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学園編
05:捕食*(性暴行描写注意)
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一体どこから男は現れたのか。
後を付けられていた気配も入口に死角も無く、音楽室向かいの物置に潜んでいたようだ。
荒い息で首を舐められて、髭が当たる粗い肌触り。
相手が誰だとしても身の毛がよだつ。
先程から耳元でカチャカチャと不快な音、これは眼鏡か。
リヴィアンに巻き付くベージュのジャケットの袖と色黒の手、絵の具が深く混じった男の匂い。
口髭に眼鏡ならば白い髪をオールバックにした鷲鼻の男が思い当たる。
高等部の美術教師、アルノルド・ジェッソか。
まだ灯りをつけなくても本が読めるような時間だ。
顔を確認すれば一度で済むが、振り返らなくても誰かは判った。
中年ながら体格が良く、こちらを捕らえる腕は屈強。
日頃鍛えているリヴィアンでも所詮は少女。
身動ぎ一つ取れず、流石に力では全く敵わなかった。
中等部までと違い、高等部の美術は二、三年生のみの選択授業で教養のようなもの。
芸術家の方が本職なので普段はアトリエに籠もっており、ジェッソが学校に来るのは週に一度のみ。
リヴィアンの選択授業は東洋文学、故に今まで接点など特に無かったと思う。
美術室は図書館と音楽室の間にある四階。
ここに通う際、階段から姿を見掛ける度に会釈していた程度。
毎日ここに通っているのでリヴィアン個人を狙ってなのか、別に女生徒なら誰でも良かったのか、動機など分からない。
飢えた獣に目を付けられただけの不運。
校内に一人きりで居たからといって、誰が責められようか。
それも犯人が教師ならどうにもならず。
「いやらしい身体」だの「堪らない」だのと、背後から抱き着いたまま勝手なことばかり言ってくれる。
その声色の気持ち悪さときたら。
容姿を褒められても嬉しくないが、物のように値踏みされるのは高い評価だとしても嫌なもの。
一方的に欲情しただけのくせに、原因をリヴィアンに押し付けてくるのが非常に腹立たしい。
身体を撫で擦る手が制服の下へ忍び込んできた。
いよいよ危機感と同時に、このままで済ますものかと静かに誓う。
とはいえ二階の図書館までは無人の筈、ここから声の限り叫んだところで誰にも聴こえまい。
だからこそずっと歌の練習場としていたのだから。
正面の窓は真北、校舎側に向いておらず五階に相当するような高さの建物も無し。
例え窓辺で行為に及んだとしても、誰かが窓から目撃するようなことも考え難い。
それなら、迎え撃つ手段は一つだけ隠し持っている。
ただしリヴィアンにしか使えず、肉を切らせて骨を断つ武器。
こちらも無事とはいかないので腹を括った。
凍った喉を無理やり動かして小さく息を整える。
リヴィアンの口を塞ぐ無骨な指に、媚びるような舌先を絡めてみせた。
まずは轡を外させる必要があるのだ。
「いやっ、先生……言う通りにするから、優しくして下さい……」
小さく震えながら涙を浮かべ、恥じらいを装って乞う。
声、表情、視線、呼吸、仕草。
一瞬で艶を作り上げ、緊迫していた空気は色付いて緩む。
そうして音も立てずに場の主導権が摩り替わる。
ここが「捕食」という演目ならば、舞台の上に立つのは猛獣や猛禽でなく蜘蛛だ。
雄を喰らい、己の糧とする生き物。
欲に駆られた人間は違和感に気付かない。
リヴィアンが紡ぎ始めた糸で絡め取られたことを。
明るい髪色は魔除けになるというが、それは元が黒の場合だろう。
現代日本人なら派手であろう淡いレモンブロンドも、地毛かつ大人しそうな娘では意味がない。
美醜の問題より結局のところ弱々しいタイプの方が狙われやすいのだ。
もしヒロインだったら、危ないところで助けてもらえる加護があっただろうか。
はて、分からない。
"こういう時"に奇跡が起きて救いの手が差し伸べられたことなど、一度も無かったのだ。
だから、"私"は"私"を助けなくては。
今まで他にも犠牲者は居たかもしれない、放置すればまた新たに出るかもしれない。
これは憶測でしかなくとも実に最悪のこと。
ならば、心は欠片も痛まない。
冷たい床に寝かされて、男の手で無理やり脚が開く。
白い太腿を撫で擦りながらジェッソは顔を埋め、下着越しに秘部へ鼻を押し付けてくる。
執拗に匂いを嗅がれると、流石に羞恥心で歯を食い縛った。
黒いスカートのカーテンで見えやしないが何をされているのかならば感覚で伝わる。
萼弁のように守る役目の小さな薄布を捲られ、まだ固く閉じた花蕾を舐め回される悍ましさ。
それでも、しゃぶり付かれては唾液で次第に緩む。
強制的に乱されて蜜の混じった水音。
やがて堪らなくなったのか、上体を起こしたジェッソが荒々しくベルトを外した。
開かれた布から跳ね上がって、暴発しそうな凶器がその姿を現す。
「優しくして欲しい」なんて申し出てみたが、やはりそうはいかないか。
そもそも最初から期待などしてない。
興奮のあまり獣じみた低い唸りを繰り返す口許に、リヴィアンは危機感を覚えた。
このままでは力任せに制服を引き裂かれてしまいそうで、恥じらう仕草でやんわりと制す。
怖がりながら焦らしながらと下着を脱いでみせる。
怯える表情は仮面、その奥に冷えた目を潜ませて待ち構えていた。
剥き出しの牙を立てられる、その時を。
さあ、来なさいな。
奪われるだけでなく相応の対価は頂こう。
覚悟するのも喰われるのも、そちらも同じだ。
ここに居る女は、房中術の使い手と知る由もない。
ある世界、ある国でのこと。
逆恨みで姫君に虐げられた末、謀略により家族まで皆殺しにされて没落した名家の令嬢が居た。
娼婦にまで落とされたが人生はそれだけで終わらず。
最初はほんの好奇心だろうと、一度味わえばたちまち恋の病。
姫君の婚約者も兄弟も国王である父親まで、娼婦の下へ足繁く通うようになり次々と籠絡されていく。
しかし身体を差し出しても、哀しげに首を横に振るばかりで娼婦は決して心を開かない。
だからこそ、それがまた更に恋を燃え上がらせる。
どんな貢物も受け取らなかったが、とうとう重い口からは「姫の心臓が欲しい」と恐ろしい要求を一つ。
すぐさま彼らは絶望で泣き叫ぶ姫君を押さえ付け、その胸を生きながらにして裂いてみせた。
まだ鼓動を打つ心臓を恭しく捧げて、娼婦からの愛を欲する狂気ぶり。
そうして後に国までも滅ぼし、娼婦自身もまた酷たらしい最期を迎えた。
それでも復讐は果たされたのでもう悔いは無し。
死の間際、花開くような笑みを初めて見せたという。
房中術に長けた傾国の美女、ランジュ嬢。
今はリヴィアンと名乗る"彼女"が演じた人生の一つ。
ちなみに本物のランジュ嬢と入れ替わったのは、全てを失って間もない自害の場。
例の銃で撃ち抜く前に意思の疎通を図ってみたところ「復讐を果たせるなら構わぬ、身体が欲しくば持って行け」と強い目で託されて悪魔の取引を交わした。
そうして目覚めた後、大人しく娼館へ送られる。
悪女と化した転生者の姫君を上回る悪女として、舞台の上で滅びる為に。
房中術のスキルを習得したのはこの世界だった。
秘伝書を手に入れ、客の男達は練習台。
生まれつきの体質的なものなどではなく培った技術なので、どこの世界で行っても相手に蕩けるような快楽を与えたり、消耗させて無力化させること自体は出来る。
とはいえ、房中術がハニートラップの技と云うのは飽くまでも後世の話。
陰陽や医学にも絡み、やはり真価を発揮するのは魔法が存在する世界である。
もともとは仙人になる為の術でもあり、場合によっては不老長寿すら可能とするのだ。
またの名を「エナジーヴァンパイア」と呼ばれる術。
真の目的は快楽にあらず、残りの寿命が削れるまで男の生気を根こそぎ奪い取る。
その後、相手の運命は知れたこと。
何をしても楽しみを見い出せず笑うことすら忘れ、もう長くない残りの日々を鬱々と過ごすのだ。
それこそ精子の一匹に至るまで生気を吸い尽くすことだって。
死に絶えた種は芽吹かず、孕むこともない。
一方、生気を吸い取った側には若返りや回復効果が与えられる。
聖女を演じた時は神獣が存在する世界、数人分の生気を一度に摂取させてもらった。
お陰で牢獄生活も溌溂と過ごし、強化した肉体で拷問を楽しむ余裕すら持てていたものである。
ああ、それにしても、つくづく思う。
どこの世界でも、こういう時の人間の目はいつも同じ。
血走り、ギラつき、加虐の暴走。
情欲なんて易々と飛び越えて、支配欲の攻撃性は限りなく殺意に近い。
当事者に自覚があろうが、あるまいが。
例え自分よりも小さな相手だとしても、普通ならば恐ろしさで震え上がるだろう。
力で敵わない相手なら尚更。
そう、普通ならば。
演技力、機転、観察力に洞察力、射撃の腕。
それなら役者よりもスパイに向いていたかもしれないが、何よりも致命的な欠点があった。
殺し、殺され、記憶を持ったまま終わりなく繰り返す役割をどうして愉しんでいられるか。
断頭台での処刑、忠誠を誓った主に喰われ、かつての仲間達に集団で暴行を受け、そうやって今まで六度も様々な方法で殺された。
それでも足りぬ、まだ全然足りぬ。
何故って、そんなの、決まっているではないか。
彼女は、殺意に興奮する筋金入りのマゾヒストだった。
憎しみでも怒りでも煮え滾るような熱い感情を浴びて、なるべく惨たらしく殺されたい。
正常な者の感覚もまた理解しているからこそ、異常者である自覚も持っている。
死に魅せられる彼女の欲望はまるで、美しい月を映した真夜中の沼。
見惚れて覗き込めばたちまち溺れてしまう。
その真っ暗闇の水底には、かつての自分だった物も含めて無数の髑髏が眠っていた。
ただ、マゾヒストとは残酷なまでに我儘。
責め方が好みでなければ尊大な態度で拒否することもあり、今まで崇拝していたサディストに幻滅したらあっさりと冷めて去る。
そう、だから、あなたでは駄目。
底無しの"私"を満たせない。
唾液と蜜に濡れて開かされた未熟な花弁。
ジェッソに肉塊の凶器を擦り付けられて覚悟を決めた。
切っ先は強い抵抗感があれど、突き込まれれば大人しく受け入れるしか出来ず。
結合部から伝い落ちた血の滴。
熱に近い痛みで、リヴィアンは顔を顰める。
夢中で腰を振っていた筈のジェッソだったが、そう長くは続かなかった。
今や、顔からの体液を全て垂れ流して「許してくれ」や「死ぬ」と切れ切れに呻いているのは彼の方。
既に全身の力を抜き取られて指先すら動けずに、リヴィアンに引っ繰り返され乗られていても無抵抗。
あんなにも鋼の如くこの身体を抱き締めていた腕は、もはや朽木の弱々しさ。
外では雪の積もる真冬にも関わらず、ジェッソの全身は真っ赤に染まり噴き出した汗でシャツを濡らしている。
射精感は限界を超えて膨れ上がるばかりだというのに、どういう訳か達することが出来ないのだ。
ひたすら悶え喘ぎながら終わりを乞う。
水で例えれば、蛇口が全開なのにも関わらずホースの吐出口間際を踏み付けられて無理やり止められている状態である。
そうこうしている間にも溜まっていき破裂寸前。
膨らみ続ける快楽はもはや拷問となり、どんな者でも気が狂ってしまう。
そんなジェッソに跨り、リヴィアンは木馬で遊ぶ少女のように無垢な笑み。
さりとて、哀れな男を見下ろす暗褐色の目には加虐的な光が揺れる。
意外かもしれないが、マゾヒストとサディストは両立出来るのだ。
生気はかなり迫り上がってきても、まだ解放を許すには早いだろうかと黙考。
無言こそがまた恐ろしさを加速させる。
「あは……っ、先生、とっても可愛い……」
そうして散々苦しみ抜かせた後、ホースを踏み付ける足を不意に退けた。
突き刺さる勢いの生気を受け止めて、長々と寿命ごと搾り取る。
女生徒に襲い掛かる程に有り余っていたのだ。
溢れるまでの力が注がれる感覚を久々に味わいながら、見る間に男が枯れ行く様をしっかりと目に焼き付けていた。
この場で命までは取らなくとも、同じこと。
芸術家から生気が消えるというのは実質的な「死」である。
作品を生み出すには強いエネルギーが必要。
もう描けず、作れず、それは生きる意味にまでも及ぶ。
罪に対して罰としては甘過ぎるかもしれないが。
全てが終わった後、音楽室内から自分が居た形跡を消すリヴィアンの手は慎重に。
授業で使う時に気付かれて騒がれたら面倒だ。
孕む術を奪ったとはいえ他人の体液に変わらず。
下着を濡らす不快感を拭き取れば、ハンカチの端は赤く染まる。
血を流した身体が痛むが、皮肉なことに生気で漲っているのであまり問題ではない。
こうして身なりを整えて鍵を開ける頃、リヴィアンは元通りの顔を取り戻していた。
軽々と階段を滑り降り、薄闇が迫る雪道を転がるように走り抜ける。
図書館でダヤンに忠告したばかりなのだ。
自分が遅れる訳にいかず、素知らぬ顔で夕食の席に出る為に。
後を付けられていた気配も入口に死角も無く、音楽室向かいの物置に潜んでいたようだ。
荒い息で首を舐められて、髭が当たる粗い肌触り。
相手が誰だとしても身の毛がよだつ。
先程から耳元でカチャカチャと不快な音、これは眼鏡か。
リヴィアンに巻き付くベージュのジャケットの袖と色黒の手、絵の具が深く混じった男の匂い。
口髭に眼鏡ならば白い髪をオールバックにした鷲鼻の男が思い当たる。
高等部の美術教師、アルノルド・ジェッソか。
まだ灯りをつけなくても本が読めるような時間だ。
顔を確認すれば一度で済むが、振り返らなくても誰かは判った。
中年ながら体格が良く、こちらを捕らえる腕は屈強。
日頃鍛えているリヴィアンでも所詮は少女。
身動ぎ一つ取れず、流石に力では全く敵わなかった。
中等部までと違い、高等部の美術は二、三年生のみの選択授業で教養のようなもの。
芸術家の方が本職なので普段はアトリエに籠もっており、ジェッソが学校に来るのは週に一度のみ。
リヴィアンの選択授業は東洋文学、故に今まで接点など特に無かったと思う。
美術室は図書館と音楽室の間にある四階。
ここに通う際、階段から姿を見掛ける度に会釈していた程度。
毎日ここに通っているのでリヴィアン個人を狙ってなのか、別に女生徒なら誰でも良かったのか、動機など分からない。
飢えた獣に目を付けられただけの不運。
校内に一人きりで居たからといって、誰が責められようか。
それも犯人が教師ならどうにもならず。
「いやらしい身体」だの「堪らない」だのと、背後から抱き着いたまま勝手なことばかり言ってくれる。
その声色の気持ち悪さときたら。
容姿を褒められても嬉しくないが、物のように値踏みされるのは高い評価だとしても嫌なもの。
一方的に欲情しただけのくせに、原因をリヴィアンに押し付けてくるのが非常に腹立たしい。
身体を撫で擦る手が制服の下へ忍び込んできた。
いよいよ危機感と同時に、このままで済ますものかと静かに誓う。
とはいえ二階の図書館までは無人の筈、ここから声の限り叫んだところで誰にも聴こえまい。
だからこそずっと歌の練習場としていたのだから。
正面の窓は真北、校舎側に向いておらず五階に相当するような高さの建物も無し。
例え窓辺で行為に及んだとしても、誰かが窓から目撃するようなことも考え難い。
それなら、迎え撃つ手段は一つだけ隠し持っている。
ただしリヴィアンにしか使えず、肉を切らせて骨を断つ武器。
こちらも無事とはいかないので腹を括った。
凍った喉を無理やり動かして小さく息を整える。
リヴィアンの口を塞ぐ無骨な指に、媚びるような舌先を絡めてみせた。
まずは轡を外させる必要があるのだ。
「いやっ、先生……言う通りにするから、優しくして下さい……」
小さく震えながら涙を浮かべ、恥じらいを装って乞う。
声、表情、視線、呼吸、仕草。
一瞬で艶を作り上げ、緊迫していた空気は色付いて緩む。
そうして音も立てずに場の主導権が摩り替わる。
ここが「捕食」という演目ならば、舞台の上に立つのは猛獣や猛禽でなく蜘蛛だ。
雄を喰らい、己の糧とする生き物。
欲に駆られた人間は違和感に気付かない。
リヴィアンが紡ぎ始めた糸で絡め取られたことを。
明るい髪色は魔除けになるというが、それは元が黒の場合だろう。
現代日本人なら派手であろう淡いレモンブロンドも、地毛かつ大人しそうな娘では意味がない。
美醜の問題より結局のところ弱々しいタイプの方が狙われやすいのだ。
もしヒロインだったら、危ないところで助けてもらえる加護があっただろうか。
はて、分からない。
"こういう時"に奇跡が起きて救いの手が差し伸べられたことなど、一度も無かったのだ。
だから、"私"は"私"を助けなくては。
今まで他にも犠牲者は居たかもしれない、放置すればまた新たに出るかもしれない。
これは憶測でしかなくとも実に最悪のこと。
ならば、心は欠片も痛まない。
冷たい床に寝かされて、男の手で無理やり脚が開く。
白い太腿を撫で擦りながらジェッソは顔を埋め、下着越しに秘部へ鼻を押し付けてくる。
執拗に匂いを嗅がれると、流石に羞恥心で歯を食い縛った。
黒いスカートのカーテンで見えやしないが何をされているのかならば感覚で伝わる。
萼弁のように守る役目の小さな薄布を捲られ、まだ固く閉じた花蕾を舐め回される悍ましさ。
それでも、しゃぶり付かれては唾液で次第に緩む。
強制的に乱されて蜜の混じった水音。
やがて堪らなくなったのか、上体を起こしたジェッソが荒々しくベルトを外した。
開かれた布から跳ね上がって、暴発しそうな凶器がその姿を現す。
「優しくして欲しい」なんて申し出てみたが、やはりそうはいかないか。
そもそも最初から期待などしてない。
興奮のあまり獣じみた低い唸りを繰り返す口許に、リヴィアンは危機感を覚えた。
このままでは力任せに制服を引き裂かれてしまいそうで、恥じらう仕草でやんわりと制す。
怖がりながら焦らしながらと下着を脱いでみせる。
怯える表情は仮面、その奥に冷えた目を潜ませて待ち構えていた。
剥き出しの牙を立てられる、その時を。
さあ、来なさいな。
奪われるだけでなく相応の対価は頂こう。
覚悟するのも喰われるのも、そちらも同じだ。
ここに居る女は、房中術の使い手と知る由もない。
ある世界、ある国でのこと。
逆恨みで姫君に虐げられた末、謀略により家族まで皆殺しにされて没落した名家の令嬢が居た。
娼婦にまで落とされたが人生はそれだけで終わらず。
最初はほんの好奇心だろうと、一度味わえばたちまち恋の病。
姫君の婚約者も兄弟も国王である父親まで、娼婦の下へ足繁く通うようになり次々と籠絡されていく。
しかし身体を差し出しても、哀しげに首を横に振るばかりで娼婦は決して心を開かない。
だからこそ、それがまた更に恋を燃え上がらせる。
どんな貢物も受け取らなかったが、とうとう重い口からは「姫の心臓が欲しい」と恐ろしい要求を一つ。
すぐさま彼らは絶望で泣き叫ぶ姫君を押さえ付け、その胸を生きながらにして裂いてみせた。
まだ鼓動を打つ心臓を恭しく捧げて、娼婦からの愛を欲する狂気ぶり。
そうして後に国までも滅ぼし、娼婦自身もまた酷たらしい最期を迎えた。
それでも復讐は果たされたのでもう悔いは無し。
死の間際、花開くような笑みを初めて見せたという。
房中術に長けた傾国の美女、ランジュ嬢。
今はリヴィアンと名乗る"彼女"が演じた人生の一つ。
ちなみに本物のランジュ嬢と入れ替わったのは、全てを失って間もない自害の場。
例の銃で撃ち抜く前に意思の疎通を図ってみたところ「復讐を果たせるなら構わぬ、身体が欲しくば持って行け」と強い目で託されて悪魔の取引を交わした。
そうして目覚めた後、大人しく娼館へ送られる。
悪女と化した転生者の姫君を上回る悪女として、舞台の上で滅びる為に。
房中術のスキルを習得したのはこの世界だった。
秘伝書を手に入れ、客の男達は練習台。
生まれつきの体質的なものなどではなく培った技術なので、どこの世界で行っても相手に蕩けるような快楽を与えたり、消耗させて無力化させること自体は出来る。
とはいえ、房中術がハニートラップの技と云うのは飽くまでも後世の話。
陰陽や医学にも絡み、やはり真価を発揮するのは魔法が存在する世界である。
もともとは仙人になる為の術でもあり、場合によっては不老長寿すら可能とするのだ。
またの名を「エナジーヴァンパイア」と呼ばれる術。
真の目的は快楽にあらず、残りの寿命が削れるまで男の生気を根こそぎ奪い取る。
その後、相手の運命は知れたこと。
何をしても楽しみを見い出せず笑うことすら忘れ、もう長くない残りの日々を鬱々と過ごすのだ。
それこそ精子の一匹に至るまで生気を吸い尽くすことだって。
死に絶えた種は芽吹かず、孕むこともない。
一方、生気を吸い取った側には若返りや回復効果が与えられる。
聖女を演じた時は神獣が存在する世界、数人分の生気を一度に摂取させてもらった。
お陰で牢獄生活も溌溂と過ごし、強化した肉体で拷問を楽しむ余裕すら持てていたものである。
ああ、それにしても、つくづく思う。
どこの世界でも、こういう時の人間の目はいつも同じ。
血走り、ギラつき、加虐の暴走。
情欲なんて易々と飛び越えて、支配欲の攻撃性は限りなく殺意に近い。
当事者に自覚があろうが、あるまいが。
例え自分よりも小さな相手だとしても、普通ならば恐ろしさで震え上がるだろう。
力で敵わない相手なら尚更。
そう、普通ならば。
演技力、機転、観察力に洞察力、射撃の腕。
それなら役者よりもスパイに向いていたかもしれないが、何よりも致命的な欠点があった。
殺し、殺され、記憶を持ったまま終わりなく繰り返す役割をどうして愉しんでいられるか。
断頭台での処刑、忠誠を誓った主に喰われ、かつての仲間達に集団で暴行を受け、そうやって今まで六度も様々な方法で殺された。
それでも足りぬ、まだ全然足りぬ。
何故って、そんなの、決まっているではないか。
彼女は、殺意に興奮する筋金入りのマゾヒストだった。
憎しみでも怒りでも煮え滾るような熱い感情を浴びて、なるべく惨たらしく殺されたい。
正常な者の感覚もまた理解しているからこそ、異常者である自覚も持っている。
死に魅せられる彼女の欲望はまるで、美しい月を映した真夜中の沼。
見惚れて覗き込めばたちまち溺れてしまう。
その真っ暗闇の水底には、かつての自分だった物も含めて無数の髑髏が眠っていた。
ただ、マゾヒストとは残酷なまでに我儘。
責め方が好みでなければ尊大な態度で拒否することもあり、今まで崇拝していたサディストに幻滅したらあっさりと冷めて去る。
そう、だから、あなたでは駄目。
底無しの"私"を満たせない。
唾液と蜜に濡れて開かされた未熟な花弁。
ジェッソに肉塊の凶器を擦り付けられて覚悟を決めた。
切っ先は強い抵抗感があれど、突き込まれれば大人しく受け入れるしか出来ず。
結合部から伝い落ちた血の滴。
熱に近い痛みで、リヴィアンは顔を顰める。
夢中で腰を振っていた筈のジェッソだったが、そう長くは続かなかった。
今や、顔からの体液を全て垂れ流して「許してくれ」や「死ぬ」と切れ切れに呻いているのは彼の方。
既に全身の力を抜き取られて指先すら動けずに、リヴィアンに引っ繰り返され乗られていても無抵抗。
あんなにも鋼の如くこの身体を抱き締めていた腕は、もはや朽木の弱々しさ。
外では雪の積もる真冬にも関わらず、ジェッソの全身は真っ赤に染まり噴き出した汗でシャツを濡らしている。
射精感は限界を超えて膨れ上がるばかりだというのに、どういう訳か達することが出来ないのだ。
ひたすら悶え喘ぎながら終わりを乞う。
水で例えれば、蛇口が全開なのにも関わらずホースの吐出口間際を踏み付けられて無理やり止められている状態である。
そうこうしている間にも溜まっていき破裂寸前。
膨らみ続ける快楽はもはや拷問となり、どんな者でも気が狂ってしまう。
そんなジェッソに跨り、リヴィアンは木馬で遊ぶ少女のように無垢な笑み。
さりとて、哀れな男を見下ろす暗褐色の目には加虐的な光が揺れる。
意外かもしれないが、マゾヒストとサディストは両立出来るのだ。
生気はかなり迫り上がってきても、まだ解放を許すには早いだろうかと黙考。
無言こそがまた恐ろしさを加速させる。
「あは……っ、先生、とっても可愛い……」
そうして散々苦しみ抜かせた後、ホースを踏み付ける足を不意に退けた。
突き刺さる勢いの生気を受け止めて、長々と寿命ごと搾り取る。
女生徒に襲い掛かる程に有り余っていたのだ。
溢れるまでの力が注がれる感覚を久々に味わいながら、見る間に男が枯れ行く様をしっかりと目に焼き付けていた。
この場で命までは取らなくとも、同じこと。
芸術家から生気が消えるというのは実質的な「死」である。
作品を生み出すには強いエネルギーが必要。
もう描けず、作れず、それは生きる意味にまでも及ぶ。
罪に対して罰としては甘過ぎるかもしれないが。
全てが終わった後、音楽室内から自分が居た形跡を消すリヴィアンの手は慎重に。
授業で使う時に気付かれて騒がれたら面倒だ。
孕む術を奪ったとはいえ他人の体液に変わらず。
下着を濡らす不快感を拭き取れば、ハンカチの端は赤く染まる。
血を流した身体が痛むが、皮肉なことに生気で漲っているのであまり問題ではない。
こうして身なりを整えて鍵を開ける頃、リヴィアンは元通りの顔を取り戻していた。
軽々と階段を滑り降り、薄闇が迫る雪道を転がるように走り抜ける。
図書館でダヤンに忠告したばかりなのだ。
自分が遅れる訳にいかず、素知らぬ顔で夕食の席に出る為に。
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