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学園編

21:花片*

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真夏とはいえ涼しい森林の中に建つ一軒家。
夜なんて肌寒いくらいになるので毛布が無ければ寝られやしない。
恋人同士で引っ付くにはちょうど良いか。
互いに素肌の滑らかさを感じて体感温度が上がる。

「もう消えそうなんね」

リヴィアンの首筋を指先で優しく叩いて、ロキが切なげな声を上げた。
自分では見えないが鏡を使わなくても何のことかは分かる。
昼間に付けられた接吻の痣。
そうであろう、あの吸い付き方では足りないとは思っていたのだ。


あれから外で二回、寝る前にもう一回と下着姿になったところ。
発散したら勉強という決まり事も守り、それまでは大人しく過ごしていた。
飽くまでも良い子の顔なので、何故かリヴィアンの方が若干の気まずさを感じてしまうくらい。

この痕を刻んだ時にロキが見せた、執着めいた熱情。
初恋から童貞までも奪ったのだ。
幼い恋心は運命や永遠を簡単に信じてしまう。

特に周りから見えやすい首は独占欲の表れ。
夏なのでマフラーやストールを巻く訳にもいかず意図はお見通し。
可愛らしいような、少し困るような。


「リヴィ先輩、正しい付け方って分かるん?」
「それは、まぁ……」

今までそういう先輩後輩の仲だっただけに、訊かれると答えずにはいられない。
それこそ勉強から始まって閨事まで。

色恋に興味ある年頃として普通に知識はあるだろうが、経験が伴わず半端なので接吻も浅い。
考えてみれば、リヴィアンからもロキに付けたことは無かったか。
そして暗に、これは「付けてほしい」と強請られていることにも気付く。

そこまで言うならお望み通りに。

教えるならロキからも見えて、服で隠れる場所。
皮膚の薄い部分ほど綺麗に痕が残る。

それならとリヴィアンはどこに口付けるか決めた。
ベッドの上、押し倒すような形。
灯りを背にすればロキの上に自分の影が落ちる。
期待混じりの表情を見下ろしながら、静かに顔を近付けた。


「ちょっ、リヴィ先輩……そこ、恥ずかしいわぁ……」
「動かないで」

決して本気ではなく弱々しい抵抗。
反射的に伸びた手を制して、膝を割ってみせる。

選んだ場所というのが、脚を開かせて太腿。
分かりやすい男の身体。
まだ下着だけは履いているとはいえ、息が吹き掛かっただけで身体が固まった。

キスマークを付けるには、唇を濡らしておくのが基本。
小さく舐めてから太腿の内側に吸い付く。

「ふぁ……あ、ン……っ」

ロキの方から言い出したとはいえ際どい場所だけに泣きそうな声。
その甘さに戸惑って、思わず口元を抑えて恥ずかしげなのがとても可愛い。

そう思っても口は塞がっているので言葉にせず。
僅かに痛みを含むくらいに唇で噛み付いてから、やっとリヴィアンはロキを解放した。
もともと色白な上に日焼けしない部分。
桜なんて愛らしいものでなく、毒すら感じる赤い花が咲いた。


「生殺しみたいでツラいような、このギリギリ感ちょっとイイから癖になりそうな……」
「ロキ君、また変な扉開いてない?」
「えぇ……リヴィ先輩の所為だし、痕付けるなら他に幾らでも場所あったんに」
「ん……なんか、普通に、そこしか思い浮かばなかったわ」

指摘されてしまうとリヴィアンの方が考え込んでしまう。
キスマークは部位によって意味が変わる。
太腿は確かサディスティックの表れ。
思い出した瞬間、我ながら吹き出しそうになってしまったが的外れでもなしか。
声を上げるロキを可愛いと感じたのは事実。

知らなかった最初の数回は別として、性器に触れられることはあまり好きでないらしいので情交でも避けるようにしている。
そうなると太腿は一線の手前。
他者から見えず、触れられず、秘密の濃度が高い場所。


情交なんて欲をぶつけ合ってこそ。
とはいえ、今日は何だか少し違う方向に沸き立つ。
ロキは勿論のことリヴィアンも。

そうなる理由ならば考えるまでもないが。

ここで過ごす日々も残り僅か。
もうすぐ帰るのだ、生温いくらい平穏な学園に。
仲の良い者同士でも旅行で拗れることなどよくあるというのに、こうして惜しむ気持ちになるとは。

そして、二人きりで好きな時に引っ付き合う時間ももうすぐ終わり。
寮生は男女で寝泊まりする建物が違うので、休日に顔を合わせるのは食堂のみ。
校舎か外で会うなら毎度約束が必要。
男女交際禁止という訳ではないが、一応は秘密の関係ということなので公然と手も繋げず。

リボンを贈ったりしたのもキスマークを付けたがったのも、思い出と証明が欲しいのだろう。
この日々は夢でないのだと、確かに在ったのだと。


「僕も同じ場所に付けたい」
「あらまぁ、私の真似するだけで良いの?」
「なんか意地悪な言い方なんね……」
「どこに付けたいのか、ロキ君が自分で考えなさいよ」

突き放す言葉ではあるが、小さく笑いながら。
それはそれは太腿のキスマークに相応しくサディスティックに。

お揃いでもリヴィアンは別に良い。
しかし、単なるお返しでは何となくつまらないような。
ロキがどこに贈るのか知りたいと思ってしまった為。

「どこでも文句無いんね?」

確認は半分挑発。
ロキが恭しく手に取ったのは、昼間リヴィアンが「太いので恥ずかしい」と言っていた脚。
あの妖艶な目で舌舐めずり一つ。
膝から下、ふくらはぎに強く吸い付いた。


「ちゃんと密着させて、吸って……もっと、噛んでも良いから」

教えるリヴィアンの声は無意識に艶を帯びる。
ロキもまた、必死な様子で首に桜を咲かせた時よりも余裕を持った動作。
脛を優しく撫で擦り、爪先の小指をくすぐる。
ただ唇だけは獣めいた啄み方。
最後に惜しむように舐めて、赤い花を残す。

「スカートだと見えちゃうわね」
「見せたいんよ」

太腿が「支配」ならば脛は「服従」を意味する。
知っているのか偶然か正反対。
それにしても何たる皮肉。
リヴィアンは気遣いのつもりで見えない場所にしたというのに、ロキときたら公表したいなどと。

かといって、いちいち他人の脚など見てないか。
真夏なので虫刺されとでも言い訳出来る。
いざとなればハイソックスで隠す手もあることだし。


マーキングだけで今日は終わりなんて、まさか。
むしろこれからが始まり。

両者ベッドの上に座り込んだ向かい合わせ。
吸われたばかりの片脚を上げて踵をロキの肩に掛けた。
その正面、付け根は小さな下着の薄布一枚。
少年を焚き付けるには火力が強め。

「……やっぱり僕、同じところにも付けたい」

おいでなさい、望むところ。
身体が柔らかい方とはいえ、この体勢は長時間に向かないのだ。
早く横になってしまいたい。


伸し掛かられて、湯上がりの長い金髪がシーツに散る。
握られた足首も肩から外されたが、下ろされるだけかと思ったのが間違い。
そのまま躊躇いもせずに爪先つまさきを口に含んだ。

「冷えてたから、温めてあげたいんよ」

喋る為に一度は離したが、覗く濃桃の舌が目に痛い。
そうして再び咥え込む。
温かく濡れた口腔に包まれて、時折牙が当たる。
この痛みさえもとても甘い。


崇拝ならば女優だった頃から幾度となく受けたことはある。
それだけに信者の対処も慣れたもの。
ロキが違うと感じるのは、これが服従だからか。
女神でなく主人として扱ってくる。
かと思えばふとした時に引っ繰り返され、逆転されそうになる危うさも。
尻尾を振る時は愛らしく、牙を立てる時は妖艶に。

流石に、こんなの知らない。
加虐心にも被虐心にも火を点けてくる男など。


爪先を舐め切ってからは上へ、上へ。
脛の骨を真っ直ぐ通って、膝頭にもくるりと一周。
木苺ジャムを作った日と同じか。
美味そうに目を細め、丁寧な舌を這わせる。

数年前より筋肉で締まったとはいえ、太さの気になる脚。
そんな些細なコンプレックスごと愛でてくるのだ。

やっと辿り着いた太腿に唇で噛み付き、念願の赤い花。
誰かに脚を開かなければ見えない場所。
二回目なのでふくらはぎの時よりも濃い色で残る。

「こっちも」

開かれた白い脚の間、酔った濃藍の目で見上げながら微笑む。
秘部を隠す薄布は既に吐息の掛かる距離。
指で端を引っ張られては、もう脱げるのも時間の問題。


でも素直に言うこと聞いてなんてやらない。

油断していた銀髪の頭に、当てるだけの踵落とし。
突然のことに驚いてロキが顔を上げたところでもう一撃。
汗の浮いた額を、やんわり踏み付けて制す。

「脱ぐから頭退けなさいよ」

リヴィアンもまた湿度を以て笑い、これは命令。

丸く張りのある乳房と尻に、括れもありつつ腰から太腿に掛けて柔らかな質感の白い身体。
レモンブロンドの乱れ髪を纏って灯りに鈍く光る。
だというのに何と仄暗い艶やかさか。

されるがままでは退屈、そこまで純真でない。
彼が本当に服従を望むというなら、こちらも主人らしく振る舞ってこそ悦び。
人間関係とは鏡。


「ロキ君、もっと?」

どうやらこれで正解か。
恥ずかしげながらも頷いてから、爪先に自ら顔を寄せてくる。
今度は甘えるように、拠り所のように。

そうして仔犬らしく腹を見せるものだから、どうしてくれようか。
単に過激なことをすれば良い訳でもなし。
悦ぶことを考え、探り、それを愉しむ遊戯でなくては。
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