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第14話 第4章 揺れ動く大国②

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 ――鍵を取り出す時間もない。だったら。
 腹をくくった黒羽は、全身にウロボロスを漲らせ、眼前に迫るロフーロを迎え撃つ。
 波打つ風に体が吹き飛ばされそうになる。比喩でもなく山と同じくらい大きいロフーロは、ワシにそっくりだ。鋭い爪とくちばし。あれが振り下ろされるだけで、生物は等しく細切れになるに違いない。
「出し惜しみはなしだ。彩希、行くぞ」
 黒羽は刀をすくい上げた。鳴り響く音。鍔迫り合いの形で、刃とかぎ爪が交差する。
「ぐう」
 衝撃波が迸り、爪と接した部分から火花が散る。なんという力だろうか。ウロボロスで何倍にも強化された筋力をもってしても、振り払えない。
「だったら、技で勝負だ」
 黒羽は体を半身にし、攻撃を受け流すと、胴を薙ぐ。
「シャアアアアアア」
「しまった、浅かったか」 
 ロフーロは、けたたましく鳴きながら空へ舞う。羽を広げ、かぎ爪を向けてくる姿は、天災と呼ぶにふさわしい。
「クソ。レア、レア。よく聞くんだ。俺達が注意を引く。その隙に君は、回復を済ませてウトバルクに行くんだ」
「はい。どうか、ご無事で」
 黒羽は黒マントの女から投擲用のナイフを拝借すると、腕をしならせて投擲した。
「グ、クアア」
「こっちだ。バケモン」
 黒羽は、ウトバルク本国とは真逆の方向に街道を走る。
 流れゆく景色。風を切り裂くながら進む黒羽に、ロフーロは降下と急上昇を繰り返しながら、攻撃を加えていく。
「秋仁、どうするつもり? このままじゃジリ貧よ」
「確かにな。……彩希、ちょっと試したいことがある」
「へえ、どんな? ……本気なの。いいわね。おもしろい。乗った」
 彩希は、刀から人に戻ると叫んだ。
「さあ、いらっしゃい。私がお相手するわ」
 ロフーロは彩希目がけて急降下する。彩希は、全身から純白のウロボロスを迸らせ、かぎ爪をがっしりと掴んだ。
「今よ!」
「分かった」
 黒羽はロフーロの顔面に飛びつくと、力の限り、殴った。
「この、この、どうだ。おわ!」
 興奮したロフーロが天に舞う。黒羽はロフーロの首にしがみつき、なおも拳を振るう。
「グワ、ガアアアア!」
 ロフーロは、全身を竜巻のように回し、黒羽を弾き飛ばす。
 投げ出される身体。汗が落ちてゆく黒羽を置き去りに飛び散っていく。だが、彼の顔には笑みがあった。
「びっくりさせてやるよ」
 黒羽は鍵を取り出すと、空中に扉を出現させた。捻る動作に合わせて扉が開き、黒羽の姿が消えゆく。
 ロフーロは、敵が目の前から消えたことに驚き、戸惑ったように翼を動かす。
 ――黒羽は、そんな様を嘲笑うように、ロフーロの真上から扉を通って現れた。
「食らえ」
 自身に降りかかる影に気付きロフーロは上を向いたが、もう遅い。黒羽の蹴りで、地へと叩き落される。
「来い、彩希」
 黒羽は、放物線を描きながら飛んできた彩希の手を掴む。
「頭を狙って」
「ああ、頼むぞ」
 黒羽は茜色に輝く刀身を、深々とロフーロの頭に突き刺した。
「ハア、ハア、ゲホ。全く、何だったんだ」
「分からないけど、明確な殺意があったわ。もしかして、オール帝国が仕向けたんじゃないかしら」
「オール帝国が? でも、何で?」
 人に戻った彩希は、首を振った。
「さあ? 詳しくはあの女マントさんに聞きましょう。どっちにしても、ろくなことにならなそうだわ」
 遠くで地平線に沈む夕日が見える。赤く、美しい夕日は、どこか血を連想させた。黒羽は、ため息をついて、そっと視線を地面へと落とした。
 ※
 月さえも見えない闇一色の空の下、ウトバルク王国の首都は、静かに終わりゆく一日に沈む。
 中央にそびえるウエディングケーキのような段差を見上げる形で、第四階層に広がる町。その一角にある古びた宿に、彩希とレアはいた。
「ここって、どこか寂しい場所ですね」
 レアの言葉に、彩希は深く同意した。
「そうね。この町は、段差の上に行けば行くほど、偉い人が住んでいるらしいわ。でも、ここは段差の一番下、第四階層だから、貧乏な人々が住んでいるって話よ」
 レアは、辛うじて枠にはまっている窓のガラス越しに、闇に溶け込む町を見た。
「空から見れば、色彩豊かな景色だったけど、降りてみればそうじゃないわね。ボロボロな建物と人ばっかりだわ」
 レアは、窓から視線を外すと、ベッドに横たわる少女の傍に近づいた。
「黒羽さん、黒マント達の襲撃以来、三日もお城に行ったきり帰ってきませんけど、お一人で大丈夫でしょうか?」
「たぶん、大丈夫でしょう。でも、私達だって安全じゃないわ。この子がいるからここに来たけど、あんまり治安良くなさそうよ」
 言葉のわりに余裕の笑みを浮かべる彩希に、レアは思わずクスリと笑ってしまう。
「ドラゴンである彩希さんがいっても、説得力ありませんよ」
「あら、そう?」
 彩希は肩をすくめ、椅子に座った。ゆっくりと体重をかけて座ったのにも関わらず、甲高い音が鳴った。
「ぼろい椅子ね。ん? ……あ、目が覚めたのね」
 全身を黒い衣服に包まれた少女は、ぼんやりとした様子で天井を眺めている。
「ここは?」
「ウトバルクの首都よ。申し訳ないけど、あなたをベッドに拘束させてもらったわ。暴れられると困るから」
 少女の身体は、頑丈な革の拘束具でベッドに縛り付けられている。
(怒るかしら)
 彩希はそう思ったが、少女は意外にも頬を緩ませた。
「当然の処置だな。なに、気にするな。人間扱いされないなど、日常茶飯事だ」
 自嘲気味に笑う少女を、彩希は前触れもなく抱きしめた。
「な、何をする」
「辛い目に遭ってきたんでしょう。強がらないと、立っていられないくらい」
「やめて、子供じゃないんだ」
 言葉とは裏腹に、少女はしばしの間なされるがままになった。服越しに伝わる身体はほっそりといる。彩希は、ギュッと胸が締め付けられる思いがした。
「……私の名は、ネメリアという。オール帝国で、兵士として働いている」
「ずいぶん、正直なんですね?」
 レアの疑問に、ネメリアは顔を曇らせた。
「どうせ、私の命などいくばくもないだろう。爆弾で破裂させられた仲間を見ただろう。もう、用なしということだ。……構わないさ。どうせ、身寄りもない」
「……寂しいことをいうのね」
 ゆっくりと身体から離れ、悲しそうな瞳を向ける彩希からネメリアは顔を背けた。
 レアは「うーん」と唸ったかと思うと、ポンと手を叩いた。
「あ、じゃあこうしましょう。ネメリアさん。良かったら私のお母さんが経営している宿で働きませんか?」
「宿に?」
 訝しむネメリアに、邪気のない様子でレアは微笑んだ。
「ええ。ネメリアさんは、難民さんで、私が保護したことにしましょう。宿屋連盟とフラデンの組合には、うちで働くことを条件に、しばらくは滞在してもらうって説明します。その代わり、なんであなた達がここにいるのか教えてくださいね」
 ネメリアは目を見開き固まった。レアの真意を測りかねたからだ。
「……人の厚意が信じられないのね」
「厚意?」
 呆けたように返事をするネメリアに、彩希は優しい声音で語りかけた。
「きっとあなたは、悪意しか感じられないような環境で生きてきたんでしょうね。でも、覚えておいてほしいの。
 善意という光はあるの。それは、悪意って闇に負けないくらい強く輝いていて、意外なほど近くにあるものなのよ。だから、あなたはここにいる」
 ネメリアは、子供のように戸惑う。
「……よく、分からないな。でも、何ていうか……」
 言葉は涙に溶けた。頬を伝う己の涙に、ネメリアは驚き、優しく頬を撫でた彩希の手に、さらに驚いた。
「あ、あうううううう」
「戸惑わなくていいわ。沢山泣けば良い。感情は押し殺すものじゃなくて、自由に表現するものだわ。だって、それこそが感情のある生き物の特権なのよ」
 ネメリアは、堰を切って溢れ出る感情のまま泣き叫んだ。光源石がわずかに照らす部屋は、十分ほどそのままの状態が続いた。
「う、ん、ぐす。すまない。みっともない、ところを見せた」
「ううん。すっきりした?」
「あ、うん。……ありがとう」
 恥ずかしそうに目を伏せるネメリアに、彩希は微笑んだ。
「拘束具を外すわね」
「分かった。……上半身を起こしたい」
「そう。ゆっくりね」
 彩希に支えられながら上半身を起こしたネメリアの瞳には、強い意志が灯っていた。
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