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第22話 第6章 山城の意地②

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「ぬう、姫様」
 山城は、椅子にどっかりと座り込み、虚空を睨んだ。
 彼は今、独房から自室へと移されていた。オール帝国にとって使えると判断された人間は、それなりの待遇で扱われるようであった。
 ――どうすりゃいい。このままじゃ姫様やこの国の奴らはロクな目に遭わなくなっちまう。
 汗がぽたりぽたりと額から落ち、膝を濡らした。焦ってはいけない。冷静に頭を働かさなければ、勝機は巡ってこない。
 山城は、目を閉じて念仏を唱えだした。
 
 ――彼の呟きだけが、部屋に響く。

 どれくらいそうしていたのだろう。十分か、二十分か、それとも数分だったかもしれない。時間の感覚が薄れるほど、己の内に没頭していた山城の耳に、ドアを乱暴に叩く音が聞こえた。
「まったく、静かに叩いてほしいもんだぜ。誰でぇい?」
「山城、調理の時間だ」
 ハア、と息を吐き、山城はドアを開けた。
「行きや良いんだろう。たりぃさ」
「黙れ。あまりふざけた態度をとるな」
 ペドロの部下は、手に持った棒で叩こうとするが、太くてがっしりとした手が手首を掴む。
 部下は薄ら笑いを浮かべた。兵士としてそれなりに鍛えてきた自負があったのだろう。だが、必死になって手を動かしても、山城の手を解くことはできなかった。
「おうおう、怪我すっと上手く調理ができねぇんだがよ」
「チッ、馬鹿力が。今回だけ見逃してやる」
 山城が手を放すと、兵士は手首をさすり、厨房へと向かった。鼻を鳴らし、その様を笑った山城は、わざと大きな足音を鳴らして、兵士の後を追う。
 ※
「おう、おはようさん」
 山城は入り口で見張る兵士をひと睨みした後、料理人達に挨拶を交わしていった。
 が、彼は言い知れぬ違和感を覚え、ぐるりと周りを見渡した。
「あ、おい。ヘイとヌスタファはどうした?」
「……あの二人は殺されました」
「殺された? 何言ってやがんでぇ」
 山城は目の前で俯く料理人の肩を掴み、揺さぶった。
「なあ」
「昨日、調理を命じられていたらしく。……まずいって言われて、殺されたんですよ。あんまりだ。殺す、なんて」
 山城は血管が煮えたぎる怒りを感じた。一体、どうして。あの二人はまだ新人で、これからだってぇのに。
 彼らの顔が浮かんで、山城は涙を流した。
「絶対ゆるさねえ。一泡吹かせてやる」
「やめてください、料理長」
「どうして止める。おめえら悔しくねえのか」
 料理人達は、何も語らない。ただ、首を振り続けるばかり。
「おい、何とかいえってぇ。……おい」
 山城はそんな彼らの様子を見渡して、理解が追いついた。
「ああ、そうか。そうだなぁ。死んじまったら、家族に会えねえもんな」
 梅子……。山城の頭の中に、妻の優しい笑顔が駆け巡った。
 記憶の中の彼女は、若い頃のまま風化せずに笑っている。
 今はすっかり年を取った顔をしているだろう。でも、わかる。きっと妻は、あの時と変わらない笑顔で迎えてくれるに違いない。
 ――ああ、俺ぇもまだ生きないといけねえ。
「うん、わかった。おめえら、上手い飯を作るぞ。奴らの役に立ち続ける限り、俺ぇ達は生きられる。死ぬな。生きろ。生きて、俺ぇを超える料理人になってみせろや。なあ」
「料理長……」
 話は終わりだ、と言わんばかりに山城は料理人達に背を向けると、ドリドン鉱石を加工して作りだした愛用の包丁を手に持った。
 それからの仕事ぶりは、長年の技が冴えわたるものだった。
 青くきらめく刃を存分に振るい、次々と下処理を終えていく。
 料理人達は、憧れの男が繰り出すきらめきを呆然と眺めていた。が、
「何ボケッとしてやがんだ。さっさと手を動かせ」
 山城の怒鳴り声によって慌ただしく働きだした。
 ※
 調理を終えた山城達は、休む間もなく昼食の準備を行っていた。
「料理長」
 小さな声で話しかけてきたのは、副料理長のヘルマンニだった。
「なんでぇ」
「私達の料理は、オール帝国とその協力者達の口に合ったのでしょうか?」
 山城は、ヘルマンニの肩を叩いた。
「大丈夫さ。さっき厨房にまで、笑い声が聞こえただろう。あれぇはな、うめえって証拠さ」
「そ、そうですよね。は、はは。良かった。本当に良かった」
 ヘルマンニは、ぎこちなく笑うと止めていた手を動かし始めた。
(コイツは、腕はいいんだが、気が弱いのが治んねえな)
 内心ため息を漏らしたが、この状況下でも彼はきちんと仕事をこなしていた。それは、調理を直々に指導している者として誇らしかった。
「へへ、じゃあよ。昼の料理はちょっと塩分大目で作るさ。今日は暑いからな。敵さん方は、汗を沢山かくはずだから、塩っ辛い飯のほうが上手く感じるはずさ」
 自分を殺すかもしれない相手に、美味い食事を食べさせようとする己の言葉に、山城は自嘲気味に笑った。
 その時、厨房のドアが荒々しく開く音が聞こえた。見れば、銀の甲冑と兜で全身を隙間なく覆った男が立っている。
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