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31.意外な共通点

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 《無限収納》からボウルを2つ取り出して、それぞれに胡桃と栗を入れて水を浸し、栗のほうは果実水と同じように魔法で時間短縮する。
 胡桃のほうに砂や埃を落とすために綺麗に洗うために手を入れると、思わずブルッと体が震えた。
 うぅっ、水が冷たいっ!

「それは…栗と胡桃ですか? 秋の味覚ですね~」
「正解」
「何してるの?」
「使いたい時にすぐ使えるように下準備」
「手伝います」
「ありがと。じゃあ胡桃の水気を拭いてくれる?」
「分かりました」

 樹が手伝いを申し出てくれたのでお願いして、スープ作りで使ったフライパンを生活魔法で綺麗にしてから、水気を拭いた胡桃を入れて暖炉でから炒りする。

「やりますよ」
「それなら、このくらいの位置をキープして、パチパチと弾ける音がしたら少し離して。殻の繋ぎ目が割れたら火から外して」
「はい。…結構腕にきますね」
「だったら、樹さんが疲れたら僕と交代すれば良いよ」
「お願いします」

 このまま任せて大丈夫そうだね。
 ………あ! 塩が無い。

「誰か塩持ってない?」
「塩?」
「無いですね」

 調味料が無いんだから塩も無いに決まってんじゃんさ~…。
 塩無しで栗茹でる? でもなぁ~、甘味を引き立てるためには塩味が欲しいんだよな~。

「塩? オレ持ってるけど」
「頂戴!」
「良いけど、何に使うんだよ」
「栗を茹でるのに、塩が必要だから。そういうゴウマこそ、何で塩持ってたの?」
「ゆで卵にかけようと思って持って来てた」

 剛磨がアイテムボックスから鞄を出すと、中から食卓に置くような容器に入った塩が出てきた。
 そんなに持ってたの? というか、そのまま持ってきてたの?

「ほらよ」
「ありがと」
「卵、好きなんですか?」
「小腹が空いた時に手軽に食えるからな」

 ゆで卵がおやつ代わりってこと?
 まぁ何でも良いや。
 新しく鍋を出して栗と水を入れる。塩を加えて、よく溶かしてから胡桃よりは少し火から離した位置で固定する。
 このまま沸騰するまで10分くらい待つ…っと。

「はい、ゴウマ。塩返すよ」
「ん、もう良いのか?」
「また後で必要な時は頂戴」
「おー」

 受け取った塩を鞄にしまうゴウマだが、さっきからグーグーとお腹の音が煩いんだよなぁ。
 ちらりと剛磨を見ると、「飯はまだか」と目で訴えてくるがスルーしておいた。
 視線を余計に感じるが、こういうのは気にしたほうが負けだと思うので気付かないフリをすることにした。
 そうだ、街まで行かなくても途中の村とかの店で売ってるなら塩くらいは買っておきたいな。他にもあるなら買いたいところだが…期待しないでおこう。

「ルーティス君は料理が得意なんですか?」

 朔弥とフライパンを交代した樹が話しかけてきた。

「得意ってほどじゃないよ。子供の頃に母に教わったんだ」
「ルーティス君の母親は、随分と詳しいんですね」
「んー……。木の実だって貴重な食料なんだから無駄にしないってのが母の教えって言うか…、他のは手に入りづらくて仕方なかったと言うか…」
「どういうことですか?」
「あ~……っと、ね。野菜は家庭菜園で、卵とミルクは家畜から、果物や木の実や茸は森で採取、でも肉は狩りをしなきゃだし魚は釣りをしないと手に入らないから…。自然と覚えていたよ」
「まさかの自給自足生活!?」
「あはは……うん、そうだよ」
「テレビで見たようなド田舎の生活…」

 樹との会話に朔弥と剛磨が混ざり、大袈裟ってくらいに驚かれた。……そんなに意外かな? ここじゃあ大きな街ならまだしも小さな村なら普通の生活だけどね。
 そうこうしている間に10分経ったので、栗の入った鍋を更に火から離して固定する。このまま30~40分ほど茹でる。

「ルーティス君の父親ってどんな人なんですか?」
「母子家庭だよ」
「えっ!? ……そ、それは…その、すみませんでした…っ!」
「なにが?」
「え? いや、だって…父親がいないなんて知らなかったとは言え、聞いてしまったので…」

 そうか、他人から見れば僕は片親で育った可哀想な子供ってことになるのか。
 子供の頃は住んでた村の住人達に色んな目で見られたが、そういう視線も感じていたな。随分と昔のことで忘れてた。

「んー…僕にとっては父がいないのが普通で当たり前だったから、逆に父がいる生活っていうのが想像出来ないかな」
「あ……」

 僕は母と2人で村外れに広がる森に近い、小さな小屋で過ごしていた。
 おかげで家庭菜園も家畜もスペースを確保出来て、しかも住人の視線も気にならなくて、僕として万々歳だったが。

「ここよりも狭い小屋みたいな場所だったけど、母と支え合って色んなことを教わりながら過ごした日々は、僕にとってはかけがえのない宝物。それを非難されるいわれもあわれまれる覚えもないよ」

 強い意志のこもった眼差しを向けると揃って顔を背けられた。いや、剛磨にはジッと見られてるが。
 ……あ、しまった。今の言い方だと責めてる感じで良くなかったかも。

「勘違いしないで欲しいんだけど、皆を責めてるわけじゃないよ。僕が言いたかったのは、気にしなくて良いってことだから」
「寂しくなかったのかい?」

 いつの間にやら樹とフライパンを交代していた朔弥が眉尻を下げて聞いてきた。
 寂しい…寂しいか~。

「ないかな」
「どうしてだい?」
「さっきも言ったけど、父がいないのが普通だから。母がたくさん愛情をそそいでくれたし。それに野菜や家畜の世話に、森で採取や狩りに釣り、結構充実してたよ。それに森に入れば動物達が遊び相手をしてくれたしね」
「愛情…よく恥ずかしげもなく言えるよな」

 剛磨が面食らったような顔で気まずそうに言うが、変なこと言ってないよな?

「母からの愛情を否定するのは、母に対して失礼だろう」
「いや、まぁ確かにそうだけどよ。よく言えるよなって思っただけだ。………オレもお袋しかいねぇから、それは分かるつもりだ」
「ゴウマも母子家庭なんだ?」
「ん? …あぁ、まぁな。お袋が、近所のおばちゃん達に、「片親で子供が可哀想」って言われる度に辛そうな顔すんのが、すんげぇ嫌だった」
「そっか…そっか~。同じだね」

 ヘラッと笑うと剛磨は気まずそうな顔と照れ臭そうな顔の入り交じった顔をしかめて、そっぽを向かれてしまった。

「ルーティス君、動物が遊び相手って、同世代の子供とは遊ばなかったんだね?」
「どちらかと言うと子供の親達に避けられてたから。近付かなかったよ」
「え? どうしてだい?」
「色々と事情があってね」

 朔弥に突っ込まれた質問をされたけど、さすがにこれは言えないかな。まだ、ね。
 適当にはぐらかして、「その質問には答えない」って雰囲気を出しておく。

「だから森の動物ですか? 襲われたりしなかったんですか?」
「むしろ異常なくらい好かれてたかも」
「異常?」
「うん。森に入ると動物達が寄ってきて、食べられるものがある場所まで案内してくれるから。大きな動物だと乗せてくれたし」
「は? え? ……はぁ!? 本当ですか?」
「本当」

 まぁそれはさすがに驚くよね。会話できないのに、どうやって意思疎通してるんだって話だけど…、これは多分、僕の生まれって言うか……血筋が関係してると思う。

「実を言うと、俺も子供の頃はお盆や正月休みは祖父の家に泊まりに行ってたんですが、祖父に連れられて森に入ってたんですよ」
「イツキのお祖父さんって森の近くに住んでるんだ?」
「ええ、かなり田舎ですよ。だからなのか、ルーティス君の話は勝手に親近感があって…でもさすがに野生の動物とは遊んだことは無いですが。犬を飼ってて…大きな犬で、その犬とは遊んでましたよ」
「イツキのお祖父さんとは話が合いそうな気がする」
「俺もそんな気がします」

 樹と顔を見合わせて笑いあう。
 どうせなら、日本に居る間に樹のお祖父さんの家に遊びに行ってみたかったな…。
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