掛け部屋、トラップルームと呼ばれる。
「奈落」なんて言葉など存在しないのだ。

「"どうしてそれを"って顔だな、リヴィアン・グラス」

心の扉ががら空きになっているリヴィアンは考えていることと表情が直結してしまう。
隠し事一つ出来やしない。
彼が知っているということは、まさか。


「……まぁ、残念ながら俺は魔物のお仲間じゃねぇけど」

ひらりと手で打ち払い、急に砕けた口調で否定。
ますます訳が分からなくなってしまう。
それなら、何故。


「説明は後でな……首領と若頭は?」
「お二人共、今日はご不在ですね」
「何だ、間が悪ィな。まぁ良いか、俺だけでも」
「それよりもう良いでしょう、早く返してあげたらどうです?」

訊きたいことは山程あるのだが、その前に一時停止。
ダヤンに促されて、今度は丁寧な手で扱われながら本が却ってきた。

「あぁ、手品だから安心してくれ。悪かったな」

謝罪は耳に届いたが、それより手品とは一体どういうことか。
震えそうな手で確認してみたが拍子抜け。
破けたページなどどこにもあらず、確かに全くの無傷。


ここで種明かし。

先程は受け取った本を開くタイミングで、レピドが隠し持っていた白紙を巧く挟み込む。
長袖に種を隠すのは手品で基本中の基本。
そうして偽物のページだけ大袈裟に音を立てて破り取り、煙草で燃やして証拠隠滅。
実に単純なトリックではあるが、少し距離があることや指先の動作があまりにも滑らかで騙された。

そして頭に血が上っていたことも要因の一つ。
人は冷静さを失い、視野が狭くなる。


同時に、リヴィアンを呑み込んだ竜が気配すらも完全に消えた感覚。
跡形も無く溶ければようやく解放。
もう舌は自由、手で押さえずとも心の扉は閉められる。

それどころか、いつの間にか部屋の空気そのものまですっかり緩んでいた。
魔女裁判の後は消されるかとも思っていたのだが、どうやらそういう展開にはならないようだ。
毒気を抜かれてしまっては溜息しか出なくなる。

ああ、何だ、残念。

ただ火花が完全に鎮まった訳でない。
肝心の話はこれからであり、面白くなる予感も同じく。


「改めて自己紹介させてもらうわ。俺はライト女伯爵の孫でレピド・ジャバウォック・ライト。
魔法は「竜帝-ラース-」。簡単に言やぁ、俺に怒りを向ける相手ならある程度の支配下に置ける。先程は自白に使わせて貰った訳で、重ね重ね悪かった」

勿論、彼が誰なのかなんて知っている。
ただ魔法使い魔女と明かした上で「自ら名乗る」というのは特別な意味合いを持つ。
名前とは正体であり、己を縛る物だというのに。

それから何より、能力まで明かすなんて。
リヴィアンの意を無視して喋らせたので対等のつもりか。

待て、怒りがトリガーということは。


「……もしかして、本の紹介って能力テストと無関係だったのでしょうか?」
「すみません、グラスさんクールなので怒らせるなら本を粗末に扱うくらいしか思いつかなくて」

しかもダヤンの入れ知恵ときたか。
能力テストとして深読みし過ぎただけの上、熱く語ったり叫んでしまったのは何だか妙に恥ずかしい。
本が無事で良かったとはいえど。

問題はそこではないのだが。

「ちなみに俺はその本、"アマズーニットの犬"が好きだ。犬が可哀想で6歳の時に泣いた覚えある」

出版当時は名作と絶賛されていただけにレピドも知っていたか。
短編集の上にそれほど難読でもなく、確かに賢い子供だったら読み取れる内容。
是非とも語り合いたいところだが、さておき。


それより今は色々と説明が欲しいところ。
逸る気持ちを抑えて、密やかな深呼吸一つ。

いつから魔女と見破っていたのか。
この面接は何なのか。
どうして合言葉を知っているのか。


「最初に言っておくと、ここでのことは秘密を守るからどうか信用してくれ。
今この部屋に居る全員が魔法使い魔女って意味ならお仲間だから」

まず、そう警戒するなとばかりにレピドが一つずつ説明を始めた。
秘密を持つのはお互い様という訳か。


それにしても魔法使い魔女が滅んだなど、物語だけの存在など全くの大嘘だ。
リヴィアンとレピドだけでなく側近達もなんて。
不思議でもなく、むしろその方が自然だけに納得は出来るが。

ふと視界の端、明るい瑠璃色の方を見やる。

「ということは、ダヤン先輩も……ですよね?」
「はい……実はグラスさんのことは在学中から薄っすらと疑ってまして、もし合ってるなら今が引き込むチャンスかなーって」

まさかこんな近くにも居たなんて不覚。

しかし勧誘自体は確かに本物、引き込みたいのも本音と丸っきり罠でもなかった訳か。
こんな騙し討ちの方法はどうかとも思うのだが。

そういえばダヤンには「魔法に興味がある」と相談して資料を見繕ってもらったことまであるのだ。
ある意味、自分から明かしたようなもの。
リヴィアンと親しくしていたのは魔女疑惑もあってのことだったかもしれない。

それに関しては残念だとか何も言えぬ、自分だってロキに同じようなことをしたのだ。
結果的に拗れてしまったので罪悪感も少々。

「ちなみにダヤン先輩はどんな魔法なんですか?」
「やだー、そんな恥ずかしいこと訊かないで下さい」

能力はそう簡単に明かせないか。
答えてもらえないのは良いとして、仮にも面接の場だというのにダヤンは乙女のように恥じらってふざけてみせる余裕すら見せる。
そう、こういう人だった。

レピドの左右に控える側近達は眼光こそ鋭いままだが、黙って様子を窺うのみ。
咎められないのが却って怖い気がするものの。


さて、それでは話を進めようか。

そもそも、何百年もの昔からライト公爵家は魔法使い魔女が生まれやすい家系だという。
勿論全員ではないだろうが傑物揃いということは何らかの魔法を隠し持っていたが為もあったか。
努力も反則も関係なく、成し遂げた結果が全て。
後の人々に役立つという功績は本物。

加えて普通と違う魔法使い魔女とは生き難く、それ故に親からも見放される孤児もまた多い。
ライト家ではそうした子供達を保護して匿っており、持て余す魔力をコントロールする為に指導している面もあった。


ちなみに見破る方法は「呼吸」だそうだ。

魔力は空気と共に満ちており呼吸により体内に取り込まれるので、魔法使い魔女は無意識で癖が出てしまうのだと。
とはいえ観察力や洞察力、見極める目なんて一朝一夕で身に付くものでもないにしろ。


まさかシーライト学園自体も魔法使い魔女を集める為の施設なのでは、なんて流石に考え過ぎ。
リヴィアンがダヤンと知り合ったのは偶々。
学園内でもロキのように見つかっていない例も居る。

彼のことはレピド達に伏せておいた。
自分が魔法使いだと明かしてくれたのは信頼、第三者に喋ったりして良いものではないと。


大体そこは分かったが。

「私が何よりも訊きたいのは合言葉の件なのですが、宜しいでしょうか?」
「あぁ……話長くなるぞ、何しろ今から五百年も遡るからな」
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