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第16話 第4章 揺れ動く大国④

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 マーダー監獄から出た黒羽達は、ソフィアの部屋に戻った。
 黒羽は居心地の悪さを感じながらも、席に座った。
「ソフィア女王、エイトールの狙いは何だと思いますか?」
「だいたい予想ができますわ。恐らく、クーデターかと思います」
 物騒な言葉だ。黒羽は眉をひそめた。
「エイトールはタカ派、ワタクシが穏健派と呼ばれていますの。彼は北から進軍を開始するであろうオール帝国に対して、徹底抗戦を考えていますわ。ワタクシは、武力による解決は望みません。と、なればおわかりでしょう。
 彼が目的を達したいのであれば、この国の舵をワタクシから奪うのが最も単純かつ簡単ですわ」
 黒羽は、苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
「大それたことを考えますね。オール帝国と戦って、勝算はあるんですか?」
 ソフィアは、強く首を振った。
「いいえ、絶対に無理ですわ。我が王国は広大ですが、彼の国はそれを遥かに上回ります。まともに戦えば、蹂躙されるのは目に見えています。それは、エイトールも分かっているはずなのに」
 黒羽は、泡立つ肌をさすった。国の事情はまるでわからないが、相手はあのカリムだ。きっと、いやソフィアの言葉は真実に違いない。黒羽は、息苦しさを感じ咳をした。
「どうにか、できないのでしょうか」
「手は考えています。ウト大陸の東にイーア大陸があることはご存知でしょう。あそこには、複数の国家がありますの。ワタクシは、彼らと協定を結ぶつもりですわ」
 ああ、なるほど、と黒羽は思った。小さな力で立ち向かうのではなく、沢山の力をより合わせることで、オール帝国が簡単に攻め込めないようにするつもりか。
「エイトールは、この国を乗っ取り、ワタクシと近いことを行うでしょう。でも、彼は戦うつもりです。それでは、民が無駄死にしてしまいます。イーア大陸とウト大陸の力を合わせても、オール帝国には勝てませんわ。ワタクシ達にできることは、オール帝国が攻めにくいようにしたうえで、交渉材料を探すしかない。それが、唯一の道であるはずですの」
 ソフィアは、深く悲しげな吐息をもらす。
「ともかく、エイトールの好きにはさせませんわ。一ヶ月の間、騙されたふりをして逆にアッと言わせてやりますの」
 ソフィアの顔は、まるで悪役のように凶悪な力強さに満ちている。こんな状況でさえも立ち向かう気概を見せるソフィアに素直に感心する。
(こりゃ、俺も踏ん張らないとな)
 黒羽は頬を叩き気合いを込めると、ソフィアと今後の話を詰めていった。
 ※
 ――山城の逮捕から一月後。
 ウトバルク城内にある裁判所にて、女王暗殺の容疑者である山城の裁判が始まった。
 重く身じろぎさえ許さぬほどの静寂な場には、女王派とエイトール派が睨み合う形で揃っていた。
 山城は両サイドに設置されたテーブルに挟まる形で椅子に鎮座しており、目を閉じて裁判官の到来を待っている。
「揃っていますね」
 声が響いた。分厚いドアを開いて裁判官が入ってきたのだ。コツコツと足音を響かせて、山城の前に設置された台まで移動すると、高らかに宣言した。
「これより、裁判を開始します。嘘偽りなく、神に恥じぬ行いを心がけますようお願い申し上げる。人定質問に移る前に、目を瞑っていいただく。神に対し、真実の誓いを立てる」
 一斉に全員が目を閉じる。その時、慌ただしく扉が開かれた。
「包囲しろ」
 重々しく鎧を鳴らした兵士達が、雪崩のような勢いで押し寄せ、女王達を取り囲んだ。
「これは、一体何事です。神聖な裁判の途中ですわ」
「フム、女王陛下。突然で申し訳ありませんが、裁判は中止させていただく」
 ソフィアは、エイトールを睨んだ。
「エイトール。まさか、国を乗っ取るつもりなの」
「そのまさかです陛下。あなた様の生ぬるいやり方では、ウトバルク王国は静かにオール帝国に食される。……戦いだ。そう戦いだけが、我々の未来を掴む唯一の方法なのですよ」
「いいえ、嘘ですわ」
 ソフィアは首を振った。
「あなたは、行き場のない気持ちを、戦いにぶつけたいだけでしょう」
 ソフィアの言葉は、室内に響きわたった。
 エイトールは、周りに聞こえるほど歯を食いしばった。巌のような顔が、さらに重厚になり、見る者を威圧する。
「エイトール、考え直して。あなたの奥様は、貴族の反乱に巻き込まれてお亡くなりになった。でも、それは貴族でありながら、不戦を貫いたあなたが悪いんじゃない」
「黙れ!}
 エイトールは、テーブルに拳を叩きつけた。
「戦いは人として恥ずべき行為です。しかし、戦う時に戦わないと、誰も守れんのです。陛下、あなたは先王によく似ておられる。子供じみた理想を掲げるところがね」
 深い悲しみを帯びた瞳が、真っすぐにソフィアを見た。
(エイトール……)
 彼女は拳を握りしめた。強く、強く、己の意思を貫くために。
「あなたの言い分は、全てが間違っているとは思いませんわ。ただ、戦い方が間違っています。武器を持つだけが戦いではありませんわ。時には武器を捨て、道を模索することも戦いです」
 エイトールは、うすら笑いを浮かべた。
「意味がない会話だ。申し訳ないが、殿下。あなたは処刑させてもらう。この国を一つにまとめるには、あなたは邪魔なのでな」
 女王を守る兵士達が、必死に抵抗しようと剣を抜く。しかし、数が違い過ぎる。徐々に、包囲の輪は狭まっていく。
「終わりだ」
 無慈悲なエイトールの言葉が、耳に届いた瞬間、ソフィアは笑った。
「ええ、あなたがね」
「何? あ、貴様達!」
 場にいる兵士の全員が兜を脱いだ。
「残念ですが、エイトール。あなたのクーデターは、予想しておりましたわ。ここにいるのは、あなたの部下でなく、ワタクシの部下。大人しく投降なさい」
 エイトールは、体を震わせ、声を絞り出した。
「女王陛下。正直、見くびっておりました」
「そう。でも、危なかったですわ。この方々のおかげで、ワタクシは、あなたの策に引っかからずに済みましたの」
 ソフィアの視線を辿ったエイトールは、露骨に嫌な顔をした。
「彩希殿、黒羽殿」
「アラ、とっても悔しそうな顔ね」
「こら、止めろよ彩希。エイトールさん。こんなことになって残念です」
 エイトールは、なぜと呟いた。
「このまま捕まるのは、納得がいかないでしょう。ワタクシが説明いたしますわ」
 ソフィアは、事の顛末を話した。滑らかに紡がれる言葉に、エイトールは黙って聞いていたが、途中「ん?」と顔をこわばらせた。
「失礼。酒場の話をもう一度してもらっても?」
「え、ええ。ですから、あなたが第三階層にある『サマーエンジェル』で、オール帝国の者と密談をしていたと。おおかた、相手の軍門に下るふりをして、情報を集めていたのでしょうけど、随分と危険な真似をなさるのね」
「ハ、ハハハ。何をおっしゃられる? 私がいやしきオール帝国の者どもに接触するなどありえませんな」
 ソフィアは、彩希と視線を交わした。
「あなたではないの? 酒場のスタッフが証言したわ。背の高いウトバルクのお偉いさんと、マントを着た男が話していたって」
 彩希の言葉に、エイトールは首を振る。
「私ではありませんな」
「エイトールさん、嘘をいっても意味は」
「いえ、黒羽様。あの男はこんな嘘をつく男ではありません」
 では、誰が? その問いを、黒羽は投げかけることができなかった。突如、雷光が全員を襲ったからだ。
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